夏麗よだか / 第7話

【第一章】4.蔓延する感情

「火事だー! 気をつけろー!」    ノエルがラオニスに戻ると事態はより悲惨なものとなっていた。戦いにより建物は大きく|損壊《そんかい》、また一部建物からは火の手が上がっている。   「そんな……!」   「きははは!」    ナイフ・グレムが刃物を持って騎士団を襲う。何度倒しても蘇る彼らに|紅牙《こうが》団も|蒼盾《そうじゅん》団も|疲弊《ひへい》していた。  そんな彼らを見てノエルは剣を抜くと叫んだ。   「聞いてください! やつらの弱点は耳です!」    ノエルの大声に団員たちは驚きと困惑の声を上げる。   「え!?」 「なんだよ、あいつ!」 「耳? 耳が弱点なわけねーだろ!」    彼らは指示役でもないノエルの言葉を信じなかった。それはノエルにもよくわかった。彼は剣を抜き、敵を睨む。剣を握る手がわずかに震えるが、それを左手で押さえる。   「……大丈夫。|相《・》|手《・》|は《・》|魔《・》|物《・》だ」    ノエルは深呼吸をし、剣を構えた。   「……くっ」    しかし、震えは止まらずカタカタと剣が音を立てる。   「クソ……!」    その時、そこへサムサリナ区からカイが駆けつけた。   「ノエル! 無事だったか!」    ノエルはハッと顔を上げ、応える。   「カイ! 良かった、カイも無事だったんだね」    カイは全身に傷を負いながらもその様子はまだ弱ってはいなかった。   「ユニスは――」    ノエルが聞くとカイは誇ったような笑顔を見せた。   「あぁ、意識も戻って出血も抑えられている。さっきロシェたちが臨時医療所へ運んで行ったぜ」   「そうか、よかった……!」    ノエルは安心したように胸を撫で下ろした。カイは周りを見る。   「ま、こいつらとの戦闘は一向に進まねーがな」    そこでノエルはカイへ言った。   「聞いてくれ。ナイフ・グレムの弱点は耳なんだ」   「は? 耳?」    カイもノエルの突飛な発言に眉をひそめた。ノエルは半ば叫ぶように声を上げた。   「あいつらは耳に身体の重要な器官があるんだよ。そこを斬らなきゃ――」   「ちょちょ、ちょっと待て!」    カイは慌てた様子で言う。   「どうしたんだよ、ノエル。耳に重要な器官があるって、なんでわかるんだ? 誰かの指示か?」   「この目で見たんだ!」    ノエルはカイの肩を強引に掴んだ。その必死な様子にカイの瞳が揺らぐ。   「おい! そこの若いの!」    その時、前方から紅牙団騎士の声がノエルを呼んだ。   「耳切ったけど全然死なねーじゃねーか!!」    かなりの怒声だった。ノエルは必死に「違うんです! いや、違くないんですけど、影! 影も斬らないと!」   「はぁ!? てめぇこんな時にふざけたこと言ってんじゃねーぞ!!」    ノエルの顔が歪んだ。皆が混乱する中、説明不足を起こしてしまった上になんの成果も上げていない無名の騎士が何を言っても信じられるわけがない。    この場において自身がいかに無力であるかを思い知らされた。  そこへ一匹の馬に乗った騎士が駆けてきた。   「全団に告ぐ!」    騎士は馬が止まるや否や大声を上げた。   「ナイフ・グレムへの攻撃は左右どちらかの耳を撃て! また当該魔物を操っている第三者がいる可能性がある! その操作を断つために魔物の影を撃つことを徹底しろ!」    その指令にノエルが安堵する中、皆が不審そうな顔をした。  しかし、一人だけそれを信じた者がいた。   「了解! っしゃ、いくぜー!!」    カイは剣を構えると迷いのない剣|捌《さば》きでナイフ・グレムの耳を一撃で切り落とした。   「ギヤァァア!!」    喉が潰れるような金切り声を上げ、一体のナイフ・グレムが地面へ倒れた。