Ariasa(ありあーさ) / 第2話

1話

1話  『私』は安堵の中にいながら、仲間に向かって攻撃をしていた。すでに致命傷を負っているらしい。腹から血が溢れていた。仲間たちは『私』を憎むように、必死になって攻撃を繰り出し、『私』は痛む腹を押さえながら抵抗を続ける。まだ、もう少し生きてあの子と話をしたい。  『私』はあの子の名前を呼ぼうとした。しかしすでに視界はかすみ、声も出ず、仕方なく泣きながら仲間を止めようとするあの子に手を伸ばした。『私』とよく似た、まるで鏡を見るようなあの子が絶望しないように、あの子が一人にならないように、『私』が与えなければ。  『私』は伸ばした手の先に、残されたすべての魔力を込めて光の聖女を作る。  あの子を、よろしくね。 「——覚悟!」  騎士の刃が『私』の喉を切り裂き、血が気管に入って激痛が走ると同時に、血で溺れるような苦しさが襲う。  あの子の泣き声が聞こえて目を向ければ、光があの子のお腹に吸い込まれていく所だった。  よかった。まにあった。  そしてダメ押しと言わんばかりに魔導師の風の刃が『私』の首を飛ばした。最後に見えたのは『私』を殺せたと安堵する仲間たちの顔だった——。  首を飛ばされ、アルマはガバッと起き上がった。ハァ、ハァ……と浅く荒い呼吸を繰り返し、無意識に首に触れる。まだ首を飛ばされた時の感覚が残っていた。そしてもう片方の手は、血が溢れ激痛が走っていた——同時に注ぎ込まれた光の温かさを感じた気がした腹を、ギュッと押さえつけていた。 (……また、あの男の夢。私じゃない……そっくりだけど、違う。違うはず……)  じわじわと湧き上がる死の恐怖心に呼応するように、アルマの体から無意識に魔力が漏れ出す。彼女の特性の一つである闇属性の魔力が重力に影響を与え、地面に咲く花や草が何かに押し付けられるようにひしゃげ、枝もわずかに首を垂れる。 「えっ、ローブが……!」  すぐ近くで作業をしていた騎士のデトラスのマントや魔導師のコラルが着ているローブが地面へ吸い込まれるように引っ張られ、その場にいる全員の体が、頭上から軽く誰かに押されているような感覚を覚える。 (大丈夫……あれは、ただの、夢……夢だ……)  震える指先をギュッと握りしめ、必死に恐怖を和らげようと暗示をかけ始めると、ポンとアルマの肩に誰かの手が乗った。その瞬間、ビクッと肩が震えて空気がさらに重くなる。枝がミシッと音を立てた。 「……アルマ、大丈夫だ」  低く静かな声。小さい頃から一緒にいる彼の声に、アルマの呼吸は徐々に落ち着いていく。 「俺がここに居る。俺を見ろ」  彼の大きな手がアルマの頬を包み込み、顔を上げさせる。目の前に見慣れたデトラスの顔があった。周囲の音が少しずつ戻ってくる。  するとすぐ近くから綺麗な鼻歌が聞こえてくる。神官が使える神への讃美歌だが、そこに歌詞はなく、それが子守歌のようにも聞こえてとても心地よかった。  夢の景色が記憶の彼方へ薄れていき、平常心が戻ってくると草木は再びゆっくりとその首を天へ伸ばし、周囲の重苦しい空気が霧散した。 「これは……貧乏くじを引かされたか?」  暗殺者のレーゲンが怪訝な顔をして呟く一方で、コラルはローブの裾を握りしめたままアルマを見つめていた。 (……今の、詠唱なし? 無詠唱で発動する魔法なんて、教科書に載ってない。しかも、重力を操る魔法も僕は、知らない)  動揺するコラルと訝しむレーゲンとは逆に、アルマはすでに穏やかな表情に戻っており「みんな、おはよう」と微笑んだ。しかし握りしめた手はかすかに震えており、黒い魔力の残滓が手の形となってアルマの手を包むように握っているように見えた。 「お姉様、おはようございます。