降矢 菖蒲 / 第12話

12.ゼノスの復帰とコルムの過去

『勇者様~! 手合わせ願えませんか~?』 木陰で休んでいると、金髪碧眼の美青年が声を掛けてきた。 ゼノス。ああ、そうだ。お前はそんなふうに笑うヤツだったよな。 太陽みたいにキラッキラに。大型犬みたいに人懐っこく。 『くあ~! 相変わらずお強いですね! 僕もまだまだ精進が足らないな~』 負けたのにケラケラと楽しそうに笑ってる。 そんなゼノスに俺は……勇者は問いかける。 ――お前は王族だろ? どうして騎士になりたいんだと。 『ん~……強いて言えば、陛下から命じられたから……ですかね?』 ゼノスは首を傾げながら、『ふふっ』と|擽《くすぐ》ったそうに笑う。 そんなゼノスに、勇者は更に問いかける。 ――不満はないのかと。 『え? ははっ、考えたこともなかったな。だから、まぁ不満はないってことでいいんじゃないですかね?』 あれは本音だったのか? それとも建前だったのか? 騎士でも、文官でも、画家でも、女王から命じられればそれになろうと努力した。 どんな道に《《進まされた》》としても、|原作《あっち》のお前は一切の不満を抱くことなく、キラッキラな笑顔を浮かべていたのかな。 「二人ともまだ来てないみたいね」 「そうだな」 俺とエステラは、他の学生達に混じって野外演習のスタート地点に立っていた。 朝の八時を回っているのに、重たい雲がかかっているせいでいやに薄暗い。 ここは騎士学校から馬車で三時間ほどのところにある廃村・ケルンズベリー。 三年ほど前に、魔物の襲撃を受けて壊滅してしまった村だ。 今はもう誰も住んでいない。 廃屋と化した建物には苔や地衣類が広がり、石畳の隙間からは大小様々な高さの雑草が生えまくっている。 ここにいた人達は生き残ることが出来たのかな。 やっぱり……たくさん死んで……。 焦りと罪悪感がこみ上げてくる。 落ち着け。今は出来ることを一つ一つ着実に積み上げていくんだ。 そう自分に言い聞かせて、ふーっと息をつく。 「アンタが修行をしている間に、あのコルムってヤツのことを調べてみたの」 「調べる? ああ、流石のお前も何でもかんでも見通せるってわけじゃないんだな」 「当たり前でしょ。まぁ、《《女神を宿したら》》それも叶うんでしょうけど」 「あーーー、もう考えるだけでイヤになる。マジで吐きそう」なんて言いながら、「おえ゛えーーっ」と吐くような真似をし出した。 空の上で女神が――結衣が涙目になっている。……そんな気がした。 「で、本題だけど、アイツ結構苦労してるみたいね。うんと小さい頃に、父親がオンナ作って出て行っちゃったみたいで。それ以来ずっと、お母さんや弟達と支え合って生きてきているそうよ」 「コルも働きに出てたのか?」 「ええ。でも、父親の評判が悪かったせいで|伝手《つて》すらなかったらしくって。仕事を見つけるのにも大分苦労したみたい」 「……なるほどな。となると、アイツの貴族嫌いはそれか」 「『世の中不公平だ』って話?」 「ああ。つまりコルは《《全部失った状態で》》スタートしてるわけだろ? 一方で、貴族達は《《全部持ってる状態で》》スタートしてる。そのことで理不尽だ、不平等だって思うことも、多々あったんじゃないか?」 「ご名答」 「「っ!」」 「ま、それは何も貴族に限った話じゃねえけどな」 振り返るとコルが立っていた。 俺達と同じ平民科の制服の上にオリーブ色のフード付きマントを羽織り、左腰にショートソード、右太腿にはダガーを差している。 たぶん、右腰には投げナイフを装備しているんだろう。 ――コルは『索敵』、『奇襲』、『陽動』を専門とする『斥候騎士』だから。 「ようは俺は、身分問わず『最初から持ってる人間』が気に食わねえのさ」 そう言って俺を睨みつけてくる。 