芦名 雅 / 第1話

一日目

とりあえず、ノートとペンを見つけたのでここに記録を残すことにする。 もし私に何かあれば、これが唯一の記録になるだろう。 ……といっても、私には記憶がない。 そもそも、自分のことを「私」と呼ぶのが正しいのかどうかさえ分からない。 記憶がないといっても、それは私自身に関することだけだ。 言葉は分かる。 文字も書ける。 道具の使い方も分かる。 だからこうして文章を書くこともできる。 おかしな話なのは自分でもよく分かっている。 だが事実なのだから仕方がない。 さて、前提を説明したところで、現状について記録しておく。 困ったことに、日付が分からない。 場所も分からない。 ここがどこなのかも分からない。 時間さえ分からない。 窓の外は激しい吹雪だった。 雪が絶え間なく吹きつけ、外の景色は何一つ見えない。 薄暗い空が広がっているが、これが昼なのか夜なのかさえ判断できない。 建物の中を一通り調べてみた。 どうやら古い山荘らしい。 暖炉には火がついていた。 妙なことに、薪は見当たらない。 それでも炎は静かに燃え続けている。 床のどこかからガスでも送られているのだろうか。 詳しい仕組みは分からない。 今は暖かさを得られるだけで十分だ。 地下へ続く階段も見つけた。 食料庫になっているらしく、保存食が大量に置かれていた。 缶のような容器に入ったものや、乾燥させた食べ物、袋に入った穀物のようなものまである。 一人で生活するなら、かなり長い間は困らない量だと思う。 残念ながら水は見当たらなかった。 だが、不思議なことに、雪を溶かして飲み水を作ればいいという知識だけは頭に残っていた。 なぜそんなことを知っているのかは分からない。 記憶はないのに、知識だけが残っている。 本当に奇妙だ。 建物の中をさらに探してみた。 本があるかと思ったが、一冊もない。 新聞もない。 地図もない。 この建物がどこにあるのかを知る手掛かりは何も見つからなかった。 壁や机の引き出しも調べたが、私という人間を示すものは何一つ見当たらない。 誰かが意図的に片づけたのではないかと思うほど、何も残されていない。 それとも、最初から何も置かれていなかったのだろうか。 分からない。 分からないことばかりだ。 今日は建物の中を調べるだけで終わった。 吹雪がおさまるまでは外へ出る気にはなれない。 今の私には、この山荘だけが世界のすべてだ。 明日も目を覚ますことができたなら、続きを書くことにする。

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