Zeφyr(ゼファー) / 第15話

12、決意

【【12、決意】】  その事実を自覚した瞬間、顔が一気に熱くなった。たまらなくなって、右手で眼鏡のフレームを押し上げる。  直後、以前遥陽に言われた言葉が脳裏に蘇った。 『——蒼ってさ、照れると眼鏡触るよな』 「…………っ!」  自分で自分の癖を再現してしまったことに気づき、余計に顔が熱くなる。 (いつから……? 僕はいつから遥陽を……?)  わからない。昨日なのか。今朝なのか。それとも、もっとずっと前からなのか。  もしかしたら、ずっと『大切な親友』として育ててきた感情が、遥陽からまっすぐに告白されたあの瞬間を境に、別の形へ変わっただけなのかもしれない。  でも、もう『自分の気持ちがわからない』なんて言えない。  蒼は講義ノートの右上の空白に、シャーペンで小さく、他の誰の目にも触れないように—— 『遥陽』  と書いた。  そう書くと、心臓を早鐘のように鳴らしながら、慌てて消しゴムで消した。  講義終了を告げるチャイムが鳴り、蒼は静かに教室を後にした。  混雑する廊下へと歩き出した時、背後から声をかけられる。 「一ノ瀬」  振り返ると、そこに立っていたのは悠真だった。 「悠真」 「ちょっと、いいか?」 「うん」  二人は人波から少し外れた、静かな講義棟の踊り場へ移動した。悠真はいつものまっすぐな目で、蒼を見つめてくる。 「……高橋のこと、好きになり始めてるだろ」 「————っ!?」  蒼の顔が一瞬で赤く染まり、言葉を失った。その反応を見た悠真が、自嘲気味に苦笑する。 「……はは、その反応で全部わかったよ」 「……っ、どうして、急にそんなこと……」 「今日の昼休み」 「うん……」 「あと、さっき」  蒼の視線が気まずそうに泳ぐ。 「……見てたの?」 「講義棟の前で、手繋いでるの見えた」 「…………」 「一ノ瀬の方から……握ったろ」 「…………うん」  悠真は寂しげに目を細め、小さく笑った。その笑顔にはいつもの悠真らしい余裕はなかった。 「そっか……」 「…………」 「やっぱ、高橋には敵わないな」 「悠真……」 「いや」  悠真は小さく首を振った。 「一ノ瀬を責めてるわけじゃないんだ。……最初からわかってたことだしさ」 「でもさ」  悠真がもう一度、蒼の瞳をまっすぐに見つめ返した。 「一ノ瀬自身は、どう思ってんの?」 「…………」 「高橋の勢いに流されてるんじゃなくて……お前自身が、自分の気持ちで高橋を好きなのか?」  それは、さっき講義室の中で蒼が初めて辿り着いた答えそのものだった。  けれど、それを誰かに言葉として打ち明けるのは、これが初めてだった。 「…………」  蒼は少しだけ視線を揺らし、それから静かに頷いた。 「……うん」  悠真の表情が止まる。 「…………」 「僕……」  蒼の声は小さかったけれど、そこに迷いはなかった。 「遥陽が……好きだよ」  言葉にした瞬間、胸の奥からじわりと熱が広がった。 「…………そっか」  悠真はしばらく黙って天井を見上げた。 「……ごめん」 「謝るなよ」  悠真は、少し吹っ切れたように苦笑した。 「告白したのは俺なんだからさ。一ノ瀬が誰を好きになるかは、一ノ瀬自身が決めることだろ? ……前に自分で言った通りだよ」 「悠真……」  悠真の表情が、少しだけいつもの気さくなものに戻る。 「……高橋には、もう言ったのか?」 「……まだ」 「マジで?」 「ついさっき……自分で自分の気持ちに気づいたばかりだから……」 「…………」  悠真が思わず吹き出した。 「ははっ、なんか本当にお前らしいわ」 「なにそれ……」 「高橋の奴、それ聞いたら嬉しさでショック死するんじゃないか?」 「それ……遥陽本人もよく言ってる」 「言いそうだな、あいつ」  二人の間に、ほんの少しだけ和やかな空気が戻った。  そして悠真は大きく息を吸った。 