芦名 雅 / 第10話

第9話 発注数がおかしい

 九日目の午後十時。俺がミッドマート北森店の駐車場へ着くと、店の裏手に白い配送トラックが停まっていた。後部の扉が開き、制服姿の配送員が台車を押している。段ボール箱。飲料のケース。冷蔵商品のコンテナ。どれも、どこのコンビニでも見る普通の荷物だ。 「お疲れさまです」  俺が声をかけると、配送員も軽く頭を下げた。 「お疲れさまでーす」  台車がガラガラとバックヤードへ入っていく。店内では榊原先輩が検品用の端末を持っていた。 「瀬尾、冷凍の方見ろ」 「はい」  俺は制服へ着替える前に、届いた箱のラベルを確認した。ホットスナック。チキン、コロッケ、フランク。ここ数日で、俺にも見慣れた名前ばかりだ。配送員が次の箱を台車へ載せながら言った。 「北森店、最近揚げ物よく出ますね」 「え」 「前より箱増えてるんで」 「あー……」  俺は一瞬、言葉に詰まった。夜中に二メートルのリザードマンが買っていくからです。とは言えない。 「まあ、夜が結構」 「こんな山の中で?」 「意外と」 「へえ」  配送員はそれ以上気にせず、次の荷物を運びに戻った。仕事だから当然だ。どこの誰が食べるかなんて、配送する側には関係ない。  最後のコンテナを運び終えた配送員が、受領の確認をしてトラックへ戻っていった。俺は冷凍箱を持ち上げ、バックヤードの先輩へ声を落とした。 「先輩」 「ん」 「完全に普通の配送ですよね」 「見りゃ分かるだろ」 「この人たち、異世界人が食べるチキン運んでるって知らないんですよね」 「知らんだろ」 「なんかすごいな……」 俺は冷凍箱を抱えたまま、さっき出ていったトラックの方を見た。普通の配送の続きが、零時を境に異世界の客へつながっている。 「何が」 「いや、日本の物流が異世界まで食わせてるというか」 「店までだろ。森まで運んでねえぞ」 「そういう意味じゃなくて」 「早く入れろ。溶ける」 「はい」 結局、感慨より冷凍庫だった。考えるのは、商品を決められた場所へ収めてからでいい。 ◇  午後十一時四十分。配送された商品を片付け終えた俺は、フライヤーの前に立っていた。片方の槽は清掃済み。もう片方は稼働中。油の中ではチキンが揚がっている。 「今日はちょっと多めですね」 「最近減るからな」 「昨日もリザードマン来てましたし」 「来てたな」 「魔王軍の将軍までシュークリーム買ってましたけど」 「シュークリームはフライヤー関係ねえだろ」 「そうですけど」  タイマーが鳴る。俺は籠を上げ、油を切った。香ばしい匂いがカウンター周りへ広がる。チキンを一つずつケースへ並べる。最初の夜なら「こんな時間に誰が買うんだ」と思っていた。今は、並べながら数を数える。これで足りるか。そっちの方が気になる。  午前零時。自動ドアの向こうが暗い森へ変わった。九日目の異世界営業が始まる。午前零時二十分。ウィーン。 「いらっしゃいませ」 入口を見た俺は、すぐに見覚えのある深緑の鱗を見つけた。常連だと分かっただけで、挨拶の声も自然に続く。 「お」  常連のリザードマンだ。約二メートルの大きな身体。革のベスト。腰の幅広い剣。太い尾。もう、見ても何とも思わない。 「こんばんは。チキンありますよ」 「うむ」 琥珀色の目が細くなる。いつもの注文を聞く前から、今日は少し機嫌がよさそうだった。 「今日は多めに頼む」 「何個です?」 「まず、我の分を三つ」 「いつもどおりですね」 「それと」  リザードマンが横へ一歩ずれた。その後ろ。暗い森の中に、さらに三つの大きな影が立っていた。  三人ともリザードマンだった。先に入ってきた一人は常連より肩幅が広く、黒緑の鱗の上、鼻先から左頬へ白い古傷が走っている。革の胸当てが持ち上がるほど大きく息をつくと、後ろの二人へ場所を空けた。  続いて、赤い布を首に巻いた黄土色の一人が、軽い足取りでマットの泥を落とす。その横から青灰色の細身の一人が店内を覗いた。