お姉様の重みは久し振りで、少し驚きましたが……お姉様への愛は私の方が重いですわ、なんてね」  神職のアミュレットがおどけた笑顔でアルマに水を渡し、アルマは苦笑交じりに「アミュレットは相変わらず私を慕ってくれているんだね」と水を受け取って一気に飲み干すと、コラルとレーゲンの方へ向いた。 「二人とも、さっきは……ごめん。怪我はしていないかい?」 「怪我はないですが……アルマ様、今のは何だったんですか?」  頭を下げるアルマに、コラルは聞いてもいい事なのか分からないためおずおずと問うが、アルマは申し訳なさそうに首を横に振って自嘲気味に「分からないんだ」と呟く。 「いや……『分からない』は、違うか。厳密に言えば、私自身の魔力なのは分かっているんだ。ただ、眠っているだけの時に無意識に漏れ出てしまった理由が、自分でもよく分かっていない、かな。戦闘中は、ちゃんとコントロール出来るのにね……。最近はこの現象は起きていなかったから、油断していた。怖い思いをさせてごめんね」 「へぇ。分からない、か。あれほどの異質な力を、寝起きに無自覚に撒き散らすというのは、あまりにも不安定で、不誠実とも取れる行為だな。またなる可能性があるって事か」 「そうだね。ないとは言い切れないかな。……デトラスとアミュレットには随分と迷惑をかけているし、気を引き締めないとね」  レーゲンの言葉にアルマが目を伏せると、デトラスが「アルマ」と声をかけて穏やかに微笑む。 「俺もアミュレットも迷惑だとは思っていない。卑屈になりすぎるな」 「そうよ! レーゲン、あんたお姉様を責めるような事を言うのはやめなさいよ!」 「おうおう、おっかないねぇ。飼い主をダメにするタイプの忠犬騎士と、よく吠える番犬お嬢様か。……で、肝心のあんたは、檻の中の可哀想なフリをしたキング、か?」  その瞬間、デトラスとアミュレットは図星を突かれたようにレーゲンから一瞬目を逸らしたが、すぐにアルマへの侮辱を許さないというように睨み、空気がピリついた。しかし当の本人であるアルマはその顔に苦笑を浮かべて「あぁ、そうかもしれないね」と、否定することなく、生まれた時からうなじに刻まれている勇者の証をそっと撫でた。 「私は、国の所有物でしかないからね。檻の中にいる事に変わりはないかもしれない。可哀想なフリをしているつもりは無いけど、もし、私の事を可哀想だと思って言ってくれたのなら、君の心遣いに感謝するよ」 「チッ、おめでたい奴だな」  皮肉すら善意へ変換するアルマに、レーゲンは不気味さを覚えて退くと、少し離れたところで武具の最終確認をし始める。それを見てアルマも荷物の中から携帯食料を取り出して食べ、すぐに戦う準備を開始した。白銀の髪はアミュレットが加護の賛美歌を歌いながら編み、銀のバレッタで髪を留める。白い鎧を身につけ、純白のマントを羽織れば、民衆が望む光の勇者が完成した。 「あぁ……さっきは少し怖かったけど、やっぱりアルマ様はカッコいいなぁ」  コラルがまぶしそうにアルマを見つめ、誰にも聞こえないような小さな声で「綺麗」と目を細めた。  そして全員の戦闘準備が整うと、アルマが全員に声をかける。 「みんな、準備は出来たかい? 今日はこのあと魔物達との開戦予定場所に到着する。事前の斥候からの情報だと、敵の数は約1000体。魔法を使う個体もいるから、コラル、対応を頼んだよ」 「はい! 任せてください」  ドンッと胸を叩いて元気よく頷くと、すぐに脳内で複数のシミュレーションをしつつ、呪文がスムーズに出るように脳内でスペルの確認をし始めた。 「アミュレットはいつも通り私達に守りの加護をお願いするよ。レーゲンは、後衛の二人を護衛しつつ、状況を見て前衛である私とデトラスのサポートをお願いするね」 「まあ、金は貰ってるからな。