テメエもその一人だと言わんばかりに。 「……っ、……」 ――誤解だ。 そう言いかけて目を伏せる。 ゼノスの復帰第一号の演習ということで、同行する学生の選定はかなり慎重に行われた。結果、選ばれたのがコル。 女王も王国一の鑑定眼を持つエステラと、学長が推すのならとコルの同行を容認した。 『これは?』 『女王様からの|勅書《ちょくしょ》だ』 『おいおい、マジかよ……』 言うまでもなく、これはコルの実力を評価してのことだ。 だから、コルも納得してくれるんじゃないかと……そう思ってた。 コルは『騎士学卒』の肩書きを、金や権力で買う貴族達を嫌悪している。 それは裏を返せば、自分の努力や技術を軽んじられることが、堪らなく嫌なのではないかと思っていたから。 だけど、『最高の栄誉』を得たはずのコルは――|僅《わず》かも喜ばなかった。 それどころか、落胆とも怒りとも取れるような表情を浮かべた。 あの時はどうしてだか分からなかった。 ――けど、今なら分かる。 誤解されてしまったんだ。 あの勅書は俺主導でもたらされた『形だけの栄誉』なんだと。 同時に深い失望を買ってしまった。 勇者のネームバリューを使って、学長、ひいては女王までもを動かして拒否権を奪うなんて。 やってることは悪徳貴族と何ら変わらないじゃないかと。 『お前、可愛い顔してエゲつねえな』 ……やっぱり俺は、もう二度とコルと笑い合うことは出来ないのかもしれない。 「遅れてしまい、申し訳ございません!」 誰かが大慌てで駆け寄って来る。ゼノスだ。 相も変わらず豪華な貴族科の制服姿だけど、その服の袖からは銀色に鈍く光る武骨な腕輪が覗いている。 俺はそれを見た瞬間、思わず両手を握り締めた。 ゼノスはやり直す気だ! 戻って来てくれたんだ……!! 改めて実感して胸が熱くなる。 「チッ」 誰かが大きく舌打ちをした。コルだ。 無理もない。王族であるゼノスは生まれながらにして、貴族社会の頂点に君臨している。 そんなヤツが女神の使徒だって言うんだ。 コルの生い立ちを思えば、余計に納得がいかないだろう。 俺も絶賛嫌われまくってるけど、可能な限り間に立ってフォローしよう。 改めて自分の立ち位置を確認して、気を引き締めている……と、ゼノスの目線が俺に向いていることに気付く。 「勇者様、先日は大変失礼を致しました」 「えっ? あ……」 数日前の出来事がばーーっとパラパラ漫画みたいに蘇る。 【女神の使徒】、【勇者】、そんな最強カードを切って勧誘してみたものの、ゼノスから返ってきた答えは『貴方はお優しい方なのですね』だった。 やっぱりあれは慰めと取られてたんだな。 「いえ! こんなのが勇者だなんて言われても、ふつーは信じられないと思うんで――」 「ちょっと止しなさいよ! ゼノス様がコメントに困っちゃうでしょ!!」 やっぱりエステラは全面的にゼノスの味方であるようだ。 ますますやかましくなりそう……。ああ、メチャ憂鬱だ。 楽しい、賑やかと読み換えられるようになればいいが。 「? ……ふふっ」 ゼノスはおそらく遠い目をしているであろう俺と、猫みたいにシャーシャー威嚇しているエステラを、交互に物珍しそうな目で見て小さく笑う。 俺はその笑顔を見た瞬間、手の平をぎゅるんっとひっくり返した。 ああ、ゼノスよ。お前が笑ってくれるのなら、俺はいくらでもエステラにどやされよう。 「ゼノス・オブ・ヴァレンティです。女王陛下の命により、勇者・陽翔様、聖女・エステラ様と共に邪神討伐に赴くこととなりました。改めまして、どうぞよろしくお願い致します」 ピキッと空気が凍りつくのを感じた。 悪気はないんだろうけど、コルのことを半ば無視するような格好になってしまっている。 どっ、どうする……!? 焦る俺を他所に、ゼノスはコルに目を向ける。 