南江行瀬 / 第1話

はじまり

 いつもと同じ帰り道。友達なんていないから、一人で歩く。  見慣れた風景。犬の散歩をしているおじいさんに、ベビーカーを押している女の人。  通い慣れた公園。小さい子が砂場ではしゃいでいる。その近くでは、親らしき人達が楽しそうに話している。  俺は今日も大きな木の影に設置されているベンチに腰掛けて、鞄の中から携帯ゲーム機を取り出す。  俺はいつもこうして、放課後は一人でゲームをしている。  学校でも同じだ。休み時間は教室の隅で一人でゲーム。声をかけてくる奴もいるけど、大抵は揶揄う対象として話しかけてくる奴らばかりだ。 ──ミー……ミー……  ゲーム機を起動した時、どこからか小さな鳴き声が聞こえてきた。  キョロキョロと辺りを見回せば、木の根元の窪みにダンボールが置かれていることに気がついた。  好奇心から、俺はそのダンボールに近づいた。そっと中を覗いてみれば、そこには子猫が入れられていた。 体は薄汚れていて痩せている。母猫らしき猫も見当たらない。多分捨て猫だろう。小さな体は震えていて、まるで助けを求めるようにか細く鳴いている。  考えるよりも先に、俺の足は動物病院へと向かっていた。バイト代も入ったばかりで、財布が潤っている。治療代くらいは払えるだろう。  幸いにも、子猫に大きな怪我や病気はなかった。首輪やマイクロチップもなく、捨て猫だろうと言われたから、連れて帰ることにした。 「とりあえずよろしくな、にゃんこ」 「ミャー!」  その日の夜に家族へ事情を話すと、ちゃんと世話をする約束で家におく事を許してくれた。  子猫のベッド代わりの毛布はリビングに置いた。ケージとかの必要なものは、また今度買いに行くことになった。 「にゃんこの名前も考えとかないとだな」  自室のベッドに入ってそんなことを考える。 今日はいつもと少しだけ違う一日だった。まさか子猫を連れて帰る事になるなんて、思ってもみなかった。  病院での治療とかでバイト代の殆どが飛んでいってしまったけど、後悔はしてない。自分以外の為に使えたんだから、それはいい事じゃないか。 「(子猫の世話の仕方とか調べないと……)」  そんなことを考えているうちに、俺は眠りについた。 深い眠りに落ちていく中、どこからか猫の鳴き声が聞こえてきて、そのまま俺は深いところまで落ちていった。 ─ ─ ─ ─ ─ ─  目が覚めた。でもどこか不思議な感覚がした。  部屋がなにやら大きく感じる。でも内装は殆ど変わっていない。いや、何となく部屋の雰囲気が幼いような気もする。  ふと、いつも高校の制服が掛けてある壁に目を向けると、そこには中学の制服が掛かっていた。 『えっ、な……』  驚きで声が出た。その声は俺の声のはずなのに、他人のように感じた。声変わり前の少し高い声。身体も縮んでいる。中学生くらいだろうか。  どういう事だ。感覚がリアル過ぎる。布団の柔らかさも、床の硬さも、服の質感も、どれもこれも現実みたいだ。 『どうなってんだ?』  戸惑いながらもデジタル時計の日付を見てみると、中学の入学式の日付を表していた。勉強机には真新しい鞄もある。混乱する頭は完全に覚めているだろう。 『おはよう、カイセイ』 『!?』  背後から聞こえた幼い声。反射的に振り返れば、俺より頭ひとつと半分ほど背の低い男の子が立っている。さっきまでは俺しかいなかった。ドアが開いた様子もない。 『誰だ、お前……』 『ボクは"リオ"』 『リオ……?』 『そう。キミが拾った猫だよ』  俺が拾った猫……?この少年が?信じられなくて、試しに頬をつねってみる。痛くない。でも、それ以外はかなりリアルだ。明晰夢とか言われるやつだろうか。 いや、それにしてはリアルすぎる。 『んな馬鹿な。猫が喋るわけがない』 『人間が知らないだけで、喋る猫だっているんだよ』  そんな猫がいてたまるか。いたとしてもこんな普通に喋られたら不気味だ。 『そもそも、人間になってる事がおかしい』 『猫が人間になっちゃいけない決まりなんてないだろう』  さも当然かのように話すリオ。俺が間違っているかと錯覚するような喋り方だ。人間の姿で猫だと名乗るなんて、気味が悪い。 