井氷鹿 / 第33話

13.落花情あれども流水意なし4 The love to no avail.

 紅緒が両手にグラスを持って戻ってきた。  ローテーブルに置くと、膝たちで亘の様子を伺ってる。  亘のシャツがオーバーサイズ過ぎてまるで子供みたいと言いたいところだが。  紅緒のやつは一七〇はあるからなぁ。ちぃと、でかいくらいか。    「あ、寝言言ってる」  どれどれ。 「……たかお、じゃますんな」  あ゙ァ゙? おまえ、夢ン中で何してんだよ。 「小六男子は……したよ」 「小六男子がどうしたって?」  その途端、亘の目が開く。  やっと起きたか。何だ? そんなに驚くことか。 「わーちゃん、気分悪くない?」   起き上がった亘に紅緒が声をかける。  おーおー、目を白黒させちゃって。  鼻血は出すなよ。  オレのホンの心尽くしだ。  ただし見るだけな。  見るだけ。 「お水飲む?」  紅緒の手からひったくるようにしてグラスを取り、一息で飲み干した。  あれま、そんなに美味かったかいその水。 「お代わり持ってくるね」  おーっ、莫迦がガン見してやがる。  何処を見てやがるんだ、お゙ぁ゙?  引き締まった足首か。それともきれーな膝小僧の上にチラ見える太腿か。  膝上で一度引き締まっている脚の持ち主なんて、レアだからねぇ。  紅緒の脚線美は特級なんだよ。  オレが見ても惚れ惚れするくらいだからな。  何時まで見てんだ。   こら、亘。 「ベーを抱きかかえたままひっくり返えったって聞いたぞ」  ことさら剣呑に言ってみた。  すると、まぁ慌ててオレの方を見るじゃないの。  しかも頬が赤くなってる。  まーそれが一般男子の反応でしょうが。 「おまえモヒート一気した後、続けてウイスキーも空けたって、頭湧いてんのか」 「モヒートまでは、覚えてる」  おや、拗ねましたか。 「ウイスキー、ダブルのロックだって樹が言ってた。『わーちゃんって意外とお酒弱いんだ』って笑ってたぞ」  何、バツの悪そうな顔してんだよ。  酔うと寝るのはデフォだろう。  だからいつも宅飲みしてんだろうが。  大股で亘の前を横切り目の前のソファに勢いよく腰かけた。  脚も組んじゃう。 「……樹め」  と亘が恨めしそうに言ってる。  確かに一緒に飲んでいた相手が悪かったな、亘。  平川さんとおまえじゃ話にならんわ、な。 「わーちゃんお代わり。ぴっかレモンがあったからレモン水にした」  とーとつに割り込むなぁ、紅緒は。  おまえ、それ以上かがむと中身見えるぞ。  可愛らしい膝小僧出して、亘の隣りに座るんだ。  だったらよく見ろ。  亘の野郎むちゃ焦ってるの、気付かないのか。 「べー、そのかっこう……」 「ああ、ごめん。倒れた拍子にお酒被っちゃって。勝手に借りちゃった。風呂場に畳んであったから」  馬鹿みたいに口開けてんじゃないよ、亘は。  何処見てんだよ、このスケベ野郎が。 「じーちゃんが崇ちゃん呼んでくれたのよ。ちょうどこっちに用があって来てるはずだからって」  正確には行く予定でした。  ま、アポの相手はそれを忘れて寝てましたけどね。 「紅緒一人じゃ連れて帰れないだろ。樹じゃ役に立たんし。お前、でかすぎるから。まー爺はあの後別件で出かける用があって、お鉢がオレに回ってきた」  オレがそう言うと、亘が慌てて立ち上がる。 「そりゃ、すまなかった。紅緒も、迷惑かけて悪かったな」  そんなに恐縮しなくても、いいんだけどさ。  ま、そりゃ恥ずかしいか。 「いいよ。わたしも何だかテンション上がっちゃって飛びついたから、ごめん」  おっと、紅緒に肩で小突かれただけでまぁ、亘くんったら、何顔赤くしてるんだい。  |初《うぶ》ですねぇ。  そんなお楽しみのところ申し訳ないが。 「そろそろ樹が迎えに来るな」  わざとらしく腕時計を見ると、亘が頭を下げる。  酔って潰れたのはこれが始めてじゃないが、紅緒が居たらそりゃバツが悪いか。  コイツは平川さんの相手ができるウワバミ級だから、気にしても仕方ないんだが。 「今日はすまなかった。世話になったな、二人とも。ありがとう」  亘がそう言ってオレたちを帰そうとする。  樹も呼んで、一服とか無いんかーい。 「えーっ。もう追い出す気。ひっどーい」  もっと言ってやれ紅緒。  なんならお泊りもいいぞ。 「ベーは、泊まっていくか?」 「いくいくーっ」  なんだその顔は。  鳩が豆鉄砲食らったような顔って、正に今のおまえの顔だな。  笑えるわ。  もう少し虐めてやろうかと思ったら、タイミング悪く樹が来たようで呼び出し音が鳴る。 「ほら、迎えが来たぞ」  何だ、シラケるな。ホッとしたような顔しやがって。 「忘れ物すんなよ〜」   渋々と言った体で、紅緒が服を入れたゴミ袋を引っ提げる。 「ゴミ袋一枚もらったよ」 「それ、置いてけ。クリーニング僕が出すから」 「いーよ。どうせ他も出すから」  莫迦か亘、おまえ。  その中にはストッキングとか見られちゃマズイものも入ってんだよ。  そんなもん渡せるか。  つーか、おまえに見せるか。  おっと、荷物持ったまま片足あげっから。  紅緒の二の腕を掴んでバランスを取ってやる。  ん?  しゃがんだ紅緒の何処を見てるんだ。あ゙ぁ゙?  残念ながら、そっちからじゃ中身は見えませーん。 「わーちゃん、明日休みでしょ。トールちゃんが言ってた」 「平川先輩は」   おお、やっと思い出してきたか。お前さんの上司だろ。 「平川さんなら、まー爺に連れられて出かけていったよ。心配ご無用って伝言頼まれてた」 「なんで……」  オレと平川さんが知り合いって知らなかったのか。  へぇー。 「樹と卒業まであそこでバイトしてたんだ。蝶タイ結んで、兄弟仲良くな」 「崇ちゃんって、女性会員の人気すごかったのよ。じいちゃんは女性目当てで『オレの孫ハンサムだろう』って喜んで連れ回してた」  お姉さんたちと握手するのが、まー爺の若さの秘訣だからな。  さて、エントランスに出たらさっさと紅緒を帰して、と。 「ここで、いいよ」  どうぜオレは戻ってくるし。エレベータまでで充分。 「下まで行くよ」 「ここで良いって。じゃ、また」 「わーちゃん、また明日」  名残惜しそうな顔しやがって、待ってろや。  オレ様が戻ってきてやるから。

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