「コルム殿」 「……なんっすか」 「ご存知の通り、私には二年のブランクがございます。体型維持のために素振りこそしておりましたが、戦闘経験はまったく積んでおりません。無論、出来得る限り励む所存ではございますが、何かと至らぬ点が多々あるかと存じます。お手数をお掛けしますが、何卒ご|鞭撻《べんたつ》のほどよろしくお願い致します」 良かった! ちゃんとコルのことも立ててくれた。 ほっと胸を撫でおろしていると、コルがすんっと鼻を鳴らした。 どこか小ばかにしたような、そんな表情で。 「流石は女神に愛されたお方だ。言動も何もかもが完璧でいらっしゃる」 「……そんなことないですよ」 この時はじめてゼノスの表情が曇った。 謙遜ではなさそう。 ああ、そうだ。あの時と同じだ。 『あ……剣、ちゃんと差してるんですね』 『……っ』 あの時感じた『後ろめたさ』を、今のゼノスからも感じる。 騎士の道に戻りさえすれば、自然と解消されるもんだとばかり思っていたが。 お前はまだ何か抱えてる。人知れず苦しんでるのか? 「あ~、もう!! 辛気臭いわね!! さっさとフォーメーションを決めちゃいましょう!!」 エステラが持ち前の豪快さで流れを変えてくれた。 ありがたい。俺は目礼をしつつ、遠慮がちに提案する。 「先頭から順に、コ……コル、殿下、エステラ、俺でいいんじゃないか?」 「恐れながら勇者様……いえ、皆様。出来れば私のことは名前で呼んで、敬語も排していただけませんでしょうか?」 「え゛っ!? でっ、でも……」 「私は使徒、加えて教えを乞う立場でございますので」 「いや! 俺《《達》》はそんなご立派な人間じゃないんで!」 「ちょっと!! 《《達》》って何よ!!?」 「元聖女の現盗賊だろ? どう考えても敬われる立場にねえだろうが」 「義賊よ! 義賊!! そこいらの盗賊と一緒にしないで!!」 大義のためとはいえ、不法侵入やら盗み(強制レンタル)やらを肯定するのはいかがなものだろうか? そう内心で首を傾げていると。 「ふごっ!!?」 思いっきり足を踏みつけられた。理不尽極まりない。 俺は痛む足を擦りながら、声を搾り出すようにして提案する。 「~~っ、だからさ、このパーティーでは肩書きも身分も全部取っ払ってみんな平等に! タメ口&呼び捨てでいこうぜ! なっ!」 エステラとコルに目を向けてから、ゼノスと目を合わせる。 そうしたら、アイツの色白で形のいい頬がふわりと|綻《ほころ》んだ。 「分かった。よろしくね。陽翔、エステラ、コルム」 ――目の前のゼノスが浮かべた笑顔は、そよ風みたいに爽やかだった。 だけど、どこか懐っこくもあって。 ……少しは取り戻せたのかな。ゼノスの大切なもの。 「くだらね」 和やかな空気から一変、緊張が走る。 流れを変えたのは言うまでもなくコルだった。 酷くイライラしてる。 まぁ、コルからすれば不愉快だよな。 「折角こんなところまで来たんだ。今の《《殿下》》がどの程度やれんのか、きちんと見ておくべきなんじゃねえのか?」 「ちょっと!! ゼノスがこんだけ歩み寄ってんのよ! アンタもちょっとは――」 「エステラ」 制止を求めたのはゼノスだった。 ゼノスはエステラがもどかし気に引き下がるのを見届けると、静かに頷いて応える。 「コルムの指摘は|尤《もっと》もだ。先頭から僕、コルム、エステラ、陽翔の順で行こう」 「無理すんなよ」 「勿論だよ。こんなところで死んだりしない」 「……縁起でもねえこと言うな」 俺がそう言うとゼノスは擽ったそうに笑った。 コイツはどうにも危なっかしい。 そんなところは俺の知るゼノスにそっくりだと、胸のうちでヤキモキするのだった。

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