蒼井瑠水 / 第11話

かわええやないかー。

 ミーンミン、ミーンミン。  最初は鬱陶しいセミの鳴き声が、いつの間にかヒーリング音源のように聞けるようになった頃。 「うぎゃー! センパイやめてー!」  女の子みたいにキャンキャン悲鳴を上げるのは、うざい気持ち悪いしつこいの春野ケイ。 「いいじゃないか、いいじゃないか。君は素材がいいから可愛くなれるよ」  ひー、助けてー、と尻もちついたケイくんはブンブン頭を振っている。  でも、私は容赦しなかった。 「覚悟!」 「うわあぁぁぁぁ!」  あれから四ヶ月。四月後半の春はいつもより暖かく、逆に暑い日もあった。それから夏日が普通になり、極端に猛暑になったり。  本当に40度を超える日ばかりで、信じられない、外出をためらう季節だ。  年を重ねるごとにどんどん暑くなってるような。  もう、暑さにうんざり。 「うー、あつい」  10時頃、暑さが再燃し始めた頃に文句をぶつぶつ言っていた。  薄着の襟元を掴み、胸元にぱたぱたと風を送りながら、汗を拭っている時だった。  ピロリン。  スマホのメッセージアプリが通知を鳴らす。すぐに画面に光と文字が灯る。 「えぇ?」  母に電気代うんぬんで、エアコンは日中だけ。そんな事実にいやいやと床に寝っ転がっている時に、いやな通知音が鳴る。  分かってる。通知来た時点で誰か分かる。  なぜなら、今の『高木柊』には交友関係がなく、後輩のアレと家族しか連絡交換してないから。 「何よ」  スマホを拾い上げると、やっぱり『ケイ』のアカウントに新着。 『柊センパイ、寂しいですよー。センパイの顔一週間見てないですよ~。会いたいよ~』  気持ち悪い文章とともに『悲しすぎて困る』のスタンプを送ってくるから、つい。 『だまれ』と送ると、『悲しすぎて困る』を高速連打。  うわ、気持ち悪! 『やめろ』『悲しすぎて困る』『ぴえんはもういい』『悲しすぎて困る』『ちゃんと返事して』『楽しすぎて困る』『適当にやってるだろ』『悲しすぎて困る』  もう。  途中に、なんかこの会話を楽しんでるような憎たらしいスタンプも送ってくるし。  話にならず、やっと普通の文章が来たと思ったら、 『オレ、自分のうんこ食べて死にますよ? いいんですか?』  と。はっ、上等だよ、この野郎。   『勝手にどうぞ』『悲しすぎて困る百パーセント』  今度はさっきまでのスタンプが数段強化されたような、生理的に打たないでほしいスタンプを送ってくるもんだから。  ああ分かったよ、と頭を掻きむしって、『じゃあ家に来れば』と送った。  今まですぐ返事来てたのに、今度は返事がなくなって既読だけ。  あれ?  もしかしてやばいことした?  家に誘ってる変態先輩みたい?  やばい。やばい。キモかったか。  額を掴んでずーんと落ち込んでる時。  ピロリン。……ん?  その体勢で視線を上げ、文字に目を通す。 『住所、教えてください』 「うわーん! センパイ悪魔だー! うわーん!」  にゃはは、何を言う。そなたが私のトラップに掛かったのだぞ? 「いいじゃないか、いいじゃないか。ちゃんと住所教えて会ってあげてるんだから、私のわがままも聞いておくれ」 「ひいぃー!」  そう、あのやり取りから一時間弱でケイくんは来た。  我が家のインターホンが鳴って、息を切らしながら汗だくになった彼が現れた時はびっくりしたが。  熱中症で倒れられても困るから、ぶっきらぼうに挨拶してすぐに玄関へ上げてあげた。  途中、道中トラップの興味津々な母をどうにか遠ざけ部屋に通し。  私の部屋で座布団に座らせれば、彼は超ガチガチの正座をするほど緊張していて。  こんなに緊張されてもこっちが困るから、気分転換にトランプをした。  そして、ケイくんがいつものへらへらに戻りかけた時、ふと聞いたんだ。 「ケイくん、なぜあんな緊張してたん?」  そう言うと彼は意外なことをぼやき始めた。女の子の家に来たのは初めてだと。 「オレ自身、女子に話しかけることなんてなかったから」  へへへとはにかむ彼に、人は見かけによらないんだなと、感慨深く思ったワンシーンだった。  