長い尾を入口へ残したまま、琥珀色の目が忙しく棚を追っている。全員の腰に武器はあったが、常連の隣へ順番に並ぶのを見て、俺も入口の方を空けた。 「……お連れさんですか?」 「仲間だ」 常連が答える。後ろの三人も、紹介を待つより先にケースを見ていた。 「この店の鶏肉がうまいと話した」 「布教してる」 「ふきょう?」 「何でもないです」 黒緑の大柄なリザードマンがホットスナックケースを覗き込んだ。常連よりさらに広い肩が、ケースの前を半分ふさぐ。 「これか」 「チキンです」 「小さいな」 「あなたたち基準で言わないでください」  黄土色のリザードマンも隣から覗く。 「香りはよい」 青灰色の一人は、ケースに顔を近づけすぎている。ガラスへ鼻先が触れそうで、俺は思わず一歩寄った。 「熱いので気をつけてください」 「これを三つ食うのか?」  青灰色が常連を見る。 「三つでは足りぬ日もある」 「先輩」  俺は小声でレジを見る。 「ん」 「今日、足りない気がしてきました」 「俺も」 「もっと早く言ってくださいよ!」 「今来たから分かった」 「そりゃそうですけど!」  俺はケースの中を数えた。チキン、九個。さっき多めに揚げた。多めに揚げたはずだった。 「三つずつ」  黒緑のリザードマンが言った。 「え?」 「我も三つ」 「私も三つ」  黄土色も続く。青灰色が少し考えた。 「では我も三つ」 「待ってください」  俺は指を折った。常連三つ。黒緑三つ。黄土色三つ。青灰色三つ。 「十二個?」 「うむ」 「今、九個しかないです」  四人がケースを見る。俺も見る。九個。どう見ても九個。 「残りは?」  常連が聞く。 「今から揚げます」 「待てばよいか」 「七分くらい」 「よい」 即答だった。待つ時間より、食べたい物を決める方がずっと早い。 三分を待てなかった、あのドワーフに聞かせたい。種族より、その人の性格の方が大きいらしい。 「じゃあ、先に九個お渡しします?」 「いや」 常連が仲間を見る。誰が何を買うかは、本人たちに決めさせるつもりらしい。 「揃ってからでよい」 「分かりました」 俺はフライヤーへ向かう。ケースの残数を頭の中で引きながら、追加で揚げる数を決めた。 「先輩、追加します」 「もう出してる」 「早っ」 見ると、先輩は冷凍庫から追加分を作業台へ出していた。俺が数を聞く前から、減り方を見ていたらしい。 「こうなると思ってたんですか?」 「四人で三つずつって言った時点でな」 「それは俺も分かりますよ」  油へ投入する。じゅわっと音が広がる。四人のリザードマンが一斉にそちらを見る。 「……圧がすごいな」 「気にすんな」 「先輩は気にならないんですか」 「揚がるまで何もできねえだろ」 「それはそうですけど」  チキンを待つ間、四人は店内を見て回り始めた。常連は慣れたものだ。水を二本。おにぎりを二つ。迷わずかごへ入れる。仲間たちは違う。 「これは何だ」  黒緑がコロッケを指した。 「コロッケです」 「肉か?」 「じゃがいもが中心ですね」 「芋」 「はい」 「揚げてある」 「そうです」 「一つ」 「ありがとうございます」  黄土色はフランクを見ている。 「こちらは肉か」 「肉です」 「一つ」 「はい」  青灰色は唐揚げの札を見ている。文字は読めない。 「これは鶏か?」 「そうです」 「一つ」 「はい」  注文が増える。俺はトングを持った。コロッケ一個。フランク一本。唐揚げ。紙袋へ入れる。 「……あれ」  ケースを見る。さっきまでそれなりに入っていたはずなのに。空きが目立つ。 「先輩」 「ん」 「チキン以外も減ってます」 「売れたからな」 「知ってます」  すぐ食べるという三人の分を先に会計すると、黒緑がコロッケを受け取った。太い黒い爪を浮かせ、紙袋の端を慎重につまむ。  一口。ごり、と牙が見えた。紙袋の中身が半分消えた。 