ジ・エモン / 第19話

19 第六ポンプ(2)

 夜になった。  その日はゲンコが出る番となっている。  現地に着いて、配置についていると、雑談になった。予測がやや幅があったらしく、怪物はまだ出ていなかった。  そして、なかなか出てこない。包囲班と指揮所がそろそろ協議をしているかもしれない。  思いつつ、ゲンコは言った。 「へえ。そういう感覚なんだ」  アラームについて、諒子に質問していたのである。場所は暗がりで、明かりもろくにない。ゲンコと行動をともにする体できているゲルトヒーデル、諒子、ゲンコが三人で一ヶ所にいる。 「そういうのって、知っているものなんじゃ?」 「知っているにこしたことはないと思いますが、こまかいことになると把握していません。私よりゲルトヒーデルさんのが経験は長いですけど」 「そう……なんですか?」 「私は、実務経験だけでも二年弱ですから、新人ですよ?」  言うと、諒子はちょっと意外そうに目をまたたいた。 「たしかにもっと長くやっている気はします」 「経験年数は、実績とは比例しないと思いますけど」  ゲルトヒーデルが言った。ゲンコは手もとのエイブリーを指でたん、たん、とかるくたたきながら応えた。 「私が目をかけられているようなことがあるんなら、それは特殊性ですよ」 「特殊性?」 「私は二つのエイブリーを所持しているのですが、それが前例のあまりないことで、特別視されているのです。戦力や有用さを見てのことではありません。むしろ戦力という点ならマクラウドさんのほうが私よりも明らかに強いでしょう」 「いや、そんな話……」  ゲンコは頓着せずに諒子をみた。 「現場経験が少ないという話でしたけれど、怪物を相手にしたのは?」 「は、はい。三ヶ月前に一度、それが最初であとは三度くらい。いえ、四回です」 「では私が守ってあげましょう」 「えっ」 「でも、あなたはそこまで余裕はないのでは」 「それもそうですから、あなたにまかせます」  ゲンコはしれっと言った。ゲルトヒーデルはうたがわしげな顔でゲンコの横顔をみた。 「念のため聞きますけど、なんでエイブリーを制限しているんですか」 「できないことはないですが、やった直後に極度の疲労などで身体が動かなくなるし、それが数日続きます。数日ですめばいいんですが、下手をするともっと。なので長期的に仕事をするのであれば使うのは避けたほうがいいんです」 「それは副作用? でも、あまり聞いたことがないわ」 「所有コードの影響ですね」 「所有コード?」 「道具(エイブリー)との親和性を……より威力を高めたりするのに、手術措置なんかでおこなう手段です。グリニザ本部であつかう技術ですから、使っている人間がみんなやるわけではありません」 「クラーダ・オブライエンの? あなたのオブライアンというのは、まさか……」 「これはただのファミリーネームです」  ゲンコは言いつつ時間を確認した。午後二十三時五十四分。レシーバーからは、定期的な通信しか入っていない。 「クラーダ・オブライエンというのは、たしか、本部の技術部、という?」  諒子が言う。なんとなく微妙な雰囲気は察しているようだ。 「グリニザの主に本部といわれる部分に属する、科学技術部門の通称ですね。おおざっぱには、エイブリーの実用化とその応用技術、メンテナンスと経過観察、分析研究、比較、流用などなど……を中心にやっているところです」  とはいえ、名前が出てくるあたり、そのへんの基礎知識は解説する必要はない。それでも、諒子はおとなしく納得する反応をかえす。 「正確にはエイブリーまわりを専門してやっている部分を指して特に言います。技術部門などはたんに技術部、技術研究部なんてよびます。クラーダ・オブライエンはあまりもちいない呼称ですね」 「もしかして、評判がわるい、とか、呼んじゃいけない名前だとか……?」 「うーん、クラーダ・オブライエンというのは、オブライアンさんの雲、くらいの意味でして。つまり、雲をつかむような話、詐欺師ぐらいの揶揄をふくんだ表現なんですよ」 「あ。失礼にあたるって」 「まあ、評判がわるいのはたしかです。おもに医療部門の関係者から……行きましょう」  レシーバーから連絡がはいった。