夏麗よだか / 第4話

【第一章】1.王国騎士団

 当たり前に平和と思っていた日常は突如として崩れ去った。その異変は瞬く間に恐怖へと代わり、次々に悲鳴が上がる。   「ノエル!」    カイは即座に剣を抜き、ノエルを呼ぶ。ノエルもすぐに冷静になると剣を抜いてユニスのそばに駆け寄った。    化け物の前にカイが立ちはだかると、驚くように呟いた。   「なんだ、こいつは……」    それは人間の子どもほどの大きさで、猿のような身体にフクロウのような顔をしている。耳のような物が羽のように顔の横から生えており、その化け物は無数の細かい歯を見せて不気味に笑った。   「きははは」    おかしな笑い声を上げる。二つの大きな目はカイを見ている。カイもまたそいつから目を離さずまっすぐ剣を構えている。    ノエルはユニスの身体を抱き起こし、傷の様子を確認する。傷の大きさはそれほど大きくないが出血が激しい。深く突き刺さったようだ。    ノエルは急いでマントを食いちぎるとユニスの傷口を押さえた。   「ユニス! しっかりしろ!」    ユニスはノエルの呼びかけに|虚《うつろ》な|眼《まなこ》をゆっくり向ける。   「ノ……エル……? おれ、は……」   「ユニス! 今助けるから! しっかりするんだ!」    その瞬間、別の場所から一段と大きな悲鳴が上がった。   「キャァァア!助けて!!」 「うわぁぁあ!な、なんだこいつら!」   「!?」    ノエルは声の聞こえた方を見て青ざめた。気づくと化け物はあちこちに出現し、人々は恐怖でパニック状態になっている。   「カイ、まずい」   「ああ。こりゃ戦闘許可を待ってる暇もないな。|ア《・》|レ《・》を使ってくれ」    ノエルはその言葉に懐から小さな銀の笛を取り出した。    それは市街地を巡回する各小隊の連絡役に渡される『市民の命が危ぶまれるほどの緊急時』にのみ使用が許されている魔法道具だった。    その使用の責任は各小隊のリーダーに任されている。    ノエルは息を深く吸うと笛を加え、音を鳴らした。    澄んだ高い音が街に響く。  音は一瞬のうちに騎士団本部へと届いた。一階の実務フロアに取り付けられた金のベルが四階建ての本部全体に激しく響き渡る。    そして、その緊急事態を告げる音は王城にも届いていた。  どうやらあちこちから一斉に緊急用の笛が鳴らされたようで、城内はベルの音と走り回る者たちの足音と、大声が飛び交い騒然となっている。    そんな中、足早に歩く一人の大柄な男へ一人の白髪の男が近づいた。   「グラン・フェルディア|統括殿《とうかつどの》」    名を呼ばれた男は振り返った。  背の高いアルベルト副団長よりもさらに身長が高く、筋肉質の大きな身体はそれだけで他を圧倒させる雰囲気を持つ。  それはノエルの父だった。   「あぁ、エディルモント参謀長官。何事だ」    エディルモントと呼ばれた白髪の男はグランへ言った。   「異常事態です。街に謎の生態が出現しました」   「何?」    グランはわずかに目を開いた。そして、すぐにエディルモントへ言った。   「わかった。各団長を騎士団本部へ集めてくれ」   「はい」    グランはヴェルシオン王国の紋章が入った銀のマントを|翻《ひるがえ》し、ある場所へと向かった。その腰には剣を帯びている。グランはベルが激しく鳴り響く中、|近衛《このえ》が守っている部屋の前で立ち止まった。    近衛はグランを認識すると、無言のまま扉を開いた。    そこはあまりにも静かだった。    グランと同じくらい大きな身体の髪の黒い男が窓の外を眺めている。   「騎士団はどれほどで動ける。グラン」    男が静かにグランへ問う。グランは音ひとつ立てず一礼をする。   「緊急招集をかけたところです。……国王陛下」    男はゆっくり振り向いた。  その顔の右半分に大きな黒いアザが広がり、その右目は白濁としている。    彼はこのヴェルシオン王国第40代国王、イゼルド・ヴェルシェイドだった。   「そうか」    イゼルドは両の目を伏せる。彼には――彼にだけは街で何が起こっているのかわかっていた。   「これは、偶然ではないのかもしれない」    再び目を開いたイゼルドは静かにそう言った。    騎士団本部へと到着したグランは総司令部へと向かう。そこにはすでに各団の団長とエディルモント参謀長官が揃っていた。   「報告を」    グランが手短に|促《うなが》す。    