南江行瀬 / 第8話
白と黒
「あ゙〜……なんで俺がこんなこと……」
「仕事なんですから、ちゃんとしてください」
とある日の昼下がり。黒原と白峰は、河川敷の掃除をしていた。白峰は川辺のゴミを拾い、黒原は橋の下に描かれた落書きを消していた。
「つーか落書きなんて、消したところでまたされるだろ。時間の無駄じゃねーの?」
「つべこべ言わずに手を動かす」
「へーい」
デッキブラシでコンクリート壁を擦る黒原。落ちにくい塗料らしく、どれだけ擦っても落書きが消える気配はない。
黒原は川辺のゴミ拾いをしている白峰を盗み見る。バレないようにこっそりポケットからスマホを取り出すと、いつもやっているゲームを開く。
「お、イベント始まってんじゃん」
掃除そっちのけでスマホゲームに勤しむ黒原。しかし、白峰がそれを許すはずもない。音もなく黒原の背後に立つと、素早く足払いをきめた。
「おわっ!?」
「なにサボっているんですか?」
突然のことに対応できなかった黒原は尻もちをつく。それを見下ろす白峰の目は冷たい。
慌てた様子でスマホをポケットに隠す黒原。白峰はため息をつくと、近くに転がっているデッキブラシを掴んだ。
「依頼は今日中の掃除です。何のために朝早くから掃除してると思ってるんですか?」
「そうだけどよぉ〜、ずっと壁擦んの疲れるんだぜ?」
「なら、川の中に足突っ込んでゴミ拾いしますか?寒いのは嫌だと言ったのは黒原さんですよね?」
「うっ……」
デッキブラシを受け取った黒原は白峰から目を逸らす。渋々立ち上がれば、掃除を再開した。
「次サボってたら川に突き飛ばしますからね」
「……へーい」
───
──
─
「終わったぁ〜……」
「お疲れ様です」
川辺も壁も綺麗になったのは、空が夕焼けに染まる頃だった。疲れてその場に倒れ込む黒原と、一切表情の変わらない白峰。
「お前ってホント顔色変わんねぇよな」
「……まあ、表情筋は硬い方ですからね」
そう言いながら、掃除に使った道具を片付ける白峰。黒原は体を起こすと、その様子をじっと眺める。
「てかさ、前から思ってたんだけど、お前俺がタメ口聞いても怒んねぇのな。俺のが後輩なのに」
「今更なに言ってるんですか?"年下なんかに敬語使いたくねぇ"って言ったのはそっちですよ」
「え、そんなこと俺言ったっけ?」
「言いましたよ」
全く覚えていない様子の黒原。しかし白峰はさほど気にしていないようで、咎めるつもりはないらしい。
「そもそも、僕らにとって上下関係は上辺だけのものです。柊さんだって、テツさんにタメ口利いてるじゃないですか」
「確かに……?」
「ま、黒原さんが僕を先輩だと認識してることを確認できて良かったです」
バケツとゴミ袋を手に持ち、デッキブラシを肩に担いだ白峰は、事務所へ向かって歩き出す。それを見て慌てて立ち上がり後を追う。
「掃除道具は俺が持つ」
「そうですか?ならお願いします」
バケツとデッキブラシを黒原に手渡し、そのまま歩みを進める。その隣を歩く黒原は、白峰を見てはこの間のことを思い出す。
「なあ」
「なんですか?」
「お前、休みの日ってジムとあの場所以外行ってねぇの?」
「そうですね」
「飽きねぇの?」
「別に」
会話は続かないが、気まずい空気は流れない。この二人は不仲だと思われがちだが、そんな事はない。こうして二人で依頼をこなす事もあれば、
時には一緒に食事に行ったりもする。
「ふ〜ん。じゃあ、この仕事を始めたのは何で?」
「……唐突ですね。テツさんに拾われたからですよ」
「なんで拾われたの?」
「……」
その問いかけには答えないまま、気がつけばカプリスの事務所に着いていた。
───
──
─
「猫探し?俺と白峰で?」
「あぁ。二日連続で悪いな」
翌日、成瀬に頼まれた仕事は猫探し。どうやら近所のお婆さんが可愛がっていた猫がどこかへ行ってしまったらしい。
「ここらの防犯カメラの映像を柊に見てもらってる。実働は二人で頼む」
「分かりました」
「んで、どんな猫なんすか?」
黒原が聞けば、成瀬は写真ではなく一枚の絵を見せた。それは写真のように巧妙な猫の絵。思わず息が漏れてしまうほどの出来だった。
「これは?」
「依頼人の婆さんが書いた絵だ」
「上手くね!?」
絵の周りにはいくつもの付箋が貼られており、その猫の特徴が細かに記されている。どれほど可愛がっていたのか、それを見れば十分に分かる。
「とりあえず行きましょう」
「だな」
「気をつけてな」
事務所を出た二人は、一先ず空き地へと向かった。その空き地は野良猫の集会所になっているらしく、もしかしたら探している猫も現れるかもしれないからだ。
「にしてもあの婆さん、野良猫をここまで可愛がるとかすげぇよな」
「しかも特定の一匹をですからね。僕にはよく分からないです」
「俺にも分かんねぇよ」
目的の空き地にやってきた二人は、物陰に隠れて猫が集まってくるのを待つ。
しばらく待っていると、ぞろぞろと野良猫が集まってくる。
「いるか?」
「さあ?」
「餌置いたら出くるか?」
「いや、餌で釣るのはやめておきましょう。餌場だと認識されたら面倒です」
そんな話をしていると、白峰のスマホが鳴った。確認すると柊からの連絡のようで、白峰は直ぐに電話に出た。
「はい」
『あ、やほやほ!猫ちゃんのこと分かったよ!』
「早いですね。それで何が分かったんです?」
『え〜っとね……』
柊の話によれば、お婆さんが可愛がっていた猫は迷い猫だったらしい。そこら中の電柱に張り紙が貼ってあったのだが、それらを全て依頼人のお婆さんが剥がしていたとか。
『まあ言っちゃえば猫ちゃんを誘拐したみたいなもんじゃないかな。確証はないけど』
「はあ……、その事テツさんには?」
『さっき伝えたよ。一度話聞きに行くって言ってた』
「猫探しはどうすれば?」
『あ〜、それなんだけど……』
防犯カメラを見る限り、どうやらその猫は本能とやらなのか、飼い主の元へ帰って行ったらしい。これ以上探す必要はないとの事。
柊との通話を終え、白峰達は事務所へと戻って行った。
───
──
─
「今回の件だが、婆さんは意図的に猫を誘拐したらしい。貼り紙を剥がしたのも認めてる」
「ちなみに理由とか聞いてます?」
「昔飼ってた猫に似てたんだと」
夕方、事務所に戻ってきた成瀬は疲れたようにソファーに座った。そんな成瀬にお茶を出す黒原。
「そういや白峰は?」
「夕飯の準備があるからって帰ったっすよ」
「そうか」
お茶を啜り、ふぅと一息つく。今回の一件は、飼っていた猫を亡くしたお婆さんの犯行。行き過ぎた執着心によるものだ。
「あの婆さん、多分また同じことやるぞ」
「えっ、なんでそう思うんすか?」
「……家中猫の写真だらけだった。しかも全部同じ猫。ありゃ執着というより、依存だな」
その光景を思い出したのか、成瀬は冷や汗をかく。
そんな様子を見ていた黒原は、何の気なしに疑問を投げる。
「テツさんは、俺らが居なくなったらどうします?」
「…………ノーコメントだ」