『ここはキミが後悔してる日の夢の中。なにか覚えはないかい?』  そう言われると、頭の奥に眠っていた記憶が引っ張り出される。思わず目を瞑ってしまうような、苦しい記憶。思い出さないようにしていた。それでも、完全には消せなかった嫌な記憶だ。 『心当たりがあるみたいだね』 『それがなんだよ』 『やり直したくない?その出来事を』  ギラリとリオの目が光った。夜空を思わせる群青色の瞳。まるで三日月のように細い瞳孔が、俺を捉えている。  こいつは何がしたいんだ……? 『どういう、こと……?』  思わず聞き返した。ありえないことを提案されている。本当にやり直せるのか?でも、やり直したとしてどうなる?現実が変わるわけでもないし──。 『変わるよ』 『……え?』 『思考くらい読めるよ。まあ、いいじゃないか。所詮夢なんだ。好きなようにやり直せばいい』  ニコニコと気味が悪いくらいの笑顔を見せるリオ。思考を読める?そんなこともできるのか?   でも、言われてみればそうだ。所詮これは夢なんだ。本当に夢だとしたら……。 『やり直してみる価値はある……』 『あはっ!じゃあ少し移動しようか!』  パチンッとリオが指を鳴らす。すると辺りの景色が変わる。自室から外に。部屋着から中学の制服に。そして目の前には、中学の校舎がそびえ立っている。  辺りには制服姿の学生と、保護者らしき大人が校舎に向かって歩いている。 『うわ……なんだこれ……』 『じゃ、頑張ってね!』  そういうと、リオは景色に溶け込むようにして姿を消した。声をかけるより前に消えてしまった。 『何なんだアイツ……』  とはいえ、周りを見る限りは本当に中学の入学式前らしい。ふと気がつくと、俺の両親も近くに居た。なんとも不思議だ。これが夢か……。 『せめて夢の中だけでも、理想を叶えたいな……』 ─── ── ─  入学式が終わった後の教室。交流会という名の自由な時間。過去に起こった事が掘り返される。  人と話すのが苦手で、こっそりとゲームをして過ごしていたこの時間。 ──『ずっとゲームしててつまんねー』『ボッチってやつ?』『何考えてるか分かんねぇ』  遠くから聞こえてくるそんな声は、聞こえないふりをしていた。  嫌な記憶が脳内を駆け巡る。一度息を吐いて、焦る思考を落ち着かせる。  今ならやり直せる。ゲームなんかせずに、誰かと話をして友達を作るんだ……! 『ね、ねえ……』 『ん?なに?』 『俺、第二小出身だけど、君はどこ小?』 『あ、第二小知ってる!コンクールとか結構入賞してるよね!俺は第三小!』  そこからは意外と話せた。考えてみれば、俺は高校生で、コイツらはまだ12歳のガキだ。話すのなんて簡単じゃないか。 『俺、宮中海星……!』 『俺は高木翔太!よろしく!第二小なら多分家近いよな?明日から一緒に行かね?』 『え、いいの?』 『おう!あの古い文具屋で待ち合わせしようぜ!』  12歳にしてこのコミュ力かよ……。友達とか多そう……。まあ、その中の一人にでもなれたらいいか。一人きりの学校生活を送るよりかはマシだ。 『俺ら知り合ったばっかなのに……いいの?』 『もちろん!俺らもう友達だろ!』  満面の笑顔だ。元々根暗な俺には眩しすぎる……。こんなに良い奴と友達になれたのは、かなり良いかもしれない。  ふと、身体が浮かぶ感覚に襲われる。周りの風景が歪んでいく。遠くから猫の鳴き声が聞こえてくる。それは、少しずつ近づいて来る。 『さあ、お目覚めの時間だよ』  その言葉と同時に、意識が暗転する。ふわりと浮かぶ感覚が強くなる。段々と上がっていく身体。眩しくなっていく風景に、思わず目を瞑る。 ─ ─ ─ ─ ─ ─ 「……ん、ぅ〜ん……」  次に目を開けると、自分の部屋だった。でも、何かが違う。身体を起こすと、その違いを目の当たりにする。 「えっ、なに、これ……」  俺の部屋なのに、俺の部屋じゃない。知らないコルクボードには、翔太や他の人と写った沢山の写真。知らない棚には、知らない何かのフィギュア。そして壁に掛けてある制服も、知らないものだった。 「どうなってんだ……?」

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