夏麗よだか / 第6話

【第一章】3.親と子、

 本部では騎士団|統括《とうかつ》であるグランがテーブルに広げた地図を見ていた。    グランの手に持つ報告書に反応して地図上に魔法の線や模様が現れる。ラオニスに現れた敵の出現位置や防衛状況、死者負傷者数、戦闘状況などが地図に落とされていく。    グランは深い沈黙の中地図を見ていると、エディルモントが入って来た。   「報告します」    早々に彼は言う。   「|蒼盾《そうじゅん》団より。市民の避難はおおむね完了。現在はラオニス南門、王城周辺、サムサリナ区および避難路管理拠点の要所防衛に移行しています。」    続いて二枚目を淡々と読み上げる。   「|紅牙《こうが》団より報告。  出現個体は1000年前に絶滅指定されたナイフ・グレムであると確定。現時点で23体を確認。  本来の生態とは異なり、排除後も再起動を確認。新規出現は確認されていません」   「そうか……」    グランは腕を組んだ。エディルモントはチラリとグランを見て報告を続ける。   「|白紋《はくもん》団より報告。現時点の死者数は市民が26名。騎士が7名。重症者は市民が41名、騎士が18名。  軽症者は合わせて数十名となっています。行方不明者は5名です」    その言葉に合わせて地図上の数字が書き変わっていく。増える数字にグランは眉をひそめた。   「|翠影《すいえい》団より報告。出現した魔物の発生経路を調査したところ、召喚陣や転移痕などは確認されず。魔物はすべて|そ《・》|の《・》|場《・》|で《・》|出《・》|現《・》|し《・》|た《・》と判断する。  また、個体から本来確認されない残留魔力を検出。それに伴い、これの調査を開始。  現在、ラオニス市外および周辺街道を確認中。同種個体の反応は確認されていないとのことです」    エディルモントがすべて読み終えるとグランはすぐに口を開いた。   「エディルモント、すぐにラオニス全域に結界を張るよう指示を。結界の基点にも防衛所を置くように。……それから、翠影団へ、残留魔力の所在の調査を最優先にするよう指示をしておいてくれ」   「はっ」    エディルモントは報告書を置くと再び部屋を出て行った。グランは地図を見下ろす。   「本来はない残留魔力……。第三者が干渉している可能性があるのか」    グランは地図の横に開かれた一冊の書物を見る。  それは研究部から上げられたとても古い書物で、開かれたページにはナイフ・グレムについての記載がされていた。けれど、年月が経ち、管理が甘かったせいかところどころ文字が読めなくなっている。   「雑な管理を……」    グランは吐き捨てるように呟いた。    その時、総司令部の扉を激しくノックする音が響いた。   「誰だ」    グランが言うとノックはピタリと止み、しばらくの沈黙が続いたあと、ゆっくりと扉が開かれた。   「失礼します……」    そこにはグランの息子であるノエルが立っていた。グランは表情ひとつ変えず厳しく言い放つ。   「ここは一般騎士の立ち入る場所ではない。報告は団の連絡役を介せ」    久々の再会であったが、それはあまりにも場違いな再会だった。ノエルはグランの鋭い視線に思わず目を逸らしてしまいそうになるが、すぐに己の騎士としての立場を思い出し、背筋を正した。    そして、右手を胸にあて、剣の柄頭に左手を添え、上体を深く傾ける正式敬礼を素早く行なった。   「総司令部に一刻も早く伝えねばならないと判断し、許可のないことを承知の上で参りました」    ノエルははっきりとした声で伝える。親子として接する時はいつもノエルは無言になってしまう。けれど今は騎士同士の会話。ノエルはあくまでも仕事として彼と向かい合うよう心がけた。    グランは追い返す時間も惜しいと考え、目を伏せると小さくため息をつく。   「手短に話せ」   「ありがとうございます。ナイフ・グレムから明確な弱点が確認されました。|当該《とうがい》魔物は、|羽《はね》状の耳に重要器官を有しており、その左右いずれか一方を斬り落とすことで、即座に戦闘不能となります」    グランは伏せていた目をそっと開き、手元の書物に目を落とした。ノエルは続けて言う。   「また、ナイフ・グレムが討伐後に再生することについては、本体の影を介して、外部から操作を受けていることが原因と考えられ、その影を|斬撃《ざんげき》、もしくは打撃によって破壊することで接続は断たれ、以降、再生は確認されませんでした」   「なに、影だと?」    グランの鋭い目がノエルを捉える。ノエルはぐっと息を呑むと頷いた。   「はい。