蒼井瑠水 / 第14話

凪いでいる。

 その日の夜は、長かった。    つまらない、飽きた。そんな感覚はもうない。  代わりに、私の心をナニカに変えていく恐怖だけがあった。  一人の私が言う。 「私だけならまだしも、他人を巻き込んじゃだめだよ!」  なにをいまさら、綺麗事を言っている。  今まで何人の人に手を出して、無駄に希望を持たせて、傷付けてきた?  お前だろ? 高木柊。お前が周りの人を傷付けてきたんだ。  今にもなって善人ぶるな。もう希望を持つな。  彼に、ケイくんにいろんな光をもらったじゃないか。  私はもう、充分に幸福だ。味わって、咀嚼して、飲み込んで。  腹は十二分に満たされた。  お腹いっぱいだ。  これを全て彼に還元する。なぜか死ぬ彼を、絶対助ける事に全部、賭ける。  正直、つばきちゃんの救出は、比較的小規模だ。  ケイくんの死は、不明瞭かつ、なにか裏のあるような、そんな予感がする。    だから、これなら確実に助かるって確信したい。  彼の死の背景が、どれぐらいの規模なのか分からないから。    私の幸福じゃ、まだギャンブルだ。 「だからだめだって! 他人は他人だよ!? その人の人生がある!」  は? だからなに?  私がどん底まで不幸になって、自殺より重い、地獄の人生を歩もうとしてるんだ。  それに少量の人間を加えるぐらい、どうってことないだろ?  世界の人口に比べたら、彼の生存に繋がるなら、小さいことだ。小さすぎる。  なら、巻き込もう。私が終わるなら、変わらない。  彼が助かるなら、変わらない。  何も変わらない。微々たるもの。 「いやだよう、誰か私を止めて!」  だまれ。  頭に響くノイズに命令するたび、私は黒くなる。   ナニカに蝕まれていく。まだ灰色だった私がどんどん色を濃くしていく。  私の心に産まれたナニカは、もう私を変えさせたくてしょうがなかったようだ。  苦しいわけでもなかった。逆にこの、胸の痛みが愛おしい。  飽きない、つまらなくない。飽和するまで、続いてほしい。  頭の中の誰かは言う。    それでも、私の色を変えるのだけはやめてくれ。  私はまだ、このままの私でいたい。  黙れって言ってるだろ。生きる価値もない、足を引っ張るだけのクズが。  誰か、助けて。誰か。  お母さん。お父さん。つばきちゃん。……ケイくん。  うるさい。静かにしろ、私にしがみつくな。  お願い、やめて。あなたは私なんでしょ?  痛みが、ひどくなってきた。  だんだん、息ができなくなって。    言うまでもない。  苦しい。もう、飽きた。  眠りたい。でも、朝が来てしまう。  太陽にはしばらく消えてほしい。眩しいだけの、光で無駄に照らすだけの、ただの能無し。  陽が来なくても、みんな生きられるんだから。  私は、凪いでいる。それは無駄に女らしくなった身体だけで。心は、ただ正反対だ。  ほとんどを経験してきたはずのに、勝手に大人になる身体についていけないなんて。  情けない。  だから、胸の中にうるさいガキがいるんだ。  そういえばと、身体を起こした。ただ、ため息が出る。  部屋の窓の外が少し明るい。来るなと言ってるのにせがんでくる。  仕方ない。     朝になってしまったのなら、行こう。  行く必要のない、夏休みの学校へ。

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