橋本直 / 第55話

第50話 流行に乗れない四人

 四人の座ったカウンターだけは、他の席とは隔絶された深刻な雰囲気に包まれていた。  周囲では、誠の配属を口実に、整備班員やアメリアの部下らしき珍妙な髪色の女子たちが能天気に馬鹿騒ぎしている。  外側の喧騒と内側の密やかな会話。この対比が、誠という個人の位置をはっきりさせる。彼は今、二つの世界の端境に立っているのだ。  深刻な話題の後だと言うのにアメリアは相変わらず笑っていた。    だがその糸目が印象的な笑顔は、ただの悪ふざけではなかった。    このまま誠に質問を重ねられれば、自分が答えられない場所まで踏み込まれる。    だから彼女は、いちばん安全で、いちばん意地の悪い話題を選んだ。 「なんか変な方向に話題が行っちゃったわね。今日は誠ちゃんを歓迎するためにこの四人でおいしいお酒とおいしい焼鳥を食べるためにここに来たはずじゃないの?これじゃあ酒がおいしくなくなるじゃないの。そんなことよりも私としては面白いこともあるし、その事については誠ちゃんも興味があるし、うちに根を張るために必要な知識も得られると思うから。じゃあ、これまでうちを出ていった五人のパイロットの話をしましょう!連中に比べて誠ちゃんがどれだけマシか……今日一日でよくわかったから。あの五人の酷さ……まあ、誠ちゃんから言わせれば別にそれほどでもないかもしれないけど、私達にはあのメンバーは最悪以外の何者でもなかったのよ」  それまでの深刻な表情を満面の笑みで染めてアメリアはそう言って誠達を見渡した。  場の空気が明るさに切り替わる。誰かが緊張を解き、笑いを取り戻すことで輪は保たれる。誠はその中で、自分への期待と懸念が混ざったまま、眉間のしわをゆるめた。 「えー、あの馬鹿どもの話か?あの馬鹿面をアタシの脳内にもう一度呼び戻せとでもアメリアは言うのか?それこそ酒がまずくなるぜ……同盟司法局の偉いさんがうちに力を持たせまいと送り込んだただシュツルム・パンツァーの操縦が並なだけの一般人なんて……興味ねえや。確かにシュツルム・パンツァーのパイロットとしての腕前が神前以下だった奴は一人も居ねえが、アイツ等に何が出来るんだ?連中相手に神前にやった格闘戦オンリーと言う状況でのシミュレータでの模擬戦やったらアタシが絶対に勝つのは間違いねえんだ。アイツ等なんかシミュレータでもアタシは武器無しでアイツ等に230mmカービンを持たせた状態でも勝つ自信はあったぞ。あんな使えねえ連中のことなんて思いだしたくもねえ」  アメリアの提案にかなめは嫌な顔をしながらラムの入ったグラスをすすっている。  かなめの顔には軽い嫌悪が見えるが、それもまた彼女の愛情表現だったりする。誠はその種の照れ隠しを学んでいく。  カウラはと言うと特に関心が無いというように静かに烏龍茶を啜っていた。 「その『法術師』の可能性が無いパイロットの中で、一番最初に来たのは……」  烏龍茶のグラスを置いたカウラはそう言って首をひねった。 「オミズよ!オミズ!」  嬉しそうにアメリアが叫んだ。  その表情は喜色満面と言う言葉を絵にかいたようなそれだった。 「ああ、居たなそんな奴。印象薄くて顔も名前も覚えてねえけど……アイツが最初だったか……そうだ、アイツが最初だ。うんうん」  かなめは自分自身を納得させる為にそう言ってラム酒のグラスを傾けた。 「オミズ……女性だったんですか?元キャバ嬢とか。あの隊長の趣味ならあり得る話ですけど」  取り残されていた誠はそう言って、なぜか嬉しそうな表情を浮かべているアメリアに尋ねた。 「違うわよ。男の子……400年に渡り提唱されつつこの15年くらいまでその準備さえ話題にならなかった遼州同盟の締結を最初から提案していた遼州の月の『ハンミン国』は知ってるわよね?」  