橋本直 / 第99話

第94話 責任の温度

「どうだ、気に入ったか?これの『法術師専用型』、形式名称『乙型』が……オメエの機体になるって話なんだがな。確かにこんなふうに電子戦装備の制御画面があっちこっちに浮かんでくることはねえし、レーダー関係もオメエの乙型はアタシやランの姐御の普通の乙型と同じ範囲しかカバーしねえ設計になるからこんなデカい画面を占めることも無いわけだが……その顔を見るとお前さんの心はまたうちに戻って来たみたいだね」  ふいに響いた間の抜けた声にその声の主をしてやったりの笑顔を想像すると誠は腹が立って来たが、すでに出ていく気持ちが失せているのは認めなければいけない事実だった。 「隊長ですか?それは……確かに、今は少し心が揺らいでいることは事実ですよ。こんなものを動かしてみたい。そんな思いが東和宇宙軍で無理やりパイロットにされた時にも有ったのは事実ですから。それを僕が動かせる……でも、これは人殺しの道具ですよね?結果として僕は人殺しをして戦争をするんですよね?僕にはそれが納得できないんです。機械は好きです。でも人殺しの機械は好きにはなれません」  誠がそう言いながら振り返ると、予想通り嵯峨とその隣に付き従うようにランが立っていた。    いつものだらしない隊長服。だが目だけは笑っていない。ランは夏服のスカートの裾を少し指で押さえ、視線を落としている。 「別に出ていってもいいさ。それも人生。お前さんがそう決めるんなら俺は口を挟まないよ。まあ、そうなれば俺にはその義務はないからお前さんがどう生きようが手を貸すつもりもないけどね。お前さんの乗るはずだった機体には、俺が乗る。……俺も一応『法術師』だ。『素質』はお前ほどじゃない……いや、『最弱の法術師』って言った方がいい程度の力しかないがね……『乙型』の能力は俺が考えていたのとは違った使い方をする事になるが……もしお前さんがここを出ていくのなら関係のない話だしな」  嵯峨はさりげなく機体の脚へ歩き、装甲板の継ぎ目に手を置く。   「それじゃ困るんじゃないですか。『廃帝ハド』とかいう厄介を止めるのに」  誠が返すと、嵯峨はちらりとだけこちらを見て、再び鋼鉄を撫でた。   「うちの戦術パターンは減るね。それに俺は『力』の制御が苦手だからもし出動があって『乙型』の性能を生かそうとしたら敵さんの被害がとんでもないことになるんだけど、仕方ない。他に適任なパイロットの手配はしているがすぐに来るというわけにもいかない。……それに、『ハド』がやろうとしていることが本当に悪いことだってお前さんには言い切れるのか?世の中、善悪なんてものは相対的なものなんだよ。『ハド』にとっては俺達の方こそ倒すべき『悪』だ。だから、俺達が負けることは世の中にとって悪いこととは言い切れない……世の中そんなもんなんだ」  嵯峨は少し諦めたように誠を見つめてそう言った。 「『力ある者の支配する世界』ってやつ、ですよね。でもそれは『力のない人は死ぬ』ってことじゃないですか。悪いことに決まってるじゃないですか。それは間違いなく厄災です。厄災を止めるための戦力を減らす……」  明らかに誠からしても恐るべき考えの持ち主に見える『ハド』の存在に誠は本来部外者である自分が言うべきことではないと思いながらもそう言っていた。 「厄災が起きるかは別として、力ある者が上に立つ」って考え自体は、世の中のどこにでもある。地球じゃそれが金で、ハドにとっては法術ってだけだ。俺はどっちも嫌いだけどね。でも、俺の好き嫌いは別にして実際世の中はそうして動いてるじゃん。奴は『力があるのに虐げられてきた遼州人』に、たぶん希望をくれると見方によっては言えるね。……結果、力のない地球人がどうなるかは奴が『天下を取ってから』決まる。でも、地球人も『金』と言う力のある『超富裕層』の絶対的支配を民主的方法で認めてるじゃん。それなら別にその『金』が『法術師の持つ力』に置き換わっても何の世の中に違いが無い。違うかな?俺にとってはどっちも厄災なんだ。ただ、『金』と言う力で厄災を広める地球人の真似をして遼州人が『力』という厄災を広めて回るのはちょっと違うんじゃないかなあってのが俺の考えな訳」  嵯峨の言葉を隣で聞いていたランはその言葉に嫌な顔を一つした後肩をすくめる。