芦名 雅 / 第9話

第9話 拝啓、初恋の君へ

どこかで、誰かの恋がはじまる 拝啓 桜が散って、もう新緑の季節になりました。この手紙が届く頃、そちらの街はどんな景色でしょうか。 突然こんな手紙を送って驚かせてしまったら、ごめんなさい。差出人の名前を見て、誰だか分かりましたか。中学三年、三組の学級文庫の当番で、いつも隣にいた、あの図書委員です。 高校進学と同時に、私は父の転勤でこの街を離れました。あなたにきちんとお別れも言えないまま、慌ただしく引っ越してしまったこと、ずっと心残りでした。あのとき、卒業式の帰り道、伝えたかった言葉があります。今更ではありますが、この手紙で、ようやくそれを伝えようと思います。 図書室の当番だった一年間、あなたと過ごした放課後の時間は、私にとって特別なものでした。返却された本を静かに棚に戻すあなたの横顔を、いつもこっそり見ていました。声をかけるのが苦手な私に、あなたはいつも「今日はどんな本読んでるの」と、さりげなく話しかけてくれましたね。 覚えていますか。雨の日、傘を忘れた私に、あなたが黙って自分の傘を差し出してくれたこと。「俺は走って帰るから平気」と言って、本当に雨の中を走っていったこと。あのとき、傘を握りしめながら、私は自分の気持ちに気づいてしまいました。あなたのことが、好きだったんです。 それでも、伝える勇気が出ないまま、卒業の日を迎えてしまいました。あなたが友人たちと笑い合っているのを、少し離れたところから見ていたことを、今でもよく覚えています。声をかけようとして、結局かけられなかった、あの瞬間のことも。 引っ越してからの二年間、何度もこの手紙を書こうとして、そのたびに便箋を丸めてしまいました。今更、こんな気持ちを伝えたところで、何も変わらないかもしれない。あなたにはもう、新しい生活があって、新しい大切な人がいるかもしれない。そう思うと、なかなか筆が進みませんでした。 それでも、このまま黙っていたら、一生後悔すると思ったんです。だから、勇気を出して書いています。 高校二年生になった今、私は相変わらず本ばかり読んでいます。図書室の当番も続けています。誰かの本を棚に戻すたび、あなたの横顔を思い出します。多分、あの一年間が、私にとって一番大切な時間だったんだと思います。 もしよかったら、返事をください。今どんな毎日を過ごしているか、教えてほしいです。もし迷惑でなければ、今度、あの街に遊びに行ってもいいですか。図書室で話していたときみたいに、また他愛のない話がしたいです。 長い手紙になってしまいました。最後まで読んでくれて、ありがとうございます。 敬具 ―――――――――― 拝啓 まさか、君からの手紙が届くとは思わなかった。何度も読み返して、やっと返事を書く決心がついた。 正直に言うと、俺も、あの雨の日のこと、ずっと覚えてる。傘を渡した後、走りながら、柄にもなくドキドキしてたんだ。あの日から、君のことが気になって仕方なかった。 卒業式の日、俺の方こそ、声をかけたかった。でも周りに友達がいて、格好つけて何も言えなかった。君が離れたところで、こっちを見てたことにも、実は気づいてたんだ。 新しい生活も、新しい大切な人も、特にいない。相変わらず、本の虫のことばかり考えてる、そんな高校生活だよ。 今度の休み、そっちに会いに行ってもいいか。図書室での続き、ちゃんと話したいことがたくさんある。 敬具

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