橋本直 / 第79話

第74話 愛を破壊する平和の使者

 その時のアメリアは、  ほとんど新興宗教の教祖のような雰囲気すら漂わせていた。  そして誠に向けてアメリアはありがたい説教を続けた。 「いい?誠ちゃん。すべての戦争の根本原因は『愛』なのよ!これは元地球人の国出身の私が言うんだから間違いない!地球人の男も女も『戦争』と言う状況さえ許せば人を殺して英雄になってやたらとメディアが持ち上げてあっという間に恋人だらけの生活を送れるようになる!それが現実!ちゃんとそのことは認めなさい!そんな『殺人狂』の地球人とは違ってこの東和共和国は地球人と関係を持つに至って400年の時を経た今でも戦争と言うものをしたことが無いのよ!それもこれも地球人の真似をして愛を得ようと英雄になりたくて戦争を始めようという馬鹿が誰一人としていなかったからよ!だから、遼州人には愛は無いけど平和はある!いいえ!愛のある所に平和は無い!なぜなら愛を産むためには戦いが欠かせないから!動物を見て見なさいよ!メスを得るためにオスは命をかけて戦う!それが人間になると国家レベルで戦って戦争になる!それならば平和を得るために愛を捨てる!遼州人はそういう生き方を選んだ人間!そうよ!動物でさえ愛を得るために戦いを選ぶんだもの!地球人は畜生道に落ちた存在と言えるわ!この銀河で人間と呼べるのは遼州人だけだわ!なぜならそこには一切の愛が存在しないから!」   アメリアは拳を握りしめて力説する。彼女の顔は真剣そのものだ。誠は思わずその拳を凝視した。そこにはユーモラスさの影はない。 「戦争はなぜ起きる? 欲望があるから! なぜ欲望が生まれる? 愛があるから! つまり、愛がなければ戦争は起きないの!古くはトロイア戦争!ギリシアローマの神話の時代から地球人は愛ゆえに殺し合いを続けてきたのよ!」  誠は呆然とアメリアを見つめた。言葉は短絡的に聞こえるが、彼女の表現は一貫していて、そこにはある種のロジックがある。 「そんな理論、成り立つわけないじゃないですか!言ってることが無茶苦茶ですよ!じゃあ、この400年間戦争が無かったこの国でモテる人……島田先輩……みたいにはなりたくないですね。隊長……完全に人間として終っている人間ですね。そう考えると人間と呼べてモテる存在は確かにこの東和共和国には確かに一人もいないですね。なんだか納得してしまいました」  『モテない』ことを意地でも肯定するアメリアに『モテない』自覚のある誠は『モテたい』と言う希望を込めてそう反論しようとしたが、逆にモテているどう見ても人間失格な男達を目の当たりにしていただけに、あっさり撃沈した。 「そうでしょ?島田君みたいになりたい?アレは馬鹿なヤンキーで人間以下の存在!隊長みたいになりたい?アレはどう見ても8歳幼女にしか見えない『魔法少女』の面倒を一生見ることを運命づけられた宇宙一の『駄目人間』。そんなそもそも人権を与えることが間違っているようなあの二人の『遼州人の例外のモテ男』のようになりたいの?その二つの例を見れば分かるようにこの理論は完璧に成り立ってるのよ!誠ちゃんも『モテたい』の?諦めなさい!あなたは遼州人!そしてこの東和共和国はその『モテない宇宙人』の国である東和共和国!『モテる』ことなど絶望的ね!」  アメリアはドヤ顔で言い放った。部屋の蛍光灯が一瞬チラついて、二人の影が壁に伸びる。誠の心の奥にあった淡い希望が、泡のように弾ける音を立てる。 「すべては平和のため!平和のために兵士と言う|生贄《いけにえ》が必要とされる社会よりもすべての人が『モテない』ことで平和を実現する方がよっぽど建設的よ!」   誠は目の前が真っ暗になった。自分の将来を描くどころか、恋愛の可能性さえ奪われる響きだ。 『……そんなことで、俺の恋愛フラグはへし折られるのか……』  誠がそんな絶望を抱いた瞬間、アメリアは勝ち誇ったように右手を握りしめ、細い目で誠をにらみつけた。  