清涼院良水(@kuutei) / 第1話

第1話 スマートホルスター

歓声が、会場を揺らしていた。  巨大なアリーナの中央。  観客席を囲むように設置されたモニターには、これから始まる決勝戦の情報が映し出されている。  ――学生スマホ大会・決勝。  フィールドへ、一人の選手が歩み出た。  黒瀬陽斗。  観客席から、一段と大きな歓声が上がる。  対する選手も、反対側からフィールドへ入ってくる。  二人が中央で向かい合った。 『決勝戦、選手入場完了!』  実況の声が響く。 『両選手、最初の武器を展開してください。』  黒瀬が右手に持ったグリップの引き金を引く。  次の瞬間。  グリップの先端から一本のブレードが形成された。  対戦相手も同じように武器を展開する。  観客席がざわめいた。  同じ武器。  同じ条件。  だからこそ、純粋な技術の差が出る。 『それでは――』  審判が手を上げる。 『試合開始!』  双方踏み込んだ。  キィンッ!  刃と刃がぶつかる。  黒瀬が振り抜く。  相手は身を捻ってかわす。  そのまま反撃。  黒瀬は半歩だけ後ろへ下がり、刃を受け流した。  再び踏み込む。  キィンッ!  キィンッ!  激しい攻防が続く。  だが――  少しずつ、違いが現れ始めた。  黒瀬は相手の動きを読んでいる。  攻撃を避ける。  受ける。  かわす。  そして、相手が動いた瞬間だけ、確実に距離を詰める。 「くっ……!」  相手の表情が歪んだ。  黒瀬の刃が、相手の隙を捉える。  ――斬撃。  相手の身体にブレードが触れ、体力(ギガ)が減少する。  観客席から歓声が上がる。  相手はすぐに武器を切り替えた。  ブレードが消え、代わりにシールドが展開される。  黒瀬はそれを見て、静かに武器を変更した。  現れたのは、大剣。  大きく、重い武器。  黒瀬は構える。  対する相手はシールドを前へ。  防御の姿勢だ。  黒瀬は踏み込まない。  じっと相手を見る。  一歩。  ……止まる。  もう一歩。  ……止まる。  相手は動かない。  シールドの向こうから、わずかに表情が緩んだ。  ――これなら防げる。  そう思った、その瞬間。  黒瀬が踏み込んだ。  ドンッ!  シールドが受け止める。  だが――  バキッ!  シールドの耐久値が一気に削られる。  そして次の一撃。  ――シールドブレイク。  同時に相手のギガは減少。  相手は即座に武器を切り替えた。  現れたのは大鎌だ。  距離を取るための武器だ。  大剣の間合いの外から早めの振り速度で攻められる為、大剣には相性がいい。  だが黒瀬は、さらに武器を変えた。  大剣が消える。  代わりに現れたのは、ガトリング砲。  ガガガガカ・・・。  轟音。  弾丸がフィールドを駆け抜ける。 「うわっ!」  相手は大鎌を振るう暇もなく後退した。  一歩。  さらに一歩。  ガトリングの射線から逃れようとする。  だが黒瀬は追わない。  ただ、撃ち続ける。  相手の逃げ道を少しずつ狭めていく。  そして――  フィールドの端。  相手の足が、圏外へ入った。  観客席がざわめく。 『圏外エリアへ進入!』  実況が叫ぶ。  黒瀬は動かなかった。  ガトリングを消す。  そして、大剣を展開する。  静かに構えた。  相手は圏外で武器をブレードに持ち替え息を整えている。  戻らなければならない。  分かっている。  圏外に逃れられる時間は15秒。ここに留まり続ければ、いずれ負ける。通信制限と名付けられた負けだ。  意を決して、一歩。  フィールドへ戻る。  その瞬間。  黒瀬が動いた。  大剣を振り上げる。  相手は反射的に上段を警戒した。  来る。  上からの一撃。  そう思った。  ――だが。  黒瀬の剣筋が変わった。  振り下ろされるはずだった大剣が、途中で軌道を変える。  横へ。  