エナジーコット(@EnergyCotton) / 第15話

第15話 『兄』

 そいつが生まれた時、俺は5歳だった。  そいつが生まれると聞いたとき、母上が取られる気がしてなんだか嫌な気持ちになった。  生まれてきてほしくないな。そう思った。  でもそいつは生まれた。一瞬、周りの大人が凄い慌てたみたいだったのが、すぐ安心したようになったのは今でも覚えてる。  使用人が言うには「やけに大人しい子だ」と言っていたのは聞いた。  俺から母上を取るそいつがどんなものか見てやろうと思って近づいた。  そいつは想像以上に小さかった。  指や腕なんて丸々としているのに小さい。頭も小さいし、体は頭2つ分しかないぐらい小さい。  こんな弱そうな奴に母上が取られるんじゃないかと不安になってたのが馬鹿らしくなった。  そいつが母上を取るんじゃない。母上が守ってやらなきゃいけないんだ。  だから俺も、そいつを、兄として、弟のサミュエルを守ってやらなきゃと思った。  その日から俺は訓練を頑張るようになった。  毎日サミュエルの様子を見に行った。  寝てばかりだけど少しずつ大きくなっていってるのがわかる。  サミュエルは俺が来るとすぐに気づいた。  話しかけると反応してくれるのが嬉しい。言葉はまだ喋れないみたいだけど。  ある日、自分に魔術の才能があると知った。  これでもっと弟を守ってやれると思った。  訓練と勉強が終わるとすぐサミュエルのところに行った。 「サミュエル!お兄ちゃんが来たぞ!」  相変わらず話しかけると反応してくれる。  だけどその日は少し暑かったからサミュエルは汗をかいていた。 「暑いのか?そうだちょっと待ってろよ!」  だから覚えたばかりの風の魔術で涼ませようと思った。 「風の精霊よ、我が魔力を糧に息を吹かせ給え。ブリーズ」  サミュエルに向けて突き出した手から風が出る。  するとサミュエルは不思議そうな顔をした。 「どうだ、涼しいか?」 「あー、キャッキャ」  サミュエルが喜んでくれたことが俺も嬉しかった。  だけど魔術を使ってるのが使用人にバレて、あとで凄くお祖父様に怒られた。  だけどその日、サミュエルは俺のことを呼んでくれた。  まだしっかりとは喋れなかったけど間違いなく俺に向かって「にい」と呼んでくれたのだ。  あの日は今でも忘れられない。  しばらくしたある日、サミュエルが立ち上がった。  すると俺に向かって歩いてこようとした。  母上の反応からするとどうやら凄いことらしい。  でもふらふらして危ない。でも助けるのはなんか違う気がした。  だから俺は応援した。 「サミュエル!すごい!すごい!こっちだよ!」  するとサミュエルは一歩ずつゆっくりとこっちに近づいてきた。  そして俺のところまでくると抱きとめてたくさん褒めてやった。  その次は姉上のほうに向かって歩いていこうとした。  姉上も「よくやったわね!」と褒めていた。  姉上は少し冷たい感じだけど、いつもちゃんと褒めてくれるから好きだ。  サミュエルもきっと姉上のことが好きなんだろうなと思った。  そして俺が8歳の頃、サミュエルが魔術を使ったらしい。  サミュエルも魔術が使えると聞いて嬉しかった。俺と同じだったからだ。  部屋で本を読んでばかりで、戦うことができない男になるんじゃないかと心配したけど大丈夫だったみたいだ。  それでも訓練の時ぐらいしか庭に出てこないからまだまだ小さい。やっぱり俺が守ってやらないとと思った。  そう思って、本当は嫌だけど勉強も頑張ろうと思った。お祖父様のような立派な領主になって弟が安心して過ごせるようにしてやるんだ。  そしてこの前、姉上の十歳式のあとから変なことをやり始めた。  部屋を作ってもらってよく籠っていた。  部屋に籠るのは前からだったがさらに出てこなくなった。  兄として心配だった。  そしたら昨日の夜、サミュエルが魔術具を修理したとお祖父様と父上が言った。  それがどれくらい凄いことかわからないけど、たぶん凄いことをしたんだろうなとは思った。  