誠は唇を噛み、うなずくしかない。   「俺は思うんだよ……『力』はね、『責任』なんだよ。……って、こういう真面目な話すると胃が痛くなるんだけどね、俺。でもお前さんには俺なりの考えを分かってここに残って欲しいから言うわ。『廃帝ハド』はそれを理解していない時点で排除されなければならない存在だと俺は思ってる。それが俺なりの考え方。『善』とか『正義』とかとは関係ないんだ。いわゆる『力』の在り方として俺が考えている俺の勝手な見方の一つ。別にこれを覆す論理なんていくらでも作れるもんだよ」  いつものようなダルそうな口調の嵯峨だが、その口から『責任』と言う言葉が出るのは意外でもあると同時になぜか当然のように誠には感じられていた。 「責任?」  咄嗟に鸚鵡返しになる。    ランが横目で嵯峨を見る。 「隊長の言うことは正しい。アタシには『力』があるが、使い方を間違えてたのを、隊長が正した。その恩は、一生かかっても返せねえ。『責任』無く『力』を使えば多くの人が泣くことになる。アタシはもうそんなもんは二度と見たくねーんだ」  その小さな体から発せられた言葉にはいつもには感じられない決意のようなものが籠っていた。 「『力』を生かすなら、正しく使う責任を負う。なんか俺の言葉が曖昧みたいで分かって無いような顔してるから分かりやすく言うけど……神前、お前、免許持ってるだろ?」 「ええ、まあ」  そこでなんで運転免許証の話が出て来るのか理解できずに誠は嵯峨にそう言った。 「免許を持てば道交法に従う。事故を起こせば罪を問われる。……それが力と責任の関係。俺たち遼州人の『力』も同じだ。力は権利じゃない。乱用する奴は罰せられるべき。……俺は前の戦争じゃあいろんなことをやらされたが、最後にやったのは『憲兵』って言う仕事だった」 「憲兵?」  誠の目に、短く驚きが走る。    東和の軍には憲兵と言う専門の部局はない。ただ甲武の憲兵が前の戦争で行った『悪行』は、世間に疎い誠でも知っている事だった。 「憲兵の任務の一つには指示された地域の治安維持と言う仕事がある。そこにいる武装なき庶民を、武力で支配する。背後に正義がなければ、ただの『暴力機械』だ。いや、正義なんてものがあっても武力に勝る訓練された憲兵隊が貧弱な武装の民間のゲリラ相手の掃討戦なんてことになればまさに憲兵隊は『暴力機械』そのものだ。だから俺はそのことを骨身に染みて知ってる。『力』には責任が伴う。無責任な『力』の行使はただの悪夢のきっかけ以外の何者でもないんだよ。……憲兵の話が聞きたいって顔だな、その顔は。やめとけ。行使する側にとっても、される側にとっても、地獄だ……アレは地獄でしかないんだ……本物の地獄を俺はあそこで作った……それ以上は言わせないでくれよ」  嵯峨の瞳は、いつもの腑抜け顔からは想像できないほどに鋭かった。誠は、隊長の『駄目人間』としての顔の奥に、初めて触れてはいけない何かを見た気がした。    誠は息を飲む。  誠は、自分だけが死と隣り合わせだと思い込んでいたことに気付いた。  しかし、その死を実行したのはかなめだった。  しかし、その組織の怖さを一番知っているのがその不条理を誠に突きつけて見せた嵯峨自身だった。  誠は自分だけが組織の論理の犠牲者だと思い込んでいた。  さっきまで誠は、自分が被害者であることだけを見ていた。  だが、もし自分が逃げれば、その力を知らない誰かが、自分の代わりに前へ出される。  あるいは、嵯峨のような制御の不得手な人間が、より大きな被害を出しながら同じ役目を背負う。  それは、ただ逃げることとは違う。  自分の持っているものを、誰かに押しつけて逃げることだった。  その事実に誠は自分の決めた辞めると言う決断が子供の気まぐれのように感じられてきているのに気が付いていた。  確かに、死は怖い。それは嫌と言うほど感じている。  確かに組織は残酷だ。それは来月の減俸処分結果が反映された給与明細を見れば嫌でも分かるだろう。  でもそれ以上に自分にしかできないこと、そしてかなめが見せたかったものがここにはある。  