降矢 菖蒲 / 第22話

20.紋章とゼノスの秘密

「「「元気でなーーー!!!」」」 馬に|跨《またが》るなり、バルダス先生の門弟のみんなが声を掛けてくれる。 邪神の使徒との死闘から二か月と半月、俺達は遂に出発の日を迎えた。 まさに『修行漬け』でほぼ遊べなかったけど、バルダス先生やコル達が一緒だったから本当に楽しくて。 マジで本当に名残惜しい。 元の世界でもあんなふうに楽しくやれたらいいんだけどな。 「げっ!?」 見送ってくれている人達の中に――ダンブ●ドアみたいなおじいさんがいることに気付く。 俺はあの人を知っている。 『さぁ、勇者様。どうか怖がらないで。ゆっくりと力を抜いてください』 そう言って、俺の下っ腹にしわくちゃな手を伸ばしてきて――。 「そっそそそそ、そろそろいこうか!」 ばっと顔を正面に向けて馬を走らせる。 ちょっと思い出しただけで、全身に鳥肌が……!!!!! あぁ゛……マジで記憶から消したい゛……。 「失礼でしょ」 横を走るエステラがきっと睨みつけてくる。 どうやら見透かされていたみたいだ。 エステラは元の盗賊スタイルに戻って、今はゼノスと騎乗している。 言うまでもなく、戦うことが出来ないからだ。 当面の間はゼノスに押し付けておこうと思っていたんだが、いざって時のために相乗りの練習もしておくべきだ……という話になり(言い出しっぺはゼノス)、結局ローテーション方式に同意せざるを得なくなってしまった。 ゼノスめ……。 はぁ~、すっげえ憂鬱。 考えるだけで胃が……。 「ちょっと! 聞いてんの?」 「だって……お前も《《アレ》》されたんだろ――」 「バカ!! 変態!! なに想像してんのよ!!」 「してねえよ!! 俺はただ質問しただけだっての!!」 馬で並走したままギャーギャー言い合う。 ゼノスは……まるで役に立たない。 仲裁するでもなく、ただニコニコと笑うばかりだ。 出発前――俺、ゼノス、エステラの三人は、あの『紋章師』のおじいさんからとある術を施された。 端的に言えばその……《《追跡機能付きの貞操証明》》だ。 大まかに仕様をまとめると―― ・所謂『男女の関係』を持つと下っ腹に紋章が刻まれる。 ・互いに同じ紋章が刻まれるので相手の特定も容易(※所謂『巻き込み型』の魔法なので、相手が俺達以外の第三者でも有効)。 ・術者以外にはその紋章は消せない(※紋章師が死んでも消えない)。 ・術者は術をかけた者&紋章が刻まれた者の所在地をある程度把握することが出来る。 といった感じで、おじいさん……もっと言うと国に《《そのあたり》》を徹底的に管理される形になっている。 プライバシーも何もあったもんじゃないけど、これは当然の措置だ。 俺達は政治的に重要な立場の人間。 エステラとゼノスに至っては、その血の正当性を守らなきゃいけないんだからな。 ……なんて物分かりがいいフリをして、実のところかなりモヤついていたりする。 ――ありえねえだろ。 俺がエステラと、なんて。 思わず想像をしかけて小さく舌打ちをする。 「このあたりにしようか」 初日ということもあって、俺達は日没前に野営地を決めた。 選んだのは緩やかな丘の斜面の上。 ここなら見晴らしもいいし、魔物の接近にも気付けるだろう。 「んじゃ、おやすみー!」 夕飯をたらふく食って風呂までいただいたエステラは、満足げな顔で女子テントへと入っていった。 テントと言っても、地べたに寝袋を敷いて寝るようなヤツじゃない。 モンゴルのゲル風の移動式住居だ。 勿論イチから組み立てたわけでもない。 ここは剣と魔法の世界。そう。当然あれが――アイテムボックスがある。 「それすげえ便利だよな」 「使ってみる?」 