そのまま――  薙ぐ。  ズバァンッ!  相手の防御の横を、大剣が切り裂いた。  一瞬。  会場から音が消えたように感じられた。  そして―― 『決着!』  巨大モニターに勝敗が表示される。 『勝者――黒瀬陽斗!』  爆発するような歓声。  黒瀬は何も言わない。  ただ大剣を消し、ゆっくりとフィールドを後にした。  ――その試合は、街頭モニターにも映し出されていた。 「……すげぇ」  一人の少年が、足を止めていた。  結城奏多。  仕事帰りの軽トラックへ戻ろうとしていたところだった。  街頭モニターでは、ちょうど優勝インタビューが始まっている。 『見事な勝利でした、黒瀬選手! 今のお気持ちは?』  奏多はしばらく画面を見上げていた。 「奏多ー!」  遠くから父親の声がする。 「あっ、はーい!」  奏多はモニターから目を離した。  そして、軽トラックへ駆けていく。 「仕事、まだあるんだからな」 「分かってるって」  エンジンがかかる。  車は街を走り出した。  今日も、奏多の日常は続いていく。  ――この時の奏多は、まだ知らなかった。  自分があの競技に足を踏み入れることになるなんて。      *  しばらくして、車は一軒の家の前に止まった。 「ここ?」 「ああ。扉の調子が悪いって話だ」  奏多は車を降りる。  出迎えた女性に挨拶をし、さっそく玄関を見る。 「どんな感じです?」 「開け閉めすると、途中で引っかかるの」  奏多は扉をゆっくり動かした。  開く。  少し重い。  閉める。  やはり、途中で引っかかる。  しゃがみ込み、ヒンジを確認する。 「……ここですね」 「分かるの?」 「たぶん」  工具を取り出す。  ネジを外す。  部品を交換する。  位置を微調整する。  何度か開け閉めを繰り返す。  今度は――  すうっ。  扉が滑らかに動いた。 「おお……!」  女性が嬉しそうに声を上げる。 「助かったよ」 「いえいえ」 「よかったら、お茶でもどう?」 「じゃあ、お言葉に甘えて」  修理を終えた奏多は、家の中で一息ついていた。  学校の話。  仕事の話。  他愛のない会話。  そんな中だった。 「そういえば、奏多くんはスマホやったことある?」 「スマホ?」 「ええ。今、学生の間で人気でしょう?」 「ああ……」  奏多は少し考える。 「やったことないです」  その時。  玄関の扉が開いた。 「ただいまー」  奏多が振り向く。 「おかえり」  女性が笑う。  玄関から入ってきた少女が、こちらを見る。 「結城くん」 「……?」 「娘の栞です」  少女――七瀬栞は、軽く頭を下げた。 「こんにちは」 「こんにちは」  短い挨拶。  それだけだった。  栞が荷物を置く。  その時、奏多の目にあるものが入った。  グリップケース。 「……それ」  奏多が指差す。  栞が振り返った。 「これ?」 「スマホ?」 「うん。部活帰り」 「スマホ部?」 「うん」  栞が、ほんの少し笑った。  やがて父親が立ち上がる。 「奏多、帰るぞ」 「あ、はい」  奏多は立ち上がり、玄関へ向かった。 「今日はありがとうございました」 「こちらこそ」  栞も玄関まで来る。  奏多が振り返る。 「じゃあ」 「うん」  軽く会釈を交わす。  外へ出る。  車へ乗り込んだ奏多は、窓越しに七瀬家を見た。  玄関前に、栞が立っている。  栞が小さく手を振る。  奏多も手を上げた。  車が走り出す。  七瀬家が少しずつ遠ざかっていく。  奏多は窓の外を見ながら、ぽつりと呟いた。 「……スマホ部か」  その頃。  栞はグリップケースを手に、家の中へ戻っていた。  夕暮れの街に、車の音だけが遠ざかっていく。  ――結城奏多の日常が変わり始めるのは、もう少し先の話だった。

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