ジ・エモン / 第13話

13 紙の動物園(1)

 帰り道、尚吉の実家の近くで望月に会った。  ゲンコは立ち止まった。 「や。今、帰りだね」  ひらひらと手を振ってくる。ゲンコはこんにちは、と、無難なあいさつを返した。  望月吟子はこの近くで実家住まいをしている女性だ。ゲンコは、尚吉の実家で事が起こるまえにこのあたりの下見をしていたが、実はそのころにこの近辺で会っている。  二日酔いと体調不良がかさなったらしく、外でふらふらしていたのを話しかけたのだ。  その後、尚吉の実家に遠縁の親戚というていで出入りすることになったあと、再会したが、今のところ同一人物であると気づくそぶりはない。  この人物、尚吉とは幼馴染であるらしく、ゲンコにもてらいなく話しかけてくる。 「ビヨウイン、行ってきたんですか?」 「そうそう。って、その顔どうしたのよ」  ゲンコは、言われて左頬のシップをさわった。気になったわけではないが、なんとなくだ。 「学校でぶつけまして」 「へー、だいじょぶ?」  ゲンコはさらりと嘘をついたが、望月は気づくようすはない。話しかけてくるときは、いつもかるい調子でいたって気のいい感じの女性だ。 「若い女の子が好きなところあるんだ」と、会って二度目で言ってくるようなのは、いただけないが。 (それに案外だまされやすいものでもないのかも)  察してはいるが、聞かない感じというのか。実際、あんまり近所の人間である彼女に守井伊留子としての自分なら言いづらい経緯がある。  雑談して別れると、ゲンコはポケベルをたしかめた。思ったとおり急を要する場合の連絡ではない。  望月との会話の途中で鳴ったものだから、表情の変化くらいは見られたかもしれない。  どうせバレる公算もさしてないわけだが、なぜか警戒が先に立つのである。 (悪い人じゃないのはたしかなんだけどな?)  携帯で連絡を取ると、今夜定刻の出動があるらしい。了解して切り、借りている間取りに戻るとべつの携帯が鳴った。  仕事以外に、私用につかっているものだ。松本の友人である。番号を教えたのは昨日だが。出てみると、用件はだいたい推察したとおりで、学校でのことらしい。  学校で会ったら言やいいのに、とは思ったが、二、三言、言葉をかわして電話を切る。 (気にしいだな)  居間のテレビに興味をひかれつつも、おとなしく部屋で待機することにする。ほほの痛みはそれは気にするものでもないが、日常的には気にするほどのものだっただろう。  シップの下でよく腫れているのを感じる。口の中も運悪く切った。  結論から言って、たんなるまきこまれだった。今日の放課後のことだ。  松本の友人の女子は、まだあまり親しくないが、転校したての外国人のゲンコによくしてくれる。また、松本とよくいっしょにいて、ゲンコといる機会も自然と多い。  ただ、しょせんはやってきたばかりの人間にはわからないことが多い。  その友人が、今日は朝から松本となにか話しこんでいるとか、そわそわしている。それには気づいていたし、ひりついたものも感じとっていたが、ゲンコが口をはさめるものでもない。  下校のときになって、松本に○○知らない? と、急に聞かれ、知らない、と答えた。なんとなく不自然に感じたが、違和感を指摘できない。  そのうち、松本が「ちょっと来て」と、ゲンコを呼びにきた。  このとき、なんでゲンコを連れにきたのかはわからない。あてになると思ったわけではないだろう。  連れられて校舎裏の、いつも電話をかけるのにゲンコが利用しているうちの一か所にいくと、松本の友人が男子生徒といた。  親しげなようすだが、友人は暗い顔をしている。 (なに?)  とでも言いたげに松本をみるが、声をたてないように目線だけでうながされる。  それだけで通じるのもおかしいが、松本のようすには妙なことにゲンコの職場の人間にみるような迫力が、そのときだけあった。  とにかく見ているのが目的とは察したので、ようすをみていると変化があり、人がふたりやってきた。  ひとりは同じ菅原大附属の生徒だ。もうひとりは他校の生徒だった。  ゲンコには判別つかなかったが、高校生だろう。駅で見たことがある制服だった。ただ多少着崩していて、精悍な顔立ちにスポーティな短髪を金色に染めている。  友人といっしょにいる男子が、その他校の男子生徒にちかよって、なにか話しはじめた。   