「柔らかい」 「コロッケなんで」 「芋とは、このように食うものなのか」 「いろんな食べ方ありますよ」  黄土色はフランクを持っている。 「この棒は食うのか?」 「棒は食べません!」 「そうか」 「抜かないで持つための棒です」 「便利だな」  青灰色は唐揚げを一つ口へ入れた。数秒止まる。 「これもよい」 「よかったです」 「もう一つ、あとで買う」  青灰色が言うと、黒緑も食べ終えた紙袋を畳んだ。 「我も、その鶏を持ち帰ろう」 「唐揚げですね。チキンと一緒にお会計します」 持ち帰り用の分を確保すると、ホットスナックケースの底が見え始めた。さっきまで十分あると思っていた数が、一組の客で一気に減っている。 嫌な予感というより、在庫の計算が先に頭へ浮かんだ。次の客が来るまでに、どこまで戻せるかを考える。 「先輩」 「見えてる」 「ですよね」 「次、コロッケも揚げる」 「ですよね!」  チキンのタイマーが鳴る前に、俺たちは次の準備へ入った。七分後。追加のチキンが揚がった。油を切る。紙袋を十二枚並べる。 「なんで十二枚?」  先輩が聞いた。 「三個ずつ、別々に渡すので」 「まとめた方が早くね」 「常連さん、爪で袋破らないよう丁寧に持つから、一袋に詰めすぎない方がいいかなって」 先輩が一瞬だけ俺を見る。驚いたというより、ようやくそこまで慣れたかという顔だった。 「ん」 「何です?」 「いや」 「気になる」 「慣れたなと思って」 「今さらですか」 「最初、爪見て固まってたろ」 「もう九日目ですから」 「まだ九日だぞ」 「内容が濃すぎるんですよ!」  俺はチキンを袋へ入れていった。一つ。二つ。三つ。四人分。  チキンも先に四人分の会計を済ませ、一人ずつ受け取ってもらった。仲間三人は揃ったのを見届けると、すぐに紙袋を開く。 「うまい」  黒緑が一口で半分を食べた隣で、黄土色は衣を落とさないよう袋を持ち上げた。 「本当だ。持ち帰るまで待たなくてよかった」  青灰色は返事より先に次の一口を運んでいた。ようやく顔を上げた時には、もう空いた袋を常連へ見せている。 「もう一つ欲しい」 「待って」 俺は手を上げた。食べ終えた袋と持ち帰りの袋が混ざらないよう、先に分けておきたかった。 「今、三個ずつ渡しましたよね?」 「食った」 「早い!」  常連が低く喉を鳴らす。笑っている。 「言ったであろう。うまいと」 「あなたが広めたんですよね、これ」 「うむ」 「嬉しいけど困るなあ!」  俺はケースを見る。追加分を出した直後なのに、また減っている。 「あと何個揚げられます?」  先輩に聞く。 「冷凍庫見ろ」 「俺が?」 「発注覚えんだろ」 「今ですか?」 「今だからだろ」  俺はバックヤードへ走った。冷凍庫を開ける。箱を確認する。残数を数える。普段なら数字だけ見て終わる。今日は違う。この後、朝六時までほかの客も来る。全部ここで出したら、本当に何もなくなる。俺は売り場へ戻った。 「あと一回分なら余裕あります。でも全部出すと、後が厳しいです」 「じゃあ半分」  先輩が言う。 「半分だけ追加して、残りは朝まで残す」 「了解です」  常連がこちらを見る。 「もうないのか?」 「ありますけど、ほかのお客さんの分も残したいので」 「そうか」  あっさり頷いた。 「では、それでよい」 「え、いいんですか?」 「店の品であろう」 「そうですけど」 「我らだけで食い尽くすものではない」  黒緑も頷く。 「次に来ればよい」 「……助かります」  俺は少し拍子抜けした。巨体で押し切られるようなことはない。ちゃんと客だ。たくさん食べる客。それだけだった。 ◇ 午前一時半、四人が食べ終えた頃には、揚げ物のケースの見え方まで変わっていた。  持ち帰る分の会計が始まった。食べ終えた商品の精算は済んでいるので、残っている買い物かごを一つずつ受け取る。追加のチキンや唐揚げ、おにぎり、水、炭酸飲料、菓子。その中には、いつの間にか誰かが選んだカップ麺まで入っていた。 