白井黒也 / 第40話
第39話「凍てつく襲撃」
背後から、何かが勢いよく弾け飛ぶ音が響いた。
「っ!?」
反射的に振り返ると、重厚な扉が内側へ吹き飛び、木片と金属片が宙を舞っていた。
その中で、廊下で待機していた観測派の黒服が室内へ投げ出されている。
「がっ……!」
黒服は床を何度も転がり、俺の足元近くでようやく止まった。
「何だ……!?」
室内にいた観測派の黒服が即座に拳銃を構え、張り詰めた空気が部屋を支配した。
やがて、舞い上がった埃の向こうから、一つの人影が姿を現す。
風もないのに、長い黒髪だけがゆっくりと揺れた。
セーラー服に身を包んだ少女だった。
年齢は俺とそう変わらないように見える。
だが、その瞳には怯えも、怒りも、殺意すら浮かんでいない。
ただ、感情というものが最初から存在しないかのような、冷たい静寂だけがそこにあった。
少女は俺達を一瞥すると室内にいた観測派の黒服の表情が凍り付く。
「コードネーム……FROST!強硬派か!」
少女は無言のまま、一歩だけ前へ踏み出した。
「止まれ!」
黒服が鋭く警告するも少女は応じることはなく、右手を前へかざした。
すると手の前の空中に、一メートルほどの鋭い氷柱が生成される。
そして黒服めがけて一直線に射出された。
「なっ――」
引き金へ指を掛けるよりも早く、氷柱は黒服の胸を貫く。
乾いた銃声だけが空しく響いた。
拳銃が床へ転がり、黒服はゆっくりと膝をつく。
そのまま力なく倒れ込み、二度と動くことはなかった。
少女は黒服へ視線を向けることもなく、そのまま俺へ顔を向けた。
感情のない瞳が、真っ直ぐ俺を捉える。
「……対象確認。捕獲を開始します」
抑揚のない声が部屋へ響く。
「澪、父さん!俺から離れろ!」
咄嗟にそう叫び、一歩前へ踏み出す。
こいつの狙いは俺だ。
なら、二人を巻き込むわけにはいかない。
少女は無言のまま右手をゆっくりと前へかざす。
その動きだけで十分だった。
「――僕!」
俺は身体の主導権を僕へと移して肉体を変化させる。
『任せて!』
少女の右手の前に鋭い氷柱が生成される。
「来る!」
『大丈夫!』
僕は迷うことなく両手を前へ突き出す。
淡い光が広がり、透明なバリアが俺達の前へ展開される。
それと同時に氷柱が一直線に射出され、激しい衝突音が響いた。
氷柱はバリアへ弾かれ、砕け散る。
すると少女は表情一つ変えずに、今度は両手を前へかざし、無数の氷柱が生成された。
「っ……!」
まるでマシンガンのように氷柱がバリアへ降り注ぐ。
それでも僕は歯を食いしばり、バリアを維持し続ける。
『みんなは……僕が守る!』
やがて少女は氷柱の射出を止めると、その掌の前へ冷気が集まり始める。
先程までとは比べ物にならないほど巨大な氷柱だった。
『……大丈夫。僕なら、防げる』
しかし――。
不意に、身体から力が抜け落ちるような感覚が走った。
『……え?』
障壁が僅かに揺らぐ。
『な、何で……?』
視界がぼやけ、自分の輪郭が溶けていくような、今まで経験したことのない感覚が起きる。
『翔……僕、まだ……』
言葉は最後まで紡がれることなく途切れ、次の瞬間には身体は俺へと戻っていた。
「なっ……!?」
何が起きたのか理解できない。
目の前では少女が、完成した巨大な氷柱を今にも放とうとしていた。
「しまっ――」
人格を呼ぶ間も、避ける時間もない。
迫り来る巨大な氷柱を前に、俺は反射的に目を閉じた。
……。
…………。
衝撃は、来なかった。
「……?」
恐る恐る目を開けると、目の前には、ひとつの人影が立っていた。
見上げた先にいたのは――。
「……父、さん……?」
俺を庇うように立つその胸には、巨大な氷柱が深々と突き刺さっている。
「ぐっ……」
胸を貫かれた父さんは苦しげに呻くと、その場へ力なく崩れ落ちた。
「父さん!」
俺は咄嗟に駆け寄ろうと足を踏み出す。
しかし、その足元へ鋭い氷柱が突き刺さり、思わず動きを止めた。
「っ!」
視線を上げると、少女は再び右手を前へかざし、俺を見据えていた。
「……捕獲を継続します」
