逸漣 / 第1話

1. 初恋、美沙先輩

 美紗(みさ)先輩、大好きです。いつも、夏服のセーラー服を風になびかせ歩く貴女の姿を校舎の窓から眺めているだけで、わたしは幸せになれた。白い肌が眩しくて、わたしは目を細める。  下校時間になると、一年B組の教室のベランダからいつも先輩を眺めていた。  ある日、図書室で本をさがしているわたしに「ねぇ、君……いつも見てるでしょ」って美紗先輩から声をかけてくださったの。凄く嬉しかった。    それから放課後は、美紗先輩と図書室で待ち合わせをした。私語厳禁の図書室で筆談をしながら勉強をしていた。  正面の席からメモ帳が滑ってくる。 『千秋は私の妹みたいに可愛いわ。兄弟はいるの?』  ──文字だけで、わたしは胸が高鳴って、少しのぼせてしまいそうだった。 『一人っ子なんです。美紗先輩みたいなお姉さんが出来たら、とても嬉しいです』  美紗先輩はメモの返事を見ると、微笑んで、またペンを走らせる。 『ご両親と三人暮らしなの?大切に育てられたから、千秋はこんなに良い子なのね』  すっとメモ帳が届き、またわたしは頬を熱くする。──良い子だなんて。ただの社交辞令に、いちいち心をときめかせてしまう。 『いいえ、両親は交通事故で亡くなってしまったんです。祖母と二人暮らしをしています』  メモを読むなり、美紗先輩の頬を、宝石のような雫が伝っていた。  絵よりも美しい、美紗先輩の顔と心。  こんなに綺麗な人が、わたしなんかのために泣いてくれている。それだけで、わたしの欠けた心が慰められてしまう。  毎日、放課後が楽しみで、景色が鮮やかに色づいていく。  放課後はすぐにお手洗いへ行き、髪を梳き、あぶらとり紙と色なしのパウダーをはたく。  ──昨日買った、薄づきのティントのリップをほんの少し、トロリと唇に乗せて……上唇と下唇を付けて「んぱっ」と音を立てる。  薬指でトントンと唇の縁まで馴染ませるとほのかな色づきと艶だけ。血色がよく見える程度……でも、少しでも美紗先輩に可愛いと思われたいの。  図書室に向かうと、もう美紗先輩はいつもの席に来ていて、わたしの顔を見つめる。 「……千秋、なんだか今日は可愛い」  美紗先輩の瞳が少し揺れた気がした。 「これ、受け取って」  白い封筒に金の飾り罫が、上品な美紗先輩の好みを教えてくれる。  開くと、誕生日パーティーのお誘いだった。手書きの地図が可愛らしかった。 「その……うちわだけでささやかなパーティーなの。千秋しか誘っていないから誰にも言わないで。他の子も来たいってなると……その……千秋と話す時間がなくなるし」  美紗先輩が、目を逸らして頬を染めている。わたしは嬉しくて、もちろん快諾した。 「やったぁ!」  美紗先輩の声に、周りから冷たい視線が飛ぶ。二人で人差し指を唇の前に置き、微笑んだ。  今週末……美紗先輩のお家に行けるなんて。お洋服はどうしようか。プレゼントは?ソワソワとして、本に集中出来なかった。  メモ帳を美紗先輩に渡す。 『用事を思い出したので、今日は帰ります。週末、楽しみにしていますね』  美紗先輩は驚いた顔をして、手を振ってくれた。  わたしは荷物をまとめて、サッと引き上げた。買い物に行かなくちゃ。美紗先輩に似合うプレゼントを考えなくちゃ。よそいきの服を買わなくちゃ。    はしゃぐ心を抑えつつ、足は少しずつ速くなっていく。わたしは制服のまま街へ出かけた。

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