一瞬、冗談に見せかけた威圧だ。誠は反射的に後ずさる。 「そんなに一方的に、『モテない現実』を肯定するための理論武装をしないでくださいよ、アメリアさん……それってアメリアさんがひたすら見合いを一回で断られた腹いせで暴論を振りかざしているように僕には聞こえてきたんですけど……」  少し余裕のある反応を誠はすることができた。それは彼が自分の内面で小さな抵抗を見つけたからだ。モテない理由を胃腸や運命のせいにしていた自分が、突然『モテない宿命を持った宇宙人』という重しを背負わされる感覚に耐えられなかった。 「誠ちゃん!そんな私の個人事情はこの際忘れなさい!そう、私達には『モテない』宇宙人として全宇宙の『モテない奴等』を結集して『モテる奴等』の愛を片っ端から破局に追い込んで『人口爆発』を防ぎ、宇宙の恒久平和を実現する義務があるのよ!これが東和式恒久平和計画よ!」  誠は完全に呆れていた。  だが恐ろしいことに、  アメリア本人はかなり本気だった。    その発想は根深い社会哲学に由来している。  誠の胸に、妙な誇りと憤りが入り混じった。  確かに誠の同級生達も見合い以外で結婚した人間はいない。  だが、それにしても夢が無さすぎる。 『もしアメリアさんの言うことが事実なら……僕は一生『モテない』のか……』  誠はアメリアに絶望していた。彼の中で『もしかしたら』という期待が消え、代わりに現実の冷たさが入り込む。 「さっきから話を聞いてて思ったんですけど……アメリアさん……意外と婚活とかしてます?この国でも20%は結婚してるんでしょ?その人たちはモテてるってことですよね?実は愛を一番欲してるのはアメリアさん自身じゃ無いですか?」  ここで冷静に戻ってツッコミを入れるのが自分の役割だと察してきた誠はそう言ってみた。悪ふざけで結ぶには重すぎる夜の話題だ。  急にアメリアは天を仰ぎ、自嘲気味な笑みを浮かべて誠に流し目を向けた。彼女の目はいつものおどけた声色に戻るが、その後ろに微かな諦念が見える。 「豊川市役所とか|菱川重工豊川工場《となりのこうじょう》の幹部って……ほとんど見合い結婚済みなのよね……そうなると意地でもモテる女を潰したくなるじゃない?25歳過ぎた女には結婚する権利が無いですって……私の行ってる結婚相談所も女性は35歳で強制退会させられるのよ。それってちょっと酷くない?」  世界を俯瞰していたはずの議論が、気づけば『となりの婚活地獄』の話に着地している。その滑稽さに、誠は苦笑いするしかなかった。 「やっぱり?」  誠の予想通り、でかすぎる女、アメリア・クラウゼ少佐はモテなかった。彼女の見た目や振る舞いが理由かもしれないが、ここでは『モテないこと』が価値観にまで昇華されているのが面白い。  うなだれたアメリアはそのまま机の上にのの字を書きながら黙り込んだ。 「アメリアさん……そんなにいじけないでくださいよ……僕もモテないから同じですよ」  誠の言葉にアメリアは急に顔を上げて誠を見つめてきた。その迫力に負けた誠は思わずそのまま後ろに倒れそうになった。 「でも……モテないことによる『恒久平和』は要りません……僕はまだ夢は捨てきれていないんで……確かに島田先輩や隊長のようになるのは御免ですが」  誠は少しは『モテたい』と思っているのでアメリアの理想には賛同できなかった。寝起きのように浮かぶ彼の正直さは、この会話のなかで唯一無垢な光だ。 「まあね、私に対してそんな冷たい反応をすることは私も予想済みだから。すでに誠ちゃんと『愛』が芽生えそうな『女子二名』と『野郎数名』の目星はついているわ。私達は『愛を破壊する平和の使者』として誠ちゃんの『愛』が絶対成就しないようにがんばるから!」  誠の中で一度死にかけていた『モテたい』という感情が、一瞬で復活した。    『女子二名』との『愛』が芽生えるかもしれない。アメリアの言葉に誠はつばを飲み込んだ。希望と陰謀が同時に提示される光景は、ユーモアの皮をかぶった恐ろしい真実だ。 