エナジーコット(@EnergyCotton) / 第226話

第53話 弟子の1日(8歳)

 翌日、早朝からサミュエルは街中を走っていた。 「はぁ、はぁ、はぁ」 「よし、走り込みはここまでだ。次は基礎鍛錬だ」  ランニングが終わると次は木剣を握らされ、巻藁に打ち込みをやらされる。  剣術を教わっているわけではない。ただ全身を使って木剣を振り続けることで、腕だけでなく腰や足腰まで鍛えるためらしい。  なぜこんなことをしているかというと昨夜の食事時にルシアンから言われたからだ。 『明日の早朝から身体を鍛えるぞ。』 『なぜですか?』 『職人はああ見えて体力が大事な世界だ。ずっと座っているが常に集中力を使っている。納期が厳しいときなんて徹夜で作業することだってある。体力がなければ話にならん。』 『まあ……そうですね。』 『それと力もだ。材料は誰が運ぶ?完成した魔術具は?現場で据え付ける時は?全部自分の体でやる。力がなけりゃ仕事にならん。』  そういった理由で体力づくりと筋力トレーニングをさせられている。だがサミュエルはまだ8歳。ほどほどの運動量のつもりで調整されたが、最近運動不足だったサミュエルにはきつい内容だった。 「よし、今日は終わりだ。これから毎朝これやる。いいな」 「ぜえ……ぜえ……ぜえ……わかり……ました……」  息も絶え絶えでなんとか返事をする。一日の体力をすべて使い切ってしまったような気すらした。  朝食を終え、朝のお祈りを終えると本日の作業をルシアンから指示される。 「今日一日はガレスの弟子と一緒に働け」 「修理ですか?朝の訓練で腕が震えているんですが……」 「訓練は慣れろ。あと修理じゃない。詳しいことはガレスに聞け。話は通してある」  詳しくは話してくれないようだ。ルシアンのやり方をなんとなくサミュエルもわかってきた。 「……わかりました」  言葉は少ないが彼なりに合理性があってやらせる。そして説明を省くのも自分よりも適当な人間がいる場合そっちのほうが早く確実だからという考えがあるからだ。  そうして言われるがままガレスの元に行く。そこにはガレスと年若い、青年とも少年の中間ぐらいの3人の男性がいた。 「来たか。師匠から聞いてるが今日1日は俺の弟子と一緒にしてもらう。説明は……まあ聞いてないよな」 「は、はい。ガレスさんに聞けと言われました」 「だろうな。今うちの工房には3人の見習いがいる。この3人がそうだ」  ペコリと3人がそれぞれ頭を下げたため、こちらも返す形で頭を下げる。 「この3人が普段やっている仕事を今日はやってもらう。それだけだ。聞きたいことはあるか?」 「あ、あの、なぜそれをやるんでしょうか?い、1日だけということは人手が足りてないというわけではないんですよね?」 「そうだな。人手は足りている。早い話お前に工房の弟子が何やっているのか知ってもらうためだ。魔術技師に限らず、普通は15歳で工房やアトリエに見習いとして弟子入りする。そしてしばらくは雑用だ。俺もそうだしこいつらもそうだ。だがお前は8歳で弟子入りした。そして俺じゃなく師匠の弟子だから普通の弟子がやることはやらない。そこまではいいな?」 「は、はい。なんとなくわかりました」 「ならいい。今日はこいつらが普段やってる仕事を一通り見てもらう。魔術具を作るだけが弟子の仕事じゃない。それを知ってもらうためだ」  工房全体がどう動いているのか理解しなければ、良い魔術具は作れない。ルシアンはそう考えてサミュエルに1日体験のような仕事を任せたのだろう。 「それと師匠からも聞いている。お前対人関係が苦手なんだってな。これらの仕事はそれなりに多くの人と関わる機会があるからちょうどいい訓練になるな」 「ええ……」  それは遠慮願いたいと思う。 「そういうわけで今日一日は俺の弟子と一緒に仕事してくれ。仕事の細かいやり方や何をするかは3人に聞いて作業をしてくれ。3人でもわからないことがあれば俺に聞きに来い。じゃああとは任せたぞ」  そう言って、ガレスは仕事に戻った。残された3人とサミュエルはお互い顔を見合わせ、とりあえず挨拶をすることにした。 「あ、あのサミュエル・ヴァロワールです。ルシアンさんの弟子として2日前からこちらの工房でお世話になっています」 「トーマスだ。よろしく」 「僕はエリックだよ。ガレスさんじゃなくてルシアンさんの弟子なんて凄いね」 「私はジェイクと言います。よろしくお願いします。8歳で弟子入りとは珍しいですね」 「は、はい。