人生平坦道 / 第8話

結局の所よく分からん

「1か月ほど前でした。前触れも無く村の村長を筆頭に、女性エルフの顔が赤く紅潮しているかと思えばトロンと目がおちるような恍惚とした表情になっていたんです。そしてその夜に男エルフが1人襲われました。襲われたエルフの名はレイリスと言い村一番の働き者だったんです。情に厚く誰からも信頼されて………。」    ルナが口を開き、今日まで何があったかを説明を受けた。約三時間。長々と。ノンストップで。  途中に自分の出生時は難産だったやら、何千年前の大戦云々の歴史の話をしていた気がしたが知らん。  隣にいたセラはいつの間にか席を外しておりあのオークにハーブの見分け方やお茶の作り方を教わっていた。それを見て私もと一度抜け出そうと思ったがセラに 「報告書に必要なんでしょ、責任もって聞きなさい。」  と言われ話し終えるまで立つことが許されなかった。ただ絶対に報告書にはいらない。のべつ幕無しに話すこの子の言葉なんて誰も聞きたくないもの。  ルナの話を適当に要約すると数百年ぶりに発情期に入った女エルフから逃げ出した男エルフ達がオークの集落に行き、女エルフ達を助けてやって欲しいと族長に頼み込んだらしい。  魔物に襲われたと勘違いした族長が少数精鋭で部隊(約三十体)を派遣し、十日程前に村に辿り着いたが魔物はおらず女エルフ達に手厚く歓迎された。そして訳の分からないままにオークたちは誘惑をされ今の状況に至るといったことだった。  部隊長のベオウルフはエルフの誘惑を拒み続け近付く者を威圧し寄せ付けなかったが、それ以外のオークは耐えられなかったらしい、意気消沈していたベオウルフを見てルナがこの家に住ませているとのこと。  後、ルナも三日程前まではダークエルフではなく見た目も普通のエルフだったらしい。  もうどうでもいい。  これ全部あのオークの話じゃないか。この三時間何だったんだ。クソッ。  ただ話し終えたルナは目に涙を浮かべている、エルフと言えど見た目にはまだ幼さが残っていた。 「良かったら使ってくれ。」  自身に沸いていた怒りを抑え、そっと声を掛け慰める様にハンカチを取り出しルナに手渡す。 「ありがとうございます。」  そう言ってルナが渡したハンカチを受け取り  ――ブビビブゥッッ! と音を鳴らしながら鼻をかみ私に返した。  いや使い方……。驚きを隠せないまま開いた口が塞がらない私に対して 「どうしました?」  と首を傾げるルナ。悪意が無い事だけは分かった、それ以外の事は分からなくなったが何とか平静を保つ。 「……では何故ダークエルフになってしまったんだ? あのオークにとんでもない鬼畜プレイをされたんじゃないのか?」 「まぁ……それは今日ここで寝泊りすれば理由は分かるかもです……」  外を見るともう日は沈みかけており、空は夕暮れに染まりじきに夜の帳が下りようとしていた。 「おーいもうすぐ料理できるからテーブルの物片づけて頂戴、さっきも思ったけどこのベオの作る料理めちゃくちゃ美味しいわ」 「お口に合ったようで良かったです」  あの人に心を開かないセラが愛称で呼んでいる⁉ どういうこと⁉ 私は動揺が隠せなかった。  このオークは一体セラに何をしたのか想像がつかない……、とりあえず落ち着きを取り戻す為に冷え切ってしまったハーブティを飲む。  舌の上でふわりと広がるのは、ほのかな甘みと微かな渋み。まるで草原に吹く風を感じる。その一杯には、華やかさも、静けさも、癒しもすべて詰まっている、そう思わせるような……、今まで飲んできた物の中で一番……いや、そんなはずが無いと心の中で何度も唱えながら冷えたフレンチトーストを口に運ぶ。  時間が経ちしっとりとしたパン生地に蜂蜜とバターが染み込んでいる。噛む度に甘さとバターのコクが口一杯に広がりバニラとバターの香りが鼻を突き抜けていった。恐らく出来立てはサクサクのパン生地と蜜の相性が引き立たせていただろう、だが時間が経つことによって二つ、三つの素材が混じり合い一つの食べ物に変換されており、時間が経っても美味しさが保たれている。  気付けば私は涙を流していた。  この約三時間苦痛だった、話の半分以上が理解できず、体を形成している物質の全てが空気と混じっているのかと錯覚するように意味の無い話が続いていた。  村全体を焼き払ってしまおうかと思う程に淀んでいた心の奥を包み込んでくれるかのような優しさが広がる、痛みや悲しみではなく安堵による涙。  昔に力の加減を間違えて殴り飛ばしてしまった現騎士団長のゼルガが三日間生死を彷徨った末に目を覚ましたあの時の感覚に似ている気がする。危うく殺人の罪に問われてしまうのではないかと涙したあの時と……。  目に涙が溜まってきた。今まで知らず知らずの内に他の種族を偏見で見下してしまっていたのかもしれないと己の不明を恥じていると―― 「あの……これ良かったら使って下さい」  ルナがそう言いながら自分の使用済みのテーブルナプキンを手渡してきやがった。  こいつ正気か……。  いや、文化の違いというのは種族や生まれた場所、信仰によって異なる物だ。自分達が当たり前のように行っていることも他の者からしたらありえないことであったり、場合によっては侮辱しているように捉えられてしまう事があるだろう。  他種族との共存をする上ではお互いのことを良く知り肯定することから始まるというのがグレイシア王国で過ごし学んだ私なりの答え。  驚きに体が固まってしまったが平常心を保ちキリッとした表情でナプキンを受け取る。 「……すまない、ありがたく使わせて頂く。」  そう言って涙を拭き取ったがすぐにまた零れ落ちていった。その涙の理由は何か分からなかった。  エルフにそのような文化は無いと知ったのは後日である。
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