あまり大きな声ではないせいで、松本にはそんなに明瞭に聞こえないだろう。ゲンコにははっきり聞きとれた。他校の男子生徒はこう言っている。 「ふうん」  その前に、友人のそばにいる男子が「このオンナか?」といわれ、はい、と答えていた。その反応やらをみるぶんでは、他校の男子に友人を紹介しているのだろう。他校の男子が友人を見たのも、かるく容姿を見た、というように見えた。 「わかったよ、じゃあいいだろう。あとは帰っていいぜ」  他校の男子が言う。すると、紹介したほうの男子が、わかりやすく「え?」と疑念らしさを顔にうかべた。  他校の男子が、しらっとしたまなざしをそれにむけた。 「こりゃそういう話だろうが。なに着いてくる気でいるんだよ」 (モリイさん)  とんと、ゲンコの肩を松本がたたく。「私人呼んでくるね」と言うと、たちまち妙な身のこなしで行ってしまった。  ゲンコはできることもなく見守った。他校の男子は、もう決めたような顔で友人をうながしており、話を聞くようすではなかった。  が、友人の横にいた男子は無駄っぽくなにか言う風をみせた。 「ほっとけよ」 「ちょっと、いやでも……」  他校の男子の横にたっていたもうひとりの男子が、まごつく男子のそばに歩みよった。剣呑な雰囲気になってきた。  しかし、見たとこゲンコは眉をひそめつつも、見たままなのか判然とはしない、と思っていた。状況だけで見れば他校の男子は、友人をともなってどこかに行こうとしている。友人の表情や、まごついている男子のようすからみて、よからぬことを想像はしているようだが。  のぞき見への罪悪感にたえかねてとびだすことはできるが、ひっかかりはした。 (あんないかにも派手な格好しておいて、わかりやすく外聞の悪いことする?)  あくまでここは他校であるし、目だつということだった。あのまま女生徒をつれて出たら、外見から脅迫やらどう喝があったとかんぐられるし、学校関係者の大人の目にもとまるわけだが。 (ということは、わかっててあえてやっているんであって……?)  そのときだった。むこうから学生服の人間がひとりやってきた。 「おい」  ゲンコは、考えがまとまりかけた頭で言った人間の容姿を判断した。奥面だった。  他校の男子や友人がいるところへ、歩みよっていく。ゲンコには不吉に見えた。 「おまえ、○高のシラゼキだな」 「そういうあんたは……もしかして奥面?」  シラゼキとよばれた他校の男子は、すぐに言った。奥面は、やぶにらみで言う。 「会ったことねえだろ」 「そりゃ見りゃわかる。なにか用かよ」 「てめえがうちとこのヒナダに声かけたのは知ってる。ここになんでいるかは知らねえが、ちっと話しあいがしてえな」 (不良って本当にあんないいまわしするのか……)  ゲンコが、ドラマの影響かなと思っているあいだにも、奥面とシラゼキは剣呑なようすになっていく。奥面のうしろにははらはらした顔でいつもそばを歩いている髪の長い女生徒もいつのまにか、来ている。 「人の女に手ぇだすんじゃねえよ、この軟派」 「だれがやったってんだよ!」  話の流れはともかく、ゲンコは松本の友人をつれだすなら今だろうと思った。また、そんなことをしなくても松本が用務員でもあるいは生徒でも呼んでくれば、ここにいる連中はあっさり散るはずだとも思った。 (ここにいるのはそのためだしね)  が、結局はかくれていたところからさっととびだしていた。友人の腕をひく。 「○○さん、こっち」 「え?」  が、しくじったのには気づいていた。友人よりはやくおどろきの声をあげたのは、友人の横にいた男子である。  近くで見ると背がたかく、がっしりとしている。そして思ったより敏捷で、またゲンコが思ったより暴力に抵抗がないようだった。  具体的には、ゲンコが友人を連れていこうとしたのを見て、なにか切れたようなかっとしたような感情が目にはしった。拳を上げた。  ゲンコもいきなり人ひとり横からかっさらえるものではない。正確には持ち上げることでできたが、やらなかったのだ。  ゲンコは男子生徒を見た。  おもいきりふきとばされた。 「……、っ……、……!」  と。  あとは、その場は流れた。自分たちならともかく、目の前で女生徒がだいぶ強く殴られて倒れた。  しかも顔を、というのは水をかけたようだ。