橋本直 / 第41話

第36話 量産されなかった最強機

 倉庫の奥は昼間でも蛍光灯の白が柔らかく拡散し、金属が放つ冷たい光と油の匂いが支配している。壁の鉄骨には古いペンキの剥離と、長年の振動で付いた細かいさびが皺のように走っていた。足元には工具の影、薄く溜まった油が靴底を滑らせる。誠はそんな生々しい匂いと|肌理《きめ》に触れながら、並ぶ三機のシュツルム・パンツァーに改めて圧倒されていた。 「確かに……でもクバルカ中佐の機体の正式名称に『先行試作』型って付くってことは、これをベースにいずれ東和陸軍あたりが使うために量産されるんですか?」    誠の問いかけは素直で、戦車と機体を愛する少年のような眼差しを伴っていた。だがかなめは機嫌を一段と落とし、言葉を噛みしめるように返す。 「こいつは量産は……されねえんだ。こいつは5年前に行われた東和陸軍の次期主力シュツルム・パンツァーコンペに負けて余った機体だ。こいつをテストしたランの姐御は対抗機の07式を『足の速いだけで戦場じゃ役にも立たねえ』と切って捨てたが……東和陸軍は未だに第二次世界大戦でドイツ軍が見せた電撃戦や日本海軍が見せたゼロ戦での空母機動艦隊での真珠湾奇襲作戦みたいなものがやりてえらしいや。どうせ400年間戦争をしてこなかった東和の軍隊に、そんな機動力全振りのシュツルム・パンツァーなんてそもそも必要なのか?仮想敵国の遼北人民解放軍は物量による包囲殲滅戦を得意とする軍隊なんだ。そんな軍隊に機動戦が通用しないのは第二次世界大戦で圧倒的物量でドイツ軍や日本軍を駆逐したソ連軍やアメリカ軍を見れば分かるだろうに」  誠も戦車のプラモデル作りが趣味ということもあって独ソ戦でのパンサー戦車が数十倍の数のソ連軍のT34戦車に包囲殲滅された事実は知っていたのでその点では時に暴論に走りがちな気配の見える言動の目立つかなめの言うことも理解できた。 「そもそも、機動性ならシュツルム・パンツァーなんていう大気圏では空気抵抗が多くて無駄以外の何物でもない人型兵器に求める性能じゃないだろ?シュツルム・パンツァーの本領はその人型であるということで可能な格闘性能や様々な火器を自在に扱える器用さにあるなんて軍事の常識だぞ……東和陸軍の装備関係の人間は頭が悪いのか?まったく、そのシュツルム・パンツァーの本来の開発目的であるシュツルム・パンツァー同士のタイマン勝負なら07式なんてコイツの敵じゃねえんだぜ?要は使い方だろうが!自分の戦術も理解できねえ東和陸軍の偉いさんの馬鹿共に使わせるくらいならうちで引き取るわ!ということでもったいねえからうちで引き取ったって訳だ。分かるか?」    かなめの声には、馬鹿にされることへの反発と、どこか捨てきれない愛情が混ざっていた。誠にはそれが矛盾として伝わってきた。 「ええまあ、軍人は合理主義者ですけど東和陸軍の思考はアレと言うのが東和宇宙軍で最初に叩きこまれた考え方ですから。東和宇宙軍もシュツルム・パンツァーの配備数は限られていますし……東和宇宙軍の得意の電子戦をするなら手とか足とか必要ないですから」  誠のかなめへの配慮の言葉にかなめは気を良くして笑顔で目の前にある三機のシュツルム・パンツァー05式の特徴の説明を始めた。 「05式の最大の特徴は……非常に『重装甲』だってところだ。シュツルム・パンツァーはガチンコ勝負で勝ててなんぼの機体なんだ。そんな装甲で勝負する兵器が存在しなかったアタシの生まれた国、甲武国が誇る運動性の為に装甲を薄くするという理解不能な改良のおかげで『現代のゼロ戦』と呼ばれた九七式がその運動性でそもそも不完全な装甲で航空・航宙戦闘機の最大武装の最高40ミリ機関砲相手にどうこうできた第二次遼州大戦の時とは兵器の開発状況が違うんだ!そんくらい分かれ!」  かなめは少し感情的に誠に向けてそうぶちまけた。誠もかなめが指さすコックピット周りを見てすぐに訓練用に何度も乗せられた89式練習機のそれと比べて重そうなコックピットハッチを見ればその重装甲は十分に想像がついた。 