たぺっと!! / 第1話

白の実力者〜レベル1〜無能力者

ピートは荒い息を吐きながら、うっそうとした森の中を走り続けていた。背後からは、血走った目を剥いたゴブリンの群れが執拗に追い縋る。 ゴブリンたちが威嚇の声を上げる中、ピートの視界の端に浮かぶHPゲージはすでに赤く点滅し、限界寸前を示していた。 「っイッテ!」 足元を濁った根っこに掬われ、バランスを崩した。手にしていた剣が手から離れて宙を舞い、そのまま遠くへ弾き飛ばされる。踏み留まる間もなく、ゴブリンたちの巨体が覆いかぶさってきた。 絶望感に駆られ、ピートは「やられる!!」と叫ぶ。しかし、耳を劈く咆哮が響いた瞬間、目の前の景色がノイズのように溶け落ちた。ゴブリンたちの姿も、薄暗い森の木々も一瞬で消え去り、無機質な訓練場の部屋が姿を現す。纏っていた戦隊服の装甲が解除され、ピートはその場に力なくへたり込んだ。 「今日も、ゴブリン1匹も倒せずダメだったか……」 頭を抱えるピートに向かって、親友のとびひが呆れたような声音でひょいと歩み寄り、乱暴に頭を撫でながら「ピート、今日も相変わらずダメダメだな」と告げる。 「いつになっても成長出来ない俺……役立たずだよね……」と自嘲するピートを、とびひは「そんなことないって!実技でダメでも、ほら、なんとかなるさ!」と励まし、「また明日頑張ればいいさ!」と笑顔を見せた。 前向きなとびひの言葉に背中を押されるように、ピートは重い足取りで部屋を後にした。エレベーターで1階へと下り、施設の重厚なドアを開けて外に出る。冷たい夜気が頬を打った。 「すっかり夜になってしまった……やはり俺は、選ばれし者にはほど遠いのかな……トホホ……」 自嘲気味に呟きながら、ピートはステータス画面を空中に呼び出す。 -名前- ピート -レベル- 3 -種族- 人間 -属性- なし -魔法- なし 「あの日から、1レベルも上がらない……戦隊試験の案内が来てから、ずっと……」 脳裏に、あの日の受付でのやり取りがフラッシュバックする。 『ピートさん、年齢が戦隊試験の条件に達しました、おめでとうございます! これは仮の戦隊服です。戦隊受験資格は、最低でもレベル15、もしくは神様契約後でしか受けられません。頑張ってくださいね!』と告げられた受付の笑顔が蘇る。 回想の終わりとともに現実に戻る。ピートのレベルは今だに3、試験を受けるにはあまりにも遠い数字だった。 途方に暮れながら歩を進めていたその時、突如として空間が歪み、足元に奇妙なゲートが現れた。抗う間もなく吸い込まれ、気づけばピートは見知らぬ深い森に迷い込んでいた。 「どうせ明日も……って、ここどこだ!? 森?! やばい、どっかのゲートに入っちゃった!?」 慌てて振り返るが、先ほどまであったはずのゲートの姿は跡形もない。 「まずいまずい、こんな森、初めて来たんだけど……!?」 パニックに陥りかけたその時、遠くの木々の隙間から鋭い悲鳴が響き渡った。女性の「きゃぁぁ!!」という叫び声を聞き、ピートは「叫び声……!」と息を呑む。 迷っている暇はない。ピートは声の方向へ迷わず駆け出した。視界の先に、女性を襲う植物型のモンスターの姿が飛び込んでくる。 「モンスター……! この力は未熟……でも、市民を守るために、使うって約束したんだ……!」 焦燥に駆られながらステータス画面を空中ではじき、反転させる。瞬間、画面が七色に眩しく発光した。 「戦隊チェンジ!!」 光の粒子がピートの肉体を纏い、瞬く間に戦闘服へと変化する。 植物モンスターが鋭い鞭のような蔓を女性へと叩き込もうとしたその刹那、ピートはその間に飛び込んだ。「くっ……!!」と苦悶の声を漏らすピートに、助けられた女性は「あ、あ……」と恐怖に震える。 容赦なく放たれた重い一撃がピートの身体を捉え、彼は紙くずのように吹き飛ばされた。背中が大木に激突し、息が詰まる。 「くっ……ぐはぁ……! やっぱり、力が少し強くなるだけで、能力自体が肥大するわけじゃない……俺は……弱い……」 視界がぐにゃりと歪み、冷たい地面に崩れ落ちる。意識が遠のく中、無理やり顔を上げた。 「あの人は……逃げられただろうか……はっ……!」 それは、瞬きすら許されない一瞬の出来事だった。 暴れていたはずの植物モンスターが、目にも留まらぬ無数の斬撃によって、文字通り木っ端微塵に切り刻まれていく。