「じゃあ」 「うん」 「俺の告白の返事も……今のでもらった、ってことでいいな」 「……うん。ごめんなさい」 「だから謝るなって」  悠真は少し口を噤む。 「……俺、本当に本気だったよ」  そう呟いてから、寂しそうに笑った。 「でも……好きな奴に、ちゃんと大好きな奴ができたんならさ。そこは潔く諦めるよ」  蒼はかける言葉が見つからず、唇を噛みしめた。 「ただ」 「うん」 「もし高橋の奴がお前を泣かせるようなことがあったら、その時は俺、容赦なく奪いに行くからな」 「…………」 「だから……ちゃんと幸せになれよ」  悠真の言葉に、蒼の目元がふっと柔らかくなった。 「……うん。ありがとう、悠真」 「おう」  悠真は短く手を上げると、そのまま背を向けた。数歩歩いてから、ふと思い出したように振り向く。 「一ノ瀬」 「なに?」 「今日……言えよ?」 「え……?」 「高橋に、その気持ち」  蒼の顔が、一瞬で真っ赤に染まった。 「……っ」  悠真はいたずらっぽく笑った。 「絶対に面白い反応するからさ」 「最後それ……?」 「それ!」  今度こそ、悠真は手を振りながら立ち去っていった。  放課後。  遥陽は正門の横にある大きな楠の木の下で、蒼を待っていた。 人波の中から蒼の姿を見つけると、ぱっと表情を輝かせる。 「蒼ー!」  いつものように大きく手を振ってくる。その笑顔を見た瞬間、蒼の心臓がどきっと跳ねた。 (……あ)  さっき、悠真に自分の口で伝えた言葉。 『遥陽が好き』。  その言葉が、急に現実味を帯びて胸に迫ってくる。  遥陽が大きな歩幅で近づいてきた。 「おつかれ。講義終わった?」 「……うん」 「……なにその顔?」 「なんでもない」 「俺の真似すんなって」 「……うるさい」 「えっ、なんで俺今怒られたの!?」  理不尽な対応にも関わらず遥陽が笑う。 「で、今日この後どうする? どっか寄っていくか?」 「……プラネタリウム」 「え?」 「土曜日の予定……決めるんでしょ?」 「あ!」  遥陽の顔が一瞬でぱっと明るくなった。 「そうだった! じゃあ、駅前のカフェ行こうぜ!」 「うん」  嬉しそうに歩き出す遥陽の隣に、蒼はそっと並んだ。  大学近くのカフェ。  向かい合わせの席に座り、遥陽は早速スマートフォンで予約サイトを開いていた。 「土曜日の14時の回、プレミアムシート空いてるぞ」 「……うん、それでいいよ」 「その前に、昼飯食うか?」 「うん」 「駅前のイタリアンとかどうだ?」 「うん、美味しそう」  遥陽が手際よくスケジュールを入力していく。 「じゃあ、これで予約取っとく……」 「ねえ、遥陽」  蒼が静かに呼びかけた。 「ん?」  蒼は一瞬だけためらった。けれど、今日は自分の本当の気持ちから逃げない。 「……プラネタリウムが終わった後も」  遥陽が顔を上げる。 「うん?」 「……そのあとも、一緒にいたい」 「…………」  遥陽の指が、スマートフォンの画面の上で止まった。 「え?」 「プラネタリウムを見るだけじゃなくて……」 「うん……」 「晩ごはんも……一緒に食べて」 「うん……」 「そのあと……少し散歩とかも、して……」  遥陽の目が、大きく見開かれていく。 「……少しでも長く、一緒にいたい」  店内には、BGMだけが静かに流れていた。 「…………」  蒼は不安になって遥陽の顔を覗き込んだ。 「遥陽……? また精神的に死んだの……?」 「今のは……っ」  遥陽は勢いよく両手で顔を覆い、テーブルに突っ伏した。 「……ちょっと、破壊力がヤバすぎる……」 「大袈裟だよ……」 「大袈裟じゃねえよ! 少しでも長くとか……そんなの……言われたことねえだろ!」  周囲の客がちらっと二人を見る。 「遥陽……声大きい」  顔を上げた遥陽が少し声のトーンを落とす。 「だってさ……昨日までは俺が必死に誘ってたんだぞ?」 「うん……」 「今日は……蒼から誘ってくれたんだろ……?」 