まだ、その操作主がいることや操作されていることが確実だとは言い切れませんが、影を破壊することで魔物の再生を止めたという事実は確認しています」   「一体だけか?」    ノエルの言葉に被せるようにグランが問う。ノエルは「え……」とわずかに言葉に詰まるがすぐに応えた。   「は、はい。確認できたのは俺……私が交戦した一体のみです」    グランは口元に手を添えた。  その時ノエルはグランの質問の意図を理解し、自分の報告に強い確証性がないことに気がついた。    またそれと同時に、顔も名前も身分もわからない旅人の発言を信じてしまったことに、判断が甘かったかもしれないと感じた。ノエルはなにか良い言い分がないかとわずかにうつむく。    グランは古い書物のナイフ・グレムのページを再び見つめる。ほとんど読めなくなってしまっている今、この魔物に関する詳細な情報を得るには現場の騎士団員たちの報告を受け入れる他ない。それが確実でなくとも。    最優先すべきは王都の防衛である。その言葉を思い出したグランは顔を上げた。  その時、入り口からエディルモントの声が上がった。   「あぁ!? 君、ここは関係者以外立ち入り禁止ですよ! 誰の許可を得てここに入っているんですか!」    エディルモントは顔を赤くしてノエルを睨んだ。ノエルは慌てて頭を下げる。   「す、すみません! どうしても急ぎでお伝えしなければいけないと思ってしまって。団に伝えるより直接報告した方が早いと思ってしまって」    言い訳を並べるノエルにエディルモントは何か言おうと口を開いた。しかし、それを|遮《さえぎ》ったのはグランだった。   「エディルモント参謀長官」    呼ばれた彼は即座にグランへ向いて「は、はい!」と返事をする。グランは静かに言った。   「全団へ、ナイフ・グレムの交戦時、耳部および当該魔物の影への攻撃を試行するよう指示を。そして必ず結果を報告させろ」   「え、え?耳と影ですか?な、なぜそのような……」   「急げ!」   「はい!」    エディルモントはノエルの無許可での立ち入りとグランの突飛な指示に冷静さを失っていた。彼は再び駆け足でバタバタと部屋を出て行った。    ノエルは胸を撫で下ろすとグランへ向き直り、敬礼をする。   「ありがとうございます」    するとそこへグランが近づいた。ノエルはゆっくり顔を上げる。彼は何を考えているのかわからない、厳しい顔つきだった。   「一人で倒したのか」   「え……?」    それが統括としての言葉なのか父としての言葉なのかわからなかった。  ノエルは言葉を選びながら丁寧に応える。   「正確には一人ではありません。その……ある人が教えてくれたんです。耳を狙うと良いことと影を破壊しないといけないことを」   「……そうか」    ノエルは頭を下げる   「緊急事態とは言え、無許可で総司令部へ立ち入ったこと、また勝手な報告を申し訳ございません」   「理屈は通る」    ただ一言、グランはそう言った。それは上に立つ者としての判断だった。    そしてノエルが再び頭を上げた時グランの目に、ある『違和感』が飛び込んできた。   「——ノエル」    不意に下の名前を呼ばれたノエルは驚いて「え?」と応えてしまう。グランはわずかに目を見開き、ノエルの胸に負った傷の――そこから覗くアザを|凝視《ぎょうし》していた。   「そのアザはどうした」    怒っているような低く冷たい声にノエルは何かまずいことでもあるのかと不安になりながらも、正直に言う。   「えっと、これは今朝起きたら出来ていたもので」    刹那、グランの腕が伸び、ノエルの破れた服を乱暴に掴んだ。   「痛っ……」    傷口に手が触れ、ノエルは思わず顔をしかめる。    グランはアザをよく確認するようにわずかに顔を近づけた。赤黒く、ノエルにはただのアザにしか見えなかったが、グランの目にはそれがある紋様としてはっきり見えていた。    ——細く閉じた円環の内側に、逆さの杯、それに絡みつくような二本の曲線。   「父さん……?」    ノエルはグランの顔を見上げた。グランの表情から何も読み取れない。けれど、その瞳にはかすかな揺らぎがあった。   「あの、何か……」    ノエルが小さく聞くと、グランはハッとしノエルから手を離した。姿勢を正すとノエルに背を向け「持ち場に戻れ」とだけ伝えた。   「……失礼します」    意味がわからなかったが、何も問うことはせずノエルは頭を下げ、部屋を出て行った。    グランは一人、静かに窓の外を見つめていた。

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