気がつけば、怯える女性は白く神々しい衣を纏った人物――ノースに抱き留められていた。 女性が「あなたは……」と問うと、ノースは「大丈夫かい? 怪我の具合が酷い……今すぐ手当を……」と優しく声をかける。その様子を見ながら、ピートは「すごい……瞬きのうちに何回切り裂いたんだ……あの人、助かってよかった……っ……」と安堵し、糸が切れたように意識を暗闇へと落としていった。 * 「おい! 君! 大丈夫か?」 ノースが心配そうに覗き込みながら頬を叩く感触に、ピートは薄く目を開けた。 「……さっきの人……かっこよかったですね……」 「私はノース。その戦隊服を着ているということは、戦隊になりたいのかな?」 「あ……はい。僕、戦隊になりたくて……頑張ってるんです。でも……」 「そうか……君の熱意、ちゃんと私に伝わったよ。だが、今はここにいるべきじゃない。避難した方がいい」 ノースの肩を借りてよろめきながら立ち上がったピートは、周囲を見回して息を呑んだ。さっきまでの静けさが嘘のように、そこは地獄絵図と化していた。 「これは……」 「ゴブリンのスタンピードだ。おそらく、先ほどの植物モンスターがトリガーとなって発生したらしい」 「スタンピードって……やばいじゃないですか……!」 「正直、この場所に正式な戦隊メンバー以外の人間がいるなんてびっくりだよ。帰りのゲートの場所はわかるかい? ここに入るには――」 ノースが腕を組み、わずかに眉をひそめる。 「それが……どこから入ったか分からなくて……」 「そうか。なら、近くまで案内しよう」 「ありがとうございます……!」 「少し急ぐぞ」 2人の進路を塞ぐように、狂乱したゴブリンの群れが次々と襲い来る。ノースは「くっ、キリがないな……!」と呟きながら、ピートを庇い、流れるような剣技で周囲の魔物を薙ぎ払っていく。 ピートが「あれ……帰和用ゲートって、あそこですか……?」と指し示すと、ノースは「ああ、間違いない!」と即答する。 ノースはピートの肩から手を離し、再び鋭く剣を構え、「先に帰るといい。私はもう少し、この連中を相手にするよ」と告げた。ピートが「ありがとうございます……! また、どこかで!」と言い残し、迷うことなく光るゲートへと飛び込むと、残されたノースは「まさか、まさかと思い入ったゲートにゴブリンスタンピードが発生していたなんてね……私の刀身が燃えるじゃないか。まとめてかかってこい……!」と戦意を昂らせるのだった。 * 場面は変わり、眩い光の向こう側。ピートはゲートから弾き出されるように現実世界へと戻ってきた。 「……はっ、はっ……はぁ……。ステータス、オフっ!」 戦闘服を解除し、荒い息を整える。ふと、目の前に浮かび上がったステータス画面に目をやったピートは、我が目を疑った。 -名前- ピート -レベル- 5 「レベルが上がってる!? なんでだ……!?」 慌ててログをスクロールしていく。そこには、ノースが討伐した膨大な数のゴブリンの経験値が、パーティ補正のように自身にも還元されていた履歴が残っていた。 「あの人が倒したゴブリンの履歴が……少しだけ、俺にも還元されたのか……?」 それから少しして、ピートが出てきたのと同じゲートから、ノースが軽やかな足取りで姿を現した。 ノースが「いや〜、派手にやっちまったぜ〜。ステータス、オフ……っと」と軽口を叩くと、そのステータスが視界にちらりと映る。 -名前- ノース -レベル- 58 ノースが「あれ、さっきの少年じゃん。ここで何してるの?」と気さくに声をかけると、ピートは「あ、いやっ!」と慌てて自身のステータス画面を非表示にし、深々と頭を下げた。「お礼が言いたくて! さっきは助けていただいて、本当にありがとうございました!」 ノースは「いいっていいって! 困っている人がいたら助ける……それが俺たち戦隊の仕事だからね」と爽やかな笑顔を残し、2人はそれぞれの道を歩き出すのだった。 翌日。施設の重いドアが勢いよく開け放たれた。 ピートは「やばいやばい、遅れる……!」とドタドタと激しい足音を立てながらエレベーターに飛び乗り、上の階の教室へと駆け込む。息を切らして扉を開けた。 教室では、とびひが冷ややかに「3……2……1、秒アウト」と告げ、ピートは「ギリギリ……セェーーーフ!!」