エナジーコット(@EnergyCotton) / 第245話

第65話 試作品完成(8歳)

 試作品の製作は順調に進んでいた。  ヘルガが外装を組み上げ、ミーナが細かな部品を取り付けていく。その横でサミュエルは最後の術式を確認し、基板を本体へ組み込んでいく。  完成が近づいたところで、様子を見に来たルシアンも作業台の前へやってきた。 「作業の方はどうだ?順調か?」 「はい。これで最後です」 「じゃあ魔力を流してみな」  ミーナとヘルガ、そしてルシアンが見守る中、サミュエルは操作棒へ魔力を流し込んだ。  完成した魔術具から問題なく心地の良い風が吹き出ている。サミュエルはツマミを操作し、温度を下げる。 「冷たい風に変わったね。ここは暑いからもう少し強くてもいいかも?」 「そうですね。いまできる最大まで下げてみます」  サミュエルがツマミを回すたび、吐き出される風は少しずつ冷たくなっていく。締め切られた部屋の中では、その冷気がゆっくりと広がっていった。  やがて、全員が肌寒さを感じ始める。 「最初は気持ちよかったけど今は寒いねー。冷気を閉じ込めるってこういうことなんだね」 「炉の熱で暑くなる部屋には欲しくなるねえ」 「これで最大なら十分だな。暑い日にここまで冷やす奴はいねえだろう」  ルシアンからしても満足のいく結果になったようだ。 「次は暖める方を試したいんですが……ミーナさん代わってもらえますか?」 「いいよ!でもどうして?」 「魔術が使えない人でも操作できるかの確認は必要かと思いまして」 「それもそうだね!じゃあ代わるね」  稼働はそのままに、サミュエルと場所を代わる。今度はミーナがツマミを回した。魔術具の前にいると冷たかった空気を吸い込み、温かい空気が吐き出されるのを感じる。 「ちゃんと切り替わってるねえ。今この寒さでこれだけ温かい空気が出るなら成功じゃないか?」 「そうですね。最大まで上げてもらっていいですか?」 「任せなさい!そりゃ!」  ミーナが温度を最大まで上げるようにツマミを回す。すると吐き出される空気が徐々に熱を帯び、部屋の中が暑くなってきた。 「時期が時期だからさすがに暑くなるのは早いな……。あとはどれくらい持続するかの確認だな。ミーナ、冷たい風に切り替えてくれ」 「はいはーい!」  ルシアンが動作確認ついでに次の評価に移るようミーナに指示をする。 「冷暖の切り替えも問題なし。動作は十分だな。持続時間はこれでしばらく見るとしてだ。サミュエル、魔力の消費量はどれくらいだった?」 「氷生成の魔術5~6回分ぐらい消費しています。魔力を溜め込む術式も入れているから仕方ないかとは思いますが」 「そうだな。だがそれくらいなら大体の魔術使いなら問題ない範囲だろう。サミュエル。あとはなにを確認する必要があると思う?」  性能評価テストになにが必要か……そういった意味での質問だとサミュエルは理解した。 「動作は今やりました。持続性は今やっています。あとは……耐久性ですか?でもそれだと何度も使ってみないとわかりませんよね?」  落としたり叩いたりして耐久性チェックすることも可能だが、試作品がこれ一台。とてもではないがそれはできない。 「方向性は合ってるが少し違うな。稼働を終えた後に術式の基板を確認するんだ。魔術インクが無駄に摩耗していないか、魔力が妙な場所に残っていないかを見る。今回はお前が彫ったんだから、お前の目で確認しろ」 「わかりました」 「それとこいつは……新しい魔術具でもある。技術自体は改良送風具の延長にはあるが、製品としては別物だ。名前が要る。これを考えたのはサミュエル――」  ルシアンはサミュエルをまっすぐ見据えた。 「お前だ。付けろ」 「えっと……」  まず頭に浮かんだのは、前世で当たり前のように使っていた『エアコン』という名前だった。  だが、それは前世の言葉を縮めただけの呼び名だ。この世界では意味が伝わらない。ならば、機能がそのまま伝わる名前のほうがいいだろう。 「冷暖房具……ですかね?」 「そうだねえ。名前だけで部屋を温めたり冷やすってのがすぐにわかる」 「いいんじゃないかな?気取ってないしわかりやすいよ」 「悪くねえな。