おさえ気味の声で話していたのを、静かにやめて路地から出る。  街なみは、静まりかえって耳に痛い沈黙がおおっている。  ただの沈黙ではない。意思のある暗闇が、例のごとくおとずれている。目には見えない星雲。暗闇の雲。  うしろをついてくる諒子の手には、彼女のエイブリーがにぎられている。リフレクター。別名をオジギ。または安綱(やすつな)。形状としては、柄の長めなムチ。  偶然に使用者を選んだため真の力といわれるものが発揮されていない状態にあるとされている。 (人を選ぶエイブリーか)  ことの経過は日中のとおり、ゲンコはくわしく知らない。が、ウェルフに関わったことが伝わったときにすぐに資料が用意され、ゲンコはそれを把握している。   (やたら早かったんだよな)  ゲンコに接触することを想定していた。  わけではないだろう。だが、ゲルトヒーデルに協力する人間としてマークがされていたくらいにはかんぐっておく。  想定外。  日中のできごとを思いかえす。  いままで、あの地域に怪物の出現があったことはない。少なくともここ二ヶ月のあいだのさわぎには、ふくまれていない。  一方で、あそこはあらわれても不思議ではない場所なのでは、とも思う。 (いや、都合のいい考えはいい)  事実、包囲班はゲンコの周囲をマークしていた。  ただし本部ではない。ゲンコのカンだがヨハンナ、つまるとこ本部とよくない関係性であるはずのポーランド支部がやっている。  なんにせよよほどの確証と、動くに足る危機感がある。 (ここでは怪物は私の周辺にもあらわれる。その性質をなぜか有している)  そして、ウェルフもヨハンナもそれを共有している。共有し、了解があって共同している。 (ままならないもんだなあ)  ふと、ゲンコは足を止めた。ゲルトヒーデルと諒子と、二人の先頭になるかたちで移動していた。慣れていない諒子に配慮して、多少速さを調節していた。  もっとも諒子は、身体能力がなみはずれてあるタイプのようでへたをするとゲンコより速く暗闇を走りそうだ。 (本当にまったくの一般学生か……?)  内心で舌を巻いていた。  そんな心地だったが、レシーバーに手をあてる。 「すみません。人がまぎれこんでいます。救助手順を要請、接触します」  ゲルトヒーデルが先に走った。  音を立てると、怪物が寄ってくる。今回は、ここ一連のさわぎの様相にくらべれば、普通の範囲の出現だった。  周期警戒管制システム、通称アーリーモーニング(EM)は、人間に寄生したアラームを使い予測をはじいている。アラーム中枢の電算機構にアプローチした、クラーダ・オブライエンの成果のひとつだ。  これにより特定出現の周回図をたたき、補助コンピュータのたぐいで電算する、とのふれこみでとにかく出現地点、予想時刻を細部に出力する。微細な精確性の欠如はあるが。  事前に安全確保対象の排除はおこなわれている。  ミスというのはありえない。  なにかしっくりこない、とは思いつつさっさとゲルトヒーデルにつづく。  だが、そこで驚くべきことが起こった。  目の前を走っていたゲルトヒーデルが、急に足を止めた。  いぶかしみつつも、ゲンコは気にせずおいこした。まぎれこんだと思われる人物にちかよる。  そのときちらりと見たゲンコの脳内には、どこか見おぼえのある人だ、という場違いな感想がうかんでいた。ゲンコ自身、その感想にためらった。  立っている人物は暗くて輪郭はぼやけている。顔だちは隠れているが、黒髪ではない。ロングヘアで、おそらく金髪ではないか。ストレートで、背は高すぎるというほどでない。  ぱっと見薄手の上着をはおり、ブラウスにベルト、ロングスカート、女性らしいふくらみがシャツをおしあげる。  ふっと右隣から風を感じた。ゲンコはぞっとして反射的に女性の確保に体をつっこんだ。  それをおいこして、ゲルトヒーデルが女性に斬りかかるのが見えた。 (くそ)  理由はわからない。  だが、ゲンコは血をちらして肩からほとんど両断される女性を脳裏にくっきり焼きつけた。エイブリーを人体に使用する。  