サミュエルは俺にもできると言ったけど、いまでも勉強が大変でそこまでできそうにないと思った。  だけどサミュエルが楽しそうにやってるなら、俺も少しは知りたいと思った。  そして今日、護衛を連れて俺はサミュエルを連れ出した。  朝からすぐに工作室に籠ってまた魔術具のことばかりやってたからだ。  兄として、町のいろんな事を教えてやりたかった。  本じゃわからないこと、面白いことをたくさん教えてやろうと思った。  ----------  急に兄のマイケルが『町に行くぞ』とサミュエルを引っ張り出した。 「兄上、僕は工作室で続きをやりたいんですが……」 「駄目だ」 「なんで?」 「いつもずっとあそこに籠ってるじゃないか。それじゃあ色んな面白いことがわからないぞ」 (俺は今あれが一番楽しいのに……。それにあんまり人が多いところには出たくない……。)  サミュエルは必要があれば渋々人が多いところにでるが、そうでないなら町に遊びに出るなんてしたくなかった。  だけどこうなっては従うしかない。カークもその方がいいと言って笑顔で二人(と護衛)を送り出した。 「ほら、あそこの屋台の串焼きが美味いんだぜ」  そういって屋台までサミュエルを引っ張っていく。 「おばさん!串焼き2本ちょうだい!」 「あらマイケル様!今日はかわいいお友だちを連れてるじゃないか?どうしたんだい?」 「弟のサミュエルだよ」 「ってことは、そちらも男爵様の息子さんね。二人揃って食べてくれるなんて嬉しいねえ」 「ど、どうも……」  人見知りで口下手なサミュエルはなんとか返事はする。  そういって串焼きを2本差し出してくれて、護衛の者がお金を払う。 「ほら食えよ。俺のお小遣いからの奢りだ」 「いいよ、買い食いしたら怒られちゃうよ」 「いいから食えって。美味しいから」  たしかにサミュエルから見ても美味しそうだった。そして強めの押しに負けて受けとり、串焼きに齧り付く。 「……美味しい!」 「だろ!」  味だけなら多分前世のコンビニで買う焼き鳥のほうが美味いだろう。  だけどこれはそういうのじゃない。出来たてだからか?少なくともどっちがずっと食べていたいかと言われたら俺は迷わずこっちを選ぶ。  食べ終わると次は店に入った。 「ここは武器とか売ってて楽しいんだぜ!」 「マイケル様。ここは子どもの遊び場じゃないって何度も言ってますよね。もっと大きくなってから買い物に来てくださいよ」  入った店はどうやら鍛冶屋兼金属加工品を売ってる店だった。  金属製品なら日用品も売ってるが、魔物が出る世界なだけあって武器なんかも売っている。マイケルはそれを見るのが楽しいんだろう。 「そういえば僕も武器を見たの初めてかも……」  サミュエルもやはり男の子。武器などを初めて見てワクワクしている部分を自覚した。  護衛や兵士が帯剣しているのは見たことがあるが、抜き身の武器を見たのは初めてかもしれない。 「な!凄いだろ!王都とかならきっと、もっと凄い武器屋がきっとあるぜ」 「この町ならうちの店ぐらいがちょうどいいんですよ」 「じゃあ俺が領主になったら大きい店にふさわしい町にしてやるよ」 「ははは、期待してますよ」  そういって武器を一通り見て回って店を出る。 「次はあそこの露店行こうぜ!」  次に引っ張ってこられたのは装飾品などが売ってる露店だ。 「やあ兄ちゃん、また来たよ!」 「おや、これはマイケル様いらっしゃい。そちらは?」 「弟のサミュエルだ」 「どうも、サミュエル様いらっしゃい。よかったら見ていってくださいな」 「は、はい」  露店の青年のノリに気圧されながらもサミュエルはなんとか返事をして、商品を見せてもらう。 (へえ……露店でこんな精巧な装飾品が売ってるんだ。でもそうか、専門職とはいえあんな細かく魔術具に術式を入れるんだから、その道の専門家ならできてもおかしくないか。) 「どうだいお二人さん。婚約者に1つどうだい?」 「俺達に婚約者はまだいないよ」 「それは残念。婚約者ができたらまたきてくだせえ」  そうして露店商と別れると、マイケルはサミュエルを引っ張って次の場所に行こうとする。 