かぴ / 第6話

ぶらりミリスク探訪

「どれどれ……。俺の最初の相棒はどいつにするかな?」    ボロいテントに無理やり立て付けられた棚にはロングソード、レイピア、ダガーからはたまたメイスなどといった打撃武器まで所狭しと並べられていた。小汚い店主の前に置かれた机からは年季を感じ、上には小鍋や靴、手ぬぐいなど様々な小物類が売られていた。品物たちはどれもこれといった装飾もなく、ただ実用性を求めて作ったのだと丸わかりだった。    ハンスは旅に必要になる武器を求め歩いていた  ここは表通りから何本か外れた裏通り、その中でも道も狭く日も当たらない、いわゆる裏市場の雑貨店。店が身を寄せ合うようにぎゅうぎゅうに詰められて並ぶ表通りとは違い、ポツポツと小さな店が点在している。  店はどれも小さく店主同様小汚い。ボロ布を支柱に重ねただけのテントは雨も風も防げてはいないだろう。日差しはそもそも裏路地ゆえに差し込まない。    武具を買うならそれ専用の店に出向くのが一番だろうが何しろ金がない。雑貨屋の品数埋めに使われている武具たちは安いのだ。    机を挟んで暗がりに座る店主は何も言わない。ただ期待の薄そうにじっとこちらを見ているだけだ。試しに一番近くに置いてあるロングソードを持ってみる。ピクっと眉が動いて少し見る目が変わる。もしかしたら、という淡い期待が色づき始めている。きまずい。つけられた値札を見ると……やはり高い。安いといえど高い。 「おっちゃん、俺の持ってるこのロウソクたち何本でこいつが買える?」  声をかけると店主は静かに指を二本立てた。   「二本!?そいつは助かる!なにぶんこちとら金がなくて!」  予想外の安さに驚きながらも、抱えた木箱からいそいそとロウソクを二本取り出して机に並べる。ついでにもう1本取り出して提案する。 「じゃあこいつの鞘も頼むよ。剣で二本なら鞘なんて1本でも高いくらいだろ?!いやー助かった。やっぱおっちゃんの店にしてよかったよ。不思議と縁を感じたんだ笑」  前のめりなハンスに対して店主は何も言わず再び二本の指を突き出した。無言の圧力。 「……に、ほん?」  首を横に振る店主。 「え……二箱?????」  暗がりの中にニヤリと店主の白い歯が光った。 「ふっざけんじゃねえ!こんなしょぼくれた剣がそんなに高い訳ないだろうが!」  昼間の路地裏に怒号が響く。慌てる人はいない。簡単にヤバい奴などありふれているからだろう。 「親父のロウソクをバカにしやがって!てめぇ出てこいよ!泣きみせてやるからよ!」  制止する手を振り払って今にも机を乗り越えんとするハンス。ミコが服を掴むことで静止する。バタバタともがくハンスだが、ミコは片手で難なく抑えきっている。店主が棚の武器に手を伸ばすとハンスもたじろいで動きを弱めた。  ロウソクだって本来安くない。それこそ蜜蝋であれば庶民が丸一日働いて一本買えるかどうかである。ハンスのロウソクは蜜蝋では無いとはいえ、それを言うならば剣の質も剣の質であるはずだ。 「商売が下手な人間はさぞ大変だろう。なんせゴミだめに店を構えないといけないあげく、目の前の商機とゴミを見間違える。」  ハンスに変割に口を開いたのは無言を貫いていたミコだった。嘲笑うかのような物言いは店主をさらに怒らせた。そんな店主を無視してミコはロウソクを拾い上げると、どこからともなく火を灯す。 「ものを見る目もないお前に商人としての質はない。」    唐突な神秘現象に目を丸くする店主。怒りも忘れてただ驚きの表情になっている。 「火をつけておく。今晩はこの街で最も安い宿屋に止まるだろうから何かあれば探しに来い。」  トン、と火のついたロウソクを机に置くとハンスを肩に担ぎあげて歩き始めた。店主も目を丸くしながら視線だけでそれを追うと、気を削がれたように握った武器を置いた。   「おい、いいのかよ!?武器は?金は!?」 「いい、時期にどちらも手に入る。あの男が本当のなまくらでなければな。」    少年は抱えられながらも抗議を続ける。が、そんなことは無視して男は進む。  やんややんやと聞こえる声もだんだん小さくなり、そうして二人の奇妙な客は路地の奥に消えていった。 ───────​───────​────────  ぎゅるるるるぅぅぅ~~と恥じらいもなく腹が鳴る。  ハンスは隠すように腹を抑えるも恥じらいを表すだけで何ら意味はない。放っておけばこの人通りの多い街では誰が腹に虫を飼っているかなど分からないものだが、むしろ自分が音の主だと言いふらすようなもので、ハンスの気とは裏腹に全くもって逆効果である。  ハンスたちは表通りに戻ってきた。質のいいロウソクを売るにはやはり質のいい店だとハンスが主張したのだ。  ミコはどうにも不服そうにしていたが現代ではそうなんだの一点張りで説得した。おざなりな理由付けにきっと納得はしていないだろうが何か言うことはなかった。    この街はありとあらゆる旨みの香りが混ざりあっている。それは甘くもあり辛くもあり、時には酸っぱくもある。満腹時には匂いだけで胃もたれしそうな程だが、生憎今は大がつくほどの空腹である。嗅ぐもの全てが食欲を唆る。 「し、死ねる。ハエにぶつかられるだけでも死ねる。」  腹が減りすぎてお腹が痛い。しかし金が無さすぎて食にありつけない。金を繕うには優良店を求めて歩かなければならない。しかし、体に力が入らなくて真っ直ぐ歩けず、ふらふらと横に揺れている。完全に負の循環にハマっている。なにか助けになるものはないかと横を見るとミコが焼き立てホクホクの肉串を口いっぱいに頬張っていた。 「えええええ!!!???どこからそんな金でてきたんだよ!?!?」  ミコの手には肉串だけにとどまらず手に持って食べ歩ける物が数種類握られていた。ハンスをなやませる豊満な匂いの元凶はなんと真隣にいたのだ。 「私は金がないなんて一言も言っていないぞ。」 「じゃあなんで最も安い宿とか言ったんだよ!」  絶対に突っ込むところそこではないだろ、と自分でも思いながら言い切ってしまう。頭は回っていない。   「|目《・》|印《・》となるものが必要だっただけだ。」    意味ありげに答えるミコだが真意はいまいち分からない。 「そもそも魔法なんてものがあるのだ。身を隠した上でも金なんて稼ごうと思えばいくらでも稼げる。」 「魔法を恨んでいるんじゃなかったのかよ……。」 「感情と現状は別だ。使えるものはなんでも使う。感情論でことが運ぶほど現実は甘くない。」  それは、そうかもしれない。どれだけ村を出たくても貧困故に出れなかったハンスにも身に覚えがあった。 「ちょっとそこのお兄さん。お腹空かせてるならうちで食べてかにゃい?」  そう声をかけられ振り向くと赤茶色の髪をボブに切りそろえた|猫《・》|耳《・》の少女がたっていた。  人間の耳よりかは少し高く着いた猫耳、口元からは猫ひげが伸び、口には鋭い犬歯が見え隠れする。違うのはそれくらいで暗い赤を基調としたワンピースにフリルの着いたエプロンという少々派手な給仕服の上からでも女性的な体つきがよくわかる。爪も綺麗に手入れされていて人間のものだ。 「どうしたにゃ?急に固まって……あ、もしかして獣人を見るのが初めてとか?」    獣人———人間と獣の性質を併せ持つ|人《・》|種《・》。数は多くなく、大抵大都市などで給仕や肉体労働に従事する者が多い。人間より五感に鋭く、身体能力が高いといわれている。  ——初めて見た!ほんとに獣の部位があるんだ!  リーグレット村には獣人は住んでおらず、偶に来る商人などが連れてることもなかった。ハンスにとって獣人とはどんな建物や市場より都会の象徴なのだ。   「獣風情が人様の飯を作るのか?」  ハンスが口を開こうとした時、遮るように話したのはミコだった。その言葉には明確な悪意が含まれ、蔑視の目が向けられていた。 「なんにゃ?喧嘩売ってんのかにゃ?」 「人間の言葉もろくに話せないからか、喧嘩を売られているかどうかも分からないようだな。」 「このクソじじいが……残り少ない寿命もここでおわらせてやるにゃ……。」   そう言って少女が身を屈めると、綺麗に切りそろえられていた爪が鋭く伸び始めた。まるで猫が爪をしまっていたかのようだが、明らかに爪は|伸《・》|び《・》|て《・》|い《・》|た《・》。  