そしてそれは誠にしかできないし、ここでしかできない事だった。 「……じゃあ、僕が残れば」  嵯峨の言う『力は責任』だという言葉に突き動かされた誠はそんなことを口にしていた。 「そりゃあ歓迎するさ。お前さんはこれまで存在しないとされていた『力』を正しい形でこの宇宙に知らしめることができる人間になれるかもしれない。そうなればお前さんはこの宇宙にとって『最後の希望』なのかもしれないな。そうなればうちの『特殊な部隊』って汚名も返上できるかもしれないしね」  何かが弾ける。胸の中心で小さなガラスが割れる音がした。 「僕は……残ります!ここに、……『特殊な部隊』に!」  宣言した瞬間、格納庫の空気がわずかに緩む。  島田が『よっしゃ……』と、誠に聞こえないくらい小さく拳を握った。    だが嵯峨は、困ったように片眉を上げた。 「本当にいいのか。面倒は山ほど押し付けられる。場合によっては『人殺し』をするかもしれないよ」  嵯峨は乱暴に分けられた髪をかき上げながらそう言った。 「人殺し……?僕が?」  喉がからん、と鳴る。    先日の拉致。冷たくなった肉体。血の色。匂い。    『兵器』を動かすとは、つまり……。 「そうだ。兵器は人を殺すための道具だ。こいつを動かすってことは、最悪、人が死ぬ。それでもいいのか。覚悟はあるのか?そこだけはしっかり心に決めてからここに残ってくれ。そこんところを理解せずに残られても俺としても迷惑なだけだ。その気持ちが揺らいでいるようじゃあそれを使う俺の指揮官としての良心が許さない……俺は覚悟の無い兵士は兵士として使いたくない。だから徴兵された兵士が俺の隊に来た時は配属された時点でそいつの太ももに『粟田口国綱』を突き立てて『負傷兵で役に立たない』ということで追い返した。そいつの顔には覚悟が無かった。覚悟の無い兵士には戦場より野戦病院のベッドがお似合いだ」  嵯峨の声に、いつもの『駄目人間』の影はない。大人の男の声だった。    誠は目を閉じ、短く息を吸う。 『本当にこれでいいのか?ついさっきまで『英雄なんてまっぴらだ』と思っていたのに。……人を殺す覚悟があるのか?……でも、僕が戦わなかったら、誰かが代わりに戦う。誰かが撃ち、倒れ、失われる。僕が逃げたせいで、誰かが『人殺し』を背負う。……それを一生、見ないふりで生きる?そんなのは、逃げる事よりももっと御免だ』  誠は一度覚悟を決めるために閉じた目を開いた。   「それで……平和が守れるなら。『廃帝』が起こす厄災を防げるなら」  言葉に、震えは乗っていなかった。    自分には『力』がある。嵯峨も、かなめも、ランも口を揃えて言う。ならば、その力を正しく使う責任を負うべき人間は、他ならぬ自分だ。 「いいんだな?後悔しても知らないよ。乗りかかった舟の先には嵐が待ってる。命の保証はできないよ」  嵯峨の念押しに、誠ははっきりとうなずいた。   「僕にしかできないなら……僕がやる。隊長の目に狂いはなかったって、後で唸らせてみせます!」  背後でかなめが、ほっと息を吐いた気配がした。    ランは短く『了解』とだけ言い、踵を返す。    誠は最後に、コクピットのフレームにそっと指を当てた。    冷たい金属は、思っていたより滑らかだった。    ここから先は、責任の温度で熱くなる。 『……僕は、戻ってきた。そして僕の意志でここに残ることにした。これは僕が決めたことなんだ……』  ハッチが重い音を立てて閉まる。    外の光が細くなり、やがて一筋に収束する。    呼吸の音と、遠い格納庫の風の唸りだけが、静かに響いた。  こうして、誠は『翻意』した。    逃げる代わりに、立つことを選んだ。    英雄の道を選んだのではない。……責任の道を、選んだのだ。  外で、かなめの笑い声が一瞬だけはしゃいで、すぐに咳払いに化けた。    嵯峨の足音は、どこか満足げに遠のいていく。    ランのヒールの規則正しい音が、ハンガーの床で拍を刻む。  誠は、息をひとつ、深く吸い込んだ。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