「三分のやつですか?」  俺が聞くと、青灰色が頷いた。 「小さい鍛冶屋が持っていた」 「ドワーフですね」 「うまそうだった」 「三分待てます?」 「三分?」 「お湯入れてから待つんです」 「三分くらい待てる」 「ですよね!」  なぜか嬉しくなった。世の中、三分を待てる客の方が普通だ。 「何の話だ」  常連が聞く。 「こっちの話です」  ピッ。ピッ。ピッ。バーコードを読み取る音が続く。レジの画面に商品数が増えていく。 「すごいな……」 「何がだ?」 「一回の会計でこんなにホットスナック通したの初めてです」 「次はもっと連れてくる」  常連の言葉に、俺は次の商品を持ったまま顔を上げた。 「来てもらえるのは嬉しいですけど、人数が分かったら先に教えてください。揚げる数、増やしたいんで」 「なるほど。待たずに済むのか」 「必ずとは言えませんけど、準備はできます」  先輩が横から言う。 「来る人数だけでいい」 「先輩まで乗るんですか」 「売れるなら準備するだろ」 「商売人だ」 「バイトだ」  四人分の会計を終える。硬貨が精算機へ次々入る。ちゃりん。ちゃりん。ちゃりん。異世界の硬貨でも。四人分でも。機械は淡々としている。俺は袋を分けた。温かい物。冷たい飲み物。潰れやすい菓子。 「これ、誰のです?」 「我だ」 「こっちは?」 「そやつ」 「もう分かんなくなってきた!」  最後は本人たちに袋を持ってもらいながら確認した。会計が全部終わる頃には、ホットスナックケースは見事に寂しくなっていた。 「ありがとうございました」  四人が入口へ向かう。常連が振り返った。 「新人」 「まだ新人なんですか」 「九日目であろう」 「知ってるんだ……」 「次は五人かもしれぬ」 「だから先に言ってください!」 「覚えておこう」  本当に覚えてくれ。自動ドアが開く。四本の太い尾が順番に暗い森へ消えていった。ドアが閉まる。俺はケースを見る。チキン、残りわずか。唐揚げ、ほぼなし。コロッケ、二個。フランク、一個。 「……壊滅ですね」 「売れたな」 「今日それ何回言うんですか」 「売れたんだから仕方ねえだろ」 「まあ、そうですけど」 先輩が発注端末を俺へ差し出した。今夜の驚きより、次の夜にいくつ用意するかを考える時間になった。 「やれ」 「何を」 「発注」 「今?」 「今、何がどれだけ足りなかったか覚えてるだろ」  俺は端末を受け取った。画面には商品名と発注数。数字が並んでいる。いつもなら先輩が決めるのを横で見るだけだった。 「俺が決めていいんですか?」 「変なら直す」 「信用されてるのかされてないのか分かんないな」 「早くしろ」 「はい」  俺は今日の販売数を思い出した。チキン。いつもの常連分。仲間三人分。追加。唐揚げ。コロッケ、フランク。 「……これ、増やしすぎじゃないです?」 「明日も来るかもしれん」 「五人で?」 「かもな」 「でも来ないかもしれない」 端末の数字を見たまま、俺は昨日と今夜の減り方を頭の中で比べた。増やしすぎても、足りなくても、翌日の棚にその結果が残る。 「来なくても多少は売れる」 「廃棄出たら?」 「減らせ」 「難しいな……」 「それが発注」  短い。でも正しい。売れたから無限に増やせばいいわけじゃない。来るかどうか分からない客を考える。ほかの客の分も考える。余らせすぎない。足りなくもしない。俺は数字を一つずつ変えた。 「チキン、ここまで」 「ん」 「唐揚げ、これ」 「いいんじゃね」 「コロッケ……」 俺はチキンの数字から一つ下の欄へ指を移した。商品ごとに減り方が違うので、全部同じように増やせばいいわけではない。 「今日の減り方なら一段だけ増やせ」 「はい」 「フランクはそのまま」 「なんでです?」 「一人しか追加してねえ」 「ああ」  そういう見方か。俺は端末を見つめた。異世界の客を接客する仕事。そう聞くと、もっと派手なものを想像する。でも今やっているのは。