じゃあ決まりだな」  その後、持続時間にも問題はなく、基盤の術式にも異常はなかったため、翌日に辺境伯邸にて実演することとなった。  ----------  翌日――。  本来、冷暖房具は大きさや使い方から持ち運びには適していない。  だが実演をするために、辺境伯邸の執務室へと運び込んだ。 「それが以前話していた魔術具か。部屋を冷やし、さらに暖めることもできるという話だったな」 「そうですわ!私が保冷庫に入った話からサミュエルが思いついたの!」  エレノアは自分も開発に関わったのだから実演を見たいと言ったため、現在同席している。 「……エレノア。あまり保冷庫に入った話は他所で話さないようにな」 「わかりましたわ!お祖父様!」 「これは壁の高い場所に取り付けるものですが、今回は実演のため高台に載せて発動させます」  主家の家族間の問題に口を挟むわけにもいかず、聞かなかった振りをしてルシアンが続ける。 「まずは下に伸びているこの棒を持って魔力を流します。それなりに魔力は消費するので少ない人は使わせないようにしてください」  ルシアンが魔力を流し、冷たい風が出てくる。 「涼しい風が出てきたが、これなら送風具と変わらないのではないか?」 「疑問は御尤もです。部屋を締め切ってもらっていいですか?」  レオンがそれを聞き、使用人に窓や扉を締めるよう指示をする。それから少しして部屋が冷えてきたのが体感でわかるようになってきた。 「あら……本当に涼しくなってきましたわ!」 「たしかに部屋の中が快適になったな。なるほど、部屋を締め切って使うことで効果が出る魔術具か。まさか夏に部屋を締め切るとは思いもしなかったな」  従来、夏場に部屋を締め切るのは自殺行為だ。にも関わらず敢えて締め切って冷やすという発想にレオンは笑った。 「これだけ広い部屋が涼しくなるなんて不思議ね。暖かくもできるのよね!」 「はい、できますが……時期が時期ですのでご不快に感じるかもしれません。どうしますか?」 「構わん。やってくれ」  そうして暖房機能のほうも試し、レオン辺境伯にとって予想以上の満足のいく結果となった。 「ルシアン、それとサミュエル。見事だ。無理難題に応えただけではない。冬場でも使えるようにしたとは……そこまでは私も考えていなかった。なにか褒美を取らせよう。好きに言うがいい」  レオンは気前のいい発言をしたが、一言だけ付け加える。 「ただし、エレノアを嫁に欲しいというのは駄目だぞ。婚約者がもう決まっているからな!」 「いえ……そのようなことは考えておりません」 「もう、お祖父様!そんなこと言わないでくださいませ!」  エレノアにすでに婚約者がいることにも驚いたが、それ以上に自分がそんな願いを口にすると思われていたことに戸惑った。 「それで。なにがいい?」 「それでしたら……私の実家、ヴァロワール領にこれまでどおりお力添えいただければ十分です」 「……セドリックは家族思いのいい孫を持ったな。いいだろう。その願い、聞き届けよう。ルシアンはどうだ?」 「私はあくまでサミュエルを補佐しただけです。褒美なら弟子に十分もらいました」 「ほう……」 「なので、サミュエルが今後困るようなことがあれば助けてやってください」  いつか凄いことをする。そんなことを予感させる弟子のために力になってあげて欲しいとルシアンは思い、主にそう告げる。 「師弟揃って欲のないことだ。いいだろう。では改めて正式にこの冷暖房具を注文しよう。3台用意してほしい。場所は執務室、応接室、食堂とする。それともう一つ付けて欲しいものがある」 「何でしょうか?」 「今日聞いた話だけでもいままでの魔術具より複雑なものだった。そのため操作方法や手入れの方法などがわかる物が欲しい。魔術が使える者なら誰でもわかるものだと良い」 「操作方法や手入れの方法……説明書……でしょうか?」 「説明書?そうだな分かりやすい言葉だ。説明書を付けてくれ」 「そのご依頼、承りました」  こうしてルシアン工房は、初めて冷暖房具の正式受注を受けることになった。

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