降矢 菖蒲 / 第16話

16.邪神の戯れ

――邪神の使徒・ヘカントケイル。 ギリシャ神話に出てくる『百の手を持つ巨人』をモチーフにした魔物だ。 高さは約10メートル。 肌は真っ黒で、腰には赤茶色の腰布を巻いている。 顔は端的に言えば『虫』みたいだ。 顔の八割が口で、金色の牙がビッチリと生えている。 赤色の目は無数にあって、大きな口の周囲をぐるっと囲んでいた。 勿論、こんな序盤で戦うような相手じゃない。 本来なら中盤頃――五人目の仲間・賢者ミレーネさんが加入した直後に急襲を仕掛けてくる。 とんでもないレベルの|原作乖離《げんさくかいり》だ。 でも、これは……考えてみれば当然のことなのかもしれない。 ここはゲームをもとにした現実世界。 邪神もまた意思を持つ存在だ。 シナリオの都合なんて構いやしない。 俺達のことを危険ないし煩わしいと感じるようなら、『消してしまおう』と思い至るのも何ら不思議なことじゃない。 そう。何ら不思議なことじゃないんだ。 なのに、やたらともやもやする。 いや……これは、ガッカリしてるのか? 気持ちがだんだんと形になっていく。 ああ、なるほど。 俺は形を成した感情を鼻で笑いながら呟く。 「……意外と小物なんだな、邪神さんよ」 「心外ね」 「「「「!!?」」」」 「暇つぶしにきたのよ。だって、あんまりにも退屈だから」 その声を聞いた瞬間、背筋がぞわっとした。 歯がカタカタと音を立てている。 それに何だか物凄く寒い。これは何だ? 悪寒? 「やっほー♪ ハル」 ヘカントケイルの肩の上に、一人の女の子が腰掛けている。 その子は黒い鎧ドレスを身に纏い、血を思わせるような真っ赤なハイヒールを履いていた。 けど、直ぐに違和感に気付く。 頭の横からは黒い角が、背中からはコウモリみたいな翼が生えていたから。 明らかに人じゃない。人ならざるものだ。 でも、その子の顔は俺の知るヤツにあまりにもそっくりで。 「結衣……」 ついその名を口にしてしまった。 でも、人相はまるで違う。 端的に言えばサディスティック。 その不自然なまでに吊り上がった口角や眉からは、度し難いほどの破壊衝動が伝わってくる。 殺したくて、壊したくて仕方がない。……そんな感じの。 これが結衣の一部だって言うのか? 信じられない。 アイツはバカだけど人格者だった。 俺は結衣とそんなに長く一緒にいたわけじゃないけど、それでもアイツが誰かを悪く言っているところを見たことがない。 あの朗らかな結衣は偽物だったって言うのか? 本心では周りの人達のことを――ご両親や先生達、それから……俺のことを殺したいほど憎んでたってことなのか……? 「そう。《《私が本物》》。アンタ分かってんじゃない」 「っ! 違う! 《《お前は偽物》》――あがっ!!?」 咄嗟に否定した、その|刹那《せつな》――息が詰まった。 首に何かが食い込んでいる。これは……指? いや、手はない。何もないのに首が絞まってる。これは邪神の魔法か。 「次はないわよ。分かったわね、ハル」 「ガハ!! ゴホッ!!」 「ハル!!」 エステラが直ぐに治癒魔法をかけてくれた。 お陰ですっと楽になる。 深く息をついてエステラに礼を言っていたら、邪神が「ねえ、ハル」と声をかけてきた。 だけど、その目は俺に向いていない。 手元の真っ赤なネイルを、まるで宝石でも愛でるように眺めている。 「ここまで色々と見せてもらったわ。アンタ、中々いい筋してるわね」 「……そりゃどうも」 「今度はそいつ等を使って、コイツを倒してみせてよ」 「何を勝手に――」 「コイツを倒せたら、あと少しだけ《《あの獣人》》を生かしておいてあげる」 「は……?」 「どう? やる気出た?」 獣人……間違いない、女神の使徒の一人・格闘家のルゥのことだ。 コイツ、ルゥを人質に取ってんのか……!! 「っ!」 不意に何かが破裂するような音がした。 信号玉だ。上空に青い煙が広がっている。 どうやらコルが救援要請を出してくれたらしい。 よっしゃ! これで先生達が来てくれれば――。 「無駄よ。ここは私が作った結界の中。外にいる連中じゃ、どうすることも出来ないわ」 やはり邪神の力は、バルダス先生達の力をも凌ぐものであるらしい。 それはつまり、邪神を倒すためにはバルダス先生達を超えなくちゃいけないってことで。 ……ベリベリハードどころの騒ぎじゃねえだろがい。 ったく、あの女神め。 やれやれと首を左右に振って、ぐっと気合を入れる。 邪神は後回し。 今はあの《《ムシケイル》》に全力投球だ。 「みんな、聞いてくれ。使徒を倒す作戦を考えた」 名付けて『ダルマでスマッシュ作戦』。 すべての腕を無力化した上で、頭の中にあるコアを破壊する。 これは原作通りの作戦ではあるのだが、成功する確率は正直なところ未知数だ。 何せ原作はツクール系のフリーゲーム。 バトルはサイドビューのコマンド形式だ。 攻撃時や被弾時なんかのバトル描写は、立ち絵を上下左右に動かしたり、エフェクトを少し焚いたりする程度のものだった。 だから、具体的な倒し方――今回で言えば『腕を無力化する方法』や、『(頭がある)10メートルの高さまで飛び上がる方法』が分からないので、ありったけの知恵を絞って補完しないといけない。 穴埋め問題の答案を作るような感覚で作戦を立ててみたものの、果たしてどうなることやら。 「ふふふっ、楽しませてちょうだい」 邪神が素早く飛び上がる。 それと同時に、ゼノスは青いオーラを纏い始めた。

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