「……うん」 「…………」  遥陽の口元が、嬉しさを隠しきれずに緩んでいる。 「じゃあ……土曜日は一日中デートだな」 「一日中……?」 「昼から夜まで!」 「うん」 「晩飯も食って!」 「うん」 「夜道散歩して!」 「うん」 「…………」  遥陽はもう一度、噛み締めるように笑う。 「俺……土曜日まで生きていられるかな……」 「生きてよ」 「……頑張る」  蒼も思わずくすりと笑った。  けれど、胸の奥では別の決意を固めていた。 (土曜日……その時に言おう) 『——遥陽。僕も、遥陽のことが好きだよ』  まだ、今日この場で伝える勇気は少しだけ足りない。けれど、もう自分の中の答えは決まっている。  何も知らない遥陽は、目の前で楽しそうに次の計画を立てている。 「映画も観に行くか? プラネタリウムの後に」 「プラネタリウムの後に映画? 詰め込みすぎじゃない?」 「じゃあ、やっぱり散歩メインな!」 「なんで?」 「蒼と、いっぱい喋りたいから」 「…………」  今度は蒼の方が、顔を真っ赤にする番だった。  遥陽がそれに目ざとく気づく。 「あ、照れたろ?」 「照れてない」 「嘘つけ、眼鏡触ってる!」 「…………っ」 「やっぱ照れてんじゃん!」 「……うるさい」  二人で小さく笑い合った。  そして蒼は、しみじみと思う。  やっぱり、この時間が。遥陽と過ごすこの当たり前の時間が、いちばん愛おしい。  もう、その『好き』がどういう意味を持つのか、自分の中でははっきりとわかっていた。  カフェの重い扉を押し開けて外に出ると、街はすっかり茜色の夕暮れに包まれていた。  土曜日のデートの予定は、だいたい決まった。  昼過ぎに駅前で待ち合わせ、まずは軽めのランチ。午後は二人でプラネタリウムへ行き、そのあとは街を散策して、少し奮発した夕食をとる。そして——時間が許すなら、少しだけ遠回りをして夜風を浴びながら帰る。  遥陽は歩きながら、さっきから何度もスマホのスケジュール画面を開いては閉じ、また開いている。 「……そんなに何度も見て、なにか変わるの?」  蒼が半ば呆れたような視線を送る。 「見るだろ、普通」 「まだ二日もあるんだよ?」 「二日『しか』ねえんだよ」 「まるで遠足前夜の小学生だね」 「六年も待たされた二回目のデートなんだから、これくらい大目に見てくれ」 「はいはい、また『六年』ね」 「この言葉、免罪符として優秀すぎるわ」  軽口を叩き合いながら、二人は並んで歩く。キャンパス周辺の賑やかな通りを抜け、住宅街の手前まで来ると、人影もまばらになっていた。  蒼は、隣を歩く遥陽の横顔をじっと盗み見た。 『好き』  講義室で、自分の中ではっきりと形になった感情。さっき悠真の前で、誤魔化さずに口にした言葉。 『僕、遥陽が好き』  それなのに、いちばんそれを知ってほしい遥陽だけが、まだ何も知らない。 「…………」  蒼は、手元に落とした自分の左手を見つめた。そして——ほんの少しの迷いを振り払ってそっと手を伸ばし、遥陽の大きくて温かい手を握りしめた。 「——っ!?」  遥陽が足を止め、蒼を見下ろす。 「……蒼?」 「なに?」 「なに、じゃなくて……」  遥陽は、急に繋がれた自分たちの手元へ視線を落とした。 「今日、これで二回目だぞ」 「……いちいち数えてるの?」 「数えるに決まってんだろ」  遥陽は一瞬ためらったあと、愛おしさを噛みしめるようにぎゅっと握り返してきた。指と指が自然に絡み合う。 「……さっきさ」 「うん」 「講義棟の前で手を握った時は、『不安だからじゃない』って言ってたよな」 「……うん」 「じゃあ……今はなんで?」  その問いかけに、蒼の心臓がドクンと跳ねた。 「…………」  遥陽はきっと、いつもの軽口の延長で冗談半分に尋ねただけなのだろう。けれど、蒼はその場で足を止めた。  繋いだ手に引かれ、遥陽も振り返って足を止める。 「蒼……?」 「今は……」  言える。