疾走。まんまその言葉の通りであった。身を低くした少女は強い踏み込みで一瞬にして姿を消すと、2人の周りをぐるぐると駆け始めた。目で追えないほどでは無い。しかしこれだけ小回りに曲がりながらものすごい速度だ。  目で追いながら後ろの景色を見やると、面白がってどんどん人が集まってきている。気づけば3人を囲うように包囲網が完成してしまった。    ——まずい人目が集まりすぎている。  魔法という最強の切り札がある以上、ミコが負けることはまずない。  しかし、これほど人目の前で魔法を使えばその後の展開は想像に難くない。聞いたばっかりだ。魔法を求めて戦争が起きたと。    一度人前で魔法を使えば、魔法使いの男の噂は必ず広まる。それほどまでに魔法というのは心に鮮烈な瞬間を刻む。そしてきっと|い《・》|ま《・》魔法使いを囲っている誰かの耳に入ってしまう。  少女が一際低く屈んだと思うと、急遽こちら側に方向転換して突っ込んできた。伸びた長い爪はシワの深くなった男の首をかき切らんと真っ直ぐに向かってくる。 「ミコ!だめだ!まほっ……」  ハンスの言葉は最後まで続かなかった。理由は単純である。  ミコは真っ直ぐに向かってくる少女に対して、|前《・》|に《・》|出《・》|る《・》と身を捩り背中を向けながら左手で少女の手首を捻り、右手で少女の首を逆手持ちにした。直後、少女が地面に激しく打ち付けられる音ともに地面が揺れた。少女の勢いを完全に利用したあまりに荒々しい背負い投げ。  ミコは魔法を使わずとも単純な武で少女を圧倒して見せた。  一泊遅れて沸き立つ観衆たち。響く大歓声にたじろいでしまう。自分に向けられたわけではないとわかっていても気持ちが良かった。 「んにゃ、あんた何者にゃ強すぎるにゃ……」  ミコは地に這う少女を哀れむような目で見るだけで何も答えなかった。 「いいにゃ、死人に口なしって言うやつにゃね、死んでないけど。それにしてもよくあたしの動きを目で追えたにゃ。そんなやつ久しぶりにゃ…。」 「なにを、言う程でもなかっただろう。」 「にゃ」 「周りを回るならば後ろから攻めてこないと意味がない。」 「にゃにゃ……」 「あ、動きは俺も追えてたよ。」 「にゃにゃにゃ!?」  ───────​───────​────────  目の前にはほくほくと湯気を立てる待ちに待ち望んだ食事が並んでいた。が、どうもスプーンを持つ手が進まない。パンと何が入っているのか分からない赤茶色のスープ。グツグツと泡が経つ度に、鋭いスパイスの香りが弾けて鼻腔を刺激する。どう見ても異国の料理……ぶっちゃけ美味しくなさそうな料理である。  負けた猫少女はミケと言うらしい。近くの飲食店で看板猫娘として働いていてケジメとしてご馳走してくれるようなので着いて来たが、どうやら判断を誤ったようだ。  連れてこられたのは店ではなく台車の上に無理やり調理設備を設えたような屋台。手作り感満載の看板には"キャラバンレストラン 猫の手"とある。  キャラバンレストランね。つまるところあれだ、移動屋台だ。店を構えても固定客を得られないから土地を転々とし一見客で稼ぐ。リピーターを作る必要がないのでインパクトはあっても味のクオリティは度外視である。とどのつまり美味しくない。 「さっさっ!冷める前に食べるにゃ。」  急かされるところ悪いがこれほどの空腹であっても食べる気がしない。お腹を壊しそうだ。 「いいから食えにゃ~っ!!!」  渋っているハンスに耐えかねてミケは無理やりスプーンを取ると口に突っ込んできた。  なんとも一見的な味がした。  やはりと言うべきか、ミコは一口も食べなかった。     「んにゃ~!!その気持ちわかるにゃ〜!!」  音を立てて空になったジョッキを置く。その口元には元から生えていた髭に加え、新たな白い髭が生えている。 「にゃーんで男ってああも頑固なんにゃろ!もっと上手く生きればいいのににゃ。」 「そうなんだよ!そうなんだよ!でもそんなオヤジだからこそかっこよくて……」 「んにゃー!!!もうよくわかんないにゃー!とりあえず飲むにゃ!全部忘れて飲むにゃ!グラス空けろ〜!!」  