抑揚のない声が部屋へ響く。
父さんの元へ行きたい。
それなのに、一歩でも踏み出せば次の氷柱が飛んでくる。
「お嬢!」
『お任せくださいまし!』
身体の主導権を引き継いだお嬢は右手を掲げる。
深紅の光が収束し、その手へトンプソン短機関銃が生成された。
間髪入れず引き金を引く。
激しい銃声と共に放たれた銃弾は一直線に少女へ襲い掛かる。
少女は咄嗟に全身へ氷を纏った。
銃弾は氷を次々と砕き、白い破片を周囲へ撒き散らす。
それでも少女の身体へ致命傷を与えることはできず、氷の鎧を砕きながら浅く食い込むに留まった。
『澪様、お父様を!』
「分かったわ!」
澪は返事をすると、倒れた雅人へ駆け寄り、その身体を支えながら後方へ引き下がる。
お嬢はそれを横目で確認すると、小さく息を吐いた。
『これで、遠慮は不要ですわね』
右手に握られていたトンプソン短機関銃が淡い光となって消えていく。
代わって、その手へ収束した光が一挺の大型リボルバーS&W M29を形作った。
『その氷、どこまで耐えられますの?』
躊躇なく引き金を引く。
轟音と共に放たれた魔弾は一直線に少女へ迫った。
刹那、弾丸は氷装甲へ激突した。
激しい破砕音と共に厚い氷が大きく砕け散り、白い氷片が周囲へ舞う。
少女は僅かに後方へ押し返されたものの、なおもその場に立ち続けていた。
少女は気に留める様子もなく、両腕を前へ掲げた。
冷気が腕へと集まり、瞬く間に白い氷が纏わりついていく。
やがて、その氷は鋭く研ぎ澄まされた二振りの刃へと姿を変えた。
「……」
少女は一歩踏み出す。
その足元が音もなく凍り付き、薄い氷が床を這うように広がっていく。
そして、少女はアイススケートのように滑らかな軌道を描き、一気にこちらとの距離を詰め始めた。
『っ……!』
お嬢はM29を構え直し、次々と引き金を引く。
しかし、少女は氷の刃で銃弾を弾きながら距離を詰めてくる。
「来るぞ!」
『ハッ!なら、俺の出番だろ!』
今度は肉体を戦闘狂へと移す。
少女は床を滑るように一気に間合いを詰めると、両腕の氷刃を容赦なく振るう。
鋭い斬撃が次々と襲い掛かる。
しかし戦闘狂は、それらを紙一重で見切り、身体を捻り、時に大きく踏み込みながら全て躱し切った。
『遅ぇんだよ!』
踏み込みと同時に鋭い拳が少女の胸元を撃ち抜こうとする。
少女は咄嗟に両腕の氷刃を交差させ、防御した。
鈍い衝撃音が部屋へ響く。
『ケッ!それで防いだつもりかよ!』
戦闘狂は獣が獲物へ喰らいつくような勢いで少女へ襲い掛かった。
拳を叩き込み、体勢が崩れれば肘を振り抜き、間髪入れず蹴りを繰り出す。
怒涛の連撃が休む間もなく少女へ浴びせられ、その度に氷刃は悲鳴を上げるような音を立てた。
バキッ――。
右腕の氷刃へ亀裂が走る。
更なる一撃で左腕の氷刃も耐え切れず砕け散った。
『終わりだァッ!』
戦闘狂は渾身の拳を振り下ろす。
すると、少女は右腕を覆っていた氷を解除する。
『……?』
一瞬の違和感。
しかし、その拳はもう止められない。
少女は戦闘狂の懐へ半歩だけ踏み込むと、その右手を胸元へそっと添えた。
『しまっ――』
触れられた箇所から冷気が一気に広がる。
胸元が凍り付き、氷は生き物のように肩、腕へと這い上がっていく。
『チッ……!』
身体が急速に凍り付いていき、動きが鈍る。
このままでは――。
「賢者!今だ!」
俺は戦闘狂から賢者へ肉体を切り替える。
賢者は凍り付き始めた腕を一瞥すると、少女へ視線を向けた。
『この状態であれば、防御できないのは貴女も同じです』
右手を掲げると、その掌へ灼熱の魔力が収束していく。
『――業炎』
轟音と共に放たれた業火が少女を包み込む。
至近距離から浴びせられた炎に、少女はたまらず賢者の胸元から右手を離した。
そのまま数歩後ずさる。
全身を炎に包まれながらも、なお立ち続けようとする。
しかし、その身体はゆっくりと傾き――膝をつき、力なく床へ倒れ込んだ。
業火は少女の命が尽きるのを待つかのように収まり、部屋には焼け焦げた匂いだけが残った。