ルシアンさんに弟子に来いと言われて……」  今後関わることが増えるだろうと考え、経緯を簡単に説明することにした。 「苗字があるってことは貴族なんですか?」 「は、はい。ヴァロワール男爵家の次男です」 「そうなんですね。私たちは3人とも平民です。魔術が使えるということでガレスさんに魔術技師にならないかと誘われました」  ジェイクの質問にサミュエルが答えると自分たちがここに来た経緯を話す。  トーマスはパン屋の倅、エリックは農家でジェイクは行商人の子どもだったようだ。  なんでもガレスは魔術技師になりたがる人が少ないから魔術を使える子どもを見つけては勧誘していたらしい。 「あんまり話してるとどやされる。そろそろ仕事にしよう」 「あ、はい」  トーマスが話を切り上げるように促し、これから行う仕事を教えてくれる。 「午前中は消耗品の補充をする。その間に素材が納品されるから卸業者がやってきたらその時教える。付いて来い」 「はい」  そうして消耗品の場所やなにを補充するかをトーマスに教えてもらう。そして鉄鉱石やなめした革を納品しに来た業者の対応などはジェイクに教えてもらった。ほかにも農家の人が肉や野菜を納品にきて驚いた。 「なんで食べ物も卸しているんですか?」 「昼はここで食事取っているでしょ?だから定期的に仕入れているんだよ。調理も交代でやっているからもしかしたらサミュエルの当番もあるかもしれないね」  エリックが丁寧になにに使うのかを教えてくれる。納品が終わると納品された品質のチェックと在庫棚への移動だ。これが結構な重量がある。 「サミュエル君はまだ小さいから少しでいいよ」  エリックがそう言うと軽々と鉄鉱石の入った箱を持ち上げた。 「うわ……凄い……」 「さすがに少し重いけどね。でも毎日鍛えていればこれくらいできるようになるよ。そのために朝訓練しているんでしょ?」 「はい、今日からやっています」  そうして細かな作業を終えると昼食だ。途中からトーマスがいなくなったと思ったらどうやら昼食の当番だったようだ。 「凄い量ですね……」  いままで見たことがない量の料理が作られていた。種類は少ないが一品一品の量が多かった。 「サミュエルがきたから8人だが、とにかくみんな食べるからな。これくらいはすぐ無くなる」  そうして昼食が一瞬で終わり、昼休憩を挟んで午後からの仕事だ。  午後は依頼や修理があった場合、それらの完成品を届けることになっている。 「サミュエルは僕に付いてきてください。簡単にですが街の案内もしますよ」 「はい、お願いします」  そうして街をジェイクに案内してもらう。マルシュブルグほど大きい街だと貴族以外も魔術具を使っているようだ。商売を営んでる人に多い。街をジェイクと歩いていると物珍しさからサミュエルはキョロキョロと辺りを見回してしまう。すると周囲からやけに視線を感じた。 (なんか注目されてるな……。田舎者丸出しだったかな……)  そのことに気が付き、急に恥ずかしくなったためジェイクの影に隠れる位置に移動する。しばらくすると視線は感じなくなったので、やはり変な目立ち方をしていたのだろうと反省をする。  店に魔術具を届けに行き、他に注文がないかの確認をする。また帰りがけに木工所や革細工、織物工房を回り、必要なものがあればお互い注文を受けたり、必要なものを依頼したりする。  そうして夕方に戻ると掃除や工具の清掃などをしてその日を終えた。  そして夕食時にルシアンから声がかかる。 「今日一日、どうだった?」 「色々と疲れました……」 「だろうな。普段お前がやっていないことばかりだろうからな。だがそれを弟子たちが支えている」 「はい」 「それに工房以外の色々な場所にも行っただろ?ああいう人たちが居て魔術技師という仕事は成り立っている」 「はい」 「魔術が使える奴の中には、自分たちは選ばれた人間だと勘違いする奴もいる。だがそれは間違いだ。俺達一人でできることなんてたかが知れている。だから町の人々と交流して、円滑な関係を築く必要がある。わかったか?」 「……はい」  サミュエルは選民思想があるわけではない。だが魔術が使えることを嬉しく思い、自分は少し特別なのではないかと考えたことは確かにあった。 「そしてガレスと話したが……明日から卸業者からの納品チェックはお前の仕事だ」 「ええっ!」 (知らない人と毎日話すのか……)  今日一日で一番疲れたのは、その一言を聞いた瞬間だった。

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