芦名 雅 / 第39話

第39話 決戦前夜、剣を置いて

どこかで、誰かの恋がはじまる 魔王城を望む野営地、焚き火の爆ぜる音だけが、静寂の中に響いていた。 明日、夜明けとともに、勇者パーティーは魔王城への最終突入を控えている。長きにわたる旅の、まさに最終局面だった。 「眠れないのか、レイン」 焚き火の前に座り込んでいた聖騎士のガレスが、隣に腰を下ろした魔法使いのレインに声をかけた。 「うん……。明日のこと考えると、どうしても」 レインは、燃える炎を見つめながら、小さく呟いた。パーティーに加わって三年、共に幾多の死線をくぐり抜けてきた仲間たちの中でも、ガレスは常に前線に立ち、レインたちを守り続けてきた男だった。 「怖いのか」 「怖くないと言えば嘘になる。魔王は、これまでの敵とは、格が違いすぎる」 「それは、俺も同じだ」 ガレスは、いつになく素直にそう認めた。普段は誰よりも冷静で、弱音を吐かない男が見せた珍しい素顔に、レインは思わず彼の横顔を見つめた。 「ガレスでも、怖いって思うことあるんだ」 「当然だろう。俺だって、生身の人間だ」 沈黙が流れる。焚き火の炎だけが、二人の顔をゆらゆらと照らしていた。 「なあ、レイン」 「なに」 「もし、明日の戦いで、俺たちのどちらかが、命を落とすことになったら」 「縁起でもないこと言わないでよ」 「いや、聞いてくれ。……もしものときに、伝えられずに終わりたくないことが、俺にはある」 ガレスの声は、いつになく真剣だった。レインは、その空気に、思わず息を呑んだ。 「三年間、パーティーの仲間として、ずっと隣にいた。だが、俺にとってお前は、いつしか、それ以上の存在になっていた」 「ガレス……」 「戦いの最中も、お前が無事かどうか、いつも真っ先に気にしてしまう自分がいた。それが、単なる仲間への配慮じゃないってことに、ずっと前から気づいてたんだ」 炎の揺らめきの中、ガレスの瞳は、これまで見たことのないほど真剣な色を宿していた。レインは、しばらく言葉を失っていたが、やがて、震える声で答えた。 「私も……同じ。ガレスが傷つくたび、誰よりも心配してた。ただの仲間への心配だって、自分に言い聞かせてたけど、多分、それだけじゃなかった」 「じゃあ」 「うん。私も、ガレスのこと、ずっと好きだった」 素直な言葉が交わされた瞬間、二人の間に、これまでとは違う、確かな絆が生まれた。 「……こんな、決戦前夜に言うようなことじゃないかもしれないけど」 「ううん。むしろ、今、聞けてよかった」 レインは、ガレスの手をそっと握った。 「絶対に、二人とも、生きて帰ろう。この気持ちを、ちゃんと続けていくために」 「ああ。約束する」 ガレスは、レインの手を握り返しながら、力強く頷いた。焚き火の炎が、二人の新しい約束を、静かに照らし続けていた。 翌朝、夜明けとともに、勇者パーティーは魔王城へと進軍を開始する。だが、その足取りには、昨夜交わされた小さな約束の分だけ、確かな強さが宿っていた。

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