横に座るゼノスから黒くて小さなキューブを受け取る。 上面のコアがホログラムのウィンドウを作り出してて、そこにはずらーーっと料理のサムネイルが並んでいた。 「お腹、まだ空いてるようなら遠慮しないでね」 「いや。もう十分だ」 「ありがとな」と改めて礼を言ってゼノスにキューブを返す。 ゼノスは首を左右に振って応えると、ベルトにキューブを装着。 その拍子にヤツの服の金刺繍がキラキラと輝いた。 《《自分でデザインをしておいて》》なんだけど、ゼノスのそれは群を抜いて派手だ。 ・ジャケット:やや明るめのロイヤルブルーをベースにした『騎士装束風の長衣』/左脚にスリット/襟元~胸元~袖口にかけて金糸の刺繍 ・パンツ:黒の細身のパンツ ・履物:膝丈のこげ茶色のブーツ といった具合になっている。 しかも単に派手なわけじゃなくて、王室カラーに国章までのっかってしまっている。 これじゃ文字通りの『王室の広告塔』だ。 常に注目されて、思うように羽も伸ばせないだろう。 ……本当ごめんな。 「ねえ、陽翔。良かったらさ、少し話さない?」 「? 何だよ改まって」 「ボーイズトーク? っていうの、してみたいなと思って」 ゼノスは先生の門弟のみんなと切磋琢磨していくうちに、その手の話題にも触れるようになっていった。 オチなしの失敗談、恋バナ(八割が妄想)、下ネタなどなど、いずれも王族とは縁もゆかりもなさそうな話題ばかり。 案の定コイツはずーっと『聞き役』で。 俺はてっきり……乗れないまでも、せめて合わせようと努力してくれてるんだと思ってた。 それがまさか羨んでいたとはな。 やれやれと肩を竦めてコクリと頷く。 「望むところだ」 「ありがとう! ……じゃあ、単刀直入に聞くね。ずばり陽翔と女神様の関係は?」 《《そっち?》》 コイツめ。 さっきの件といい、変顔の件といい、どうにも読めないところがあるよな。 ……いや。噛み合わないと言った方がいいのかもしれない。 やっぱりコイツは俺が知ってる――俺と結衣が創ったゼノスとは全然違う。 苦笑しつつ「ん~」と首を傾げる。 「別にどうってことはねえけど」 「大切な人なんじゃない?」 「大切っていうか……被害者っていうか……」 「? どういうこと?」 「実はさ、俺……贖罪するためにここに来たんだ」 「えっ!? 陽翔、何か悪いことしたの?」 「アイツに嘘ついちまったんだ。そんで謝れないまま逝かせちまって」 「??? 女神様は一度亡くなってるってこと?」 「いや。アイツも元は人間だったんだ。病気と戦いながら、すげぇ一生懸命に生きてた」 亡くなって半年以上経った今も鮮明に覚えている。 思い通りにならない体に鞭打って、必死にパソコンに食らいつく結衣の姿を。 「寂しい?」 「……よく、分かんねえ」 そう。それが本音だ。 結衣のことを思うと、今でも胸が締め付けられる。 でもそれは謝れなかった後悔からなのか。 それともアイツともっと一緒にいたかったからなのかは……分からない。 ぶっちゃけると答えは出したくない。 分かったところで、もう前に進むしかないからな。 「ふふっ」 訳知り顔でこっちを見てくる。 くそっ、コイツめ……。 「お前は?」 「僕は恋愛は――」 「ちげえーよ。別の話」 「何だろ?」 「お前の騎士復帰の件だよ。ぶっちゃけさ、女王様に対して申し訳ないとか思ってるんじゃねえの?」 「……どうしてそう思うの?」 「そういう顔してるからだよ。決まって騎士関連の話題の時にな」 「…………」 ゼノスは静かに微笑んで、焚き火に目を向けた。 話したくないってことか。 「まぁ、キツかったら無理に話さなくてもいいけど」 「ううん。そうじゃなくて。