橋本直 / 第13話

第8話 汗血馬の騎手

「これは誰かが何か企んでるな……いや、間違いなく企んでるだろう。こんなことをするのはあの嵯峨とかいう人しか思いつかないけど……確かに僕の人生であんなに見るからに怪しい人間は他に見たことが無い。母さんも『惟基君』とか呼んでまともに相手をしていたけれど……あのやる気の無さそうな目。あれはろくでなしの目だ。そんな人の言葉を信じて……こうして僕がここに居るのもあの信用置けない男のせいなんだ」  そう独り言を言いながら、誠は行き交う人々を眺めていた。  ふと気づくと、駐車場の奥の柱のそばに、小さな女の子が立っていた。誠がここに来てからずっと、じっと彼を見つめていた。その目つきはあまりに鋭く、誠は思わず目を逸らした。 「……なんで女の子が?」  ここは軍の施設だ。関係者以外は駐車場のゲートで止められるはずである。彼は好きでここに立っているわけではない。辞令に書かれた『司法局実働部隊』とかいう『特殊な部隊』へと連れて行かれるのを待っているのだ。  迎えに来るのはクバルカ・ランという女性中佐だとあの人事部の禿げた大尉は言った。誠はその人の写真を見せてくれとその大尉に頼んだが、なぜかその大尉はその事をかたくなに拒んだ。その理由が分からぬまま誠はただその女性を待ち続けていた。  彼女は十年前、遼州大陸の戦乱である『遼南内戦』で名を馳せたエースパイロットだという。『汗血馬の|騎手《のりて》』の異名を持ち、彼女専用の超高性能シュツルム・パンツァー『|方天画戟《ほうてんがげき》』を駆り、数々の戦功を立てた史上稀にみるエースと人事部の禿げた大尉は持ち上げた。  しかし、その内戦は遼南共和国の敗北に終わった。戦後は遼南共和国を打倒することで社会主義を国是とする遼南人民国新政府が誕生した。しかし、内戦の間に数限りない民衆に対する残虐行為を行った彼女にはその国に居場所はなかった。  多くの遼南共和国軍の兵士達と同じく国を追放同然に追われた彼女は東和共和国へ亡命し、人材不足に悩む東和陸軍に迎えられたと禿げた大尉は語った。そして東和陸軍のシュツルム・パンツァー教導部隊でその教官としての指導能力を発揮して数多くのパイロットの育成に携わったという。だが、そんな東和陸軍が絶対に手放したくない虎の子の人材と呼べた彼女はなぜか人事担当者に言わせると『変な気を起こして』3年前に誠が配属になるという『司法局実働部隊』に転属したという。  誠は人事課の大尉がその『方天画戟』でいかに数に物を言わせた力押しを持ち味とする圧倒的数の遼南人民軍相手にそれを圧倒したかを熱弁したのを思い出した。誠は会ってすれ違いになるのも困るのでと言うことで写真でも見せてもらえば気が楽だと思っていたが、大尉は『あの人はあまりに個性的だから一目でわかるから』と言うだけで、顔写真を見せてくれなかった。 『見れば分かる!貴様が目にした中で一番目つきが鋭いかわいい女の子がクバルカ中佐だ!』  人事部の禿大尉は力強くそう言った。  誠は想像力には自信があったので大尉の言う『一番かわいい女の子』と言う言葉をヒントにクバルカ・ラン中佐の姿を想像してみた。  『遼南内戦』は東和共和国の西の大陸で、現在は遼帝国が遼南共和国と呼ばれていた10年前に終結した内戦だと社会知識が乏しい誠でも分かった。  そこから推測するに定年間近な60に手が届く禿大尉が30代後半の女性を『一番かわいい女の子』と呼ぶのはごく自然なことで、現在23歳の誠から見ればまるで誠が滅多に見ないゴールデンタイムの時間帯で主役を演じる一流女優のような姿なのだと直感した。 『60代手前のオジサンが言う『一番かわいい女の子』だからな……まあ僕から見たらかなりのお姉さんというか年齢的にはオバサンなんだけど、テレビを見てると番宣とかで嫌でも天才外科医役とか元少女歌劇の男役トップから転じてCM女王をしている思いつく女優もみんな年齢的にはそれくらいだからな……ただ、僕の好みから言うと胸は大きい方が良いな。