給料分の仕事はするよ」 「はい、お姉様への加護を特別強くしておきますわね」  面倒くさそうだが、しっかりと頷くレーゲンとは真逆に、アミュレットは笑顔で快諾した。 「デトラス。私の背中を頼んだよ」 「あぁ、頼まれた」  そして一行は野営跡を片付けて魔物が行軍する方向へ歩き出すと、開戦が予想される平原へ向けて森を進んだ。  しかし、少し進んだところで、様子が変わってくる。魔物が発する瘴気が森の中で立ち込め始め、どんよりとした空気に変わった。 「……囲まれたね」 「強い個体だろう。気配を消して動けるヤツはあまりいない」  アルマとデトラスがそれぞれ呟くと、周囲から不気味な魔法の詠唱が始まる。それにいち早く気付いたコラルも、早速詠唱を始め、アミュレットは体力強化の加護を願う讃美歌を詠い始める。しかしそれを邪魔するために茂みから異形の魔物が飛び出してきて、コラルの首を狙って刃を振った。 「姿を見せたらダメだろう? 殺すなら、コッソリだ」  しかし、レーゲンは自分の身体能力を上げるための魔導具を使って、人の動きを超えた速さで姿を現した魔物の背後に就くと、あっさりと首を落としていた。  敵の魔法とコラルの魔法が完成するのはほぼ同時だった。いたるところから氷の刃が降り注ぎ、コラルは障壁魔法を大々的に展開する事で仲間を守る。すぐに攻撃魔法の詠唱へ切り替え、敵の詠唱の内容を聞きながら組み立て始めた。  すると敵が一斉に躍り出てきて、すぐにその場は混戦状態になった。そしてその動きは意図を持ってアルマとデトラス達を引き離すように動いており、アルマはすぐに孤立する。 「連携を取るなんて、厄介だね」  やけにアルマへの攻撃の手が緩いものの、気を抜けば命を取られる状況の中、苦笑交じりに切り伏せていく。すでに真っ白だった鎧は魔物の返り血で黒く染まっていた。  すると、アルマの前に三体のミノタウロスが現れ、その気配からこの魔物達のボスであることが窺えた。 「君達を倒せば、終わりだね?」 「見つけタ……勇者。話、ヲ——」  ミノタウロスの一体が人の言葉を使ってアルマへ声をかけようとしたが、アルマはそれをかき消すように炎の攻撃魔法を詠唱し始め、詠唱をしながら剣を交え始める。重い一撃を叩き込み、流れるようにミノタウロスの胴を薙ごうとするが、それは巨体の割に素早い動きでかわされ、逆にアルマの背を二体のミノタウロスが狙う。 (アミュレットの加護があるけど、受け止め切れるかな)  アルマは詠唱を続けながらも、振り向きざまにとっさに剣で二体の斧を受け止めようとしたが、それよりも早く、一体がアルマから意識を逸らして矛先を変えた。その先には返り血で真っ黒に染まったデトラスがいて、包囲網を強行突破してきたのだと理解するに容易かった。 「アルマ、遅れて悪かった」  ギチギチと大剣と斧の刃が音を立て、アルマもまた、もう一体のミノタウロスの斧を受け止めて、鍔迫り合いをしていた。そして、ようやく炎の攻撃魔法の詠唱が終わり、鍔迫り合い中のデトラスを殺そうとしていた三体目のミノタウロスに向けて魔法を放つ。  ゴウッと猛獣の鳴き声のような音を立てて火の玉がミノタウロスを襲うのだが、その炎の色と威力が異質だった。通常の赤い炎とは明らかに異なる黒い炎は、触れた瞬間にミノタウロスの腕を灰に変え、チリチリとその身を蝕んでいく。  包囲の隙間からその様子が見えたレーゲンとコラルですら、その威力に恐怖を覚える。 「ゆう、しゃ、話ヲ……」 「……黙れ」  腕を灰にされたミノタウロスが何かを話そうとしたが、拒絶するようにドンッと重力がかかり、三体のミノタウロスと、コラル達を包囲している魔物はその場に縫い付けられたように動きが遅くなる。しかし、デトラスや他の仲間たちには重力の影響はなかった。 