時は変わり、今。 「うぎゅ、センパイ、恥ずかしいよ」  暴れる彼にやっとこさ可愛い服装を着せて、満足気に一息ついたところ、今は彼の手を握っている。 「センパイ、俺こんな格好して大丈夫かな」     彼らしくない弱気を吐くものだから、何言ってるの、と背中をバシバシ叩いて、握った彼の手を引いた。 「ほら、みてごらん」  連れて部屋の姿見の前に立たせると、彼は思いのほか静かになった。  きっと今までの男の自分が映っておらず、女の子のような、いや一人の女の子がその鏡に映っていたからだろう。  我ながらいい出来。  後ろから覗き込みうんうんうなずき、彼も放心状態。  いやー、やっぱり女装似合うと思ったよ。見込み通り。 「センパイ、オレ……きれい……」  オレじゃない、とぼやく彼に、ふふんと得意げに言う。 「化粧したらもっと可愛いと思うんだけどな?」 「……じゃあ、お願いしよう、かな」  ぼそぼそ言うケイくんにニンマリ笑い、あれは化けるぞーと、うきうきになって化粧箱を取りに出た。 「センパイ、なんか人が変わりましたよね」 「ん?」  勉強机の椅子に座ったケイくんは顔を向け、ぽんぽんパフを叩かれている。 「なんか、凄く明るくなった。別人」 「そうかな?」 と、とぼけてみせて。  パフの次は薄ピンクの口紅を塗ってあげた。 「全然違います。確かにオレの知ってるセンパイだけど、やっぱりびっくりする」  ケイくんの言葉が、水辺に波紋を広げるように胸に滲む。 『別人みたい』  そうだろうか。でも、彼の顔に化粧を施す自分の指先が、どこか楽しげに動いてることに気付いた。  パフを叩く音、口紅の甘い香り。夏の暑さすら、今は不快じゃない。  いつからだろう。世界にこんなにも色があったなんて。  彼のはにかむ顔を見ていると、自然と口元が綻んでいた。  ああ、そうか。私、今、笑ってるんだ。 「なんか、ありがとうね。ケイくん」 「……」  彼は、軽く叩いた肌色パウダー上からでも分かるほどほっぺを紅くして。  それより前から仄かに上気していたけど。今は真っ赤っか。 「ほら、唇をむにゅってして。んま、って」 「こう……ですか?」  むにゅむにゅと不器用に動かす彼の顔は、やっと完成。  とても色っぽく、女の私も惚れそうなくらい美しい。  人は可愛いかっこいいで顔を選ぶけど、性別を超えた美しさでも一目惚れするんだな。  ……ごくっ。  なにか、変なものに飲み込まれそう。まずいかも。 「センパイ?」  彼が声をかけた瞬間、身体がびくんと跳ねた。 「ひゃ、ひゃい!」 「どうしたんですか? そんな顔赤くして」 「へっ?」  彼が椅子から立ち上がり、私の額に手のひらを当てた。 「熱でもある?」  目の前に、言葉で表せないぐらい綺麗で、妖艶で、可愛い人形がいる。  私と等身大の、中性的な美しさを持つ現実離れした人形が。 「ほんとに大丈夫ですか? センパ、っととと! おおおお!」  彼が私の顔を覗き込もうとした時だった。  ケイくんが私のデスクチェアの足の、ローラー部分に爪先をぶつけて、倒れ込んできた。 「いてて、すみません、センパ……。はわわ!」  私に覆いかぶさるようにケイくんは倒れ込んでいたようで、彼の人間離れした顔はすぐ目の前にあった。 「ごごご、ごめんなさい! 今どきます……」  そういって周りを確認して立ち上がろうとしてる彼が、とても気になってしまって。  私の心から飛び出そうとしていた、抑えていたその感情がいつの間にか行動として現れてしまっていた。  愛おしい。君が、たまらなく、欲しい。  彼の首裏に手を回し、強引に引き寄せて私は彼と身体を重ねた。 「セン、パイ、あの」 「このまま、このままにして。少しだけ」  私は身体を重ねるぐらいなら、キスもしていいかな。  そんな不埒な事を考えたけど、でもそこでへんに理性が働いて彼の首元に顔を埋めるだけにした。  でも、うん。やっぱりケイくん、汗臭いかも。  