きっと目つきが鋭くて鍛え上げられて引き締まった身体に大きすぎる胸……それはそれで僕は幸せなのかもしれない』  誠は禿大尉の言葉を信じて一流女優さながらの美熟女が現れることだけを信じて辺りを見回したが、年齢的にはそれらしい女性は何人か目についたが、『一番かわいい女の子』と60代のオジサンに断言させるほどの美女と呼べるような人物は一人も目につかなかった。  そんなことを考えていた誠に、女の子が近づいてきた。どう見ても8歳くらい、黒髪のおさげ。それはみた感じこの東和共和国の警察の制服とよく似た制服を着ているが、それが本物かどうか、誠にはわからなかった。  確かにかわいい女の子だが、誠を一直線に見つめるその女の子の目はこれまで出会った女性の中でも一番鋭い目つきをしていた。 「おい、出来損ない!」  目の前に来るとその少女は長身の誠を見上げて真下から、鋭い声でそう叫んだ。誠は我に返り、視線を下げる。少女は挑発するように、自信に満ちた笑みを浮かべていた。目は鋭く、態度は大人顔負けだった。 「あのー君、いったいなんでこんなところに居るのかな?どこから来たのか知らないけど、ここは関係者以外立ち入り禁止だよ。わかるかな?」  誠は言葉を詰め、しどろもどろに応対する。少女は鼻で笑った。  彼女の頭の位置は、誠の胸どころか腹のあたりにも届いていなかった。  それなのに、誠はなぜか自分が見下ろされているような気分になった。 「テメー、頭に東和名物の平和ボケでも詰まってんのか?アタシがここにいる理由くらい察しろ!そんなもん関係者そのものだからに決まってんだろ!馬鹿じゃねーのか?テメー、頭に八丁味噌でも詰まってんじゃねーのか?」  少女は呆れたような口調でそう言った。 「まー最近の東和宇宙軍は新人の教育もろくに出来ねーんだな!『宇宙最強の電子戦兵器で無敵を誇る軍隊』?そんなもん兵器が優れてるだけだろ?使ってる奴が馬鹿ならそんなもん意味はねー!それに堅気の人間がこんなもん日常的に持ち歩くのをこの国のお巡りさんは許さねーよな?アタシはそれが許される立場の人間だ!そんくらい察しろ!」  誠は言葉を失った。どう見てもただの小柄な少女が腰の小さな皮のポーチを叩いた。弾丸の立てる金属音が誠の恐怖感を煽るがランはまるでそれを気にしないようにニヤリと笑う。それはどう見ても小型拳銃が入っているホルスターであることは軍事訓練を受けている誠にはすぐに分かった。 「アタシが『汗血馬の|騎手《のりて》』、クバルカ・ラン中佐だ!オメーはそれだけ分かればいー!それ以上の質問はするな!時間の無駄だ!」  誠の脳内で、神経回路が焼き切れる音がした。10年前の『遼南内戦』を駆け抜けたエース、あのクバルカ・ランが、目の前で腕を組む8歳女児のような姿だったのだ。どう考えてもこの状況は質の悪い悪ふざけ以外の何者でもないとしか誠には思えなかった。  誠の頭の中で、禿大尉の言葉が一語ずつ再生された。 『一番目つきが鋭い、かわいい女の子』    確かにその言葉は全て合っている。  全て合っているのに、誠が想像していた『一番目つきが鋭い、かわいい女の子』の条件に何も合っていない。  誠の常識は、目の前の幼女中佐を処理できず、警告音だけを鳴らして固まった。 「その顔……アタシがクバルカ・ラン中佐(本人)であることを信じていねー面だな?面倒くせーがオメーみたいな味噌頭は書面を見なきゃ信じねーことくらいはアタシくらいの人生経験があると分かるんだ!感謝しろ!」  誠はランが携帯端末に表示させた身分証を見た。    生年月日を見た。  2650年6月6日生まれ。つまり、今は2684年7月なのでつまり年齢は34歳ということになる。    次に階級の欄を見た。  確かに中佐である。    もう一度、顔を見た。  