清涼院良水(@kuutei) / 第27話

第15話 家業手伝い

 翌日  放課後の教室で、奏多は鞄に教科書をしまっていた。 「結城くん」  声をかけられて振り向く。  栞が鞄を持って立っていた。 「今日、部活は?」 「ああ、今日は家の手伝い」 「そっか」 「うん。じゃあ、また!」 「またね」  奏多は鞄を肩に掛け、教室を出た。  昨日入部したばかりのスマホ部。  本当なら、今日も行きたい。  森下との試合で分からなかったことも、まだたくさんある。  もっと武器を触ってみたい。  もっと試してみたい。  けれど――今は、先にやることがある。      *  校門を出ると、見慣れた軽トラックが待っていた。  奏多は助手席へ乗り込む。 「お待たせ」 「おう」  父親が車を出した。 「今日はすぐ終わるぞ」 「了解」  しばらくして到着したのは、一軒の家だった。  奏多は車を降りると、父親と一緒に必要な道具を下ろしていく。 「そっち押さえて」 「はい」  父親が作業する横で、奏多が部材を押さえる。  言われた位置から少しずらす。 「ここ?」 「そう。そこでいい」 「はいよ」  作業は順調に進んだ。  終われば、使った道具をまとめる。  忘れ物がないか確認して、軽トラックへ積み込む。  特別なことは何もない。  昔から何度もやってきた、いつもの手伝いだった。      *  翌日。  学校が終わると、また仕事へ向かった。  この日は荷物の運搬だった。 「奏多、そっち持って」 「うん」  二人で家具を持ち上げる。  奏多は後ろを確認し、邪魔になるものを先に避けた。 「こっちから行った方がいいな」 「そうだな」  狭いところでは角度を変える。  段差では声を掛け合う。  運び終えれば、次。  そして、その次。  終わる頃には、少し腕が重くなっていた。      *  さらに翌日。  また別の現場。  今度は簡単な取り付け作業を任された。  位置を確認する。  道具を選ぶ。  取り付ける。  少し離れて確認して、わずかに直す。 「こんなもん?」  父親が見る。 「いいんじゃないか」 「よし」  それで終わりだった。  片付けを済ませ、帰る。  その日も、働いた分だけ目標へ近づいた。      * さらに翌日。金曜日。 「結城くん」  帰ろうとしたところで、また栞に呼び止められた。 「今日も来ないの?」 「うん。今日も仕事」 「そっかぁ」  栞の隣には、奏多と同じ日に入部した男子もいた。  二人とも、これから部室へ向かうらしい。  奏多はその姿を見た。 「……いいなぁ」 「え?」 「あ、いや。なんでもない」  栞が不思議そうに首を傾げる。  奏多は苦笑して、鞄を持ち直した。 「じゃ、また!」 「うん。またね」  二人とは反対の方向へ歩き出す。  部室へ行きたい。  練習もしたい。  でも、今は我慢だ。      *  父親の軽トラックに乗り込んだ奏多は、スマフォを取り出した。  最近、何度も見ているものを検索する。  競技機。  ARグラス。  グリップ。  画面を送るたび、欲しいものが次々と出てくる。 「……」  値段を見る。 「高いなぁ……」  別のものを見る。  こっちは少し安い。  また別のものを見る。  どうせ買うなら――。  そこまで考えて、奏多は画面を閉じた。  今までに貯めた分を考える。  まだ足りない。 「明日は朝からだからな」  運転席から父親が言った。 「うん」  奏多はすぐに返事をした。      *  土曜日。  朝から、家の前には軽トラックが止まっていた。  父親が荷台へ仕事道具を積んでいる。  奏多も残りの道具を運び出した。 「今日は庭な」 「了解」  荷物を積み終えると、二人は出発した。  向かった先は、一軒の住宅。  庭へ回ると、まず目に入ったのは伸びた生垣だった。  あちこちから枝が飛び出し、輪郭が崩れている。  少し離れた場所には、切られた庭木の株も残っていた。  父親が庭全体を見渡す。 「俺こっちやるから、生垣頼む」 「はーい」  奏多は必要な道具を下ろした。  バリカンを準備する。  周囲を確認してから、生垣の前へ立つ。  