エナジーコット(@EnergyCotton) / 第229話

第56話 使われない理由(8歳)

 リュシエルの実験に付き合わされるのだけは勘弁だと、サミュエルは数日間、極力リュシエルを避ける日々を送っていた。  納品にやってくる人も大体決まってきたため対応も慣れてきた。  最近は農家のおじさんに代わって、娘が一人で納品に来るようになっていた。 「お、おはようございます」 「おはようございます。納品物を確認しますね」 「は、はい」 「さ、最近暑くなってきましたね」  確かに暑くなってきたな。もっとも、日本の夏を知っている身からすれば、この程度ならまだ過ごしやすい部類だ。 「そうですね。畑も大変ではありませんか?」 「は、はい……。父も忙しそうなので私が代わりに来ることになってます……」  これからの季節は作物以外の植物もよく成長する。そのため畑の手入れも忙しくなるのだろう。まだ幼いのに家の手伝いまでしている。立派な女の子だと思う。  そんな感じでその日の納品作業を終え、昼食も済ませるとルシアンが声をかけてきた。 「お前、リュシエルに何を話した?」 「え?」 「さっきあいつがやけに疲れた顔をしていてな。俺の知る限りじゃ、今は特に急ぎの研究も抱えてなかったはずだ。何があったのか聞いてみたら、『サミュエルと話していた』と言っていた」 「えっと……魔力の流れとか、堆肥の話とかを少し……」 「魔力の流れはこの前少し話したな。堆肥とはなんのことだ?俺にも話してみろ」  サミュエルは魔力の流れから堆肥の話まで、一通り説明した。 「なるほど、それでか。ならあいつが今やってるのは魔石の研究かなにかだな」 「え?」 「あいつに限らないが、職人や研究者が寝食を忘れて研究を始めるのは、面白いものを見つけた時だけだ」  ルシアンは顎に手を当て、何かを思い返すように目を細めた。興味はリュシエルではなく、サミュエルが堆肥作りで使った術式へ向いているようだった。 「しかし発熱の術式の熱さを調整するという発想は面白いな。いや、熱くする分には誰もが考えたがお前も知っている通り消費魔力が馬鹿にならん。そして弱くして活用することは考えなかった。使い道がないからな」 「そうなんですか?」 「考えてもみろ。魔術具を買えるのは基本的に貴族か富豪くらいだ。中途半端な熱で済むなら薪を使えばいい」  ルシアンは肩をすくめる。 「普通は堆肥を作るためだけに魔術具を使おうなんて奴はいない。事実、水を沸騰させる以外に使い道がなかったからこそ、お前もあの術式を知ることができた」  ルシアンは愉快そうに喉を鳴らした。 「時間加速の術式を組み合わせたのも面白い。あれも一部でしか使われていない術式だからな。お前は『使えない』と言われた術式を組み合わせ、魔術具として使える形にした。術式を生み出した先人たちも報われるだろうよ」  ルシアンは笑みを浮かべたまま続ける。 「とりあえず試しだ。大きいのはいらない。材料を使っていいから同じ物を作ってみろ」 「えっと……何に使うんですか?」 「知らん」 「え?」 「お前が作ったという魔術具を見てみたい。今は使い道がなくても、研究していれば急に必要になることがある。手元に現物があった方が早い。出来たら声をかけろ。材料は好きに使っていい」 「わかりました」  サミュエルはその日の残り時間をすべて使い、以前作った発酵用魔術具を再現してみせた。ただし大きさは控えめに。  ----------  翌日、日課のお祈りと納品確認を終えるとルシアンに昨日できた発酵用魔術具を見せる。 「……待て。聞いた話と違うぞ。なんで回す術式まで入っている?」 「あ、それは堆肥を定期的に混ぜないと底の方だけ腐ってしまうので、2日に1回魔力を流した時に撹拌するようにしたんです。言ってませんでしたっけ?」 「聞いてない。だがそういうことならわかった。このままでいい」  そういって術式を細かく確認しているルシアンに質問を投げる。 「そういえば昨日、それを作っている時に思い出したんですが、いいですか?」 「なんだ?」 「時間加速の術式なんですが、初めて見たときふと思ったんです。これ、時間遅延の術式にそっくりじゃないですか?ただ一部分だけ違うというか……反転させてるだけみたいで」  思い当たる節があるのかルシアンは顎に手を当て、考える仕草をしたあと、口を開いた。 「ああ、それか。お前の言うとおりだ。時間加速の魔術を作った奴が偶然見つけたのか、狙ってやったのかは今ではわからん。だがお前の言う術式の構造の部分を反転させたから効果が変わったのではないかと言われている。だがそれはそんなに珍しくはないだろう?」 「そうですか?」 「同じ部分を弄れば、さらに時間を遅らせたり、逆に加速させたりする術式にできる。お前の照明具だって一部を変えて発色を3色にして、それぞれに流す魔力量と組み合わせで色彩を調整しているんだ。やっていることは同じだ」  そう言われて今度はサミュエルが考える。言っていることはわかるが何か大事な考え方が抜けているような感覚があった。それを上手く言語化できなかった。 「師匠が言っていることは、つまり、効果の強弱を調整する部分を変えれば違う結果が出るということですか?」 「そのとおりだ。お前も発熱の術式で構造を変えて調整したんだろ?」 「じゃあそこも反転させるだけで逆に冷やせる……ということですか?」 「理論上はそうだ。そして出来るだろう。だがなにに使う?」 「……氷を作ったり、物を冷やしたり?」 「そうだな。お前が言う通り構造を反転させればできるかもしれん。だがそれなら保冷箱なり氷生成の魔術で十分だ。氷生成の魔力量の消費の高さはお前もわかっているだろう?反転させて冷やし続けるための魔力量を考えると利用方法がない」  氷生成の魔術は同じ初級魔術でも魔力消費が大きい。常温に対して氷を維持し続けるとなるとどれだけ消費されるかわかったものではない。 「それもそうですね……」 「やられていないことには、やられていない理由がちゃんとあるんだ。だがなぜないのか考えるのは大事だ。それはこれからも続けろ」 「はい」  理屈ではできる。だが、使い道がない。  その言葉に納得しつつも、術式を反転させれば正反対の効果を生み出せるという考えだけは、不思議と頭の片隅に残り続けていた。

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