松本が戻ってきたのは、半瞬おくれてすぐのことだったが、そのときには松本の友人以外、奥面とゲンコを殴った男子が残っていた。  松本はその場をみたが、ゲンコが怪我をしたのだけ把握するとハンカチをぬらして持ってきた。 「起き上がらないほうがいいんじゃない? 保健室行ってくるからさ」  やたら冷静な声でいう。ゲンコは礼を言って、うしろで松本の友人が私いってくる、と、立ちあがるのを見送った。  頭ははっきりしていたが、なんとなく聞いたのをおぼえている。松本がおちついているのが意外だったのだろう。 「おちついてはいないけども……うーん?」  松本は場違いな声で言った。 「そこんとこは、今度言うよ。たいしたこっちゃない」  そのような経緯だった。ゲンコも完全にわざとなぐられた、という話ではない。  たんなる判断ミスもはいっていた。そのぶんだけ歯を食いしばりそこねたのが、証拠だ。むしろそのことで逆に反省した。 (現場ならあんなマヌケやらないのに)   経験が不足している。  一見重要でもないことだが、生死がかかっているところで動くとなると一度ちょっとでも気にかかったことは、尾をひく。仕事をやっているのだから、身のまわりの生活をひきしめるのは当然といえば当然とも言えるが、はがゆいことだ。  松本の友人のもろもろの事情は、よく聞けなかった。松本は、友人に直接聞くようにやんわり示しながらさわりだけは教えた。  ゲンコを殴った男子生徒は、友人の彼氏であるということらしい。交友関係で問題がある男子で、友人との関係についても松本は相談されていたそうだ。  なんでも真面目そうだが、いきすぎた暴力ぐせがある。友人も何度か手を上げられ、いまはその頻度がふえている。  それでも交際は続いていたらしい。  あのシラゼキというのは彼氏の悪い交友関係にかかわる人間で、シラゼキと彼氏のあいだでなにかこじれた話があったらしい。  その話の関係で、あの日、シラゼキに友人を紹介するという話があったというのが、簡単な話だとか。 (だいたい言ってると思うけど、まだ本人になにか聞くことってある?) 「でも、○○をかばってくれたんでしょ?」  松本に聞かれたことには、「え、なんで?」と答えておいた。現場を見てそう思ったようだ。もちろんそんな暇はなかった。  友人が逃げようとしたことに、反射的に手を上げた、というなら間違いはないが。 (明日聞きゃいい)  ゲンコは、いろいろ投げ出した。現象が起きはじめてから二ヶ月と二週間ていどがたつが、原因になっているものについては、まだ探しだされていない。  このたいして広くもない範囲で、というのも妙に思われそうだが、こんなものだ。  怪物の出現をもっとも明確な異常として起こる現象。  はるか昔から人類のとなりにある、という誇大な背景を騙るものたち。外宇宙の神々。  多岐にわたるアプローチを仕掛けてくる彼らに、彼ら自身の一部からもたらされた技術を使い、対処するエージェント組織が結成され、今に至っている。  エイブリーは、彼らとの対立のなかで段々と人類にもたらされていったものとされ、一種の不可解なオブジェクトである。多くは武器として、もし深刻な対立が起きるときに用いられ、活躍した。  実在するUMA(ユーマ)。アウタースペースゴッズ。 (その戦いには終わりがない。私達がやっているのは、対処療法。いままではっきりとその現象の原因がつきとめられて終息したことは、ほんの数十例。のこりの百倍のおよぶ全体数では、自然終息するまで、それが続いたと)  エイブリーですら、本来は。  彼らアウタースペースゴッズが人類にもたらしたものでしかない。  ゲンコは、深刻ぶった顔をすると夜まで時間をすごすことにした。 (今日は……ああ……フロムナインか……)  目を覚ますと、現場に向かう二時間前をややすごしている。ため息をもらして、ゲンコはさっさと用意にかかった。  翌日。  昨日はひどい目にあった、と、思いつつゲンコは学校にむかっていた。このあたりでは、ポピュラーなのは、自転車通学だった。  それか、電車通学である。腕の時計をみると、午前六時五十分付近をちょうど示している。はやめだ。  ゲンコが通学に使う駅には、この時間だと人がまばらにいる。もともといくら偽装にこだわる組織とはいえ健全な通学にこだわる意味は、あまりないとはゲンコ本人でも思っている。  