どう見ても目つきの鋭い太い一本のおさげ髪のかわいい幼女である。    そして、もう一度、生年月日を見た。  二度目の確認でも2650年6月6日生まれ。つまり、今は2684年7月なのでつまり年齢は34歳と言う表示は間違いなかった。  何度見ても、計算結果は変わらなかった。  この身分証に嘘が無ければ目の前の幼女は34歳ということになる。  数学は裏切らない。  だが、現実の方が数学を裏切っていた。  誠の混乱は深まる。 「昔は『遼の呂布』なんて呼ばれた。確かにな……あの『外道』に天下を取らせて最後には外道を始末したんだからアタシがあの時あの『駄目人間』に殺されていたらまさにアタシは呂布奉先そのものだった。『クバルカ・ランの前に立ってはいけない』とは遼南では当たり前のことわざだ。アタシの前に立った奴のほとんどは墓の下にいるからな。今はその筋じゃあすっかり『関羽雲長の再来』と呼ばれてる。なあに、『駄目人間』の小細工で『義理と人情の間に悩むことが人生』だと言うことを知っちまったからな。今じゃあ、『外道』の手先だった自分がなんであんなことをしてたのか分からねーくらいだ。こっちの生き方の方が性に合ってるみてーだわ」  ランはそう言って、腰の小さなホルスターを叩いた。 「ただ関羽は髭が立派で『美髯公』と呼ばれてたみてーだが、アタシは女だから髭はねーな。でもアタシの方が小回りは利く。だからもし今関羽とアタシが一騎打ちをすれば間違いなくアタシが勝つ!」  ランは小さな身体で誇らしげに胸を張った。  見上げているはずなのに、なぜか誠を見下ろしているような声だった。 「その目……慣れてるよ。兵はデカけりゃ強い?それが糠味噌が頭の詰まった馬鹿な兵隊さんの常識だ!戦場ではでかけりゃ強いってもんじゃねえ!デカいってことはそれだけ銃の的になりやすい以外の意味なんかねーんだ!幾千の戦場をくぐって来たアタシの出した回答はコンパクト&ハイパワーだ!『人を殺す力』ってのはサイズじゃねーんだ!オメーはそのうち嫌でもその事実に気付くことになる……そう気づけないようならアタシが上司として無能だってことだ!」  乱暴な言葉なのに、妙に見捨てない響きがあった。  殴りつけるようでいて、首根っこを掴んででも引き上げる声だった。  そしてその誠に語り掛けて来るランの雰囲気は昭和の任侠映画の風情をまとっていた。  誠は違和感と引き換えに、なぜか胸に温かいものを感じる。ランの眼には過去の戦いの景色が映り、声には死線を越えた者だけの苛烈な優しさがあった。 「なんだ、妙におとなしいじゃねーか。アタシがあらかじめ考えていたところではもう少し下らねえ御託をくれとか言い出すかと思ったが……でもまあ、その顔はまだアタシの言葉を信じていねーってところだな。そんなに証拠が欲しいか?証拠なんていくらでも捏造できる時代につまらねーことに拘るのが人間のサガだな」  ランは通信端末の画面から、古い戦闘記録や写真をスクロールして見せた。そこには『方天画戟』と呼ばれた初めて見るシュツルム・パンツァーの姿があった、赤い機体に額に記された白い兎のエンブレムが見るものを威圧する。  遼大陸特有の深い森林地帯上空を舞う、ランが駆るという『方天画戟』は遼南人民軍の数十機の『殲7』の群れを圧倒的技量で一方的に駆逐する動画が映っていた。  ランの操作ですぐに画面が切り替わり人民軍の協力者の家探しと称する虐殺映像などが映し出される。幼い身体からは想像できぬ『やりきった』痕跡が、静かに語られた。誠は息を呑んでその画面に見入る。 「分かったか?これがアタシの実力のほんの一部……あの地球生まれの『外道』もアタシには本気を出すなと口を酸っぱくして言ってたからな。あの『外道』はそーしたら地球圏が本気で遼南共和国を攻めて来ると信じてたんだ、あの遼南共和国を支配していた地球生まれの『外道』は。そいつに無茶を命じられて嫌な思いを散々押し付けられたからアタシは地球人は嫌いだ。