雰囲気を台無しにするような思考が巡っても、この刹那を思い出に刻み込むために、瞼を閉じる。  それでも思ったより、臭いというよりかは、好きな匂いかも。 「あっ、あの」 「ん?」  彼が耳元で気不味そうに声をだして、気付いた。  私と密着している彼の心臓が、同じ胸元からでも分かるくらい、早鐘を打っていることに。 「ちょっと、ケイくん?」 「あっ、はい。なんでしょう」 「なに興奮してるの。きもい、離れて」  口ではそう言ったけれど、私も心臓が速く鼓動を打っていた。  こんなに人形みたいな綺麗すぎる顔でも、れっきとした男の子なんだと知って。  なんだか嬉しくて、安心したような感覚を覚えたけど、どこかおぼつかない心地だった。  でも、彼がこんな事をいうから。 「え、い、いや。このままくっついていようかなー、なんて」  ドゴン。  茶化し半分だけど、あまりにも心臓が脈を打って身体が熱いから、どうしようもない。  私は彼を投げ飛ばし、顔を真っ赤にしながら、立ち上がった。  そして決め手のひと睨み。 「この野郎」 「うえーん、理不尽すぎるー」  そんな彼からしたらひとたまりもない、ちょっとした一幕で彼の女装完成の興奮は終わった。    それからは、化粧したケイくんと最近あったことや好きなマンガ、私が興味持てるように恋愛系のノベルゲームの話で盛り上がって。  意外にケイくんとの好きなジャンル、恋愛でも純愛好きだったり、ファンタジーならダークな人間の汚い所が見える作品好きだったり。  同じ好きがある以外にも感性が合ったりして、(あれ、なぜこんなに共感するんだろう)と思った。  時には意見食い違って持論バトルになるけど、それも話題のスパイス、アクセント。 (そうか、私はケイくんとちゃんと触れ合ってなかったんだ)  彼に言われて、自分、変わってきたかもとは思った。  でもそれはテンションの問題で。この子のことを理解しようとしなかったんだ。 「なんか、ごめんね。ケイくん」 「ん? 急に何ですか? センパイ」  私が急に謝り、彼は不思議そうな顔する。 「あっ、もしかしてさっきセンパイと身体を重ねた時のことっすか!?」  んー、なんでとぼけるかな。 「語弊あるからやめてくれる? あと今度覆いかぶさってきたら死刑ね」 「えー! なんか今日のセンパイ厳しすぎません!? 俺悲しいっすよー、センパイの趣味に付き合ったのにー」  私がムスッと頬を膨らませて、わざとらしく怒ると、彼はギャーギャー反抗するばかり。 「ぷふっ、あはは。なんか変だね、私たち」 「ははは、そりゃ元からっすよー、なはは」 「なにおー! 一緒にすんなー!」    彼と遊んで、夕方過ぎの時だった。   「キャー! ひいらぎ! 大変だよ!」  部屋に一人、ケイくんの女装姿の事を思いながらぼーっと待っていると、母が大声を出した。 「彼氏くんが! 彼氏くんがー!」  彼氏じゃねえよと突っ込みたくなるけど、母がこんな慌てた声出すのは滅多にない。  きっと余程のことだ。  すぐ自室を飛び出し、二階を降りる。  奥の洗面台とお風呂の部屋前で、母はわなわな足元の影を見下ろしている。  どうしよう! どうしよう! とパニックの母に近づき、「何があったの!?」と問う。 「そ、その! 彼氏くんが! 男の子が!」  要領を得ない母に構ってられないと奥に進むと、その影は倒れたケイくんだった。  彼は「そろそろ帰るんで化粧落としたいんですけど、洗面台借りていいですか?」と向かっていた。  今のこの、無慈悲にも見える景色に見合わない、爽やかなクレンジングの香りが漂っていて。  違和感しかないこの状況に、私の情緒は揺れて、感情が波立つ。 「ケイ、くん?」  まさか、……まさか。  彼の葬式を見たのは、死因は病気かなにかなのか?  顔はきれいに化粧が落とされている。しかし、横たわる白い肌には赤い線がひとすじ、残酷なほど鮮やかに流れていた。  鼻血だ。  早く、救急車を呼ばねば。彼が、危ない。

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