「今、アメリアさんが僕を好きになる可能性のある『女子二名』がいるって言いましたよね?僕を好きな人がいるんですか?この『特殊な部隊』に!」  誠はアメリアに縋るような瞳を向けて尋ねた。欲望は人間を動かす根源であり、同時に最も脆弱な部分でもある。 「女二人は境遇から見て誠ちゃんに同情しそうだから……できるだけ誠ちゃんと遭遇しないように『部長権限』を駆使してシフト変更してるのよ……誠ちゃんが配属になる前にうちの子達にアンケートを取って、これだなあ……と思った子は全員誠ちゃんとは会わせないようにしているの。今日も一人は運航艦の母港に私の代わりに行ってもらってるし……もう一人は……あの子は便利だから手放せないのよね……でもなんとか愛の発生だけは防いで見せるわ!」  非情なアメリアの言葉に誠は言葉を失った。  完全な権力乱用だった。  誠は、この星系がやはりどこかおかしいと再確認した。   「それにその二人には色々と誠ちゃんのことを吹き込んで誠ちゃんを嫌いになるように仕組む予定。たぶん今度会う時は『愛』など芽生える余地は無いでしょうね。私も死力を尽くすから誠ちゃんも応援してね!宇宙の平和のために!」  いかにも自分はやり切ったという表情でアメリアは誇って見せた。 「あんたは何てことしてくれるんですか!人の人生を壊すのがそんなに楽しいんですか!そんな平和は願い下げです!」  誠は心の底から憎しみを込めた叫び声をアメリアに浴びせかけた。だがその叫びは一瞬で消え、空気が元に戻る。アメリアはまるで悪戯をした子供のように肩をすくめる。 「あと他に整備班の技術下士官の『野郎数名』がその候補になりそうなんだけど……」  アメリアがニコニコ笑って誠に話しかけた。耳に残るのは彼女の高い声と、机の角に残る古いコーヒー輪染み。 「いいです、僕にはそっちの趣味は無いんで。BLアニメ好きのアメリアさんとは違います!」  すげなく断る誠だが、こんなことで引き下がるアメリアではない。彼女は世話焼きと破壊者を兼ねる存在だ。 「きっと、いい男がつなぎを着て『やらないか』とか言ってくるんじゃない?面白そう」  誠には一名、整備班員のつなぎを着たいい男に心当たりがあった。島田先輩の顔がちらりと浮かぶ。 「島田先輩ですか?」  確かに『いい男』であり、最後に見たときはつなぎを着ていた。 「はずれ!島田君は『純情硬派』が売りの『愛と性の完全分離に成功した宇宙初の存在』だから、それに彼は隊の男子で唯一の彼女持ちでサラ一筋なの!うらやましいけどあれはあれで結構笑えるわよ。馬鹿馬鹿しくて。『これが愛?馬鹿馬鹿しい』って私でも思うくらい」  誠は暴力をかさに島田に欲望のままに蹂躙されて何かに目覚める危機から救われたという事実にほっと一息ついた。島田の純情さは意外な防波堤になるらしい。 「いいです。遼州人である自分が恥ずかしくなったんで、席に戻ります」  アメリアの馬鹿話に疲れ果てた誠はこういって『モテない教祖』、アメリアが部長を務める『運航部』の詰め所から逃げ出すことにした。扉の開け閉めの音が小さく響き、外の廊下に出ると普段の空気が戻る。足元に落ちている古い新聞の切れ端を踏みしめながら、誠は自分の位置を再確認するしかなかった。  子どものころから当たり前に受け入れてきた『東和人らしさ』が、急に惨めな欠陥みたいに思えてきた。  誠の心にはまだ小さな希望が灯っている。『モテない』ことをアイデンティティにする遼州文化に囲まれていても、彼は内側で『誰か』を求めている。アメリアの理論は笑い飛ばせるものではなく、同時に彼の皮膚感覚を揺らしていた。平和のために愛を捨てる、という発想……それが彼の内的な声をかき乱した。  その希望が、どれほど慎ましく、そしてどれほど危険な運命へ誠自身を導くものなのかを、誠はまだ知らない。

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