このあたりまえの思考が実践されなかったのは、エイブリーが参考、参照はできても再現性は皆無であること。本体自体を周期運用するのは通常兵器よりむつかしいこと。  つまり量産性、汎用化が無茶だったことに依っている。 (なにが起こって――)  ゲルトヒーデルの行動を止める。女性の止血と体勢確保をしながら、医療スタッフの到着を待つ。  指先が頭よりさきに実践しようと動いたが、そうなることはなかった。  脳裏に焼きついた光景は実現せず、かん高い金属音とともにゲルトヒーデルの剣は受けとめられている。  片手でだ。  もう一方の手は、ゲルトヒーデルの手をとらえている。カタナをにぎった手を。  女性の手には棒状のものがあった。よくみると剣だった。西洋にみる片手剣をやや大きめにしたのがわかる刃物。  金髪の女性の耳で、かざりが音をたてずにゆれた。   「……、……」  ゲルトヒーデルが、妙に冷静な横顔でみじろいだ。女性のスカートがそよかぜめいたゆれかたをする。黒っぽくみえた生地は紫のようである。白いブラウスは薄手だった。  すべてが普通でそこらにあるさまをしている。ゲルトヒーデルの手をおさえている手は、おそろしい怪力にみえた。  いや、あれは人間のかなう相手ではない。 (どうでもいいわよ)  反射的に、ゲンコはレシーバーに話しかけた。 「こちら、オブライアン。トラブル発生です。ほかの人間を処理にむかわせてください」  背筋にはしるこみあげるようなさむけ。こらえつつ、ゲンコはレシーバーから手をはなした。ふるえそうな足。くだけそうになる下半身、汗がにじんだような体の不快感。  ゲンコはまずゲルトヒーデルに歩みよることにした。刺激しないよう、平静な足どりでゲルトヒーデルの肩をたたく。  が、指先がふるえてつかむようになった。ゲルトヒーデルは、横顔をゆがめる。 「ゲルトヒーデル。やめて」  ゲンコは内心で焦燥しながら、指先を意識してゆるめた。自覚するより、ずっと強い。まるでおぼれた人間がすがりつくような強さ。  ゲンコは、思いうかべた。はあっと、表層しない強さで息をぬいた。 「……なんのつもりですか」  ゲルトヒーデルは、むしろ困惑したような反応をかえした。ゲンコはがらにもなく強く見た。 「やめるのよ。剣をおろして。あなたはそんな子じゃないはず。昔のように焼き菓子を作りましょう。やりたいことやなんかは、いまは忘れて足を止めるのです。ほら、テーブルに――」  ぐっとのどをつまらせて、ゲンコは急に態勢をくずしてうずくまるようになった。がくりと、その肩をつかむ手に、ゲルトヒーデルがひっぱられる。  ゲルトヒーデルは感情がほとばしる力で肩をこわばらせた。  なにをしたかはわからないが、つかまれている手と肩を急にねじるようにした。突きだしたけり足で、やぶれかぶれに女性の体をけりとばす。  女性の体はぴくりともしなかったが、強引に肩をねじったぶん、けり足を突きだしたぶん、すきまがあいたようだ。そこにねじこむように剣と刀をひらき、ゲルトヒーデルがうしろにさがる。  さがりながら、女性の剣をたたきおとすようにたたいている。ゲンコの手が肩からはなれなかったので、その側の腕でゲンコの体ごと後退している。  はあっと、ゲンコの吐息がもれた。体が異常に寒い。顔は紙のように白かった。そのゲンコをちらりとにらみながら、ゲルトヒーデルは言った。   「――オート・モーフィス!! っ、ふざけるなっ!」  ほえるように言ったが、ゲンコの体に腕をつけたまま動かない。たたずんでいる。 (オート・モーフィス……)  あれが?  編みこみをいれてしゃれた髪。  どこか派手なはずなのだが、泡のようにさわやかな外面を感じる。  見たらすぐに忘れそうなのに、麗らかというかんじか。 (そうか……、望月さんと……いっしょに)  なぜおぼえているのか。  それはわからないが、思いうかべたはしから、ふしぎとその記憶がうすらいでいった。 (……!!)  ゲンコはゲルトヒーデルの体からようやく指をはなした。自分のものとは思えない力。動き。  気がつくとアスファルトがみえる。地面にへたりこみ、うずくまっていた。 (ゲンコ……! なにしてるのよ……)   ゲルトヒーデルがささやくように言う。