と叫ぶ。しかし、とびひは「セーフじゃねぇよ、完全に遅刻だろ〜」と呆れ顔を見せ、クラスメイトたちも冷ややかな視線を送る。 ピートが「あはは……」とごまかすと、「まったく……それじゃあ、今日の授業を――」と続けようとした。 その瞬間、教室中に甲高いアラート音が鳴り響く。 《システム警告:緊急事態発生、緊急事態発生。巨大ゲート発生、巨大ゲート発生。施設にいる生徒の皆さんは直ちに避難してください。危険レベル3》 とびひが「ありゃ……」と呟き、ピートが「ありゃっ……って、これ収まるんですか!?」と慌てると、とびひは「毎度のことだ、あわてず避難するぞー!」と指示を飛ばす。ピートも「みんな、落ち着いて行動して! 慌てないで!」と周囲を鼓舞した。 生徒たちはパニックになりかけながらも、避難誘導に従って出口へと殺到する。とびひが「さて、みんなこっちだ! できるだけ建物から離れるぞ!」と声を張り上げ、ピートも「焦らずに、誘導に従って!」と避難の先頭に立つ。 その時、ピートは強烈な光を浴びて「っ、まぶしっ……!」と目を細めた。 校庭の空中に巨大な光の裂け目が開き、圧倒的な光量が周囲を呑み込む。ピートたちはたまらずそのゲートの渦中へと吸い込まれていく。とびひが「みんな……っ!」と手を伸ばすも、彼が触れるより早く、ゲートは残酷にその口を閉ざした。 * 再び光が収まった時、ピートが目を開けた場所は、これまでに見たこともない荒涼とした崖の上だった。眼下にはどこまでも深い森が広がり、頭上には不気味に青く輝く巨大な月が浮かんでいる。 「さっきの光……なんだったんだ……って、高っ!?」 足元は切り立った崖っぷちだった。慌てて一歩下がりながら、ピートは宙を仰ぎ、「ここは、どこだ……。ステータス、オープン……!」と呟く。しかし、現在地を示す情報は一切記載されていない。 「とりあえず……夜を凌ぐために木を集めないと。魔物が出たら、すぐに逃げなければ……」 心臓の音を響かせながら、ピートは警戒を強めて森の探索を始めた。 「この木の実、食べれそう……もぐ……むしゃむしゃっ……。っ、しょっぱっ! ぺっ、ぺっ……!」 あまりの塩辛さに思わず口の中のものを吐き出す。 「ラビットキャットくらいなら、なんとか倒せるか……? いや、だけど……」 慎重に森の小道を進んでいくと、前方の茂みの向こうから、荒々しい男たちの話し声が聞こえてきた。 モブの男たちが「おらっ、さっさと立てよ! お前が狼の仲間だってことは知ってんだよ!」「何うずくまってんだよ、気色の悪い!」と威圧し、間に挟まれた少女が「痛い……っ、やめてよ……!」と泣き叫ぶ。それを見たピートは「なっ……!」と息を呑み、迷うことなく男たちの間に割って入った。 ピートが「なにやってんだよ! 女の子をいじめるな!」と叫ぶと、モブの1人は「なんだお前、関係ないだろ……っ!」と逆上して顔面めがけて拳を振り抜く。しかし、ピートに当たる直前、ピートの背後から凄まじい威圧感の波が立ちこめた。 その異様な気配に気圧され、モブの男たちは「っ、なんだこの気配は……っ! くっ、今日は見逃してやる……!」「覚えとけよ……!」と捨て台詞を残して慌てて逃げ出していく。 その後姿を見送りながら、ピートは「ふぅ……殴られるかと思ったけど……怖がって逃げてくれてよかった……」と大きく息を吐き出した。 安堵したピートが振り返ると、傷だらけの少女が足を引きずりながら、警戒するように後ずさっている。 ピートが「えっ? 逃げないで! 俺は何もしないよ」と優しく声をかけると、少女は「……そうなの?」と戸惑いを見せる。ピートが「もちろん! 怪wiresがすごいじゃないか、早く治療しなきゃ……」と続けると、少女は「これくらい……自然と治る……」と返す。しかしピートは「自然と治るって言っても、かなりの傷じゃん。さっきの奴ら、君のことを『大量の経験値』とか言ってたけど……いったい何があったの?」と問いただした。少女は「ぼーっとしていたら、あっさり後ろから不意打ちされて……」と言い淀む。 少女は痛む身体をかばいながら、ちらりとピートの顔を窺ってから口を開いた。 「悪い奴ではなさそうじゃし、助けてくれた恩もある。お主には、本当の姿を見せてもいい頃かもしれぬな……。何を見ても驚くなよ、約束できるかのう?」 