「で、07式が意地でも電撃戦がしたいという東和陸軍の意向に沿った設計をしたのに対して05式はその意向を無視して『機動性』を『犠牲』にした結果、他のシュツルム・パンツァーには無い『重装甲』を実現した……こいつの正面装甲をぶち抜こうとしたらそれこそ戦艦の主砲……巡洋艦じゃ無理だな……最近の火力に特化した飛行戦車や一部のシュツルム・パンツァーに装備されている230mmロングレンジレールガンで直撃……しかも着弾時の進入角度まで選ぶと来てる。それだけの重装甲のシュツルム・パンツァーなんざ、これまで数えるほどしか開発されちゃいねえ」  かなめは得意げにそう言うとランの紅い機体の隣の真っ赤な機体に目を向けながら語り続けた。余った機体とさっき自分で言った割にかなめの顔は誠には輝いているように見えた。 「重装甲……しかも巡洋艦の主砲すら効かないクラス……でもコンペに負けて量産はされないんですよね?それじゃあ意味無いですよね?機動力の方が東和陸軍には必要だったということですよね?ちょうどイギリス陸軍がマチルダ歩兵戦車でドイツアフリカ軍団を圧倒した時の再現を狙いたいんですか?」  戦車が好きな誠にとって『重装甲』と言う言葉は胸が躍るものに感じられた。戦車はキャタピラという機動性に限界のある移動方式ゆえに『重装甲』こそがその価値でもある。戦車好きの誠には05式の巡洋艦の主砲すら効かない重装甲は魅力的に感じた。ただ、誠の戦車の知識でも『重装甲』に拘り過ぎて『機動性』を犠牲にした『珍兵器』に分類される戦車が数多く存在するのもまた事実であることも知っていた。  そんな戦車マニアの誠の厚い視線を面倒に感じたのかかなめはやる気をなくしたようにため息をついた後、話を続ける。 「そして、その腕部マニピュレーター……つまり『腕』だな。そこは結構器用で現代の最新技術の粋を凝らした高出力のアクチュエーターを採用して機動性を無視して馬力優先で敵を圧倒できるから、かなりの火力の『重火器』……さっき言った07式じゃあとても扱えねえ230mmロングレンジレールガンや200mm電磁加圧式チェーンガンなんて言う今の通常兵器の戦場じゃあ反則級の火器が扱えるんだ。そんな飛び道具が無くてもそもそも重装甲を生かした殴り合いでの格闘戦の強さも売りの1つではあるんだ。例え素手だとしても今、どの国が採用しているシュツルム・パンツァーには負けっこないし、そもそも格闘戦なんて考えちゃいねえ飛行戦車や地球圏の植民惑星の汎用戦闘機なんか敵じゃねえんだ」  誠が熱くなる中、自分だけは冷静であろうとしたかなめだが愛機を語る時の彼女の情熱は彼女自身の熱い心を止めることはできなかった。 「凄いじゃないですか!すべてのシュツルム・パンツァーと一対一なら絶対負けないんでしょ?それなのになんで量産されないんですか?なんでコンペに負けたんですか?確かに機動性は大事ですけど一対一で戦えば無敵の機体なんでしょ?それに使いようによっては機動性の無い戦車も大活躍できる機会なんていくらでもありますよ……例えば待ち伏せをして機動性命のシュツルム・パンツァーや飛行戦車が出てきたら突然現れて出会い頭に一撃お見舞いするとか。それともあれですか?地球人はこれと出会ったら核を使えとでも命令を出しているんですか?さすがに核や気化爆弾に耐えるほど重装甲のシュツルム・パンツァーは開発できなそうですから」  誠が気になっていた先ほどのかなめの言葉を繰り返した。 「まあ、聞け。確かに地球圏の戦闘指揮官で艦に核が搭載されていたらその艦の主砲の火力に自信が無ければ本当にそれを使う以外にこいつを倒す方法はねえ。地球圏にコイツにガチンコ勝負を挑める兵器を開発した国はアタシの聞いてる限りは一つもねえからな。しかも採用されているメインエンジンには、今、遼州系で流行りの『位相転移式エンジン』と言うものを導入している。こいつは『瞬発力命』が特徴のエンジンで、当然『運動性』もぴか一だ。