芦名 雅 / 第22話

第13話 彼氏の家は難易度が高い

 テスト前の日曜日、茜は陸の家で勉強することになった。付き合う前なら何度も来たことがある。小学生の頃など、自分の家より長くいた日もあった。  なのに玄関の前で、茜は五分立ち尽くした。 「何してるの?」  ドアが開き、陸の母親が顔を出した。 「ひゃっ」 「あら茜ちゃん。入って入って」 「お、お邪魔します」  リビングへ入った瞬間、母親は満面の笑みになった。 「聞いたわよ」 「何をですか」 「陸と付き合ったんでしょ?」  茜は固まった。  二階から陸が降りてくる。 「母さん!」 「何よ。おめでたいことじゃない」 「誰から聞いたの!」 「陸から」  茜が陸を見る。 「違う、聞かれたから答えただけ!」 「......別に怒ってない」  むしろ少し嬉しかった。陸が家族に自分のことを話してくれた。それが恋人として認められたように感じた。  しかし安心したのも束の間、母親はアルバムを持ってきた。 「茜ちゃん、これ覚えてる?」  そこには幼稚園の二人が写っていた。茜は陸の頬にキスをしている。 「わああああ!」 「これ、結婚式で使えるわね」 「使いません!」 「母さん、しまって!」  二人同時に叫び、母親は楽しそうに笑った。  陸の部屋へ逃げ込んでからも、茜の心臓は落ち着かなかった。 「昔は普通に入ってたのにな」 「今は違うでしょ」 「何が?」 「......関係が」  陸も少し赤くなった。  その反応を見て、茜はようやく自分だけではないと分かった。  勉強を始めても、肩が触れるたびに気になる。消しゴムを同時に取ろうとして指が重なる。目が合う。二人とも逸らす。 「全然進まないね」 「陸が集中しないから」 「茜もだろ」 「私はしてる」 「じゃあこの問題」 「......分かんない」 「ほら」  笑い合った。  夕方、茜が帰ろうとすると、陸の母親が弁当箱を一つ渡した。 「これ、昔茜ちゃんのお母さんから借りたままだったの」  小さな子供用の弁当箱だった。蓋には星の絵。 「懐かしい......」 「陸に初めて卵焼き作ってきた時のよ」  茜は蓋を撫でた。  好きな人に食べてもらいたいという気持ちは、もしかするとずっと変わっていない。 「今度、これで作ろうかな」 「量足りないだろ」 「じゃあ、おかずだけ」 「楽しみにしてる」 「......うん」  今度は素直に答えられた。  勉強に区切りがついた頃、陸の父親が仕事から帰宅した。リビングで顔を合わせた瞬間、茜は反射的に立ち上がって頭を下げた。 「お、お邪魔してます」 「おお、茜ちゃん。大きくなったなあ」  父親はしみじみとそう言うと、すぐに母親と目配せをした。何かを察したような二人の様子に、茜は嫌な予感がした。 「陸から聞いたよ、色々」 「な、何をですか」 「いいコンビじゃないか、お前たち」  陸が慌てて割り込んだ。 「父さんまで何言ってんの」 「照れるな照れるな」  からかい半分の空気の中、茜はいたたまれず陸の部屋へ避難した。閉じたドアの向こうから、両親の楽しそうな笑い声が聞こえてくる。 「賑やかな家だね」 「昔からこう。悪いな」 「ううん。......ちょっと羨ましい」  その一言に、陸は少しだけ表情を変えた。 「茜んちは?」 「うちも似たようなもん。お母さん、最近やたら陸のこと聞いてくるし」 「聞かれて何て答えてるんだよ」 「べ、別に、普通のこと」  誤魔化す様子に、陸は追及しなかった。だが、二人の家族が、こんなにも自然に自分たちの関係を喜んでくれていることに、茜は密かに安堵していた。八年前に途切れたはずの縁が、ちゃんと繋がり直している。そのことを、今日また一つ実感した気がした。

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