人生平坦道 / 第28話

髪に誓って

「で? さっさと言え! 人殺しをした理由をッ!」  とりあえずは拳を納めたが許したわけではない。理由があるなら言ってみろとサキュバスを睨みつける。 「まるで何もなかったかのように……。とりあえず落ち着きなさいな、ほらノエルが用意してくれた紅茶とスコーンもあることだし……。ベルあんたもあんたよちゃんと説明しなさい」  そっと差し出してきたスコーンを手に取る、こんな物で落ち着けるか……。  たっぷりの生クリームとルビー色のジャムを乗せてひと口頬張ると、甘やかな安堵が口の中いっぱいに広がり、紅茶をひと口すする度に雑多な日々の騒がしさが遠のき、身体の奥からじんわりと温もりが満ちてくる。  ゆっくりと咀嚼し目を閉じる、そして嗜むように紅茶を口に運ぶ。それはまるで心に優しく羽織るブランケットのような、何気ないけれど確かなひと時に感じるものだった。  言葉こそ口にはしなかったが三人共が和み、その時間を優雅に過ごしていたことは間違いない。  それが何? は? 「とりあえずこれはこの棺桶の中にいる男との誓約書、簡単に言うと殺されることを容認しますって物ね。そしてこの指輪は悪魔側の契約でその後生き返らせます、出なければ死が訪れるって代物よ」  その誓約書とやらを渡され、確認するとお互いのサインと1滴程の血が滲んでいた。  何というか事務的な用紙だ、記入欄が数多くあり住所や生年月日、預金通帳の口座番号まで記載欄がある。 「私は生き返らせる代わりにその誓約書の主にお金を払って貰うって訳。危ないから止めときなさいっていつも言ってるんだけどね」  外出していて誰もいない時だってあるんだから。  と小声で付け足していた。おお腐ってもシスターだなと心の中で感心する。 「だがそれでは男に何のメリットも無いではないか殺された挙句蘇生の金を支払うんだろ?」 「まぁそうなんだけど殺され方も色々あるじゃない? 例えば死ぬまで精気を搾り取られたいとか」  あぁ、成程。つまりこの棺桶の中でくたばっている男はサキュバスにお願いして死ぬまで性行為を行ったということか……。何かこのまま埋葬してもいいんじゃないかと思う。 「それに私もある程度前払いで結構な額貰ってるのよ、それこそ普通の人では払えない程の……。サキュバスは精気が糧だって思ってる人が多いかもしれないけど、……まあそれはその通りなんだけど私はもう必要でもないからね」 「成程、まぁ理由は分かった。すまなかったな、いきなり切りかかったりしてしまって」 「分かってくれればいいのよ。私もちゃんと説明をするべきだったわ」  ぐっと握手を交わす、何だ物分かりのあるいい奴じゃないか……。ついでに棺桶を指差しサキュバスに報告をした。 「さっき戦っていた時ぶつかった衝撃で棺桶の中身がちょっと見えてるんだが大丈夫だよな?」  チラッと見ると中の男の頭頂部が見えるくらいにぽっかりと穴が空いていた。大体三十分程前の出来事である。  「……だ、だだ、大丈V。魂はそんな簡単には離散しないから、セラちゃんとりあえずなるはやでお願いできるかしらねぇ?」  今までの余裕はどこへ行ったのか目が泳いでめちゃ焦っている。クイーンともあろうお方がそんなに動揺する事なのか? 「頭頂部だけ毛根無いけどあれって最初から? それとももう死滅したのか?」 「そんなことまで覚えてないわよ! もし死滅しているなら大変なことになるわ……、ちょっとセラちゃんいつまで紅茶飲んでるの?」  生き返らせる際にはその死んだ時の姿をそのまま生き返らせる必要があるとか……。  腕が欠落していれば自身の腕が、髪が無くなっていたら髪が失われるという事らしい。 「へいへい、やりますよっと」  セラはどっこいしょっと言いながらのそのそと棺桶の横に行き横向きに寝転がる、そして肘を床に付き頭を乗せもう片方の腕を棺桶へと伸ばす。 「セラちゃんお願い、真面目にやって! 私の命より大事な髪が失われるかもしれないのよぉ。てかいつもそんなやり方してなかったじゃない!」  悪魔の契約には融通が効かないらしい。  そんなことよりサキュバスクイーンともあろうお方が取り乱しておるわい。滑稽ですなぁセラさんや。  ところでこんな不真面目な蘇生の仕方は今まで聞いたことがあるのだろうか? 怒られないかなぁ……誰にとは言わんが。 「体勢なんて関係ないわ、どれも一緒よ、屁と一緒。出る時は出るし出ないときは出ない、量に変わりはないわね」  セラさんや少しお下劣ではござらんか。  隣でアワアワしているベルヴィアを見ていて大体10秒ほど経った。棺桶がガタガタと動き出す。恐らく中の男が蘇ったのであろう。 「アネットちゃん! 見てッ! 髪の毛ある? 頭頂部とか特にッ!」  頭をぐいっとこちらに向けて近付けてきた。フワッとフローラルの甘くていい香りがする。 「あ、ああ。あるぞボーボーだ」 「よがっだぁ! セラちゃん私もうこんな契約したりしないわ! 神に……いや髪に誓って!」  両手を上げて万歳を何度もしている。恐らく彼女の頭の中ではファンファーレが鳴り響いているのであろう。その光景を見て思わず拍手を送る。 「あ、あの~これは一体?」 「とりあえず生き返した分の金くれる?」 「えっ、あっはい」  生き返った瞬間金をぶんどろうとするシスターって……。  ちなみに後で聞いた話ではあるが生き返った後に支払いを断る者が結構いるらしい。その度に両足両腕の骨をへし折り、 「もう一度死ぬか払うかどちらか選べ」  と問うらしいのだ。そんなんだからマフィア星光教会とか言われるんだよなぁ……、どうでもいいか。  何はともあれ無事に終わってよかった。  お茶も飲んだしそれでは私はこれで……、そう思いながら帰ろうとする私の肩をがっちり掴んで離さない怖いお姉さんと目が合う。 「お片付けがまだ終わっていないのではなくて? ベル、あんたもよ。逃げようとしたら尻尾引き千切るわよ」  そう言って飛び立とうとするベルディアを抑止する。  瓦礫やら残骸を片付けるのにはそれなりに時間を要した。  ルナやノエルたち、そして生き返ったばかりの中年男も何故か加わり、掃除や運搬のグループに分けて行う。 「ぶっちゃけどうだった? その死ぬほど搾り取られるというのは……。精気を奪われて死ぬというのは腹上死とはまた違うのか?」 「私もそこはすごく気になっていたのですが……、結論から言うと全然違いますぞ。体全身の水分が快楽と共に搾り取られるような……あ、これ死ぬわというのが分かりましたからなぁ。だが恐ろしいのは死の恐怖など微塵も考えることは無かったという事です。いかなる男でもあの快楽からは抵抗など出来ますまい」 「あら照れちゃうわぁ、ちなみにどれが一番好みだったのかしら?」 「それは甲乙つけがたいですなぁ、ですが(ピー)かの(ピー)でトドメと言わんばかりの(ピー)は感動すら生まれましたぞ」 「おっほぉ~、(ピー)だとぉ。そんなことが可能なのか? 今一度見てみたいものだな!」  片付けが終わるまでその場は猥談で盛り上がった。  勘違いしないで頂きたいのは普段からこういった話をしているわけではないという事だ。  私とて淑女の嗜みを心得てはいる。普段からこういった事を考えていると思い違いをする人が出ないことを祈るばかりだぞ全く。
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