遥 / 第23話

23話 駅前に集合

 日曜日、十時少し前。  急いで駅前広場へ到着すると、休日の駅前は多くの人であふれかえっていた。  買い物へ向かう家族連れ。  楽しそうに笑い合う学生たち。  賑やかに行き交う人々の中で、少し離れた柱の近くに、咲が一人で立っているのが見えた。  白いカーディガンに、淡い色のスカート。  いつもの制服とは違う、少しだけ気合の入った服装だった。  きっと、家を出る前に鏡の前で何度も確認したのだろう。 「十分前に来るのは、ちょっと早すぎたかな……」  咲がスマホの時計を見ながら、ぽつりと呟く。  その時だった。 「咲、来るの早いね」 「あ、碧羽先輩!」  振り返った咲の前に、碧羽が立っていた。  ライトグリーンのカーディガンに、落ち着いた色合いのスカート。  制服の時とはまた違った、大人っぽい雰囲気をまとっている。 「なんだか楽しみで、少し緊張してて……早く来ちゃいました。碧羽先輩も早いですね」 「そう言われると、たしかに少し早く着いたかも。……あと、なんだか私も少し緊張してきたかも」 「ふふっ、やっぱりそうですよね」  二人が微笑み合っていると――。 「おーい! 早いな、二人とも!」  向こうから元気に手を振りながら、一人の男子が駆けてくる。  水色のパーカーにショートパンツ。  蒼太だった。 「あれ、蒼太が時間より前に来るの珍しいね」 「まあな。今日は休日なのに、珍しく九時に起きられたんだ!」 「そうなんだ。珍しいこともあるんだね」 「ああ。珍しいだろ?」 「そんなに珍しいことなんですか?」 「おお! 俺は休日なら大体、昼の十二時くらいまで寝てることが多いからな!」 「……それは、確かに珍しいですね!」 「だろ?」  そんな二人の会話を聞きながら、碧羽が小さく笑う。  そして――ちょうど十時を告げる頃に、ワインレッドのパーカーを着た俺――橙真も、人混みを抜けて三人のもとへ近づいた。  右耳には、いつものようにイヤホンを装着している。 「ごめん。少し遅れた」 「いいぜ、別に! ピッタリ十時だしな!」 「……蒼太が俺より早く来てる」 「おう。すごいだろ?」 「うん。珍しいな」 「お前もそういう反応かよ!」  蒼太が大げさに肩を落とす。  そんなやり取りをしていると、咲が俺の服装をじっと見つめていた。 「……橙真先輩、私服だとやっぱり雰囲気が違いますね」 「そうか?」 「はい。なんだか、いつもより……」  咲の視線が泳ぐ。  すると、碧羽が咲の肩へそっと手を置いた。 「咲の私服も、すごくおしゃれで可愛いと思うよ」 「そ、そんなことないですよ!」 「気合い入ってるな。でも、すごく似合ってるぞ」 「きょ、今日はみなさんと初めて遊ぶ日なので……! で、でも……ありがとうございます!」  顔を真っ赤にして俯く咲。  それを見た蒼太が、嬉しそうに声を張り上げた。 「よし! 今日は思いっきり楽しもうぜ!」 「そうだな」 「うん」 「はい!」  俺たち四人は、賑わう駅前広場を歩き始めた。 *** 「みなさんは、ショッピングモールってよく行くんですか?」 「俺はゲーセンによく行くかな!」 「私は服を買いに行くくらいかな」 「俺は……あんまり行かないな」 「じゃあ、橙真先輩もほとんど初めてみたいなものですね!」  咲が嬉しそうに笑う。  その笑顔を見ていると、俺の胸も少しだけ温かくなった。 「……そうだな」  今日は、何も起こらないはずだ。  ただ四人で遊ぶだけ。  それでいい。  そう思っていたのに。 ***  駅前広場を抜けようとした、その時だった。 「……ん?」  少し先の開けた場所に、大きな人だかりができていた。  白い服で揃えた男女数人。  その手には、大きな白い旗。  その前には長机が置かれ、何冊ものパンフレットが積み上げられている。  そして、白い旗には、はっきりと文字が刻まれていた。 『神門教』  その中心に立つ男が、不自然なほど穏やかな笑顔で人々へ語りかけている。 「災厄は、すでに始まっています!」  男の声が、駅前広場へ響き渡る。 「今こそ、私たちは新しい時代を迎えようとしているのです!」  集まった人々へ向け、男は両手を広げる。 「恐れる必要はありません」 「みなさんの中にある『扉』を開き、眠れる『力』を解放するのです!」  独特な熱気に包まれた一角を見て、蒼太が引き気味に呟いた。 「うわぁ……あれ、怪しくないか?」 「最近、街中でよく見かけるよね……神門教って宗教組織」  碧羽も少し困ったような表情を浮かべる。 「ニュースでも、怪しい活動をしていると話題になってましたよね」 「……」  俺は、無意識のうちに足を止めていた。  ――扉を開く。  ――力を解放する。  その言葉が、妙に胸の奥へ引っかかる。  右耳に装着されたイヤホン。  そして今朝、神社で出会った不思議な巫女。 『今お使いになっている力は、長くは持たないでしょうね』  脳裏に、あの言葉が蘇る。 「……っ」  ゾクリとした。  冷たい汗が、背中を伝った。  偶然なのか。  それとも――。 「……橙真?」  蒼太の声で、俺はハッと我に返った。 「どうした? 急に固まって」 「いや……なんでもない」 「それなら、行くぞ」 「ああ」  俺はもう一度だけ、神門教の男を見る。  男は相変わらず、穏やかな笑顔を浮かべていた。  その笑顔が、なぜか妙に不気味に見えた。  俺たちは神門教の演説を背に、目的地のショッピングモールへ向かった。 ***  ガラス張りの巨大な建物。  休日ということもあり、入口にはたくさんの人が行き交っている。  その光景を見た咲が、ぱっと目を輝かせた。 「着きましたね!!」 「さて! まずは何からする!?」  蒼太が楽しそうに叫ぶ。  俺たちは笑いながら、華やかな入口へ向かって歩き出した。 ***  楽しみにしていた休日、その始まりだった。  ――けれど、これからこの場所で巻き起こる恐ろしい出来事を、この時の俺たちはまだ知る由もなかった。

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