自分で思っているように、あいまいにひびいて聞こえる。他人の声が他人の声ではないような、不快な感覚。 (くそっ! ……、!)  あるいは、それは自分の声であったかもしれない。ゲルトヒーデルの体がわずかにはなれ、ステップを踏んだようにあとじさった。   ゲンコはたちあがれない。  オート・モーフィス。  あれが。 (クルタナ……、ガットギター……、コンポジット・ボウ……、第二段階……開放……まだ)  脳内で、用語がぐるぐる回った。   「君がゲンコ・オブライアン?」  声が言った。ゲンコはふるえるのどを上げた。歩みよった人影が立っている。  意識を失っていたような感覚。すっと、こちらに手をさしだしてくる。握手するような感覚ではあったが、実際は手をさしのべて、ゲンコの手をとっている。  そのまま、立ちあがらせながら、途中に言う。 「はじめまして。わたしがオート・モーフィスです」  にこりと笑う。ひかえめでとにかくすずしげな、人形めいた美しい表情。氷のように優しい声音。  これはおそろしいものだ、とゲンコは思った。手をはなして声をかける。 「あなたが……、オート……」 「君には会いたいとは思っていました。すまないことをした、と……」 「すまない……、こと……」  ゲンコは心臓をおさえた。異常な心音。  ふいに体をおされる。強い力だ。ゲンコは不意をつかれたが、たたらをふんで後退するだけで倒れない。  押された瞬間、間をおかず聞こえた金属音。オート・モーフィスが、また打ちあいをはじめていた。  片手の剣と、もう片方の手にいつのまにか持っている両刃の直剣(マインゴーシュ)。二本の剣で、というよりはほぼ片手の大きい剣でのみゲルトヒーデルの剣戟をふせいでいる。  足どりがまったく変わらず、踊っているようでも遊んでいるようでもない。ただ歩いているような感覚。  それで目にもとまらないゲルトヒーデルの二刀につけいるすきもあたえず、むしろ前進している。  受ける一方でありながら、押している。  わからない者が見ても、明らかにおかしい。人間の膂力ではない。  人間の体幹ではない。  ゲルトヒーデルは、押されて後退している。瞳がこそともかげらず、燃えさかっている。眼光が、剣の隙間に見えるたび、まぶしさのない炎と光をはなっている。 (あれが闘志ってやつか)  ゲンコは徐々に落ちついてきた。冷静さがもどると、人の挙動が気にかかる。  胸を押さえたまま、いぶかしむ。ゲルトヒーデルはなにをそんなにこだわっているのか。口にしていた結果のことではない。 (おびきよせている?)  なにに、か。  考えたはしから、目のはしをなにかがかすめる。ムチの穂先だった。しゃつ、とアスファルトを切りつける音をたてて、無音ではしる。  完全な不意うちだった。それはオート・モーフィスをななめうしろから打ちすえて、体を切りさいた。  精度と速度がすさまじかった。  生身の人間であれば、切りさくどころか両断していただろう。  が、オート・モーフィスは平然としていた。   がく然とする。  当たっていない。どころか、かすってすらいなかった。  体をひねってかわした。  信じがたい。暗闇で、不測の速度で飛んでくる刃先。そんなものを、見もせずにかわした。  それもゲルトヒーデルのするどい剣閃をよどみなくかわしながら。  一撃をみまった諒子は、さらに二度、三度とあびせかかる。  やはり少しも動揺していない。表向きはだが。  さっきのは、あきらかに必中の一撃に近かった。それを、一ミリのにごりなくいなしたのだ。 (達人じゃない。たぶん、予測?)  ゲンコは呼吸を整えながら、冷静に考えた。なぜなら、打ちかかるムチを二度、三度、四度、と、一度めと同じようにかわしている。ついには、五度めで剣を上げはじいてしまった。  さすがに諒子が、空気を吐くようにうめく。  戦慄する得体のしれなさ。  おだやかにややほほえんだような口もとも、いっさい変化せず、青い目がかがみのように美しい。ただ湖面のように嘘くさかった。  水面。千化するもの。変幻自在に動くもの。  自動で変化(へんしん)するもの。 (は、まさか……)  つぶやいた。