嬉しかったんだ、とっても」 「……何だよそれ」 手元にあった枝を焚き火に向かって放り投げる。 たいしてくべる必要のない細い小枝を。 そうして投げ入れたはずの枝は、手前の薪にぶつかって地面に転がった。 ……ちきしょー。 「僕ね、十歳まで女の子として育てられてたんだ」 「えっ……?」 鼓動が跳ね上がる。 胃が変な音を立てて、思うように息が出来ない。 あの時と同じだ。 先生からゼノスの事情を聴いた時と。 「そのせいか《《時々不安になることがあってね》》。それで騎士をやってるんだ。逞しくてカッコイイから」 根底からぶち壊してたってことか? お前の人生を。 俺がこの手で――。 「陽翔? どうしたの?」 「っ! あ、いや……ひでぇ話だなと思ってさ――」 「本当に?」 「ああ。……上手く言葉に出来なくて申し訳ないけど」 「…………」 ゼノスがじっと見つめてくる。 俺は堪らず地面に目を向けた。 ゼノスは今不安でいっぱいなはずだ。 なのに俺は……僅かも寄り添うことが出来ずにいる。 ボロが出たら事だのと、それらしい言い訳をして。 本当最低だよな。 「ごめん。何だか余計に気を遣わせちゃったね」 「……いや」 「動機は聞いての通り《《超》》不純だけど、使命はきちんと果たすつもりでいるから安心してね」 「……ンな気にする必要はねえと思うぞ。お前はこの国のために、こうして命がけで戦ってるんだからさ」 「…………」 ゼノスは肯定も否定もすることなく、ただ困ったように笑うばかりだ。 ……まぁ、こんな宙ぶらりんな男の言葉なんて響くはずもないか。 「……風呂入ってきたらどうだ?」 「ありがとう。それじゃあ、お言葉に甘えさせてもらおうかな。……あ、そうだ」 「まだ何か?」 「前にも話したけど、明日は大司教様――エステラのお父上に会うことになるからそのつもりでね」 「……それ言うなよ。寝れなくなるだろ」 「ふふっ、ごめん」 女王が口利きをしてくれたお陰で、聖教はエステラ捜索を取り止め&邪神討伐作戦に同行することを許可してくれた。だけど――。 「絶対揉めるよな」 「そうだね」 「お前から言ってくれよ。その……もちっと大人しい格好をしてくれよってさ」 「こだわりがあるみたいだから」 「はぁ~……だよな~……」 エステラはもう変装をする必要はなくなった。 だけど、あの盗賊ルックには過去との決別と、未来への意思が――腐敗しきった聖教から金も治癒術師も何もかも奪い取って、『無料の病院』を作るって野望が詰め込まれている。 後者はまだ時期じゃないから伏せるにしても、前者は絶対に示しにかかるだろう。 あの自称義賊な格好でもってな。 「おとー様、あまりのショックに気を失っちゃうんじゃないか? いや、エステラ父だから大喧嘩か」 「守ってあげてね」 「おまっ……らしくもなく薄情じゃんかよ」 「ごめん。立場上、聖教と揉めるわけにはいかないんだ」 やっぱ政治と宗教の関係は複雑ってことか。 まぁ、確かに免罪符ビジネスがまかり通ってるあたり、察せられる部分は多分にあるけど。 「それじゃ、お先にね陽翔」 「おう。行ってらー」 ひらひらと手を振って、風呂ゲルに向かうゼノスを見送る。 ああ……場合によってはエステラ父と舌戦か。 エステラはまったく気にしていないようだったけど、あれは強がりじゃないよな? 願わくば勝算あってのことだと思いたい。 「俺の出番、一ミリもありませんように!」 俺はそう言ってポンポンと小枝をくべていく。 大分しょぼいが護摩行のつもりだ。 これで結衣に届くかは分からないが、どうかこの願いが届きますように!

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