ピートが「う,うん……約束するよ」と頷くと、少女は小さく息を吸い込み、「――サジカナラディエーディス」と呪文のような詠唱を紡ぎ始める。 次の瞬間、少女の身体がまばゆい光の繭に包まれ、その姿がみるみるうちに変化していく。白銀の毛並みを持つ狼の姿――否、背中には白鶴のような神々しい白いオーラを纏い、周囲の空気を焦がすような熱を放つ炎が揺らめいていた。 ピートは「え……きみは、狼……?」と絶句する。変身を解いた少女は「そうだ、我は狼だ。だが、ただの狼ではない……。種族は狼雅(ろうが)の姫、名をホルラと申す!」と誇らしげに名乗る。ピートが「狼雅って、狼の上位種じゃん……! しかも姫様なの!? なんでそんな高貴な人がこんなところに……?」と驚くと、ホルラは「お主、さっきから質問ばかりだな! それより、お主の正体を先におしえろ!」と怖がりながらも鋭い牙を少しだけ覗かせながら詰め寄った。 ピートが「わ、わかった、誤解しないで! 俺は君を襲ったりしないし、そもそも戦ったって勝てないって!」と慌てて弁解すると、ホルラは「装備も剣も持っておらぬから、最初は冒険者だとも思わなかった。我も早とちりした……す、すまぬ」と素直に謝罪する。ピートは「じゃあ、証拠に見せるよ……ステータス、オープン」とおずおずと画面を差し出した。 ホルラは興味津々な面持ちでそれを覗き込み、「なんだ、それは……。妙な術だが、便利なものだな」と関心を示す。ピートが「ここが、俺のレベルなんだけど……」と教えると、ホルラは「『5』と書いてあるな」「ご覧の通り、すごく弱いです……」というやり取りのあと、「それでよくここまで生き延びてこられたな? 奇跡でも起きたのか?」と感心する。ピートが「ワープしてきたのもさっきだし、極力森には近づかないようにしてるし……。いざとなったら、戦隊チェンジすればいいしね」と説明すると、ホルラは「ふむ……。その、ステータスというのは、人間族以外でも表示できるものなのか?」と問い、ピートが「ホルラさんにも、きっとできると思う……人間の姿の方が、情報が多いって聞いたことあるし」と答えた。 ホルラは「ふむ……。ホルラでよい! 人間の姿だと少し動きづらいが、形だけでもやってみるか……」と呟き、光に包まれて再び小柄な人間の少女の姿へと戻る。 「……これでよいか? ステータス、オープン」 ピートの目の前で、ホルラ自身のステータスが空中に浮かび上がった。 -名前- 狼雅の女王ホルラ -レベル- 630 -種族- 狼雅-??- -属性- 炎 -魔法- 神級 -友好的モンスター- ホルラが「どうだ? これは、すごいものなのか?」と尋ねるのに対し、ピートは目の前に叩きつけられた桁違いの数字と文字を前に、完全に言葉を失っていた。 ピートは「すごいどころか……魔法『神級』なんて、絵本の中の幻だと思ってたのに……!」と驚愕し、ホルラは「人間には魔法が使えない奴が大抵大剣や剣を持っているが、お主は違うのだな」と返す。ピートが「ホルラだって質問ばっかじゃん……」と突っ込むと、ホルラは「すまん、すまん。……それにしても、先ほどの人間たちが逃げたのは、お主自身の強大な力かと思っていたが……違うようだな」と納得し、ピートが「そういえば、さっきの人間たちも……」と言いかけると、ホルラは「お主、もしかして自分の内にある魔法の才能に気づいていないのではないか?」と核心を突く。 ピートが「え? 俺に魔法なんて、使えるわけないよ」と否定すると、ホルラは「ならば、無意識のうちにその力を引き出しているのじゃな。……どうだ、その力を我と共に見つけ、鍛錬を積んで開花させてみる気はないか?」と提案した。 ピートは「まあ、ここに飛ばされて帰る方法もないし……できるなら、やってみようかな!」と快諾し、ホルラは「よし、決まりじゃ! まずは特訓と言いたいところじゃが……もう夜も深い。今は寝るのじゃ!」と機嫌よく宣言する。 言い終えるやいなや、ホルラは再び気高い狼雅の姿へと戻り、その場にどっしりと寝転がった。その豪快すぎる様子に、ピートは「直で寝るのか……」と乾いた笑いを漏らしながらも、安全のために近くの大木へと登り、静かに目を閉じるのだった。

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