りんたろ / 第2話

2 喪失と決意

――ドラゴンの口腔から熱気が押し寄せてくる。 「ドラゴンブレスだ!」 反射的にアキに体当たりをした。 途端、左足に激痛が走る。 焼け焦げている。 ブスブスと嫌な音を立てて赤く腫れあがった皮膚が目に入る。 恐怖に頭が真っ白になった。 こんな化け物から逃げられるわけがない。 せめてアキだけでも逃したいが、眼前の状況が不条理を叩きつけてくる。 ドラゴンは前足を持ち上げた。 ただそれだけに見えた。 真横にいたアキが吹き飛んでいく。 背後の岸壁に打ち付けられて身体が跳ね上がる。 口から血があふれる。 「アキ!」 倒れこんだアキに視線を向けていると背後から熱気を感じた。 再びドラゴンは口を開けた。 またあのブレスが来る。 もうだめだ... 僕には覚悟を決める時間すら与えられない。 おぼろげな足取りで棒切れを握ったアキがドラゴンに向かって歩いていく。 「アキ!動けるならお前だけでも逃げろ!」 そうだ。 僕が死んでもアキが生き残ってくれたらそれでいい。 だがアキの歩みは止まらない。 それどころか一足ごとに歩みが強くなっていく。 アキの周囲の空間が徐々にゆがみだした。 まるで力の奔流が逆巻いているようだ。 アキから青白い強烈なオーラが天に伸びた。 「...オーバースキル 天葬剣」 ただの棒切れから巨大な光の剣が生成される。 幼いはずの弟からむせかえるような威圧感を感じる。 天を衝く光の柱がドラゴンに振り下ろされる。 それはドラゴンの胴体を切り裂いた。 ドラゴンの悲鳴とともに血しぶきが飛び散る。 轟音とともに巨体が倒れこむ。 土煙が視界をさえぎる。 何が起きたのかわからない。 ドラゴンを切り裂いた? アキが? やったのか? 土煙が晴れる。 巨竜はゆっくりと立ち上がる。 胸から腹にかけて大きく深い傷を負っている。 尚もこちらに憎悪のこもった瞳を向けた後、ドラゴンは巨大な翼を操って魔竜山脈へと飛び去って行った。 ≫ ――ドラゴンは飛び去った。 残されたのは僕と立ち尽くしたアキ。 アキがふらっと地面に倒れこんだ。 傷ついた足の痛みなど気にならない。 アキの元へはっていく。 「アキ、ドラゴンが逃げていったよ!僕らは生き残ったんだ!」 瞳から涙がこぼれた。 絶望からの生還。 だがアキの様子が変だ。 ドラゴンに吹き飛ばされたんだから当然だ。 それでも何かがおかしい。 倒れたままのアキが声を絞り出した。 「兄貴、オレ思い出したんだ。前世のオレは魔族と戦っていた。 周囲から勇者と呼ばれていたんだ。戦って戦って...」 息が荒い。 「たくさんの仲間が死んでいった。それでもオレは戦い続けた。 最後は自らの命を燃やして魔王を打ち払った。そこでオレの命は尽きたんだ」 アキの目線が宙をさまよう。 まるで失った何かを追いかけているようだった。 「前世は一人っ子でさ、兄貴か姉貴が欲しかったんだ。 現世で兄貴がいてくれてほんとに楽しかったよ。 一緒に山や川を駆け巡って、たまにいたずらをして...。ほんとに楽しかった」 瞳からだんだんと光が失われていく。 「そんな大事な兄貴を守れたんだ。 オレにはその力があった。充分幸せだった...」 アキのスキルポイントがみるみる減っていく。 あっという間にマイナスを切り、尚とどまる勢いがない。 顔から生気が抜けていく。 アキの手を強く握りしめたまま僕は意識を失った。 握ったその手から緑色の光がわずかに発光し、消えた。 ≫ ――身体の中に何かが流れている気がした。 明かり。 緑色の暖かな光。 それが循環している。 その流れを追っていくと手のひらに集まっている... 僕は目を覚ました。 傍らにはアキがいた。 ありったけのポーションをなんとか流し込む。 流れ出る血は徐々に止まり、傷がゆっくりとふさがっていく。 安堵しつつアキの顔に目を向けた。 ...瞳は光を失っている。 ぽっかり開いた口から流れ出るよだれ。 【精神汚染】 この言葉が頭に浮かんだ。 アキはアキではなくなってしまった。 涙がこぼれた。 雷鳴にかき消されながら慟哭をあげる。 朝にはいつも通りの笑顔だったその顔からは、何の表情も読み取れない。 いくらゆすっても反応のない身体。 唯一、つかんだ手からは微かな熱を感じた。 ≫ ――夜が明けて僕らは自警団に救出された。 僕の足の火傷は見た目ほどひどくなく、そのうち治るそうだ。 僕の隣のベッドは空だった。 アキも救出されているはずだろう。 どこにいるんだ? それから1週間が経った。 いまだにドラゴンに遭遇した恐怖はぬぐい切れていないが、 ただただアキのことを心配していた。 アキに会えたのはそこからさらに1週間経った後のことだった。 ベッドの上で両目を見開いたまま横たわるアキ。 「アキ、キョウだよ。わかる?」 何の反応もない。 両親は抱き合っている。 あの時の記憶がよみがえる。 「僕は勇者と呼ばれていた」 アキの言葉だ。 きっと前世では数多くの戦いを経て、強力な力を宿していたのだろう。 アキのステータスを確認する。 【スキルポイント: ー(マイナス) */x@r_1;qqqq】 何だこれは? 精神汚染なら数字のはずだ。 だがこれは数字でも文字でもない。 「オーバースキル 天葬剣」 あの時アキが放ったスキル。 きっとアキの全身全霊の一撃だったのだろう。 前世も現世も全て捧げた。 そのおかげで僕は助かった。 けれど、アキは....。 僕はアキの手を取った。 微かに熱を感じる。 前世のない僕の人生。 からっぽの中身。 そこに新しい脈動が生まれる... ――アキを取り戻す。

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