今の自分なら、もう逃げずに言える。こんなにも遥陽に触れていたいのは、遥陽のことが好きだから。だから僕から手を繋いだんだと。 「…………」  蒼は少しだけ俯き、呼吸を整えた。 「今は……っ」  遥陽は息を呑み、蒼の言葉を静かに待つ。 「……好——」  その瞬間——蒼のズボンのポケットで、着信音が鳴った。 「…………」  遥陽が両目を閉じ、天を仰ぐ。 「……っ絶妙すぎるタイミング……!」  蒼も完全に固まっていた。 「…………」 「今、絶対にめちゃくちゃ大事な局面だったろ!?」 「……し、知らない」 「嘘つけ! 絶対なんか言おうとした!」 「してない」 「『好』まで聞こえたぞ! 確実に!」 「聞こえてない」 「聞こえたって!!」  蒼は顔を耳まで真っ赤にしながら、慌ててスマートフォンを取り出した。 画面に表示された着信元を見て、表情を引き締める。 「……大学からだ」  その一言で、遥陽の表情が一変した。ふざけた色が消え、繋いだ手だけは離さないまま静かに頷く。 「出よう」 「うん」  電話は、大学の学生相談課の職員からだった。 『一ノ瀬さん、高橋さんもご一緒でしょうか?』 「はい、隣にいます」 『可能でしたら、スピーカー通話に切り替えていただけますか』  蒼は画面を操作し、スピーカーに切り替えた。 「聞こえます。高橋です」 『最上健吾さんについて、確認が取れましたのでご連絡いたしました』 「…………」  夕暮れの街角で、二人の間に緊張が走る。 『まず前提として、最上さんご本人は匿名アカウントの運用については強く否定しています』  遥陽が眉をひそめた。 「久世と同じですね」 『ええ』 「じゃあ、最上もシロだってことですか?」 『ですが』  また、その言葉だった。ここ数日、何度も大学側から聞かされた前置きだ。 『最上さんは、久世さんから個人的な相談を受けていた事実については認めました』 「…………」 『中学時代、久世さんが高橋さんとの関係性について頻繁に最上さんに打ち明けていたこと』 『高校進学後、一ノ瀬さんという存在が現れたことに対する相談』 『そして、高橋さんが一ノ瀬さんと急速に親密になったことで、久世さんが激しい疎外感と執着を募らせていたこと』  遥陽は口を挟まず、苦々しい表情で聞いている。 『これらはすべて事実であると、最上さんは証言しています』 「……はい」 『そして』  電話の向こうで、職員が一度息を吐いた。 『最上さんの口から、新たに別の人物の名前が浮上しました』 「…………」  蒼と遥陽が思わず顔を見合わせる。 「……誰ですか」 『《《八| や》》《《代| しろ》》《《怜| れい》》という人物です』  その名を聞いた瞬間、遥陽の動きが止まった。 「……八代……先輩……?」 「知ってる人……?」  蒼が声をひそめて尋ねる。 「……中学の時の、一学年上の先輩だ」 「先輩?」  遥陽は記憶を手繰り寄せた。サッカー部の中心選手で、遥陽自身はサッカー部ではなかったものの、交友関係の広さからよく話しかけられていた人物だ。 「でも……なんで八代先輩の名前が?」  職員が話を続ける。 『最上さんの話によりますと……八代さんは中学時代から、高橋さんの行動パターンや人間関係をかなり詳細に把握していたそうです』 「……は?」  遥陽の口から、困惑と不快感の混じった声が漏れる。 『最上さんは当時、それを単純に「面倒見の良い先輩が後輩を可愛がっているだけだ」と解釈していたそうですが』  遥陽の顔がみるみる強張っていく。 『高橋さんが放課後誰とどこへ遊びに行ったか、久世さんとどんな喧嘩をしたか、学校の外で、どんな人間と交友があるか、など……』 「……待ってください」  遥陽が耐えかねて言葉を遮った。 「そんなの……なんで知ってるんですか? 俺、八代先輩に自分のプライベートなんて話したことないですよ」 『最上さん自身も、今振り返るとかなり異常だったと話しています』  そして、職員はさらに衝撃的な事実を告げた。 