すると、この場では一番若い、|獅子《しし》のような髪の毛を持つ|紅牙《こうが》団団長が先陣を切った。   「市街地巡回中の紅牙団員が複数の動物型の生命体と戦闘中。やつらは刃物を持っているようっす。すでに応援を出しています」    続いて、長い薄茶色の髪の毛を後ろで束ねた糸目の|蒼盾《そうじゅん》団団長が手を上げた。   「団員の報告によると、その生命体は『突然』街に現れたようで、市民はパニックに|陥《おちい》っているようです。  市民の避難を最優先に、防衛に関しては状況を見て要所防衛になると思われます」   「ふむ。誰か敵の詳細な情報は?」    グランが問うと、目元以外すべて|黒装束《くろしょうぞく》に身を隠した一人の人物が手を上げた。  その肩には|翠影《すいえい》団の黒蛇が刻まれた翠のマントを羽織っている。   「猿の身体にフクロウの顔、羽のような大きな耳を持つものだと報告が入ってる。翠影団はやつの出現場所の特定に急いでいる」   「そうか」    グランはその言葉を考えるように口元に手を添えた。そこへ、白髪混じりの眼鏡をかけた初老が手を上げる。   「|白紋《はくもん》団はすでに仮設医療所を設置し、負傷者の受け入れを開始しました。  おそらく被害はかなりのものと予想。白紋団騎士を各小隊にわけ、ラオニスに向かわせています」    グランは顔を上げた。   「わかった。まず|此度《こたび》の緊急事態について陛下より指揮権を|賜《たまわ》った。今後は私が指揮を|執《と》る」   「陛下から……」    蒼盾団団長が呟く。国王が直接指示をするのは、それだけ事が重大であり、またグランがそれだけ国王から信頼されていることを意味していた。   「そして、敵についてだが、今ある情報と照らし合わせると……おそらく街に現れたのは『ナイフ・グレム』だ」    すると白紋団団長が口を開いた。 「ナイフ・グレムというと、あの大厄災の時にいたと言われている――」   「魔物だ」    静かに、しかしはっきりとグランは言い切った。    瞬間、紅牙団団長がテーブルを叩き、立ち上がる。   「ちょ、どういうことだよ! 魔物はもうこの国にはいないんじゃなかったのか!?」   「落ち着いて、レオンハルト君」    隣の蒼盾団団長が紅牙団団長レオンハルトを|宥《なだ》めつつ、グランへ聞いた。   「魔物は絶滅種に指定されているはずですよね。なぜそう言い切れるんです」   「陛下の言葉だ」    空気が張り詰める。  信じがたい、けれど信じざるを得ない状況に誰もが口を閉ざした。グランが場を進める。   「すでにやつの|生態分析《せいたいぶんせき》は四階の研究部に任せている。我々は市民の避難を優先的にこれを排除する他ない。……ルネ」    ルネと呼ばれた蒼盾団団長は顔を上げた。   「市民はラオニスの南街道を使用してテルノアへ避難させろ。あそこならラオニスの住民を受け入れられる」   「了解」   「紅牙団は引き続き敵の排除に全力を注ぐように。可能な限り正確な個体数と敵の情報を集めてくれ」   「……了解」    レオンハルトは椅子に座り直した。    グランは続いて白紋団団長へ言う。   「グレゴールは、なるべく正確な被害者数の報告を。戦闘支援も必要だが、場合によっては医療を優先させるべきだろう」   「ええ、わかっておりますよ」    グレゴールは眼鏡を押し上げた。   「そして、ヨルム」    グランは翠影団団長を見た。   「敵の詳細な情報と出現場所の他に、ラオニス周辺の街の様子も確認し報告を上げろ。  もしもやつらがラオニスのみであれば即時、ラオニス全域に結界を張る。外部へ敵を逃さぬように」   「……|御意《ぎょい》」    ヨルムは小さく低く頷いた。  すべての団に指示を終えたグランは周りを見る。   「状況は不明点が多い。だが王都を明け渡すつもりはない」    そして、立ち上がると声を大きくして言った。   「これは王命である。以降の判断は王都防衛を最優先にせよ!」
【◯騎士団の始まりについて】 ー「初代国王は、即位の時点において、魔王軍との戦争が避け難いことを既に知っていたと記されている。 そのため、エリューネ歴元年(創歴1000年)、王は王直属の戦士を集め、これを騎士団の始まりとした。」 ーーーー『ヴェルシオン建国史』より抜粋

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