「アルマ、助かる」  その隙をついて、デトラスもレーゲンも一方的な攻撃を始め、勝敗はすぐに決した。 「……王、よ」 「私は勇者だ。王じゃない」  アルマに腕を伸ばしてうわ言を呟いた瀕死のミノタウロスに止めを刺し、辺りは静まり返る。風が止まり、魔物の死体から立ち上る瘴気が空気と大地を汚し、空を薄暗くしていた。アルマとデトラスは白い所を探すのが難しいほど返り血で黒く染まり、レーゲンもまた、多くの返り血を浴びていた。 「……アミュレット、浄化をお願いしてもいいかな」 「はい、お姉さま」  アミュレットはスゥと息を吸い、泣きたくなるほど美しく、悲しい声で浄化を願う歌を神に捧げ始める。アミュレットが言葉を紡ぐたびに天から光が差し込んで澱んだ空気を光で包み、アミュレットの足元から水面のような光の波紋が広がると、魔物の屍や大地にしみ込んだ黒い血は、光の塵となって天へ還っていく。デトラスとレーゲンの体にこびりついている黒い返り血も同様に天に還っていくが、ただ一人、美しい光に包まれてなお、アルマに着く返り血だけは天に還ることなく、浄化の光から返り血を守るかのようにアルマの闇の魔力が邪魔をし、白銀の髪や鎧にこびりついたまま残る。 「……相変わらず、私は光に嫌われるのか」  アルマの独白だけが光の中に消え、一人だけ黒く染まったまま、浄化の儀式は終わる。 (アルマ様、また浄化されてない。また、アルマ様自身の魔力が浄化を邪魔していた気がする。……あぁ、でも、黒く染まったアルマ様もその、なんというか——)  コラルはハッと脳内の自分を慌てて叱りつけ、天を見上げて静かに佇むアルマの元へ駆け寄る。 「前回ご一緒した時もそうでしたが、やっぱりアルマ様の返り血だけ全然浄化されないんですね。あ、これ、汚れを拭くのに使ってください!」  自分のハンカチを手渡し、アルマは「ありがとう」と礼を言って受け取ると、返り血を拭きながら苦笑する。 「私の魔力属性が闇だからかな。浄化の魔法とは相性が悪いみたいなんだ」 「光の勇者って民衆から言われているのに、皮肉な姿だな」 「あぁ、私もそう思う。王家が素直に黒い鎧で私を縛ってくれればよかったのに、とたまに思うよ。黒い方が、私の闇属性の魔力に合っているからね。まあ、黒は魔物の瘴気とか死をイメージする色だから嫌だったんだろうけどさ」  レーゲンの言葉にアルマはハハッと軽く笑いながら、ためらいもなく鎧を脱いで、デトラスに渡す。 「ちょっとお姉様! お姉様は女性なんだから、もう少しためらいながら鎧を外してくださいよ! ここには新参の二人もいるんですからね!」  鎧を脱いだことで体の線がしっかりと出ており、コラルはアルマの体を見て顔を真っ赤に染めるとバッと手で顔を覆って「ぼ、僕は後ろを向いてますから!」と言い、レーゲンは深く関わる気はないと言わんばかりに背を向けて「残党がいないか散歩してくる」と森の奥へ消えていった。 「別に裸になる訳じゃないし、恥ずかしい体をしている訳でもないからいいのに」 「ダメです~。相変わらずお姉様は無頓着なんですから。髪、私が綺麗にしますね。お姉様に任せたら適当に終わらせちゃうので」  アミュレットは丁寧に髪を解き、水魔法を使って血を落としていく。アルマもゴシゴシと自分の体にこびりつく返り血を拭き、デトラスは静かに、そして丁寧にアルマの鎧を磨いていた。  そしてアルマが再び真っ白な光の勇者の姿に戻った頃にレーゲンが帰ってきて、一行は王都へ帰路に就く。鎧を着る直前、磨かれた鎧に、歪んで映った自分の顔が、夢で見たあの男に見えたが、そんな違和感を消したいというように、アルマは笑顔で仲間と会話をしていた。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