遥 / 第155話

109話 撤退……完了?

 戦いが始まった。  森の中を、氷と風が駆け抜ける。 「――そこ!」  碧羽が弓を引き絞り、矢を放った。  風を纏った矢が、遺体の足元へ突き刺さる。  地面が弾け、数人の身体が吹き飛んだ。  だが、倒れた隊員たちはすぐに立ち上がる。 「……やっぱり、そう簡単には止まらないよね」 「うん」  俺――蒼太は、隊員たちを見つめた。 「倒す方法は分かってる。でも……」 「できるだけ、傷つけたくない」  俺は頷いた。 「だったら、動けなくする」 「分かった」  碧羽が再び弓を引く。  放たれた矢が、遺体の足元へ突き刺さった。  風が渦を巻き、数人の身体を後方へ押し戻す。  その隙に、俺は地面へ手をついた。  冷気が一気に広がり、足元が凍りついていく。 「これで……!」  数人の隊員が、膝から崩れ落ちた。  だが――シエリオが指を動かす。  凍った足を引きずりながら、遺体たちが再び立ち上がった。 「……まだ動かすのか」  俺は歯を食いしばる。 「だったら、もっと固める!」  地面から氷がせり上がる。  足首から膝、そして腰へ。  氷が広がり、遺体たちの動きを封じていく。 「碧羽!」 「任せて!」  碧羽が矢を放つ。  風の刃が氷の周囲を走り、隊員たちをその場に押し留めた。 「これなら、しばらくは動けない!」 「よし!」  二人は遺体を倒すことなく、次々と無力化していく。 ***  その反対側では――黒い鎖が襲いかかっていた。 「――!」  俺――風宮は横へ跳ぶ。  鎖が地面を叩き、大きな亀裂が走った。 「風宮。お前は、もう理解しているだろう」  鳥山が右手を上げる。  さらに数本の鎖が、空中へ現れた。 「私が何を選んだのか」 「……理解したくもありません」  俺は腰の刀へ手を伸ばす。  鯉口を切り、鞘から刀を抜いた。 「仲間を裏切ってまで、カマエルに従う理由を聞かせてもらいます」 「世界を変えるためだ」  鎖が一斉に伸びる。  一瞬にして、俺は姿を消す。  次の瞬間――鳥山の懐へ入り込む。  刀が振り抜かれた。  ――ガキンッ!  鎖が刀身を受け止める。  俺は、さらに力を込めた。  だが、別の鎖が背後から迫る。 「――!」  身を捻ってかわし、そのまま地面を蹴る。  刀を返し、横薙ぎに振るう。  鳥山が鎖を引いた。  刃が鎖を削り、火花が散る。 「風宮、お前が守ろうとしているものは、もうすぐ、すべて失われる」 「何……?」 「そのために、防災対策課も、この国も。すべて変わる時が来たんだ」 「だから、仲間まで裏切るのか」  俺は踏み込む。  刀が鎖を弾き、そのまま鳥山へ迫る。  鳥山は鎖を重ねて防いだ。 「必要な犠牲です」 「……そんな言葉で、月影を殺したことまで正当化するな!」  風宮が刀を振り下ろす。  鳥山が鎖を引く。  激しい衝撃が、森に響き渡った。  そのとき――遠くから、蒼太たちの戦う音が聞こえてきた。  俺は一瞬だけ、そちらへ目を向ける。  鎖が伸びた。 「――!」  紙一重でかわす。  そして、俺は刀を鞘へ戻した。 「……ここで決着をつける必要はない」  鳥山を睨みつける。 「仲間を連れて、ここから離れる」 ***  俺――橙真は、カマエルと向き合っていた。  周囲では、戦いの音が続いている。 「月影さんを殺した理由……本当に、それだけなのか?」 「知りすぎた。それが理由です」 「何を知った?」 「あなたには、まだ必要のないことです」  俺は右耳のイヤホンに触れた。 「俺を残す理由も、イヤホンを渡した理由も……全部、その役目のためなんだな」 「はい」 「俺がプロメテウスの覚醒者かもしれないから?」 