芦名 雅 / 第8話

第8話 四月の、日記帳

どこかで、誰かの恋がはじまる 四月三日 新しいクラスになって三日目。隣の席になったのは、なんだか無口な男子だった。名前は確か、湊みなと。自己紹介のとき「よろしく」しか言わなかったのが、逆に印象に残っている。今日は消しゴムを落として、拾ってくれた。「ありがとう」と言ったら、小さく頷いただけだった。愛想はないけど、悪い人ではなさそう。 四月十日 湊くんと少しずつ話すようになった。無口なのは人見知りなだけで、話すと意外と面白いことに気づく。今日は移動教室で迷って遅刻しかけたら、彼が案内してくれた。「方向音痴なんだね」と言われて、ちょっと悔しかった。事実だから言い返せなかったけど。 四月十八日 委員会で一緒になった。湊くんは黙々と作業する人で、こちらが手伝おうとすると「大丈夫」と言うくせに、結局二人で最後まで残ることが多い。今日は資料作りが長引いて、下校時刻ギリギリになった。「送る」と言われて、少しだけ心臓が跳ねた。 四月二十五日 湊くんと帰り道が同じ方向だと知った。今まで気づかなかったのが不思議なくらい。今日は雨が降っていて、傘を忘れた私に、湊くんが黙って傘を差しかけてくれた。無言のまま歩く時間が、思ったより気まずくなかった。むしろ、心地よかった。 五月二日 連休明け、久しぶりに顔を合わせた湊くんが、少し日に焼けていた。「家族旅行だった」と教えてくれた。普段自分のことをあまり話さない彼が、そうやって話してくれることが、なんだか嬉しかった。私も連休の出来事を、いつもより多く話してしまった気がする。 五月十日 今日、初めて湊くんの笑った顔を見た。休み時間、くだらない話で盛り上がっていたときのことだった。普段の無表情とのギャップに、正直、少しドキドキしてしまった。この気持ちに、そろそろ名前をつけないといけない気がする。 五月十五日 放課後、教室に二人きりになった。湊くんが、珍しく自分から話しかけてきた。「あのさ」と言ったきり、しばらく黙り込んでいた彼を、私はただ待った。 「委員会の仕事、一緒にやるようになってから、教室に残るの、苦じゃなくなった。……たぶん、理由は分かってると思うけど」 不器用な言い方だったけど、それが誰よりも湊くんらしいと思った。 「うん、なんとなく分かるよ」 「そう、か」 「私も、同じ気持ちだと思う」 その日の日記には、いつもよりずっと長く、そしてずっと嬉しい気持ちを綴った。 五月十六日 昨日のことが、まだ夢みたいだ。今朝、教室で目が合った瞬間、お互いに気まずそうに視線を逸らしてしまった。委員会の仕事は、もう終わったはずなのに、今日もなんとなく二人で教室に残ってしまった。 「これから、ちゃんと、その、付き合うってことでいい?」 湊くんが赤い顔でそう聞いてきたので、笑ってしまいながら頷いた。 「うん。よろしくお願いします」 「敬語、変じゃないか」 「湊くんが緊張してるから、つられた」 そんな他愛のない会話をしながら、二人で下校した。今日の帰り道は、いつもよりずっと短く感じた。 五月二十日 日記をつけ始めて、もう二ヶ月近くになる。最初はただの記録のつもりだったこのノートが、いつの間にか、湊くんとの物語を綴るものになっていた。次のページからは、きっともっと、書きたいことが増えていく気がする。

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