エナジーコット(@EnergyCotton) / 第240話

第62話 改善案(8歳)

 改良送風具の新規製作と納品が無事終わり、数日が経過していた。  いつものように納品確認をしていると、聞き覚えのある元気な声が工房に響いた。 「サミュエル!ここに居たのね!」  日々家の手伝いをしている農家の娘さんから品物を受け取り確認を終えようとしたタイミングで、エレノアが襲来した。 「すみません、エレノア様。もう少し待っててもらっていいですか?」 「いいわよ!早く終わらせてね!」 「え?え?ご領主様の……?」  農家の娘さんが困惑している。それはそうだろう。こんな場所で領主の孫娘が騒がしく登場したのだ。 「はい、確認終わりました。問題ありません。ありがとうございました」 「は、はい。し、失礼しましゅ!」  娘さんは自分と奥で待機していたエレノアに頭を下げ慌てて去っていった。 「女の子の扱いには慣れてるのね!」 「なにを言ってるんですか。毎日親の手伝いで来てくれてる子ですよ。対応も慣れてきますよ」  最初こそ緊張していたが、毎日顔を合わせていれば自然と慣れるものだと説明をする。 「でもあの子、すごく緊張してたわね」 「それはエレノア様が来たからですよ。領主様の孫娘が突然やって来たら誰でも緊張します」 「それよりサミュエル!あの涼しい送風具を作ってくれたんでしょ!ありがとう!」  エレノアが本日ここにやって来たのは納品された送風具のお礼を言いに来たようだった。 「本当はすぐに来たかったんだけど、お稽古が忙しくて中々来れなかったの。遅くなってごめんね」 「気にしないでください。レオン様からの依頼で報酬も貰っていますから」  それに屋敷で快適に過ごせるようになれば、以前ほど工房へ来ることもなくなるだろう。そう思っていた。 「今はお稽古はいいんですか?」 「頑張ったからね!これでも私結構凄いのよね?」  エレノアは両手を腰にあて、胸を張った。 「それとお祖父様から時間ができたらルシアンおじ様と一緒に来て欲しいって言ってたわ」  使用人ではなく、エレノアに言伝を頼むのはおそらく緊急性がないからだろう。ただタイミング的に送風具に関することだと思い、少し気になった。 「わかりました。師匠と相談して向かいますね」 「私も一緒に行くわ!」  そうして師匠に相談し、ちょうど手が空いていたことからすぐにレオンの元に向かうこととなった。  ---------- 「早かったな。エレノアも一緒か」 「せっかくですからご一緒させてもらいますわ。駄目でしょうか?」 「いや構わん。好きにするといい」  この人少し甘すぎやしないか?とレオンのエレノアに対する態度を見てそんな感想を抱いた。ルシアンが話を続ける。 「ちょうど時間が空いていたのですぐに伺わせて貰いました。どういったご要件でしょうか?送風具になにか不備が?」 「不備……不備と言えば不備かもな……」  すわ、クレームか!とサミュエルは冷や汗をかく。 「いや、依頼品は問題ない。しっかり風の調整もできている」 「ではどういったことでしょうか?」 「風量を調整できるようになったのはいい。だが、そのせいで困ったことが起きてな。書類が飛んでしまうんだ」  いままでは少し浮く程度だったが、今は強くなったこともあり書類が飛び散ってしまうようだ。それ以外にもインクで書いた文字が風で少し乱れてしまうという問題も起こっているとのことだ。 「それは……想定していませんでした……すみません」  サミュエルが謝罪するがレオンがそれを制止する。 「構わん。こちらの要望通り作っただけなのだからな。使ってみて初めてわかった問題というだけだ」  レオンの表情に責める色はない。謝罪よりも、まず問題を解決することを求めているのだとサミュエルは感じた。 「だがそのまま、というわけにもいかない。なにか対策を考えて欲しい」 「つまり送風具の風で書類が飛ばないようにすればいい……ということですか?」 「そうだな。涼しさはそのままで書類が飛ばなくなればいい。さすがに難しいとは思うができればやってほしい」 「サミュエル。できそうか?無理なら断ってもいいぞ」  ルシアンから見ても難しい問題だと感じたようで、断ってもいいと助け舟を出す。 「わかりません……。でもやってみたいと思います」  その答えを聞いたレオンとルシアンは顔を見合わせ、小さく頷いた。 「できなくても私からどうこう言うつもりはない。難しいことを言っていることはわかっているからな。だが、挑戦しようとする心意気は気に入った」 「俺も出来る限り協力してやる。一緒に考えるぞ」 「私も手伝うわ!」  そうして今回の案件を工房に持ち帰ることとなった。  ---------- 「それで、サミュエルはいい考えが思い浮かんだの?」  純粋な疑問をエレノアがぶつけてくる。 「いいえ、まだです……。なので他の人の意見を聞いてみようと思います」 「面白そうね!」  ルシアンを部屋に残し、エレノアと共に他の技術者にも意見を聞くことにした。  ちょうど昼食時でミーナ、ヘルガ、リュシエルが揃っていた。