「その可能性があるからです」 「だったら、俺の力を利用するつもりか」 「利用とは、少し違います」 「同じだろ」  カマエルは答えない。  その沈黙が、かえって腹立たしかった。 「……俺を守ったわけじゃないんだな」 「あなたを死なせるわけにはいきません」 「俺が必要だから?」 「そうです」  花江さんが一歩前へ出た。 「カマエル」 「はい」 「あなたは、橙真くんの力だけが必要なんですね」 「正確には、彼の中にある力です」 「では、私たちは?」 「必要ありません」  花江さんはカマエルを見つめた。 「……人の命を、そんな簡単に切り捨てられるんですね」 「世界を守るためなら、人の命は軽いものですよ」 「私は、そんな考えを認めません」  花江さんの両手に、光が集まる。 「私たちは、みんなで生きて帰ります」  カマエルの視線が、俺へ向いた。 「そうですか。でも、そうはなりません」 「……何?」 「橙真以外は、全員殺します」 「……させるかよ。俺は、みんなを置いていかない」 「私もです」  花江さんが頷く。  遠くで、氷が砕けた。  続いて、刀と鎖がぶつかる音が響く。 「花江さん」 「はい」 「そろそろ撤退します」 「分かりました」  花江さんが光を集める。  俺は炎のドームを維持しながら、周囲を見渡した。  森の出口。  そこまでは走れる。  けれど、蒼太と碧羽は自力での撤退が難しい。  俺は炎へ手を伸ばした。  ドームの一部が細く伸び、戦場へ向かって走っていく。 「風宮さん!」  炎の揺らめきとともに、声が届く。 「蒼太と碧羽を連れて、先に逃げてください!」  風宮さんがこちらを振り向く。 「……分かった!」  風宮さんは、蒼太たちのもとへ駆ける。 「水沢、碧羽! 撤退する!」 「風宮さん……!」 「今は逃げるぞ!」  風宮さんが蒼太を左腕で支える。  もう片方の腕で、碧羽も支えた。 「橙真たちは?」  碧羽が尋ねる。 「すぐに来る!」  風宮さんが走り出した。  それを確認した俺は、炎のドームへ意識を集中させる。  花江さんが叫んだ。 「今です!」  強烈な光が、一気に広がった。  同時に、俺は炎のドームを消した。  巨大な炎が崩れ、森の闇へ溶けていく。 「走ります!」  花江さんが駆け出す。 「はい!」  俺も後を追った。  森の出口まで、あと少し。  その瞬間――。  ――ガキンッ!  背後から、黒い鎖が飛んできた。 「……!」  鎖が俺の身体に絡みつく。  強い力で、後方へ引かれた。 「うわっ!」  足が地面から離れる。 「橙真くん!」  花江さんの声が聞こえた。  けれど、光の中で彼女は前を走っている。  俺の身体は、森の奥へ引きずられていく。 「花江さん……!」  声を振り絞る。  しかし、その声が届いたかは分からなかった。  視界が大きく揺れる。  遠ざかっていく仲間たちの背中。  そして――俺の意識が途切れた。 ***  森を抜けた俺――風宮は、足を止めた。 「……ここまで来れば」  腕には、水沢と風間を支えている。  光莉も、少し遅れて追いついた。 「はぁ……はぁ……」  全員が息を整える。  俺は後ろを振り返った。 「……光莉、日向はどこだ?」 「……え?」  花江さんも振り向く。  そこに、日向の姿はなかった。 「……嘘だろ」  蒼太が目を見開く。  碧羽も言葉を失った。  誰も、すぐには動くことができなかった。  ただ、森の奥を見つめる。 『……橙真がこの場にいない』  その事実だけが、静かな夜に残った。

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