スイッチを入れる。  刃が動き始めた。  そのまま、横へ。  枝葉が次々と落ちていく。  奏多は一定のところまで進むと、一度バリカンを止めた。 「……」  少し離れて見る。  まだ粗い。  さっきより少し速く動かしたところには、細かな刈り残しもある。  奏多はそこへ戻った。  今度は少しゆっくり。  刃が枝をきちんと切っていく速度を保ちながら、横へ動かす。  再び離れる。 「……うん」  さっきより綺麗だ。  そのまま全体を整えていく。  速くやれば、その分だけ早く終わるわけではない。  雑に通せば、結局もう一度やることになる。  出っ張っている部分を見つけて、軽く整える。  奏多はふと、自分の手元を見た。  昨日――ではない。  ほんの数日前まで握っていたグリップの感触が蘇る。  武器を振ったときの感覚。 「……速けりゃいいってもんじゃないんだよな」  小さく呟いた。 「奏多ー、そっちどうだ?」 「あっ、もうちょい!」  父親の声で、意識が仕事へ戻る。  奏多は再びバリカンを動かした。      * 「終わったよ」 「じゃあ、こっち」  父親に呼ばれ、奏多は庭の奥へ向かった。  先ほど見えた庭木の株。  周囲の土はすでに掘られ、太い根が何本か露出していた。 「この根、切って」 「これ?」 「そう」 「了解」  奏多はツルハシを手に取った。  太い根を見る。  どこへ当てるかを決める。  足元を確認する。  両手で柄を握った。  大きく振り上げる。  そして――  振り下ろした。  ガッ!  ツルハシが根へ食い込む。 「……っ!」  柄を引いて抜く。  根にはしっかりと傷が入っている。  奏多はもう一度、狙いをつけた。  振り上げる。  振り下ろす。  ガッ!  再び食い込む。  引き抜く。 「……」  奏多はツルハシを見た。  大きく振り上げて。  狙ったところへ、振り下ろす。  頭の中に、つい先日の光景が浮かんだ。  手にしていた大剣。 「……大剣みたいな」 「ん?」  父親が振り返る。 「いや、なんでもない」  奏多はもう一度構えた。  ツルハシを振り上げる。 「……いや、全然違うか」 「さっきから何言ってんだ?」 「なんでもないって」  ガッ!  父親はよく分からないまま、自分の作業へ戻った。  奏多も根を見る。  仕事は仕事だ。  余計なことを考えるのをやめ、もう一度狙いを定める。  ガッ!  何度か繰り返す。  やがて――。 「よし」  根が切れた。 「父さん、切れたよ」 「おう。じゃあ抜くぞ」 「うん」  二人で株へ手を掛ける。 「せーの」  力を入れる。  残った土が崩れる。  ぐっと持ち上げると、株が抜けた。 「おっ」 「いけたな」 「重っ……」 「そっち持て」 「持ってるって」  二人で運び出す。  それが終われば、今度は片付けだ。  落ちた枝葉を集める。  袋へ詰める。  抜いた株を積む。  使った道具を軽トラックへ戻す。  最後に庭を掃除した。  作業前にはあちこちから枝が飛び出していた生垣は、すっきりと形が整っている。  庭木の株があった場所も片付いた。  奏多は少し離れたところから庭を見た。 「……よし」  仕事をした後、この瞬間は結構好きだった。      *  作業を終え、軽トラックのそばで休憩する。  父親が飲み物を開ける。  奏多も腰を下ろした。  そして――すぐにスマフォを取り出した。  また競技機を検索する。  ARグラス。  グリップ。  欲しいものを順番に見ていく。  父親が呆れたように横を見る。 「また見てんのか」 「見るだけならタダだから」 「昨日も見てただろ」 「昨日よりお金増えたし」 「そりゃ今日働いたからな」  奏多は画面に表示された金額を見る。  それから、自分が貯めた分を考えた。  少し近づいた。  最初に見た時よりは、ずっと。  でも――。 「……もうちょっと」  スマフォを閉じる。  今日はここまで。  明日は日曜日。仕事もない。  久しぶりに、何も予定のない日曜日だった。

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