連中は自分の手を汚さずに人に面倒ごとを押し付けて自分をキレイに見せることしか考えねー。地球人は一人残らず生きるに値しねー『外道』だ。アイツ等は周りが見えていねー。目の前のリアルより脳内の自分に都合のいー世界を夢見ることで今日を生きてる単なる馬鹿だ。死んで当然の人間だ。アタシなら3年で地球人は絶滅させられるが、隊長から止められてるからなんとか止めている。連中が生きていることは隊長に感謝しておくべきだな。地球人には死んで当然の人間しか居ねーから。あの『遼の董卓』と呼ばれたデブの『外道』のおかげでアタシは『遼の呂布』と呼ばれるようになった。まともに戦えば勝てるのに水攻めであっさり負けた将軍の名前で呼ばれて愉快な気分になる訳ねーだろーが!」  誠は反射的に一歩下がった。  目の前にいるのは、確かにどこからどう見ても子どもだった。  だが、その声だけは、焼け跡の戦場から聞こえてくるようだった。 「オメーに言っとくことがある。これはアタシが教えるケツに卵の殻を付けたパイロットになりたいとか抜かす出来損ない全員に言う言葉だ。よく聞いとけ!まず、強いことの条件にはいくつかある。第一に、命を奪いかねない経験!そして、本当なら死んで当然の経験をしている……この二つを経験しないと『強い』とは言えねーな!ただ、この二つは物理的に強いかだけだ。『人間』が出来てりゃ、赤ちゃんでもОKだ。舐めるなよ、赤ちゃんを!」  そう言ってほほ笑むクバルカ・ラン中佐はいかにもいわゆる『説教モード』で誠にそう言った。しかし、そのあまりの極論に誠はついツッコまざるを得なかった。 「赤ちゃんが……強いんですか?そんなこと普通の軍人は言わないですよね?」  どうやらそんな誠の当たり前の反論にはランは慣れているらしい。平然と誠に軽蔑するような視線を向けて説教を続ける。 「そうだ、赤ちゃんだってすでにものすごく『強い』。おそらくまともな人間なら、絶対勝てねーな。言うだろ『泣く子と|地頭《じとう》には勝てねー』って。学校で習わなかったか?オメーは理系か?じゃー知らなくても仕方がねーか。うちにも本人は理系だと言ってる『馬鹿そのもの』でアタシが面倒を見ている理系大学を出た技術屋が居るがおんなじことを言ってた。アイツは大学を『アナログ式量子コンピュータ』入りポケコンを使ってのカンニングで合格した馬鹿だからオメーも同類だな」  誠は高校時代の『国語』が大の苦手だったので、そんな『ことわざ』を知らなかった。結局誠はランの言葉の意味がよくわからなかった。 「生き物の『命』はみんな『強い』んだ。そーでなきゃ生きる意味はねー。違うか?味噌頭には縁のない話かもしれねえがな」  ランは誠の理解を待たなかった。  世界の方が自分に合わせるべきだと、本気で思っている人間の歩幅で話を進めた。

運営おすすめ

週間ランキング

全ランキング

反応スコアランキング

もっと見る

PV・ブックマークランキング

もっと見る

更新された連載作品

すべて見る
読み込み中…

新着短編

すべて見る
読み込み中…

作品一覧

読み込み中…

作品ダッシュボード

作品全体の公開状況と、読者からの反応をひと目で確認できます。

作品パフォーマンス

選択期間のPVが多い順

上位5作品
ライブラリ

作品の公開状況と構成

最近の更新

最後に編集した作品

要チェック

公開前に確認したい項目

プレビュー
読者に表示される見た目

表示設定

文字サイズ
100%
背景色
縦書き表示
リッチモード
目次
読み込み中…

キーワードを入力して作品を探しましょう

アクセス解析
アクセス解析データは 5分おき に自動更新されます
読み込み中…
ランクイン記録
通知
通知はありません
地形ブラシ
25
スタンプ
ツール
装飾
表示
100%

世界地図

100%

REACTION SCORE

反応スコアの内訳