虚勢ではない。  証拠に、オート・モーフィスの行動と思考に一定の理解をした。  つまるところ、いままでいっさい受けに回っている。攻撃を制し、いなすだけだ。  そもそも攻撃に移っていたら、ゲルトヒーデルも諒子も、二、三撃ともたず鮮魚でもさばくように両断されているはずだ。  殺すつもりであればとっくにゲンコの赤子の手をひねるより易い体を、斬り捨てている。 (攻撃するつもりがないとしか思えない)  では、なにがねらいか。  もっとも、このていどのことは打ちあいをしている、諒子とゲルトヒーデルが気づいているはずだ。  それでもわずかにしか戸惑わず、攻撃をつづけている。たいした持久力だった。  ひときわ気合いをこめた一撃を、諒子がはなつ。エイブリーの使用の特性のために、瞳の色がまばゆい白銀色に変わっている。  エイブリーの謎めいた特徴として、白、灰、銀といった色をカラーリングしたり帯びたり、といったものがある。雷のさく裂を思わせる眼光の色。  その一撃がひときわ強く、刃にかき跳ねあげられた。衝撃が腕と手に伝わったのか、諒子があきらかにひるみをあらわす。 「っつ! の――」  負けん気の強そうな声をもらす。エイブリーを手にすると、力にひっぱられるように気が勝ったふうになることはある。  諒子もそのたぐいがあるのだろう。 (……)  かん、とかるい音がした。ゲルトヒーデルが直剣にからめとられるように、短いほうのカタナを取りおとした。はたきおとされた、というのに近い。  ゲルトヒーデルはぎゅっと一瞬、体勢をしずめた。カタナを拾おうとした。寸前に虚をつくように足をねらう低い斬撃をはなって。  低い斬撃は直剣にはじかれた。完全に読んでいた。体勢のくずれたゲルトヒーデルが、次に、すばやく身をひるがえすようにみえる動作をした。  諒子の援護がおくれてとぶ。  オート・モーフィスにはつうじない。  ゲルトヒーデルがそのときには、残ったカタナで身のすくみあがるほどきれいな突きをはなった。身体全体でつっこむ、必殺の威力の。 (嘘?)  ゲンコが思ったのは、ゲルトヒーデルの行動をいぶかしんだからだ。たしかに必殺の威力をともなってはいた。だが、体勢がはためにも不十分だった。  あの状態からはなっても、簡単にはねかえされて。  カタナは巻きあげられ。  オート・モーフィスの、片手剣の切っ先がゲルトヒーデルの肩に打ちこまれる。  ゲンコの脳内に展開された画像と、目の前の現実がかさなった。  そう思われた。  刹那。  閃光がはしった。  明かりひとつ追いやられた、外灯のぼんやりした暗闇のなか。  光さすような剣先が、闇から走ってきてオート・モーフィスの脇腹を斬り上げた。  剣先。まばゆい光そのものであり、それは光そのものの捷(はや)さで、同時に光でしかない。  はじめてオート・モーフィスが足場を一歩ぶんも変える。  おどろくべきことに、斬撃はかわしていた。  襲撃者の姿はみえない。完全に闇に落ちている。それ自体が光を放っていた剣先も、一瞬で光を落とした。 (あれ、なんだ)  ゲンコは闖入者にめんくらいながら、観察した。じっと目をこらしてもぼんやりした黒い人影と輪郭の一部しかみえない。  しかも、その影はすさまじい速度で動く。こつがあるのだか、ほとんど消えている。  二撃、剣戟の音がひびいた。オート・モーフィスがふせいだのかなんなのか、もはやよくわからない。暗闘めいている。 (見えない) 「ひゅーっ、やるなあ」  ゲンコはぎょっとした。声のしたほうをふりかえると、人が立っている。  こちらは外灯からあるていど照らされて顔がみえた。長袖に深い色の銀髪をうしろでひとつにまとめた女性である。背筋は若く、足腰がすわっていて体型もしっかりした体つき。  年はいっていて五十にも三十にもみえる、へんな不定さがある。  背のたかい体で、片手に刃物を手にしていた。エイブリーのような不可思議で無愛想なかたちではない。  日本刀、というやつだ。闇と灯りのあいだで美しくつめたい曲線を描きだしている。 (日本人?) 「ちなみに……このゴーグルは、サングラスじゃなくて視覚補正用の、SFチックな……おっと」  いうとおり、さわっていたサングラス様のものを指でたたいて、女性は腕をさげた。  