むかいぬこ / 第19話

第19話 おこげですが、言わせてください

静まり返った視聴覚室に、紬の荒い息遣いだけが響いていた。 クラス全員の視線が一斉に集まり、紬の華奢な肩がびくりと跳ねる。 それでも、握りしめた拳を解こうとはしなかった。 「あ、あの……っ」 紬は喉の奥を詰まらせながら、必死に言葉を絞り出した。 「私、つい最近転校してきたばかりで……まだ、クラスのこともよく知らなくて……そんな私が口を挟むなんて、すごく……すごく、おこげましいとは思うんですけど……!」 「……おこげ?」 誰かが小さく呟いた。 壇上の小春が目を丸くし、客席の数人から「ぷっ」と吹き出すような声が漏れる。 言い間違いに気づいた紬の顔が一瞬で真っ赤に染まった。 けれど、恥ずかしさに俯きかける頭を、紬は力ずくで持ち上げた。 涙目で、まっすぐにクラスメイトたちを見据える。 「おこがましいのは、分かってます! でも……どうしても言わせてください」 震える声は、けれどもう途切れなかった。 「神崎さんの企画にくらべて、私たちの企画は準備で毎日残るのも大変だし、面倒くさいと思います。でも……大変じゃダメなんですか? みんなで机を運んで、ペンキで手が汚れて、思うようにいかなくて困ったり、ぶつかったりして……そういう時間があるから、終わったあとに『楽しかったね』って笑えるんじゃないでしょうか」 紬の声はまだ震えていた。 それでも、もう視線を逸らさなかった。 「私、このクラスに来たのが遅かったから……みんなが春から一緒に過ごしてきた時間を、私は知りません」 「あとから欲しいって思っても、その時間は戻ってこないから……」 紬は手元の机をぎゅっと掴んだ。 頭の奥に、先日のメッセージのやり取りが蘇る。 ――じゃあ、つむはどんな文化祭にしたいの? 放課後の教室。 みんなで作る看板。 買い出しの帰り道。 当たり前のように思い描いていた、その時間。 でも――。 どれだけ欲しくても、そんな時間を過ごせない人もいる。 (しーちゃん……) こみ上げてきた熱いものが視界を歪め、紬の大きな瞳から、ぽろりと大粒の涙が零れ落ちた。 「私……みんなと、大変な思いをしたいです。失敗したり、困ったりして……それでも最後に、このクラスでやってよかったって、みんなで笑いたいです……っ」 最後は消え入りそうな声だった。 けれど、その言葉が落ちたあと、視聴覚室はしんと静まり返った。 誰も茶化す者はいなかった。 湊は、何も言えなかった。 ただ、紬から目を逸らせなかった。 重く、張り詰めた静寂。 その空気を、不意に奇妙な音が切り裂いた。 「――っ、ぐすっ……うぅ……っ!」 響き渡る音の主を見やると、そこには両手で顔を覆い、肩を激しく上下させて嗚咽している大輝の姿があった。 「あ、浅井くん……?」 美羽が引き気味に声をかける。 大輝は鼻をぐずぐずと鳴らしながら顔を上げ、涙と鼻水でぐしゃぐしゃになった顔で、天井を仰いで叫んだ。 「う、うぅ……っ! 俺は今、猛烈に感動している……っ!!」

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