白井黒也 / 第13話

第12話「暴と知」

お嬢の華奢な身体が、どす黒い赤のような光に包まれる。 深紅の髪が揺らぎ、更に鮮烈な赤へ染まっていく。 ドレス調だった衣装も、一瞬で戦闘向きの軽装へ変化する。 さっきまで漂っていた優雅な空気は、もうどこにもない。 代わりにそこへ現れたのは――むき出しの闘争本能だった。 戦闘狂は、迫ってくるシールド部隊を見て、獰猛に口元を吊り上げる。 『近ぇじゃねぇか』 工作員がスタンロッドを振り下ろしてくる。 だが、戦闘狂は避けずにむしろ一歩踏み込んだ。 バギィッ!! 振り抜かれた拳がシールドへ叩き込まれ、鈍い破壊音が倉庫内に轟いた。 「がぁっ!?」 重装備の工作員が、シールドごと吹き飛ばされる。 人間を殴った音じゃない。 まるで鉄板を潰したような音だった。 吹き飛んだ工作員の身体がコンテナへ激突し、派手な金属音を響かせる。 「戦闘人格!!」 「止めろ!!」 工作員たちが一斉に銃口を向けた。 戦闘狂は低い姿勢のまま床を蹴り、一気に加速する。 速い。 人間の動きじゃない。 俺は内側から見ていても、その動きを目で追うのがやっとだった。 次の瞬間には、もう工作員の懐へ入り込んでいる。 「っ――!?」 工作員が反応するより先に、戦闘狂の拳が腹部へ突き刺さった。 ゴギッ――と嫌な音が響く。 工作員の身体がくの字に折れ曲がり、そのまま後方へ吹き飛んだ。 『遅ぇんだよ!!』 叫びながら、戦闘狂は振り向きざま別の工作員の腕を掴む。 そのまま強引に引き寄せると、至近距離から肘打ちを叩き込んだ。 ヘルメットごと頭部が激しく揺れる。 工作員は糸の切れた人形みたいに崩れ落ちた。 戦闘狂は、ただ暴れているわけじゃない。 相手の重心、武器の向き、死角。 全部を本能のまま把握している。 だから止まらない。 「包囲しろ!!距離を取れ!!」 指揮官が怒鳴る。 けれど、その頃にはもう戦闘狂は次の獲物へ向かっていた。 床に転がっていた大型シールドを片手で掴み上げる。 普通なら両手でも扱いづらい重量のはずなのに、戦闘狂はまるで玩具みたいに軽々と持ち上げていた。 『おっ、これ使えんじゃねぇか』 ブンッ!! 空気を裂く音と共に、シールドが凄まじい勢いで投げ放たれる。 回転しながら飛んだシールドは、そのまま上部通路へ直撃した。 「っ!?」 工作員たちが吹き飛ばされる。 悲鳴と共に足場が崩れ、銃声が乱れた。 煙の中で戦闘狂は、獣みたいに笑っていた。 『まだだろ?もっと来いよ』 その声に応えるように、工作員たちが再び動き出す。 だが、さっきまでとは明らかに違った。 真正面から近づいてこない。 距離を取っている。 警戒しているんだ。 戦闘狂はまだ近くにいた工作員の腕を掴み、そのまま強引に床へ叩きつける。 防弾装備越しでも威力を殺し切れない。 「ぐぁっ……!」 苦鳴を漏らした工作員へ、戦闘狂は追撃の蹴りを叩き込もうとした。 バシュッ!! 鋭い射出音が煙の向こうから響く。 『っ?』 戦闘狂の腕へ黒いワイヤーが絡みついた。 続けざまに脚と胴に、高強度ワイヤーが撃ち込まれていく。 「拘束成功!!」 工作員の怒声。 直後、ワイヤーが一斉に引き絞られた。 ギギギギッ!! 金属が軋むような音が響く。 戦闘狂の身体が、強引に動きを止められる。 『……チッ』 「距離を取れ!近接戦をするな!!拘束を維持しろ!被験体を破損させるな!!」 指揮官の言葉に、俺は思わず顔をしかめる。 ……やっぱり。 こいつらにとって、俺たちは“人間”じゃない。 捕獲対象。研究材料。その程度の認識なんだ。 バチバチバチッ!! 青白い光が一斉に走った。 放たれたのは実弾じゃない。高出力のスタン弾。 電撃を纏った弾丸が、戦闘狂の身体へ次々と叩き込まれる。 筋肉が痙攣し、電流が身体を焼く。 さすがに無視できる威力じゃない。 『ハハッ……効くじゃねぇか!!』 ブチブチブチッ!! 嫌な音が倉庫内へ響き、拘束ワイヤーが無理矢理引き裂かれた。 「なっ!?」 工作員たちが目を見開く。 だが、完全には振り切れない。 新たなワイヤーが次々と射出され、再び戦闘狂の動きを縛っていく。 戦闘狂は苛立ったように舌打ちする。 『チッ……小細工ばっか増えやがって』 拘束を引き千切りながら前へ出ようとする。 パンッ!! 