幻翠仁 / 第1話

// 001 門出

 僕が冒険者を目指したのは、単に夢があるからだった。  別に、高望みをしているわけじゃない。誰もが知ってる英傑物語に出てくるような英雄になりたいわけじゃないし、幼い頃に村を救ってくれた冒険者に憧れたとか(村を救ってくれた冒険者はいない)、まだ誰も見たことのない世界をこの目で見てみたいとか、そういう立派なものでもない。  もっと単純な夢。金持ちになりたい。ただ、それだけ。  でももっと言うなら、出来れば、ものすごーい金持ちになりたい。  朝は腹一杯になるまで肉を頬張って、昼には露店商品の値段を見ずに好きなものを買う。夜になったら暖かいふかふかのベッドで毛布に包まって寝る。雨が降っても屋根から水が垂れてこない家がいいし、冬になっても、薪の残りを気にせずにごうごうと暖炉を焚きたい。  働かなくても暮らせるなら、もっと良い。  我ながら、立派な夢だと思う。  そんなわけで、十五歳になった僕は生まれ育った辺境の村を出た。  目指したのは王都イェレミアン。金も人も仕事も、僕が育ったド田舎とは比べものにならないくらい集まっている場所だ。  その王都へ足を踏み入れて、最初に思ったことがある。 「宿ってこんなに高いんだねぇ」  僕の村にも一応宿らしきものはあったけど、一泊10Gだった。泊まってる人なんて滅多に見なかったけど。それが王都に来てみれば、一泊100Gだ。しかも、驚くことに、それが最低ラインらしい。 「坊主、王都に来るのは初めてか?」 「うん。なんでさ、宿ってこんなに高いの?」 「なんでって、ここは王都だからなあ」  店先で箒を動かしていたおじさんは、当たり前だろうと言いたげに笑った。 「人が多けりゃ、そのぶん泊まる奴も多い。商人も、冒険者も、仕事を探しに来る奴もな。100Gで高いなんて言ってたら、この先やってけないぞ」 「もっと高いところもあるんだ?」 「そりゃあるさ。中央区なら一泊500Gなんて宿も珍しくない」  500G。僕の村なら五十泊できる。  そんなに泊まってどうするんだ? ってくらい泊まれる。 「でもさ、飯は出るんだよね?」 「うちは朝食付きでパンとスープ。あとタマゴだな」 「肉は出ないんだ?」 「一泊100Gで肉は出せねえよ。それだけで大赤字だ」  100Gも取るのに?  王都は金持ちが集まる場所だって聞いてたから、てっきり毎日肉でも食べているんだと思っていた。少なくとも僕が金持ちになったらそうするつもり。 「泊まるのか?」 「んー」  腰に提げた革袋へ手を伸ばす。  村を出るときに母さんから渡された金と、僕が今まで貯めていた金を合わせて500G。ここへ来るまでに使ったから、残っているのは100Gだった。 「やめとく。今日中に稼いでから来るね」 「今日中って、坊主。仕事のアテはあるのか?」 「ないよ?」 「ないのかよ」  おじさんが呆れた顔をした。  でも、別に心配はいらない。  仕事の当てはないけど、仕事がある場所なら知ってる。 「僕、冒険者になるからさ」 「冒険者?」  箒を持つ手が止まった。  僕の頭から爪先まで眺めて、それからもう一度顔を見る。 「坊主、いくつだ?」 「十五歳」 「……まあ、登録はできる歳か」  そう。十五歳。  僕がわざわざこの歳になるまで村で大人しくしていた理由でもある。  冒険者は誰でもなれるわけじゃない。冒険者ギルドに登録できるのは十五歳から。それより下は、どれだけ腕に自信があろうが登録させてもらえない。魔物と戦う仕事もあるんだから当然といえば当然なんだけど、僕としては十二歳くらいから働かせてくれても良かったと思う。腕に自信はないけど。 「ねぇ。冒険者ギルドってどこ?」 「場所も知らねえのか……」  おじさんは大きな溜め息を吐いてから、箒の柄で大通りの先を指した。 「この道を真っ直ぐ行け。しばらくすると噴水のある広場に出るから、そこを右だ。でかい剣と盾の看板があるから、見りゃ分かる」 「真っ直ぐ行って、噴水を右ね。ありがとー」  僕はおじさんに軽く礼を言って、大通りへ戻った。  王都の道は広い。僕の村なら家が三軒くらい建ちそうな幅の道を、馬車が何台も行き交っている。その両脇にも人が溢れていて、店先からは客を呼び込む声がひっきりなしに飛んでいた。  肉を焼く匂いがした。反射的にそちらを見る。  串に刺された肉が、鉄板の上でじゅうじゅうと脂を落としていた。 「串焼きが30G? 高いなぁ」  食べたい。でも30G。宿代の三割だ。  僕はしばらく串焼きを見つめてから、そのまま通り過ぎた。金持ちになったら絶対に値段を見ずに買ってやる。そう心に決めながら歩いていると、やがて人混みの向こうに大きな噴水が見えてきた。  ここを右。言われた通りに曲がって、少し歩く。  剣と盾の看板はすぐに見つかった。と言うより、看板を見るまでもなかった。周囲の建物より一回り大きな石造りの建物。その前を、剣や槍を背負った人たちが絶えず出入りしている。鎧を着た大男もいれば、僕と大して歳の変わらなさそうな少年もいる。大きな杖を持った女の人もいた。  冒険者ギルド。ここなら仕事がある。  つまり、金がある! 「おおー」  思わず声が漏れた。  ここへ来るまで散々見てきた王都の建物も大きかったけど、冒険者ギルドはまた少し雰囲気が違った。開け放たれた大扉からは何人もの冒険者が出入りしていて、そのたびに中から話し声や笑い声が聞こえてくる。  入口の脇には、大きな荷袋を背負った男たちが集まっていた。何を話しているのかは分からないけど、時折、大声で笑っている。その向こうでは、血のついた剣を腰に提げた女の人が仲間らしい男と何か言い争っていた。  怖そうな人が多い。  ちょっと、ちょびっとだけ帰りたくなった。  僕は自分の格好を見下ろした。  母さんが買ってくれた丈夫な服。村で使っていた革靴。背中には着替えと保存食を詰めた荷物。武器は、腰に提げた短剣が一本。村を出る前、父さんから渡されたものだ。護身用だからな、と念を押されたので、たぶん魔物と戦うためのものではない。  改めて周りを見る。  剣。槍。弓。杖。鎧。剣。僕。 「……まぁ、なんとかなるかなぁ」  ならなかったら、そのとき考えればいい。  少なくとも、ここまで来て帰るつもりはなかった。  村を出てから何日も歩いたし、残っているのは100Gしかない。今から故郷へ帰ろうとしても、たぶん途中でお腹が空く。  それに。僕はもう一度、冒険者ギルドを見上げた。  ここには仕事がある。仕事をすれば金がもらえる。たくさん働けば、たくさん金がもらえる。きっとそうだ。そうやって金を貯めていけば、いつかは朝から腹一杯肉を食べられる生活が待っている。  そう思うと、怖そうな冒険者たちも急にどうでもよくなった。 「よーし」  夢の金持ち生活、その第一歩。  僕は冒険者ギルドの扉を開けた。

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