そのあいだにも剣戟の音が連続する。オート・モーフィスは三人に囲まれている。 「キミは助けにいかないのかい?」  女性が言う。日本刀を気軽に上げて、肩にかついだりしている。 「べつに……あの女性には、だれを斬り殺す気もなさそうだから」 「そっか、まあ、あっちの娘(こ)が斬りつけられそうになったのを乱入しようとしたの、やめたのはよかった」  言う。急になれなれしいともとれる言いかただった。ゲンコは不快に感じず、とっさに口をきけたことをいぶかしく思った。 (人見知りが直ったかな)  ゲンコは思った。  女性はものものしい武装をしている。左腰に剣帯をさげ、二本のカタナをさしている。ほかに、反対の腰に巨大なナイフ状の刃物、グルカナイフというたぐいだろうか。  ジャケットに袖までおおうインナーの胸にコンバットナイフ。後ろ腰には投げナイフの一種を装備し、丈夫そうなパンツスタイルの脚にはやはり投げナイフに使いそうな刃物。  刃物だらけの人間。 「私は手伝えません」 「まあ何人でかかろうが、あっちがその気になったら無駄だろうさ。何の用であんなことをやっているんだか」 「彼女のことを知っているんですか」  まあねえ、と、うそぶくように言って、女性はふいにカタナをいったんおろして、ついでオート・モーフィスのほうに刃をむけた。  肩の上で持ちあげるかんじで構える。  そのまま、全身を使って……そう、オリンピックやらに槍投げというのがある。  あんなふうにカタナを投げた。  カタナは切っ先を先鋒にして、流星の勢いで、飛んだ。  三人の人間から立ち回りをせまられているオート・モーフィスは、もちろんそれをふせげない。  胴体めがけてささる。  そう思ったが、ありえないタイミングで察知するとあっさりとカタナを迎撃した。  だが、その目線が一瞬で下がる。  ふられた、というのに近いだろう。  カタナが飛んでいくのとほぼ同時に刃物の女性がつっこんでいっている。速い。  おもいきり姿勢をさげ、オート・モーフィスが直剣でカタナをさばくのと同時、視界を中段やや上から下段へ誘導した。  すべりこむように、いや、ほぼ滑り込みをやりながら手にしたナイフで脚をねらっている。  がん! と、オート・モーフィスはすれちがいざまに身体を流した。服をわずかに切りさいたナイフは直剣を横殴りにすることで、軌道をずらしている。  そうでなかったら腿の急所を、ざっくりとえぐられていた。  はたして、オート・モーフィスに人間の体の話が通じるかはわからない。  ただ、それで三人を相手にする動作にようやく無理が生じた。しかも刃物の女性はナイフをふせがれた直後に、オート・モーフィスのとおりすぎたほうに回って投げナイフを放っていた。  オート・モーフィスもさるもので、無理が生じようと一瞬にすぎない、とばかりにみっつの斬撃とムチとをさばき、たてなおした。  が、そのためにステップをふんで、大きめに場所を移動した。  両手の剣をさげた姿で、その場に立つ。  もともと攻めていた三人と、刃物の女性と、オート・モーフィスと向き合い包囲する。  前後左右。  いったん攻防が止まった。  一方的にオート・モーフィスが有利で、攻防とはよべないものだったようにも思えるが。  オート・モーフィスは表情も、顔つきもみじんも変わらず立っている。  このまま三日三晩でも剣戟に応じそうな、人間外の者の顔だった。  ただし、その目はさすがに攻撃してくる者を気にしているという意思めいたものが明確に感じられる。  ゲンコは目を間近で見たために、なんとなくそれがわかる。  まわりでなにが起ころうと、見ていない目。  危険が起ころうと、自分に対する危険であると認識しない目。斬りかかってくる人間がいようと、そよ風ていどにも思わない。 (どこかでだれか、言ってたな)  だれかが、自分に対して。  が、次に何がおこるかとおもわれた瞬間、刃物の女性がふいに言った。 「もうやめておきなって。これ以上は殺す殺さないって話になるもの」  オート・モーフィスに対して言ったものらしい。  