昨日何個売れたか見て。明日何個届くか決める。ものすごく普通のコンビニ業務だった。入力を終える。 「これでどうです?」  先輩が画面を見る。 「いい」 「本当に?」 「多分」 「そこは断言してくださいよ!」 「明日何人来るか知らねえし」 「それはそうだけど!」 発注は未来予知ではないらしい。今夜の減り方を見て、明日の数を少し動かすしかない。 ◇  午前六時。自動ドアの向こうが、異世界の森から日本の駐車場へ戻った。明るくなり始めた山の空。いつもの道路。いつもの駐車場。数時間前まで四人のリザードマンがいたとは思えない。俺はホットスナックケースを清掃しながら、空いた棚を見た。 「すごい減り方だな……」 「朝の分は残ってる」 「ギリギリですけどね」 「残したからな」 先輩がケースを一度見た。朝番へ渡す分を残したことまで含めて、今夜の数らしい。 「俺が」 「俺も」 「半分って決めたの先輩でしたね」 「そうだろ」 「たまにちゃんと先輩だな」 「たまにって何だ」  午前六時五十分。バックヤードから足音がした。 「おはようございます」  水野さんだった。肩ほどの焦げ茶色の髪を後ろでゆるくまとめ、生成り色の大きなトートバッグを肩にかけている。 「おはようございます」  俺が返す。水野さんは制服へ着替える前に、カウンターへ置かれた発注端末を見た。そして。 「……また増えてません?」 自動ドアが開いた。来た、と身構えたのは客ではなく、発注数を説明できない相手の方だった。 「何がです?」 「揚げ物」 「売れたので」 「前より結構増えてますよ」 「売れたので」 「夜中に?」 「夜中に」  水野さんが窓の外を見る。朝の山道。車は一台も走っていない。 「この店、夜だけ別の場所みたいですね」  俺の心臓が一瞬止まった。 「え」 「昼間こんなに人来ないのに、って意味です」 「あ、ああ」 「何慌ててるんですか?」 「いや、別に」  危ない。本当に別の場所につながっている。水野さんは端末をもう一度見た。 「団体客でも来たんです?」 「……まあ」 嘘ではない。ただし、その「夜中」の客がどこから来るかまでは言えない。 「四人くらい」 「四人でこの量?」 「一人が大きくて」 「大食い?」 「かなり」  これも嘘ではない。水野さんは少し笑った。 「夜の常連さん、気になりますね」 「普通のお客さんですよ」  俺は言った。自分でも驚くくらい自然に。リザードマンでも。女王でも。勇者でも。魔王軍の将軍でも。買い物に来たなら、店側から見れば客だ。 「じゃあ、これだけ増やしても売れるんですね」 「たぶん」 「たぶん?」 「発注って未来予知じゃないらしいので」 「何ですか、それ」  水野さんが笑う。横で先輩が小さく欠伸をした。 「瀬尾」 「はい」 「帰るぞ」 「はいはい」  俺はエプロンを外す前に、もう一度発注端末を見た。数字だけなら、普通のコンビニの発注だ。その数字が増えた理由を、日本側の配送員は知らない。朝番の水野さんも知らない。明日になれば、また普通の配送トラックが山道を上がってくる。箱を降ろして。俺たちが棚や冷凍庫へ入れて。夜になれば、それを異世界の客が買っていく。魔法で商品が湧いているわけじゃない。日本のどこかで作られて。トラックで運ばれて。この山奥のコンビニを通って。最後は、暗い森の向こうへ持っていかれる。 「……こんな山奥まで、よく毎日運んでくるよな」 「何か言いました?」  水野さんが振り返った。 「配送のことです。昨日も箱が多かったので」 「ああ。次の便も増えますね」  俺は頷いて、発注端末を充電台へ戻した。画面を閉じても、入力した数はもう消えない。明日届く箱を見たら、自分がいくつ増やしたか、きっと思い出すだろう。先輩に確認してもらった数字を、引き継ぎメモにも残してからエプロンを外した。

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