閃光弾が炸裂した。 視界が白く弾ける。 さすがの戦闘狂も、一瞬だけ動きが止まった。 そこへ更にワイヤーが撃ち込まれる。 『……あ゛ぁ、クソッ!!』 完全に勢いを殺され始めている。 俺は内側から、それを見ていた。 戦闘狂は強い。 正面からなら、この場の誰よりも。 けれど――こいつは勢いを止められると面倒になる。 頭の奥で、戦闘狂が低く唸った。 『……賢者ァ』 その瞬間だった。 荒れ狂っていた意識が、急激に静まり返る。 燃えるような真紅だった髪が、ゆっくりと冷たい蒼へ変わっていく。 荒々しく前傾していた姿勢も、静かに伸びた。 空気が変わる。 さっきまで倉庫内を満たしていた暴力的な熱気が、一瞬で冷えた。 賢者は、拘束ワイヤーに繋がれたまま静かに周囲を見渡す。 飛んでくる射線。工作員の配置。煙幕の流れ。 全部を一瞬で把握していた。 『拘束装備……電磁制御型ですか』 淡々とした声。 そこには焦りも怒りもない。 ただ、冷静な分析だけがあった。 賢者は拘束ワイヤーへ視線を落とす。 まるで機械でも観察するみたいに、一瞬で構造を把握していく。 煙の向こうでは、工作員たちが再び包囲を固めようとしていた。 『風路、展開』 短い詠唱と共に賢者を中心に、突風が吹き荒れた。 ゴォッ!! 唸る風が倉庫内を駆け抜ける。 充満していた煙幕が、一気に吹き飛ばされた。 「っ!?」 隠れていた工作員たちの姿が露わになる。 同時に、賢者は静かに指を鳴らした。 『熱量付与』 次なる詠唱で拘束ワイヤーが赤熱した。 ギギギギッ!!と嫌な音を立てながら、高強度ワイヤーが焼き切れていく。 「なっ!?」 工作員たちが目を見開く。 「スタン弾、続けろ!!」 青白い電流を帯びた弾丸が、再び賢者へ放たれる。 だが、賢者は避けない。 『電磁偏向』 淡い蒼色の光が周囲へ広がり、飛来していたスタン弾の軌道が僅かに逸れる。 バチバチッ!! 電撃を撒き散らしながら、スタン弾はコンテナや床へ着弾した。 「軌道がズレた!?」 「術式干渉か!?」 工作員たちの声に、初めて焦りが混じる。 賢者は、決して力任せに突破しない。 状況、装備、戦術。全部を理解した上で、最も効率的な答えを選ぶ。 だから厄介なんだ。 賢者は静かに視線を上げる。 その瞳は、もう工作員たちを見ていなかった。 見ているのは――さらに奥。 煙幕が晴れたことで露わになった、指揮官の位置だった。 『指揮系統……確認』 その言葉に、指揮官が息を呑む。 『雷撃術式』 賢者の指先へ、蒼白い雷光が収束した。 轟音すらない。 蒼白い雷光が一直線に走り、上部通路で火花が弾けた。 「がぁぁっ!?」 指揮官の身体が激しく痙攣する。 通信機が爆ぜ、火花を散らした。 そのまま指揮官の身体は手すりへ叩きつけられ、上部通路から転落する。 倉庫内の空気が、一瞬止まる。 「指揮官がやられた!!」 「通信不能!!」 「くそっ……撤退だ!!」 工作員たちの声に、明らかな動揺が走った。 統率が崩れ、包囲が乱れる。 さっきまで完璧だった陣形が、一気に瓦解していく。 賢者は、撤退を始めた工作員たちを静かに見つめていた。 追撃する様子はない。 ただ、崩れていく陣形と遠ざかっていく足音を冷静に確認している。 やがて、賢者は小さく息を吐いた。 『……どうやら、凌ぎ切ったようですね』 その落ち着いた声だけが、静まり返った倉庫内へ静かに響く。 焼け焦げた床。 砕けたコンテナ。 転がる拘束ワイヤー。 さっきまでの激戦の痕跡だけが、そこに残っている。 俺は内側から、その光景をぼんやり見つめていた。 ……終わったんだ。少なくとも、今は。 『……ククッ、ボクの出番はなしか』 頭の奥で、悪の権化のくぐもった笑い声が反響した。
戦闘狂『もう終わりかよ。もっと暴れたかったぜ!』 賢者『貴方が暴れ過ぎた結果、私が後始末をする羽目になったのですが』 悪の権化『いいじゃないか。ボクなんて出番なかったんだよ?』 翔「そのうちあるだろ。戦いとは限らねぇけどな」 悪の権化『ホントだね?嘘だったら好き勝手やっちゃうよ?』 翔「意地でもやらせねぇよ」 翔「次回、第13話『stray cat』――こいつが、レイヴン……」

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