そこへカイが近づくと、その魔物の影に剣を突き立てた。   「グ……グゥゥゥ……」    低い声を上げながらあっけなく魔物は停止した。  それを見たカイは大きく拳を上げた。   「よっしゃー! 一体撃破!!」    また、それを見ていた他の騎士たちは互いに視線を合わせると頷き合った。   「ギィイイイ!!!」    自身の仲間が戦闘不能になったのを見た他のナイフ・グレムは途端に目を真っ赤に血走らせ、怒ったように歯をガチガチ鳴らす。そして再び襲いかかった彼らはまるで先ほどとは違うほどに戦闘力が上がっていた。   「仲間の死に反応して|激昂《げっこう》している! 気をつけろ! しかし、|怯《ひる》むな!!」    一人の騎士の声に他の騎士たちも|雄叫《おたけ》びを上げ剣を振るう。ノエルも剣を握ると精一杯戦った。    ――その中でノエルを静かに睨みつけている騎士が一人いたことをノエルは知らない。  「——敵、23体。すべての排除を確認。現在、残存個体および残党の有無を確認中」    騎士団本部総司令部にて|翠影《すいえい》団団長ヨルムがそう報告した時にはすでに日も暮れ、外は夜の闇に包まれていた。    魔法で灯された明かりで部屋は影ひとつなく明るい。しかし、そこに集う団長たちの顔はまだ険しいままだった。ヨルムは口調を変えずに淡々と言う。   「しかし、ナイフ・グレムを操作していたと推定される第三者については、現時点では発見に至っていない。引き続き、捜査を継続している」    総司令部は静まり返る。騎士団総出で戦ったが、その根本原因にはまだ辿り着いていなかった。それだけで、まだ何も解決していないことを誰もが感じていた。   「|紅牙《こうが》団、報告っす」    重い沈黙を破ってレオンハルトが手を挙げた。   「えー、紅牙団は現在、人員を入れ替え、小隊単位でラオニスの各区画に配置。魔物の再出現および追撃の可能性に備え、警戒を継続しています」   「それじゃあ|蒼盾《そうじゅん》団からも報告しようかな」    あえて砕けた口調でルネが言った。   「蒼盾団は現在、ラオニス主要区域および城門周辺の警備を担当しています。|併《あわ》せてテルノアへ避難した市民の状況確認と、帰還に向けた導線確保をしています。……ただ、建物の損壊も激しく、倒壊のおそれもあるため現在、修復部門と連携を取り、建物の修復を開始しています」   「素早いな」    グランは一言そう言う。続けて|白紋《はくもん》団団長グレゴールが手を挙げた。   「では白紋団からも。現時点での死者、負傷者、軽症者の数はこちらの通りです」    そう言って卓の上に差し出された用紙にはそれぞれの数が記載されていた。最初の報告から数人、あるいは十数人増えている。   「現在、最終確認および治療、搬送を継続しています」    グランは差し出された用紙を手に取る。死者数の文字を見つめる。   「市民は33人、騎士は9人か。……せめて、行方不明者だけは出さないようにしないとな」   「……はい。今後の報告で変わるかもしれませんが、現在報告されているところの行方不明者はすべて捜索、発見済みです」   「ああ。皆の迅速な対応、感謝する。各団、引き続き持ち場の維持をせよ」   「「はっ」」    団長たちは敬礼をする。  その時、控えめに手を挙げる人物がいた。   「……あのー、すんません。ちょっといいっすか?」    それは紅牙団団長のレオンハルトだった。彼は獅子のような毛量の多い髪の毛を掻きながら言った。   「今回、魔物の弱点って誰が最初に気付いたんでしょう?」   「なに?」    突然の彼の言葉にグランの顔が険しくなる。レオンハルトは慌てて言葉を付け加える。   「いえ、と言うのも、ちょっとうちの団でいろいろありまして。