言われたほうは、聞いているようには見えない。刃物の女性はつづけた。 「あんたにそんな神経はないだろうが、おそらくいまはやろうって気分じゃないんだろ。ていよく追い払いたいから、立ち回りに応じるなんて回りくどいマネをしたんだ」 「ちょっと、待って。なにを……」  ゲルトヒーデルが言いかける。刃物の女性は、手をあげてさえぎった。 「自分の気分をつらぬきたいんなら、ここは退くべきじゃあない?」 「逃がすつもりですか!!」 「まあ、譲りなよ」と、刃物の女性はかるく言う。オート・モーフィスは反応しなかった。  そして次の瞬間だった。  ひゅっと影が動いた。  ひとりだけ、顔かたちのわからない、光る剣閃の人物。話の内容などそれこそ聞いていないふうで、ひとりするどく斬りかかった。  ふたたび灯りを落としていた剣身が、光っていた。影に軌跡をえがいた。  そう思ったとたん、動きが止まった。剣身がふっと消える。  オート・モーフィスの周りが変化していた。周り、というのは文字どおりで、それは視覚としては霧に見えた。  黒くつやのない霧。煙とも言っていい。  どっちともつかないゆっくりとあふれだし、浸透して広がる、そんなものがあたりをつつむようにオート・モーフィスのまわりにつつみこみだした。 「なに……」  諒子が言う。  その言葉を発するか発さないかのあいだに、「さがれ!!」と声がした。  刃物の女性だった。自分も後退をしながら、ナイフをとっていきなりオート・モーフィスにむかって投げる。  意図がいまいちわからない行動だった。ナイフはオート・モーフィスからはずれた頭上すれすれくらいを飛んでいく。  そう思われたが、発生した煙や霧めいたものにつっこむとぼう、となにかの反応をおこした。  液体に衝突したかのようである。  現象にはいったとたん、墜落した。  落ちたナイフは、茶色めいた表面を音をたてて泡だてている。  まるで腐蝕したような。  ゲルトヒーデルと諒子がひるむ。オート・モーフィスは一瞬の隙をつくと、諒子のそばをパスする軌道でその場を走りだした。  反応がおくれた諒子を、刃物の女性がひっぱってどかせる。  オート・モーフィスは特別速くもない足どりで、煙をまきちらしながら逃走した。  逃走したという表現が合っているかは微妙だったものの。 「いなくなったか。ああ、すまなかったなキミら」  刃物の女性は言った。オート・モーフィスがだしていたような煙は、すぐに空間にとけるように消えた。 「なにかあれを倒すような策があったんだろう」 「わかっていて、ああしたんですか」 「本当にすまない。だが、ああしたほうがいいと勘で察した」 「勘で……」 「さっき去ったの、あれ、ルチャドール、もしくはノーフェイス・エージェントってのだろ」  女性は関係なさそうなことを言った。  オート・モーフィスがいなくなった直後くらいに、光る剣身の持ち主が姿を消している。 「……」 「あっちがオート・モーフィスの動向をつけていたのか。よくやるなあ。ふだんは人間の目じゃどうやったってみやぶれない欺瞞をしているっていうのに」  女性は落ちていた日本刀を拾い上げた。刀身をたしかめて、よく見えない手つきで鞘におさめる。 「よく調べたもんだ。策があるってのも現実味があるし。オート・モーフィスは、上位存在っていうののなかでも一番弱いとこもある。エイブリーなんか出すのも、非力を補う……」  言いつつ、気づいた顔でゲルトヒーデルを見る。ゲルトヒーデルは、若干当惑しつつも、半分女性にたいしては興味を失いつつあるようだ。 「まだ紹介してなかったっけな。ヨハネだ。よろしく」 「クント=撫子・ゲルトヒーデルです」  ゲルトヒーデルは、言ってから気づいた目をした。 「ヨハネ、フラウ・ヨハネ? あなたが」 「おや、あだ名で呼ばないんだ。まあ、好きじゃないんだけど、あれね」  言う。ヨハネ、と名乗った女性はそれから頭を手のひらでかくような動作をした。 「それよりか、キミたち、もともと現場作業できたんだろ。そっちはいいの?」

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