飛行戦車がロングレンジレールガンで精密射撃を行っていてもベテランパイロットならその主砲の向いてる角度を見ていくらでもその弾道を読んで避け放題……飛行戦車の天敵……まさにそんな感じの兵器だな」  かなめは自分こそがそのベテランパイロットであることを誇るかのように胸を張った。 「でもそんな強い兵器が……なんで量産されないんですか?コンペにも負けてるんですよね?少しおかしい話じゃないですか?西園寺さんの言う話だとこの05式が07式にコンペで負けるなんて想像がつかないんですけど……確かに機動性が大事なのは認めますけど」  誠はいいことづくめに聞こえるかなめの説明を少し違和感を感じながらそう言った。だが、一度自分の愛機を褒めるモードに火が付いたかなめは誠の質問を無視して話を進める。 「そして、腰についた高熱式大型|軍刀《ぐんとう》、通称『ダンビラ』が装備されていてかなり高度な格闘戦が出来る。『ダンビラ』オメエも剣道場の息子なら知ってるだろ?普通の日本刀じゃねえ、斬りあっても決して折れねえ強力な分厚い刀身を誇る日本刀の事だ。コイツの『ダンビラ』07式や他のシュツルム・パンツァーが装備している格闘戦用のビームダガーなんかの比じゃねえ強力な格闘兵器を常に使用可能なんだ。はつまり、その戦場にたどり着きさえすれば、ガチンコ最強の死角なしのまさに、『タイマン最強兵器』ってことなんだが……」  そう言ってかなめは口を濁した。そこでかなめはようやく自分の褒めてきた05式の致命的な欠点を語るべき時が来たというように静かにうつむいた。そしてそのまま長身の誠を見上げて感動の表情で三機の05式を見上げる誠を見て大きくため息をついた。 「なんですか?凄いじゃないですか!死角がないなんて!でも……量産はされないんですよね?コンペにも負けたんですよね……でもなんでです?西園寺さんの話を聞いた限りこれを採用しない軍隊の偉い人なんて戦場を知らない馬鹿にしか聞こえないんですけど」  そう言って喜ぶ誠だが、かなめは頭を掻きながら一息つくとカッと目を見開いて誠をにらみつけた。  かなめが言う限りそもそもこの機体を採用しない国が存在すること自体が今の誠には理解できない。一対一での戦闘が予想されるような重要施設防衛線などでは十分活躍する余地があることは軍に入ったばかりの誠にも想像がつく。そんな強い機体に自分が乗れると言うことで誠の気持ちは踊っていた。  そう言いながらかなめは一瞬、誠が05式に目を輝かせていることに満足したようだった。 「でもなんで量産されないんですかね……不思議ですね……」    だが、次に誠が05式を褒めようとまた『量産』と口にした瞬間、その笑みがひび割れた。 「なんだよ!オメエは!なにかっつうと量産、量産って!そんなにコンペに勝った07式に乗りてえか?航続距離が長くて機動性命の機体にそんなに乗りてえか?『戦争は機動戦だ』ってロンメル将軍が言った言葉がそんなに気になるか?そんなだったらうちを出て行って07式を採用した東和陸軍に入れ!これまでの性能は何かを犠牲にしたうえで成り立ってることくらい分からねえのか?オメエは本当に使えねえ馬鹿だな!」  これまで『量産』という言葉を繰り返す誠にここでようやく我慢の限界を迎えたかなめがキレた。 「05式の『運動性』は最高水準だが、『機動性』が……『致命的』に劣るんだよ!巡航速度は宇宙では平均的な飛行戦車の四割も出ねえ!航続距離もメジャーなシュツルム・パンツァーの6割以下!空も飛べるがその飛行速度は下手なレシプロ輸送機にすら負けるレベルだ!地上でも歩くのが遅いからホバーで何とか移動速度を稼ぐが……そもそも大気圏を跳べるシュツルム・パンツァーが地上をホバー移動した方が移動速度や巡行距離が稼げるなんてそんな兵器を採用する国があるか?」  かなめはそれまでの鬱憤を晴らすかのようにそう叫んだ。  誠はようやく理解した。    05式は、その場で戦えば強い。    