芦名 雅 / 第13話

第7話 すれ違いの一週間

 付箋で「怒っていない」と伝えた翌日から、茜はむしろ以前より陸を避けるようになった。怒っているからではない。河川敷で「忘れられなかった」と口にしてしまい、自分の気持ちがほとんど伝わってしまったことが恥ずかしくて、陸の顔をまともに見られなくなったのだ。  教室でも目を合わせず、弁当も置かれなくなった。朝の挨拶さえ、うつむいたまま小さく頷くだけになった。 「あいつ、桜庭さんと喧嘩でもしたのか?」  友人の悠人にからかわれても、陸は何も言い返せなかった。  実行委員の作業でも、茜は必要最低限の会話しかしなくなった。 「ここ、こうした方がいいんじゃ」 「別に、好きにすれば」  以前のような衝突すらなく、ただ淡々とした距離感だけが二人の間に横たわっていた。それが逆に、陸には一番こたえた。  教室での距離だけでなく、下校時間もずらされるようになった。陸が着替えを終えて昇降口に向かうと、いつも茜の姿はもうそこになかった。そんな日が三日、四日と続くうちに、陸の中で焦りにも似た感情が膨らんでいった。  委員会の作業も、以前は隣り合って進めていたのに、今では茜が一人で黙々とこなすようになっていた。手伝おうとしても、「大丈夫だから」と静かに拒まれる。その静けさが、怒鳴られるよりもよほど堪えた。 「なあ、俺、何か悪いことしたか」  思い切って尋ねても、茜は目を合わせずに答えるだけだった。 「別に、なにも」  それ以上追及することもできず、陸は毎日、もどかしい気持ちを抱えたまま教室で過ごしていた。  月島ひまりが、そんな陸を心配して声をかけてきた。 「桜庭さんと何かあった?」 「いや、別に......」  曖昧に濁す陸に、ひまりは苦笑した。 「相楽くんって、鈍感なようで実は分かってるでしょ。桜庭さん、ずっと相楽くんのこと見てるよ。前から」  その一言が、陸の胸に重く残った。 「見てるって、どういう意味で」  陸が思わず聞き返すと、ひまりは肩をすくめた。 「そのままの意味だよ。転入初日から、相楽くんの席が近いかどうか、すごく気にしてた。私が数学教えてって言った時も、露骨に機嫌悪くしてたの、気づいてなかった?」  思い返せば、心当たりが多すぎた。 「じゃあ、なんで今は避けられてるんだと思う」  陸が尋ねると、ひまりは少し考えてから答えた。 「多分だけど......好きって気持ちがバレそうになって、逃げてるんじゃない? 女子って、そういうところあるから」  その分析が正しいかどうかは分からなかったが、妙に納得できるものがあった。  その夜、陸は勇気を出して茜に電話をかけた。何度目かのコール音の後、ようやく繋がる。 「......なに」  抑揚のない声だった。 「文化祭の準備、明日でラストスパートだろ。ちゃんと来いよ」  当たり障りのない用件しか言えなかった自分に、電話を切った後、陸は自己嫌悪した。本当は、もっと違うことを言いたかったはずなのに。  受話器の向こうで、茜は電話を切った後、しばらく画面を見つめていた。 「なんで、素直に言えないんだろ......」  誰にも聞かれていないはずのその呟きは、次の日、思わぬ形で本人以外の耳に届くことになる。  ベッドに横になった茜は、枕元に置いたノートを開き、ペンを走らせ始めた。 「今日も、避けちゃった。陸の声、聞いただけでドキドキして、うまく話せない。こんな自分、嫌だ」 「弁当、また作りたいけど、今さら渡せる空気じゃない。全部、私が意固地になってるせい」 「本当は、ずっと近くにいたい。八年前の約束、忘れてないって、もう認めちゃえばいいのに」  その日一日の出来事と、言えなかった気持ちを、正直に書き綴っていった。ページの端には、小さく「陸」という文字が、いくつも書いては消された跡が残っていた。  書き終えたノートを閉じ、茜は明かりを消してベッドに潜り込んだ。窓の外には、いつもと変わらない夜空が広がっていた。だが、茜の心の中では、静かに何かが限界に近づいていた。  同じ頃、茜の親友である女子生徒・真央が、様子のおかしい茜を心配して声をかけていた。 「最近、元気ないね。相楽くんと何かあった?」 「......別に、何も」 「嘘つくの下手だよね、茜って」  真央は苦笑しながら、隣の席に腰を下ろした。 「気持ち、ちゃんと言った方がいいと思うけどな。私から見てても、相楽くん、絶対茜のこと気にしてるし」 「分かってる。分かってるけど......いざとなると、言葉が出てこない」  茜は膝を抱えるように俯いた。 「昔は、あんなに素直だったのに。海外に行って、色々あって、なんか、素直に気持ち出すのが怖くなっちゃったんだよね」  真央はそれ以上何も言わず、ただ静かに茜の背中をさすった。友人のその優しさに、茜は少しだけ肩の力を抜くことができた。 「ありがとう。......もう少しだけ、時間欲しい」 「うん。でも、あんまり長くは待てないと思うよ、相楽くんも」  真央の言葉に、茜は小さく頷いた。心のどこかで、そろそろ限界が近いことを、自分でも分かっていた。  三日目の昼休み、ひまりは茜を階段の踊り場へ呼び止めた。 「私、相楽くんに告白するつもりだった」  茜の顔が強張る。 「......そう」 「嫌じゃないの?」 「嫌に決まってる」  初めて茜は言い切った。 「でも、私に止める権利なんてない」 「権利の話じゃないよ。桜庭さん、自分の気持ちを出して拒まれるのが怖いだけでしょ」  何も言えなかった。 「八年分あるんでしょ。何もしないで取られたって泣くのは、私に失礼だから」  同じ頃、悠人も陸に言っていた。 「桜庭さんがお前を好きかじゃなくて、お前が桜庭さんを好きかだろ」  陸の中で、ようやく答えが一つにまとまった。  同じ頃、陸の方も落ち着かない日々を過ごしていた。夕食の席で、母親が心配そうに声をかけてくる。 「最近、元気ないわね。何かあった?」 「......別に、大したことじゃない」 「茜ちゃんのこと?」  図星を指され、陸は箸を止めた。 「なんでバレるんだよ」 「顔に出てるもの、あんたも。それに、最近弁当も持ってきてないみたいだし」  母親は苦笑しながら、そっと付け加えた。 「意地張るのも大事だけど、大切な人には、ちゃんと言葉で伝えた方がいいわよ。あんたたち、もう子供じゃないんだから」  いつになく真剣な母の言葉に、陸は静かに頷いた。 「分かってる。ちゃんと、伝えるつもりだから」  その決意は、文化祭という節目に向けて、日に日に固まっていくのだった。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