エナジーコット(@EnergyCotton) / 第248話

第68話 王都での修理(9歳)

 王都へ向けて出発して12日――  道中、一度城塞を通過したが、ようやく王都の城壁が見えてきた。  高くそびえる白い城壁。その向こうにはいくつもの尖塔が空へと伸び、中央には街を見下ろすように巨大な王城がそびえ立っている。  街の中心には、前世で写真だけ見たヨーロッパの名城にも負けないほど壮麗な王城が威容を誇っていた。  エレノアの話では、王城の周囲には貴族の屋敷や商館が整然と並び、石造りの街並みはマルシュブルグよりも一回り、いや二回りは大きいという。  門をくぐると、石畳の広い大通りが真っすぐ王城へ続いていた。荷馬車や商人、旅人、騎士たちが絶え間なく行き交い、両脇には何階建てもの立派な建物が軒を連ねる。聞こえてくるのも様々な方言や訛りで、この国中から人が集まっていることが一目で分かった。 「これが……王都」  一行はそのまま、貴族街へと移動を続ける。馬車の窓から見える下町には、本屋や魔術具店、鍛冶屋、仕立て屋、香辛料店、飲食店などが所狭しと軒を連ね、行き交う人々の活気で溢れていた。  その中でもサミュエルの視線を引いたのは、一際大きな本屋だった。窓越しにも何列もの本棚が並んでいるのが見え、思わず目で追ってしまう。滞在中、許可がもらえたらぜひ立ち寄ってみよう。サミュエルはそう心に決めた。  馬車はさらに進み、下町と貴族街の境界となる検問を通過する。  程なくして一行は目的の場所へ到着した。 「着いたぞ。ここが王都での我が屋敷だ」  そこにはマルシュブルグの辺境伯邸にも劣らぬ立派な屋敷が建っていた。  屋敷から現れたのは三十代半ばほどの端正な顔立ちの男性だった。質素ながら上質な衣服を着こなしている。  辺境伯家の王都屋敷を任されているレオンの次男、ヴィクトル・マルシュナト。その立ち居振る舞いには、王都屋敷を長年任されてきた者だけが持つ隙のなさと、自然と人を従わせる貫禄が滲んでいた。 「お待ちしておりました。父上。エレノアも大きくなったな」 「ヴィクトル叔父様!お久しぶりですわ」 「ヴィクトル。屋敷の管理ご苦労。変わりはないか?」  レオンとエレノアはヴィクトルとの久方ぶりの再会を喜び合う。  サミュエルはルシアンに倣い、護衛とともに頭を下げたままである。 「ルシアンも久しぶりだね。相変わらず元気そうで何よりだ。長旅で疲れただろう。ゆっくりするといい」 「ありがとうございます。ヴィクトル様。明日の準備だけして休ませてもらいます」 「そうか。では私は父上とエレノアを案内する。準備が終わったら使用人に部屋まで案内してもらってくれ」  サミュエルは頭を下げたまま、交わされる会話に耳を傾けていた。  一言二言のやり取りだけで、彼が長く実務を任されてきたことが伝わってきた。  ヴィクトルはそう言うと二人を屋敷へと案内していった。  ----------  翌日、レオンとルシアンと共に依頼のあった伯爵家へ来ていた。 「マルシュナト閣下。お待ちしておりました」 「久しいな。ベルナト伯。今日から世話になる」 「ルシアン殿。今日はしばらく世話になる。よろしく頼む」 「こちらこそ、今回は詳細を教えていただけなかったのですが、どういったご要件で?」 「ここでは少し……中で説明しよう」  ベルナト伯爵は言いにくそうにし、中の応接室へと案内をする。席に付き、一息つくと伯爵は説明を始めた。 「閣下も知っての通り、この屋敷は古い屋敷でして。古い魔術具が昔から使われているのです」 「地下倉庫の扉の封印に使われてるという魔術具がそうだと以前聞いたな」 「年に数回しか使わないのですが、中には代々受け継ぐ重要な品々を保管しております。急を要するわけではありませんが、このまま放置するわけにも参りません」  要するに金庫の鍵が開かず、にっちもさっちもいかなくなり、急遽鍵屋を呼んだ。そんな状況をサミュエルは連想した。 「王都にも修理できる者がいないわけではありません。しかし、その者たちは皆、王家や派閥の違う公爵家に仕えております。私の一存で頼める立場ではないのです」  政治的な理由で辺境伯お抱えのルシアン以外に頼れる人がいなかった……。そんなことを伯爵は吐露していた。 「わかりました。見てみます。あと後学のために弟子も同席させますがかまいませんね?」 「若いとは思っていたが、ルシアン殿の弟子だったのか。ええ、よろしく頼む」  伯爵家の使用人に案内され、ルシアンとサミュエルは件の扉の前までやってきた。 「これは……たしかに古いな」 「これはどういう仕組なんですか?」 「こいつは扉そのものが魔術具だ。扉そのものも並大抵の方法で破壊できない代物だ。まあ見ておけ」  ルシアンが作業に取り掛かる。魔術具の核となる部分を外す。 「こいつを見てみろ。術式に見覚えはあるか?」 「……いえ、ありません」 「だろうな。こいつは古代術式と言ってな。相当古い術式だ。現代の術式とは設計思想そのものが違う。似たような効果の術式は今でもあるが、今は魔力効率を重視して必要最小限で組む。古代はその逆だ」 「再現できないんですか?」 「いいや、できる。ただ古代というだけあって術式に無駄が多い。もっと簡略化できるのは分かるんだが、術式のどの部分が不要なのかわからんのだ。その代わりこいつの場合は現代の術式よりもはるかに強固で、並大抵のことでは壊せない。その分、魔力をバカみたいに使うけどな」 「修理……できるんですか?」 「ああ、修理自体はそこまで難しくない。ただ術式が複雑な分どうしても時間が掛かるというぐらいだな」 「僕にできることは……」 「今はない、見て覚えろ。数十年後には、もしかしたらお前がこれを直さなきゃいけなくなるかもしれん」 「……わかりました」  その日からルシアンは朝から晩まで修理に没頭し、サミュエルはその作業を間近で学び続けた。  ----------  3日後、伯爵から依頼された修理は無事完了した。 「いやあ、助かった。また次なにかあったらお願いするよ」 「数十年は大丈夫だと思います。そのときはこいつがきっとやってくれます」  ルシアンはベルナト伯爵にそう言い、期待を込めて、サミュエルの背中を軽く叩いた。 「その歳で連れ歩くほどの弟子だから、さぞかし有望な子なんだろうね。よろしく頼むよ」 「よ、よろしくお願いします」  修理を終えた二人は辺境伯邸へ戻った。しばらくは王都で過ごすことになるが、その間の予定はまだ聞かされていない。

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