今は本部からの人員が入りはじめた時期とはいえ、あまり例のない怪物の個体数、あまり例のない日中の意思ある暗闇の漏出、……みもふたもない言いかたをしてしまえば、そう、遊んでいるひまはないといったところか。 (それは、真面目な人間の考え方だから)  ゲンコは、もっと別方向で真面目である。   すなわち。  と、ぼーっと、考えていると駅のホームでだれかがよってきた。ゲンコはなんとなく見やり、その人物がなんだか自分に用がある、というように思われた。 (あん?)  だが内心ではおどろいていた。聴いていたウォークマンのむこうで、古いフォークシンガーの歌声が鳴るなかで、近づいてきた男は似つかわしくない。 「よお」  リーゼント頭の奥面だ。  ゲンコは、警戒している顔をつくりながら疑念に頭を回転させた。とりあえずウォークマンははずす。  なにげに回っていたCDプレイヤーのスコアを思いかえしている。白鳥見頭海(しらとり・みずみ)。一九四〇年代に、東欧を中心に活躍したといわれる歌手で、今で言うとシンガーソングライターということになるらしい。日本人とのハーフだったらしく、二十四歳で引退したとも失踪したともいわれる。母の持ち物にあったもので、本人がレコードアルバムまで数枚持っていた。 「悪いが話がある」  ゲンコはどうするか、とは思ったが、話くらいならいいだろうと思った。駅から出て人のいない場所に、いったん移動する。  なに? と、ゲンコがたずねると、奥面はじろりとやぶにらみする目を向けてきた。 「肝がすわってるじゃねえか」 「ていうと」 「ともどうも、ねえ話だ。あんたとヨロシクする気はないから自己紹介はいいだろう」 「何言ってるか、いまいちわからないんだけどな……名前くらいは知っているわよ。奥面て人でしょう」  私は守井伊留子、と、ゲンコは名乗っておいた。奥面は素直にそれにはうなったが、あまり動じたようすもない。 「きのうはわざと殴られやがったようだな」  言いあててくる。ゲンコはえ? と、声にはださずけげんな顔をかえした。言う。 「そんなわけないじゃない」 「けっ。ハンパなことしやがって。あんなことやるくらいなら、最初からぶんなぐって解決でもなんでもすりゃいいんだよ」 「なにを言ってるのよ」  ゲンコはしらけた顔をして、このまま横をとおりぬけてやろうかと思った。なんだかはわからないが、奥面は自分に不快感をしめしている。  かといって手を上げようということでもないようだ。だから強気にでられるというわけでもないが。相手は、近辺でもめだった不良である。  奥面はちらりと近くにあった駅の時計をみやった。ふん、と鼻息をもらす。 「まあいい。あんたが、その背中の荷物にある中身でなにしよが俺には関係ないし」  ゲンコはまたたきをした。奥面はもう興味なさそうにきびすをかえして、駅からはなれていく。  どこかで待っていたらしい例の髪の長い女生徒が、奥面にかけよりざま、ぺこりとおじぎをしていった。ゲンコに向けたものか。 (真面目だな)  ゲンコは腕時計を確認して、駅のホームにもどることにした。  歩きながら奥面のことについては、頭のすみで考えている。 (なんなんだろ、あいつ)  ゲンコの正体に気づいている。ということは、関係者なのだろう。  今はウェルフいわくグリニザと対立する立場の組織がこのせまい地域に介入してくる。対立しようがなにしよが、怪物をはじめとする現象、怪異、「外宇宙の神々にかかわるもの」を周知の事実にはさせないことが人類側の命題だ。  それをやぶったときに、とても恐ろしいことがおこる。  なにがおこるかはわからない。そんな子供だましじみた話をうのみにしていままで数百年か、千年か、千数百年か、大勢の人間がかかわってきた。  日本支部の壊滅のように、気のみじかくかんしゃくをおこしがちな上位の存在として神々がみせしめをおこなってきたからだ。 (だからって、私に接触して面と向かって気づいていることを言う。今)  奥面がなにを考えているかはしらないが、本当にわからないときは放っておくのも手だ。  ゲンコがクラスに登校すると、松本の友人は来ていない。松本に聞くと、風邪をひいて休みだそうだ。

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