アメリアは社会知識ゼロの誠を試すかのようにそう言った。  会話は軽いが、時折歴史と地政学が顔を出す。誠は自分の無知を自覚して少し赤面するが、それがまた学びの入口となる。 「知ってますよ。毎晩空に浮かんでる月に人が住んでるって子供のころは驚いたもんです。確かあそこの公用語は韓国語でしたよね?まあ、街では普通に日常的に日本語をしゃべってるとかあそこに観光に行った友達が言ってましたけど……まあ、甲武と中が悪いのはよく理解できないですね。それを言ったら僕たち東和の人間は生まれた星が違う宇宙人ですよ?同じ星の生まれで日本語と韓国語を話すことがあることくらいであんなに険悪になる必要なんてないような気がするんですけど」  珍しく見つかった社会知識の引き出しを引っ張り出して誠はアメリアにそう言った。 「確かに『ハンミン国』の第一公用語が韓国語なのは合ってるわ。でも第二公用語は日本語。というか遼州同盟で日常会話が日本語で無い国なんて無いわよ。あの国は意地でもその事実を認めたくないからそう言ってるだけ。同盟会議の演説とかテレビで見ないの?各国の代表が日本語で演説してるじゃないの。まったく社会常識が無いのね、誠ちゃんは。まあ、あの国は資源に乏しいから主にナノマシン関係の技術と観光で食ってるのよ。『ハン流』の芸能人の歌とかドラマとか見たこと無い……わよね、誠ちゃんは。アニメとプラモとフィギュアとエロゲにしか興味無いから」  呆れたようにアメリアはそう言ってビールを一口飲んだ。  店の奥では、誰かが流行りのハン流ポップスをカラオケに入れようとして小夏に止められていた。    世間では空前のハン流ブームらしい。    だが、このカウンターの四人に限っては、誰一人としてその波に乗れていなかった。    アメリアはエロゲ、かなめは中島みゆき、カウラは車、誠はアニメとプラモ。    流行など、彼らの趣味の前では路傍の石だった。  冗談と現実が交差する会話。誠はそのリズムに少しずつ合わせ、肩の力を抜く。 「知ってますよ!あの国のナノテクノロジーは東和と並んで地球を凌駕してますからね。西園寺さんの義体にもかすり傷とかを修復するための機能としてあの国のナノテクノロジーを利用した技術が使われてると思いますよ。理系の大学出てますからそれくらい分かります。まあ、たしかに『ハン流』のドラマとかは見たこと無いですけど……確かに男と女が近づいたり遠ざかったりするだけでつまらなかったって友達も言ってましたから見ませんでしたけど」  誠は自分の偏った趣味を指摘されてうつむきがちにそう言った。 「まあ、そんなラブソングと恋愛ドラマで売っている割に倫理観だけ『モテない宇宙人』の遼州人並みのあの国のお国柄なのか、その子も真面目そうな子でね……角刈りで目つきが鋭くて典型的な『軍人』って感じだったわよね。まあ、見た目に反してメンタルの方は弱かったみたいだけど」  いぶかしげに尋ねる誠の言葉をアメリアはビールを飲みながら軽く否定した。 「オメエが初対面のアイツに水ぶっかけるからだろ?オメエのいたずらはいつでも度が過ぎるんだよ。運航部の入り口でドジャーって……ドアを開けたら上から仕掛けられていたバケツで仕込んだオメエの部下のあの馬鹿女たちの神経を疑うよ」  かなめは呆れたようにそうつぶやいた。  アメリアは悪びれなかった。    むしろ、あの一件を『選別』と呼ぶことに、少しのためらいもないようだった。  誠は一瞬顔が赤くなり、記憶がフラッシュバックする。あの『金ダライで歓迎事件』は、この部隊における歓迎儀礼の粗野さを象徴している。彼は場の空気に呑まれながら、自分の過去の小さな失敗を笑い飛ばす術を学びつつあった。 