蒼井瑠水 / 第4話

変なやつ同士。

 びくりっ。体が跳ねた。  幼い頃の夢を見て、私はいつの間にか飛び起きていた。 「はぁっ、はぁっ」  嫌な夢だ。また、始まりの日を思い出してしまった。  私が一通りの未来を見られるようになった、このくだらない能力の初めての日を。  私は胸が苦しくなっていたのに今さら気づき、息を深く吐きながら、いつの間にか抑えていた胸から手を離す。  緊張が解けてきたからか。どっと身体に重みがましたようで、またため息をついてしまいそう。 「二度寝しようかな」  ぼそり誰に言うでもなく、自分に言い聞かせるように、ベッドに横になろうとした。  すると、 「ひいちゃーん、朝だよー」  母が階下で声を高くして、家中に響き渡らせる。 (あれ、今何時だっけ)  母は寝坊した時しか、声をかけない。その理由を考えて、目覚まし時計を手に取る。 「あー……」  いつもより二十分オーバー。確実に遅刻だ。 「ひいらぎー? 寝てるのー?」  母が胡乱げな声を出しながら、ぎしぎしと部屋に繋がる階段を軋ませた。 「ごめーん、今起きたー」 「早くしなさいよー」  いつもの私なら、いや、昔の私ならここで間延びした返事を返していただろう。  でも、今はそれすら面倒に感じる。  私は、本当に初めてを失ってしまったのだろうか。ベッドを微かに軋ませて立ち上がった私は、高校二年生としては慣れないはずの朝を、淡々と仏頂面になりながら、支度した。 「じゃあこれでホームルームは終わりっと。あんまり道草食わないで帰れよー」  聞き覚えのある台詞を言う、おちゃらけた先生の言葉にクラスメイトは、うぇーいと返事でもない回答をして、ぞろぞろと立ち上がる。 (なにがうぇーいだよ、バカ男子。だるいのは私の方だ、まったく)  私が心で毒づいてるとも知らず、ふざけた男子生徒は変な独り漫才をしてわちゃわちゃしている。それを見て、げらげら笑う男子も、控えめにくすくす笑ってる女子生徒も、何もかもが気持ち悪かった。  何度も、何度も見せられた光景だ。飽きるのを通り越して吐き気すら催す。  ホントにいやだ。  体が成長して胸が膨らんでも、心はなにも変わらない。  私の心に残るのは、ただの嫌悪感だ。生理的に、嗚咽を引き起こすような、得体のしれない気色悪さ。 「高木さん、一緒のクラスになったからさ、たまにはみんなで帰らない?」  そう話しかけてくる、薄笑いを浮かべた細身の女子生徒。妙に色白い手で私に手を伸ばしてきて、触ろうとするから、遠慮がちなのがよく分かるように、両手でその手を抑えた。  そっと彼女の手をおろさせる私に、女子生徒は無駄に湿った表情で「いいの?」なんて言ってくる。 「よーよー、高木さんも俺たちと帰ろうぜー? たまにはいいんじゃねーか」  私に触れようとした女子生徒とグループになった、茶髪の男子生徒。  校則が緩いからって、チャラい格好してるようなやつとも、私は関わりたくない。 「そうよそうよー、うちらと帰ろー?」  清楚系な生意気そうな女子生徒がそんな事をいう。  お前みたいなのも嫌いだ。会社で散々な目にあった。 「あの、僕も一緒に帰るの、賛成です。高木さんの事、ちょっと気になってたし」  お前もだ。臆病そうにちらちらこっち見てくる、何もかも目立たない普通の男子。  それに気持ち悪いんだよ。  私のそれなりの胸と清楚美人の女子の巨乳を交互に見比べて。  もう、いいから。構わないで。  私はもう、お前らの行動に見飽きたし、何度も話しかけられたくないし、何回も誘いを断りたくない。  面倒なんだよ。 「……いいから」 「え?」 「んー? 高木さん気分わりーの?」 「いいっていってるのッ!」  私が叫んだのに、自分の鼓膜がキン、と響いたことに驚いてしまった。  ざわざわと周りは談笑していたのに、あっさりと静まって、気味が悪い。こんな簡単に静かになるんだ、と変な好奇心とともに、居心地が急に悪くなって。  それで、カバンを雑に掴みだし、床を蹴って走り出した。  教室の離れた所では、「どうしたの、あの子」と異分子を見るような目でひそひそ喋る女子や、「なんだあれ」と好奇な物を見つけたような声で話す男子生徒。  私にとって、この世界は普通じゃないのに、みんなからは私が普通じゃないのだろう。  静まり帰った教室を抜け出して、まだ人の声があちこちに残ってる渡り廊下を抜け出していく。  私は、おかしい。世界は、おかしい。  みんなが、羨ましい。  私は、普通の人になり…… 「セーンパイ」  ふと、暖かいそよ風が流れた。  それは、私が昇降口前まで来たから、風が吹いてきたわけではない。  風が吹き出るわけではないのに、誰かがそっと風を起こした。 「センパイ、どうしたんすか? すごーく怖い顔してますよ」  にへらと笑っている背の低い男の子。  昨日会った、うざい子だ。  彼から暖かい風が吹いている気がする。 「春野、くん」  私が、ぜーはーと息を吐いて彼にぼそりつぶやいたときだった。 「うわっ、センパイに春野くんだなんて気持ちわりっ。やめてくださいよー、俺の名前は下の名前でいいって言ったじゃないですか」  ごくり。  あまりに全速力だったのか、喉が呼吸で乾いていた。  喉がかさつき、擦れて痛い。唾液で喉を潤わさなければ。 「ふー、ふー、んげほっ、げほ」 「ほらほらー、そんな息荒げてるから咳き込んでるじゃないですか。俺の水筒飲みます? オレンジジュースだけど」  オレンジ、ジュース?  唾液を飲み込み間違えて、咳き込む私の頭の中は、一瞬でオレンジジュースになる。 「オレンジ、ジュース」 「ちょっと待ってくださいね……、蓋を回してキュルキュル、きゅぽん」  彼が、無駄に擬音をつけながら取り出す水筒を、私が不思議と見惚れて眺めていた。 「はい」 「あ、ありがと」  ごくりっ。  あ、オレンジジュースだ。  とても、甘い。 「ホントにオレンジジュース入れてるし」 「えへへー、俺柑橘系が好きだから、つい」 「………………」  なにが、柑橘系が好きだから、だ。  私に散々付きまとって、これとか。変なやつ。  むかつくから全部飲も。 「ごくっ、ごくっ」  口の中に広がる人工的なオレンジの香り。  甘味料マシマシのこのオレンジジュースは、無駄に甘ったるくて、どこか彼のよう。 「あー! 飲み干す勢いで飲まないでー!!」  私も変なやつだけど、彼も大概、変なやつだった。

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