そんな三人に声をかけることにした。 「すみません、お聞きしたいことがあるんですが」 「お、サミュエル君。それにエレノア様まで。こんな所にどうしたのさ?」  ミーナが真っ先に反応してくれる。 「いえ困ったことがあったので意見を聞かせて欲しくて……実は――」  サミュエルはミーナに話す形で他の2人にも経緯を聞かせることにした。 「なるほどねー。それでどうしたらいいかわからなくて困ってると」 「はい……」 「風の流れを制御する術式を追加してみてはどうだろうか?」  リュシエルが最初に案を出してくれた。 「それだと術式が複雑にならないかい?術式の形に彫る立場の者としてはあまりやりたくないねえ。それに魔力も問題になるんじゃないか?」  ヘルガが問題点を指摘するとリュシエルは少しムッとした表情をしてみせた。 「なら貴様には何がある?」 「そうだねえ。送風口の位置や形を変えてみるとか?」 「それでは風が届かなくなるではないか。意味がない」  今度はヘルガの案をリュシエルが一刀両断する。 「そうだねー。風を細くして一点に集めるとかどうかな?あ、でもそれだと涼しくないかな?」  3人とも色々と案を出してそれを書き留める。 「提案をしていただきありがとうございます。どうなるかはまだわかりませんが参考にさせてもらいますね」  そしてサミュエルは3人に礼を言ってその場を去り、エレノアと共にルシアンのもとへと戻った。 「あの3人から話が聞けたか。一つずつ検討していこう。最初がリュシエルの風の流れを制御する術式か……」 「そんなことできるんですか?」  そのような術式を見たことがないサミュエルは疑問を投げかける。 「できるわよ。私は風魔術が使えるけど自由に風を操る魔術は中級魔術であるわ!」  どうやらエレノアは風の適性があり、さらに中級魔術まで使えるようだ。 「お嬢の言うとおりだ。だが問題も多い。風を人にだけ当てて、書類を避けるなんて芸当を魔術具でどうやる?それが仮に出来たとしても術式が大きくなり魔力消費量も増える」 「そうですね、ヘルガさんもそこを指摘していました。彫るのが大変だからやりたくないと」 「ああ、その分魔術具の値段も上がるからな。便利にはなっても大貴族以上でないと実用的じゃねえ」  達成できれば一番理想的だが、達成困難な上、できても運用が難しいときている。 「次は……ヘルガか。送風口の位置や形を変えるか」 「風で書類が飛びにくい形や位置にするということですか?どんな形か想像がつかないのですが……」 「俺もわからん。だがヘルガなら経験で実現できる形がわかっているかもしれん。だがこれが可能でも、インクが乱れるという問題が解決できないな」  サミュエルも頭の中でその案を思い描く。書類は守れるかもしれない。だが、それだけでは依頼を解決したことにはならない。 「最後はミーナで、風を一点に集める案か……」 「これは……たしかに書類には風が当たらないかも知れませんね。細くすることでより遠くに飛ばせるかも……」 「だがこれはミーナも気づいたみたいだが、涼しいか?」 「大人だとあまり涼しいと感じないかもしれませんね」  どの案も一長一短で決め手に欠ける。それを聞いていたエレノアが自分の希望を口にした。 「保冷庫の中なら送風具がなくても涼しいからあの中で仕事すればいいわ!そうすれば紙も飛ばないしインクもすぐには乾かないわ!」 「お嬢……保冷庫に入っちゃ駄目だと前怒られたんだろ……」 「そんなこともあったわね!」 (あれ?今なにか……)  エレノアの言葉にサミュエルがなにか引っかかるものを感じた。 「エレノア様。今なんて言いました?」 「保冷庫の中なら送風具がなくても涼しいからあの中で仕事すればいいわ!と言ったわ」  サミュエルはその言葉を改めて分解していく。 「そうか……風に拘らなくてもいいんだ……目的は『涼しい』こと……。保冷庫は涼しい……でも風はない……。では何故……?保冷庫の中を冷やしているから……」 「ルシアンおじ様!またサミュエルが壊れたわ!」 「まあ黙って見ていてやろうか」  エレノアとルシアンの言葉はサミュエルの耳に届いていない。いまは思考の海に潜っている最中だ。 「何故保冷庫が冷えている……?氷を生成しているから?だがそれはすぐ溶ける……。時間遅延をかけてるから?それは本質じゃない……。冷えた空気を閉じ込めている……」  サミュエルの脳内にフラッシュバックのように前世の光景が蘇る。  それは日本の夏場、最も多い出張修理。冷えた空気で部屋全体を快適な温度に保つ、夏の必需品。機械が生み出した冷気を逃さぬよう、部屋を締め切って使う――。 「そうかわかった! 部屋を冷やせばいいんだ!」  思考は止まらない。次々と点と点が線で繋がっていく。 「あとはどうやって冷気を生み出すか……いや違う。送風具でもう冷気は生み出せているんだ!」 「おい、一人で納得するな。説明しろ」 「そうよ!説明しなさい!」 「す、すみません……」

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