勢いよく乾杯をかわしもう何杯目かも分からないジョッキを枯らす。料理があまりにもあまりにもだったので食後に追加で酒を頼んだのだ。酒は初めて飲んだがなんでこんなに楽しいものを今まで飲んでこなかったのだろうと後悔した。  最初は一杯だけで済ませるつもりだったのにどうしてこうなったのか。  乾杯を求めてきた猫少女はグラスを一息に煽るもそこで中身がないことに気がついたようだ。 「ママ!もういっぱい頼むにゃ!」 「俺のも!」  すかさずなみなみと酒が注がれたジョッキとグラスが出てきた。一口、口に含む。うまいのはうまいがそんなことより今はとにかく大きな声を出したい。気持ちいい。頭の中がぼわぼわして考えがまとまらない。浮かんでいるような飛んでいるような気分だ。 「そういや、店員なのに一緒に飲んでていいのかよ?」 「もちろん!こうやって今も店に貢献してるにゃ。」 「……ん?」 「ん??」  不理解。沈黙。ハンスはゆっくりとジョッキを机に置いた。急に頭が冷えてきた。主に悪い可能性のために。 「お、お嬢さん、今飲んでいるお酒のお代金って……」 「何言ってるにゃ、奢るのはご飯って言ったにゃ。」 「じゃあ、あなたが飲まれているお酒の代金って……」 「店員が自腹で飲むわけないにゃ。」 「……え?」 「え?」  キョトンとした顔のミケ。裏腹に大量の汗をかくハンス。 「ちなみに今どれくらいですか……?」 「ママ!今どんくらいいったにゃ?」  ミケが厨房に立つ大柄な女性に尋ねる。巨体がぬっと前に出てきてこう言った。 「ただいま、%@ღ*?&ロルだよ。」  ファッ!?%@ღ*?&ロル!?!?だめだ金額が高すぎて頭が理解できていない!! 「ごめん、モウイッカイイッテクレナイカナ?」 「ただいま、%@ღ*?&ロルだよ。」 「ファーー!wwwwwwwwwwww」  半分泣きながら助けを求めるように横に座るミコを見た。酷く冷たい目で見ていた。それはもうひんやりとしていた。   ───────​───────​────────    随分と空きの多くなった木箱を見ながら二人は酒場の机に向き合って座っていた。宿屋の一階にはちょっとした居酒屋が併設しており二階が客室になっているようだった。  昼間の宣言どおりこの街で最も安い宿屋を探した。宿屋が安いだけあって酒場もかなり安い。ここならあんな値段にならなかったのにと考えが浮かび、やはり思い出したくないので水を飲んで無理やり流した。    安い酒場なだけあって治安も悪そうだ。話し声だけでなくやたらと物音が響く。机を叩く音、椅子を蹴る音、グラスの乾杯音に割れる音。売上より設備の補填代の方が高くなりそうだ。  がやがやとうるさい周りと違いこの卓だけえらく静かで触れずらい空気が流れている。  結局昼間の酒代を払えなかったハンスは手持ちのロウソクを売ることで何とか勘定とした。このロウソクで路銀の工面を考えていたため、頼りのものが無くなったことに対する落胆と浅はかな行動に対する怒りがミコからはひしひしと伝わってきた。 「全く……このばか田舎者が……、」 「すいません……。」  何も言うことはできまい。自分が悪い。   ———ドンッ!!!!!    二人の空気を砕くように、雑に扉を開けた大きな音がして酒場が静まりかえった。先程までどんちゃん騒ぎをしていた皆の集中も入口の扉に向けられてる。   「やっと見つけた……!おい、あんたら!そこの赤髪の少年とつり目のじいさん!あんたらのことだよ!!」    そう言ってドカドカと入ってきたのは昼間に見た裏路地店主のオヤジだった。オヤジはこちらを見つけると方を上下に揺らしながら近づいてきた。その表情は焦りからの安堵、抑えられない高揚が浮かんでいた。 「どうやら何とかなりそうだな。」  ミコが小さく笑った。
お読み頂きありがとうございます! 毎話5000文字いかないぐらいにしようと思っていても気づけば6000を超えています。 書くの遅いゆえに致命的……。 次回もよろしくお願いします!じゃねばい!

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