「これくらいの時間なら……あ、いた!おーい!」 「あ、マイケル様だ!おーい!」  5人ぐらいの子どもの集団のもとへ駆けつける。 「マイケル様!その子は?」 「俺の弟のサミュエルだ。みんなよろしくな!」 「よ、よろしくお願いします」 「マイケル様の弟!初めて見た!」「前の祭りのときに見たよ」「マイケル様の弟なのにおとなしい子だね!」「ね!なんかしっかりしてる!」  サミュエルは子ども相手にすら人見知りを発揮し、子どもらしからぬ挨拶をしてしまう。 「俺だってしっかりしてるだろ!それよりなにしてたんだ?」 「いつもの球蹴りだよ」 「じゃあ俺達もやろうぜ」 「いいよ。じゃあちょっと広がろっか」  マイケルは自然と混ざろうとし、当たり前の様に受け入れる子どもたち。 「え?ええ?なに?」  子ども特有の話の早さとシンプルなコミュニケーション。まったくの未知の体験にサミュエルはひたすら困惑する。 「みんなで円になって球を蹴って誰かに飛ばすんだ。サミュエルは俺の隣な」  そういって子どもで円陣を組む。そして球を誰かに向かって蹴る。そしてそれを受け止め、また誰かに蹴る。ただそれだけだ。 (それのなにが面白いんだろう……。)  サミュエルには理解できなかった。目的もないのになにが楽しいかと。  だけど兄に引っ張られ強制的に参加させられた。  そして球がこっちに飛んでくる。 「わわっ!よっ!」  なんとか真似して胸で受け止め放物線を描くように蹴り上げる。 「お、小さいのに中々やるじゃん!」  サミュエルは前世を思い出していた。そういえば小学生の頃、休み時間に校庭で同級生がこうやってサッカーボールで遊んでいたことを。自分は入れてほしかったけど臭いから嫌だって避けられてた。  そうやって何度か続けて、たまに上手く蹴り返せなかったり、受け止めきれなかったのを笑われたり。でもその笑いは、前世の俺が知ってる笑いと違っていた。侮蔑や嘲笑の意思がない。一緒に遊んでて楽しい気持ちから出てくる自然の笑いだ。  なんの生産性もないこの遊びがサミュエルは楽しいと思えてきた。  すると突然―― 「と、ととと、あっ!」  蹴るのを失敗したのか一人の男の子が驚いた声を上げた。  するとサミュエルに向かって、早い速度で一直線にボールが向かってきた。とても4歳児が受け止めきれる速度ではない。そしてボールがぶつかる乾いた音がした。  だがサミュエルにやってくるはずの痛みはなかった。 「おいおい、弟に取れない球はなしだぜ?」  マイケルがボールを受け止めていた。 「ご、ごめん。わざとじゃ……」 「見てたからわかってるって。でも気をつけてくれよ。なっ!」  そういうと、マイケルが蹴り方を誤った子どもに軽い放物線でボールを返した。 「あ、ありがとうお兄様」  守ってくれたマイケルにサミュエルは感謝する。 「どうだ!お兄様は凄いだろ!」 「うん」  そう返すとマイケルは嬉しそうにしていた。  それからしばらく遊びは続いたが、そろそろ帰らねばいけなくなったため、二人は抜ける。そんなとき子どもたちはサミュエルにも「また遊ぼうな」と言ってくれたことが嬉しかった。 「どうだサム。楽しかっただろ?」 「……うん」  最初は面倒だった。でも兄の言う事だからしぶしぶ付き合った。  でも今は違う。  兄が連れ出さなければ絶対に知ることのなかった町のこと。  兄がいなければ絶対に知り得なかった人々。  兄がいなければ絶対に味わえなかったあの味。  兄がいなければ絶対に得られなかった充足感。  前世ではこんな風に誰かが自分を連れ回してくれた記憶がない。  誰かが自分のために時間を使ってくれた記憶もない。  今日町にきてから得たものは、すべて兄がサミュエルに初めて与えてくれたものだ。  嬉しい気持ちになり、ずっと心にあった渇きが少し癒された気がした。  だけど同時に、少し苦しかった。

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