NAWOMIDOU / 第10話

第五部:壊れゆく世界、そして記録されない夜3

 私はあなたを救うどころか、その崩壊に手を貸してしまったのだ。  二十年後の私は、あの夜の自分を許すことができない。  なぜ、あなたの手を取って「逃げよう」と言えなかったのか。なぜ、あなたという一人の人間を、私の「失われた青春の象徴」としてだけ消費してしまったのか。  記憶の中のあなたは、あの夜を境に、どこか色彩を失ってしまったように見える。  翌朝、バスの中で見かけたあなたの横顔は、昨夜のことなどなかったかのように、いつもの「明るい二期生」の顔に戻っていた。  それが、あなたなりの戦い方だったのだと気づくのに、私は二十年もの時間を必要とした。  旅行から戻った後、会社は急速に瓦解していった。Fは姿を消し、上司たちの権力争いは激化し、一人、また一人と、見知った顔が消えていった。  そして私も、ついにその場所を去る決意を固めることになる。  私は、あなたに別れを告げることができなかった。  ただ、去り際に一度だけ、レンズを通さずにあなたの姿を目に焼き付けた。  あなたは、客に向かって大きな声で「いらっしゃいませ」と叫んでいた。その声は、あの朝、三宮の駅で別れた時と同じ、張りのある、けれどどこか悲しい響きを湛えていた。  私は逃げたのだ。  あなたという光を、あの泥濘の中に残したまま。  自分だけが、新しい人生という名の、まともな世界へ戻るために。  二十年経った今、私はあの夜に撮ったはずの写真を一度も現像していない。  いや、現像するのが怖かったのだ。  あの時、私が捉えたあなたの表情のなかに、私自身が犯した、言葉にできない罪の証拠が写っているような気がして。  記憶の中のあなたは、今もあのホテルの暗い部屋で、冷たい指先を震わせている。  そして私は、こうして文章を書くことで、ようやく、あの夜のあなたに触れようとしているのだ。

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