『さらに高校進学後……八代さんは全く別の高校へ進学されたのですが』  蒼の背筋を、嫌なものが走る。 『高橋さんが高校の入学式で、一ノ瀬さんに一目惚れをした事実を、八代さんは発生直後に把握していたそうです』 「…………」  遥陽はその場で固まった。 「なんで……?」  あの入学式の日。蒼の姿を見て、雷に打たれたような衝撃を受けたこと。 それをその日のうちに打ち明けた相手は、世界でただ一人——久世だけだったはずだ。 「久世が……八代先輩にバラしたってことですか?」 『最上さんも当初はそう考えていたようです』 『ですが、数年前に久世さん本人から『八代さんには気味が悪いからそこまで詳しい話はしていない』と聞かされたことがあると』 「…………っ」  事態の底知れなさに、蒼は思わず遥陽の手を強く握った。遥陽もまた、蒼の手を強く握り返してくる。 『そして、問題の匿名アカウントについてですが、最上さんは一年以上前、八代さんのスマートフォン画面で、現在お二人が被害に遭われているものと極めて酷似したアカウントが開かれているのを目撃した記憶があると証言しています』 「……それ……」 『ただし』  職員はすぐに慎重な口調で付け加えた。 『これらはあくまで最上さんの記憶に基づく証言であり、同一アカウントであるという決定的な証拠ではありません。現在、警察機関と連携の上、八代さん本人への聴取を含めた確認作業を進めております』  遥陽が押し殺した声で尋ねる。 「八代先輩は……今、どこにいるんですか」 『申し訳ありませんが、現段階で詳細をお伝えすることはできかねます』 「……わかりました」 『お二人にお願いがあります。決してご自身で八代さんや他の方に連絡を取ろうとしたり、接触を試みたりしないでください』 「もちろんです。絶対にしません」 『では、また進展があり次第ご連絡いたします』  通話が切れた。  夕闇が濃くなった道端に、重苦しい沈黙が落ちる。  繋がれた手から伝わるお互いの体温だけが、確かなものだった。  蒼が先に口を開いた。 「……どんどん、登場人物が増えていくね」 「……だな」  久世。 東。 最上。そして——八代。  遥陽は自嘲するように、疲れた笑みを浮かべる。 「なんかもう、相関図でも作れそうだな」 「作らなくていいよ、そんな気味の悪い図」 「だよな」  二人は再びゆっくりと歩き出した。  しばらくの間、静かに歩いていた遥陽が、ぽつりと呟いた。 「でもさ……」 「なに?」 「八代先輩のこと、思い返してみると……」  中学時代。一学年上の、気さくな先輩。部活帰りによく校門近くにいて、遥陽を見つけると気安く声をかけてきた。 『高橋、今日これからどこ行くんだ?』 『久世と帰るのか?』 『最近、最上とよく一緒にいるな』  当時はただ、気さくで面倒見の良い先輩だと思っていた。けれど、もしあれがすべて——。 「……俺さ」 「うん」 「昔から、ずっと誰かに監視されてたのかもしれないな」  蒼は足を止めず、遥陽の横顔を見つめた。 「……怖い?」 「んー……」  遥陽は少しだけ首をひねる。 「まあ、普通に気持ち悪ぃし気味悪いけどさ」  そして蒼の方を向き、いつもの力強い目でまっすぐ見つめ返してきた。 「自分が監視されてたって知るより……そのせいで蒼が巻き込まれて、嫌な目に遭ってることの方が百倍腹が立つ」 「…………」 「だから」  遥陽は少し口元を上げた。 「面倒な犯人捜しは、大学と警察に全部お任せする」 「……うん」 「俺たちは、土曜日に最高のデートをする。以上」 「……相変わらず、切り替えが早すぎるよ」 「大事なことだろ」 「まあ……そうだね」  重苦しかった空気が少し緩み、いつもの二人の空気が戻ってくる。

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