実は、本部から指示が下る前に魔物の弱点を言ったやつがいたらしく……」   「名前はわかっているのかい?」    蒼盾団団長のルネがレオンハルトへ聞く。すると彼は言い辛そうにグランを見た。   「ええ、まぁ。|統括《とうかつ》には失礼かもしれないのですが……うちの団のノエル・フェルディアなんですけど」   「ほう」    誰も反応を見せない中、ルネだけが驚きの声を上げた。そうして首を傾げる。   「彼は紅牙団なんだから、戦闘中にたまたま弱点がわかったって普通のことだろう? 何か問題があるのかい?」    そう問われたレオンハルトは大きく深呼吸をひとつすると、腹を|括《くく》ったようにはっきりと言った。   「そのノエル・フェルディアが魔物と繋がりがあるのではないかと団の中で声を上げるやつらがいるんです」   「ッ!」    さすがにルネもまずいと思い反射的にグランに視線を向けた。しかし、グランは怒るでもなく沈黙していた。    その時、ずっと黙っていたエディルモントがグランをチラリと見遣り、静かに口を開いた。   「確かに、最初に魔物の弱点を報告したのは彼です。ですが、だからと言ってそれが彼を疑う理由にはならないのでは」    レオンハルトは渋い顔をして腕を組む。   「いやぁ、俺……じゃなくて私もそう思うんすけど、なにせ今回の戦いは団員たちにとってまったくの未知の戦いだったわけですよ。『予想外』として片付けるにはあまりにも信じ難い事実だったんす。根拠のない理由で彼を責めるのは間違いだと私も思います。でも、わからないものに恐怖し警戒する彼らを責めることは私にはできません。今はまだ|紅牙団内部《うちんとこ》で済んでますが、時間が経てば他団の方にも恐怖は伝染すると思います。可能であれば……まぁ、皆さんの意見を|伺《うかが》えれば」    レオンハルトがそう言うと、最初に声を上げたのはグレゴールであった。   「意見も何も、危険分子があるなら排除するしかないでしょうに。どちらを優先すべきかは明白だと思いますが」    眼鏡を押し上げた彼にルネが厳しく言い放つ。   「そんな簡単に決められるものではありませんよ」   「いいえ、そんなことはないはずですよ。彼はまだ特別な立場にない一般騎士でしょう? ならばむしろ早急に手を打った方がいいでしょう。……処刑とはまでは言いませんが、牢屋にでも入れて彼が危険か否かを研究部に確かめてもらうのもひとつの手だと思いますがね」    グレゴールのあまりにも非道な発言にルネが乱暴に立ち上がって彼を睨んだ。   「彼らの誤解を『可能性』と大層な言葉で持ち上げて、一人の騎士を切り捨てるのはあまりにも無責任です。王国騎士団への信用問題にも繋がりかねません」    するとグレゴールもまた気分を害したように眉根を寄せるとルネに言う。   「誤解だと決めつけるのも早計ですな。信用問題というならなおさら団員たちの声に耳を傾け、正しい判断を下すのが我々の役目でしょう。それに|白紋団《うち》は誰よりも人の命に関わってきている。大勢の命が危険に|晒《さら》される可能性が|微塵《みじん》でもあるならば、たとえ同じ仲間だとしても一人を切り捨てる方がずっと未来のためになる。  ルネさん、あなただって守護騎士ならばわかるでしょう?」    ルネはぐっと言葉を呑み込むと納得の行かない様子で席に座った。隣でレオンハルトも「難しい問題っすよね」とルネに話しかけるように小さく言った。ルネは大きく息を吐くとグランへ向く。   「まぁ、統括がなんと言うかだけれど」    沈黙を貫いていたグランは全員の視線を集めると、重く口を開いた。   「ヨルム。ノエル・フェルディアからナイフ・グレムの影に当たる残留魔力は感じたか?」    表情の見えないヨルムは、それでもはっきりと応える。   