「水ですか!いきなり失礼じゃないですか!そりゃあ怒って出て行っても誰も何とも言わないですよ!僕だってそんな扱いだったら今ここにいるかどうかわかりませんよ!」  かなめの言い出した言葉で誠は運航部の入口で遭った『金ダライで歓迎事件』のことを思い出した。  マイク片手にカラオケでロックを熱唱して馬鹿騒ぎしている運航部の女子隊員の様子を見ればそれくらいのことはやりかねないと誠にも察しがついた。  誠は呆然としてアメリアの底知れない不気味な笑顔をのぞき見た。 「かなり怒っていたわね……水くらい拭けばいいのに」  何事も無かったかのようにアメリアはさらりと一言でその自分の悪質ないたずらを処理して見せた。 「そりゃあ初対面の人の頭に水をぶっかければ普通怒りますよ!」  常識人に見えて完全に『特殊な部隊』に染まっているカウラの薄い反応に、誠は思わず強めに叫んでいた。 「つうわけで、水をぶっかけられて激怒したそいつはせっかくアタシ等がここでなだめる為の宴会を開いてやったというのに、そのまま次の日に叔父貴にタクシー券を渡されて豊川駅からさようならしたわけだ……この店でもずっと黙り込んだままで……ああ、つまらねえ酒だったなあの日の酒は。あの国は東和にあんまりいい感情を抱いていねえからな。日本語をしゃべる人間は嫌いだと言いながら日常的に日本語を使ってるって事実はどうするんだよ!どうせ東和の『アナログ式量子コンピュータ』の秘密を探れとか上から言われてきたんだろ?アタシも甲武国出身で甲武陸軍上層部には東和共和国の極秘技術である『アナログ式量子コンピュータ』の実物を持ってこいなんて命令も受けてるが……こうしてこの国では普通に売ってるし任務に必要だから使ってるけど……アタシはランの姐御みたいな『魔法少女』じゃねえんだ!ランの姐御は出来て当然というような瞬間移動ができるわけじゃねえんだ!この端末を持って空港に行った時点で没収されて終わりだ!そんなもん真面目にやってられるかよ!」  薄ら笑いを浮かべながらかなめはそう言って笑った。  地域の政治と部隊の雑事が軽口の中で混ざり合う。この店ではそうした雑多が人間関係をつくる肥料になっている。誠は遠くからその香りを嗅ぐ。  オミズがこの三人にあからさまに拒否された理由は、ハンミン国出身だからというより、本人の融通の利かなさにあったのだろう。  誠からしても三人の話から冗談が通じそうにないオミズにツッコミのポジションが務まるとは到底考えられなかった。 「僕は……残るつもりですから……歓迎儀礼で人を追い出しておいて、脱落者扱いするんですか?」  明日の朝になったらやっぱり逃げ出したくなるかもしれない。それでも、少なくとも今この瞬間だけは、あの五人の背中とは別の方角を向いていた。 「脱落者扱い?そんなもん耐えられねえ奴が悪い」  かなめは冷たくそう言うとラムのグラスを手に取った。 「本当に?本当に?」  冷やかしてくるアメリアを冷めた目で見つめながら誠は砂肝を平らげた。 「残るのは私としても歓迎すべきことだな」  一方のカウラは冷静に烏龍茶を飲みながらひたすら誠を観察していた。 「当たりめえだ。アタシを倒しておいて逃げるなんて言ったら射殺する」  かなめの反応があまりに予想通りなので誠は思わず吹き出しそうになる。  誠の宣言は、夜のざわめきの中で小さく、しかし確かに響いた。周囲の会話が一瞬途切れて、四人の視線が彼に注がれる。答えはすでに用意されているかのように、温かい賛同と慎重な警告が混ざる。誠はこの場に残ることを、少しだけ自分に許したのだ。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