だが、戦場へ向かうことそのものが苦手なのだ。    誠はかなめの怒りの剣幕に負けてここは何かフォローしようと頭を巡らせた。 「……つまり、戦場に着けば最強ってことですよね」  機を利かせた誠は思わずそう言った。    その言葉を聞くとかなめの顔が一瞬だけ明るくなる。    だが、次の瞬間にはその目尻がひくついた。 「そうだ。戦場に着けばな……そうなんだ……着けばいいんだけどな……」  ここでかなめの方が震えていることに誠は気づいた。  かなめはキレるだろう。そう誠が思った瞬間、鬼の形相でかなめが誠に顔を向けてきた。 「こんな機動力ゼロ!確かに戦場まで一々輸送機や輸送艦で運ぶことが前提のシュツルム・パンツァーの大量導入なんて考える馬鹿な軍はどこもねえよ!輸送機や輸送艦が第二次遼州大戦ではちょうどいい亜空間潜航艦や地上からの歩兵の持ってる対空ミサイルの的かなんてことはオメエでも知ってるだろ?それを避けるために一々戦場まで歩いて行ったら戦場に着いたときは戦争が終わってるようなレベルの遅さなの!まあ、その原因は『位相転移式エンジン』のパワーの振り分けが間違ってるからそうなるんだけどな。そこんところは『機動性』に特化した07式が東和陸軍上層部のお眼鏡にかなったわけだ。オメエも東和陸軍の連中と一緒にこいつを『珍兵器』扱いしてりゃあいい!」  どうやら『05式』は相当の『珍兵器』であるとかなめは言いたいようだ。そう思うと自然と誠を見る目も冷ややかになる。 「要するに戦車好きのオメエにも分かるように言うとだな。コイツは第二次世界大戦で言うところの『タイガーⅠ戦車』なんだよ。戦場に着きさえすれば無敵。だが、その途中にはどんな荒れ地もその幅広キャタピラと超馬力のディーゼルエンジンで山野を駆け巡るT34戦車がある。しかも数は10倍近い。いくら重装甲が自慢のタイガー1でも戦車には装甲が薄い部分もあるんだ。そこに10倍の数を生かしてひたすら機動性で逃げ回って一発そこに当たるまで撃ちまくる。そんな戦い方されたら普通は勝てねえわな」  かなめは冷酷にそう言い放った。 「こちらが少数で、相手はものすごい速度で動き回る。そんな戦場であのドイツの重戦車軍団が役に立ったか?戦争に勝ったか?そもそも鉄道輸送の途中でパルチザンのテロで線路が壊されて戦場にたどり着けねえ。戦場にたどり着いても肝心のガソリンがねえ。あの髭の伍長殿は性能表だけ見て満足だったかもしれねえが、戦争はそんなもんじゃねえんだよ。シュツルム・パンツァーの語源となってその開発の初期に携わったゲルパルトの連中は言ってるぜ……タイガーやパンサーなんて戦車は『伍長殿の気まぐれ兵器』ってな。そんな使えもしねえ兵器を採用するうちもうちだ……まあ、アタシ等は戦争をするのが目的の部隊じゃねえからそんなの関係ねえけどな」  かなめはこれまで誠が『量産』と言い続けることにたまっていた不満を吐き出しきったかのように安堵の笑みを浮かべた。そして、ランの隣の赤い機体の前に立ちじっとその機体を見上げた。  すでにかなめの怒りは収まっているようだった。そしてかなめは急に黙った。    さっきまで罵っていたはずの機体を、今度は恋人でも見るような目で見上げる。 「これがアタシの機体だ……赤いのがランの姐御の真似なんて言うなよ。量産もされず『珍兵器』と笑われても、それでもこいつしか乗りたくねえ。05式甲型狙撃仕様。右肩の『義』の一文字……あれにアタシのすべてがあるんだ。あれと赤い色こそがアタシの機体であることの証……アタシのプライドだ」    ランのややピンクに近い機体よりも濃い赤の塗装は傷や補修のせいでところどころ艶を失っているが、その造形は誇り高い。右胸には隊の部隊章である『大一大万大吉』のエンブレム。右肩には筆文字で『義』の一文字が記されている。まるで戦場の誇りそのものだった。

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