「個々の人間を調べるようなことは行っていないゆえ、その者がいかほどかは不明だ。しかし、騎士団内から異常な力を感知したという報告はない。どちらに転ぼうが、|翠影団《われわれ》の役目は変わらぬ」   「レオンハルト」   「は、はい」    不意にグランに名を呼ばれたレオンハルトは背筋を正し彼を見る。   「彼は君の団員だろう。君の判断はどうなんだ」   「えぇと……」    レオンハルトはかなり悩んでいるようだった。長い沈黙が流れる。やがて彼は頭を乱暴に掻くと礼儀も忘れた口調で言った。   「騎士は、多くの命を守らなければいけない立場っす。ただ、一人が苦しむ立場になるのも団長として見逃せないっすね。確証がないんですから」   「まぁ、調べてみるのが早いでしょうね」    グレゴールが重ねるように口を挟む。しかし、それを否定する者は誰もいなかった。    全員が意見を言い終えると、グランはおもむろに立ち上がり、全員を見渡した。   「ノエル・フェルディアの最終的な判断は私が下す。今は何よりもナイフ・グレムを操っていた者を見つけ出すのが最優先だ。各団、引き継ぎ警戒を怠らず、持ち場へ戻れ」    結局何も答えは出ないままだったが、レオンハルト含め全員「「はっ」」と応えると席を立った。    各団長が部屋を立ち去り、エディルモントもまた部屋を後にするとそこにはグランと、もう一人蒼盾団団長ルネが残った。   「グラン」    ルネは誰もいなくなったことを見るとグランへ声をかけた。グランはそっとルネを見る。   「ノエル君の件、どう考えてもおかしいことを君ならわかるだろう。ノエル君は我々が勝利する手立てを報告してくれた。それは彼の成果だろう? 何より魔物と繋がっている者が我々に勝利の道を教えてくれるなんて、果たして相手になんのメリットがある? 恐怖を言い訳にするのは騎士団としても甘い考えだと僕は思うよ。変えるべきなのは彼らの、恐怖で判断ができなくなる部分だ」    ルネが|捲《まく》し立てるように言った。すると、グランは彼に背を向け窓の外の、遠くに見えるラオニスに灯されたわずかな明かりを見つめて言った。   「ルネ。お前は昔から……私がまだ蒼盾団にいた頃から、お前は何事にも常に冷静で、誰よりも状況を理解し、受け入れるのが早かった。しかし、だからこそお前には欠けているものがある」   「……なんだい」   「人の心の|脆《もろ》さだ。たとえどんなに心身を鍛えていたとしても、何かのきっかけで簡単に崩れてしまう。100%はないんだ。人間に感情がある限り、人間は恐怖を忘れない。それは身を守る術にもなるからだ。恐怖というものは、一度芽生えしまうと『絶対に大丈夫だ』と確信がない限り延々と心に付きまとう。ルネ、お前もきっとそうだろう」   「恐怖することが悪いとは言わないさ。ただそれで捻じ曲げた判断を下してはいけないと言っているんだよ」   「お前はもう少し物分かりがいいと思っていたが」    不意にグランは小さく笑った。しかし、ルネはなおも食い下がる。   「物分かりとかの話じゃないよ。グランはどう思っているのさ。自分の息子が|謂《いわ》れのない発言で危険視されていることを、理不尽だと思わないのかい」   「理不尽……か……」    グランは息を吐いた。ルネは彼を見つめる。すると、グランはルネに向き直り厳しい口調で応えた。   「国に忠誠を誓った以上、国が守られるべき選択をする。それが騎士の務めだ」   「……そうかい」    ルネは拳を握るとそれ以上何も言うことはせず、身を|翻《ひるがえ》し、足早に部屋を立ち去った。   「……あいつは優しすぎる」    グランはルネの立ち去った方を見てそう呟いた。

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