遥 / 第48話

48話 新たな戦いへ

 気づけば、神門教の教会での潜入任務から、早くも一か月が経とうとしていた。  あの日が一つの境界線になり、俺たちが暮らすこの街では、明らかな異変が急速に増え始めていたのだ。  それは他でもない。  邪神体の発生件数が、以前とは比べものにならないほど増加していた。  今までは数日に一度ほどだった出現頻度は、今では毎日のように市内各地で確認されるようになっていた。  防災対策課は市内各地へ、覚醒者である俺たちを次々と派遣していた。  その対応に追われる過酷な日々が、ずっと続いていたのだった。 ***  そんなある日の朝。  碧羽はいつも通り早めに登校し、すでに自分の席に着いていた。  柔らかな朝の光が差し込む窓際の席で、一冊の本を静かに読みながら、ホームルームの開始を待っている。  しばらくして、陸上部の朝練を終えた蒼太が、汗を拭いながら教室のドアを開けて入ってきた。 「ふぅ……今日も朝からめちゃくちゃ汗かいたぜ……」  軽く息を吐きながら、自分の席へ向かって歩いていく。  さらに数分後、俺――橙真も、廊下側の扉から左耳のイヤホンを外しながら教室へ入った。  自分の席へ向かう途中、ふと窓際で本を読む碧羽へ視線を向ける。 「……ん、あれ? 碧羽……眼鏡、かけるようになったのか?」  俺が思わず漏らした声に気づき、碧羽がゆっくりと顔を上げた。 「あ、橙真、おはよう」 「おはよう」  蒼太も俺の声につられて、碧羽へ視線を向ける。 「あ、本当だ! 碧羽、眼鏡かけるようになったんだな!」  碧羽はどこか照れくさそうに、細い指先で眼鏡のフレームへそっと触れた。 「うん……最近、どういうわけか急に視力が落ちてきちゃって。それで、見えづらいことも増えてきたから、眼鏡をかけるようになったの」  俺は碧羽の顔を見つめ、小さく頷いた。 「……その眼鏡、すごく似合ってるぞ、碧羽」  碧羽は少しだけ驚いたように目を丸くし、それから照れくさそうに柔らかな笑みを浮かべた。 「……ふふ、ありがとね。橙真」  蒼太もいつものように、穏やかで爽やかな笑顔を向ける。 「うん、やっぱり眼鏡をかけると雰囲気ガラッと変わって、良い感じだな!」 「蒼太も、ありがとうね」 「おう」  その時、朝のホームルームの始まりを告げるチャイムが、校内に高く響き渡った。それと同時に、担任の先生が教室に入ってきた。  俺たち三人はそれぞれの席へ戻り、いつも通りの学校生活が始まった。 ***  やがてすべての授業が終わり、放課後になる。  俺、蒼太、碧羽の三人はカバンを持ち、昇降口へ向かって並んで歩いていた。  靴箱のある昇降口へ着くと、そこには俺たちを待っていた咲の姿があった。 「……あ、咲」 「橙真先輩!」  咲は嬉しそうに駆け寄ってくる。  だが、俺は申し訳なさそうに胸の前で両手を合わせた。 「ごめんな。今日は一緒に帰れないんだ」 「そうですよね。今日は水曜日で、訓練の日ですもんね」 「ああ。そういうことだから、また明日な、咲」 「はい! また明日です!」  咲は元気に笑顔で手を振って、俺たちを見送ってくれた。 ***  俺たちが校門を出て歩き始めると、蒼太が前を向いたまま口を開いた。 「咲、連れてかなくて良かったのか?」 「いや、さすがに防災対策課まで、咲を連れていくわけにはいかないだろ」 「確かにね。連れて行ったら、風宮さんたちに何か言われそうだもんね」 「例えば、『なんで一般人を連れてきたんだ』とか言われそうだもんな」 「ああ。そう言われそうだから連れて行かないし……それに、巻き込みたくないっていうのもあるかな」  碧羽もクスクスと笑いながら同意する。 「咲のこと、巻き込みたくないのは分かるかも」 ***  三人が校門を離れ、住宅街の道を並んで歩き始めた、その時――不意にポケットの中のスマホから、緊急着信音がけたたましく鳴り響いた。  俺たちは同時に足を止め、画面を確認する。 『――こちら花江です! 緊急通信です!』  花江さんの切迫した声がスピーカー越しに聞こえた瞬間、俺たち三人の表情が一気に引き締まった。 「こちら橙真です」 「蒼太です」 「碧羽です」 『市内三地点で同時に邪神体の発生を確認しました! 各地点に二体ずつ出現しています!』  その一言で、周囲の穏やかな空気が一瞬にして重く張り詰めた。  花江さんは、すぐに言葉を続ける。 『各員の担当を伝えます!  橙真くんと風宮さんは、住宅街近くの河川敷へ向かってください!  蒼太くんは私と合流して、海岸へ向かいます!  碧羽さんは月影さんと合流して、小学校へ向かってください!  それぞれ、至急、現場へ急行してください!』 「「「了解しました!」」」 *** 「それじゃあ、行きますか」 「うん」 「ああ!」  返事をするのと同時に、俺たち三人は地面を強く蹴り、一斉に別々の方向へ駆け出した。  俺は河川敷へ。  蒼太は海岸へ。  碧羽は小学校へ。  日が傾き、西日が照らす街並みを、俺たち三人は全力で駆け抜けていった。  街の平和を守るための、新たな戦いが、それぞれの場所で始まろうとしていた。

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